君だけのアオイロ

碧月あめり

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榊 柚乃・1

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 約束の土曜日。わたしとなっちゃんは、待ち合わせした地元の駅でうまく落ち合えなかった。

 約束の時間ピッタリに駅の改札前に到着して、切符売り場の前にいた女の子に「おはよう、なっちゃん」と声をかけたら、人違いだった。

 声をかけた女の子は、学校でいつも見ているなっちゃんのようにストレートの黒髪を肩までおろしていて、背格好や細長い手足までなっちゃんそっくりだったのに。その子に「たぶん間違えてますよ」と、怪訝な声で言われてびっくりした。

 その子の背格好はなっちゃんにそっくりだったけれど、声はなっちゃんよりも少し低かった。

「柚乃ちゃん、何やってるの?」

 切符売り場の前で固まっていると、誰かが後ろからわたしの肩をポンッと叩く。

 声をかけてきた女の子は、今度こそ本物のなっちゃんだった。

「ごめん。なんか、人違いしちゃって……」

 頬を引きつらせながら謝ると、なっちゃんは「あはは」と楽しそうな笑い声をあげた。


「そういうの、たまにあるよね。わたし、声かけたことはないけど、人違いで声をかけられたことはあるよ」

 そう話すなっちゃんの髪型は普段とは違っていて、左右にわけた髪をゆるく三つ編みにしていた。

 笑い声とともに揺れる、なっちゃんの三つ編みの毛先。それを見つめるわたしの胸に、一抹の不安が過ぎる。

 駅についたとき、三つ編みをした女の子の姿はたしかにわたしの視界には入っていた。それなのに、わたしは、その子がなっちゃんである可能性を考えもしなかったのだ。

 普段のなっちゃんの髪型とは違うから、わたしの意識は三つ編みの女の子のほうへは向かなかった。

 学校にいるときと遊びに行くときで髪型が違うのなんて、少し考えてみれば当たり前にあり得ることなのに。どうして……。自分でも、そのワケがわからなかった。

 そのあと電車に乗って、目的地の繁華街に着いてからも、わたしの失敗は続いた。

 お昼ご飯を食べるために入ったマックで、席取りをしてくれたなっちゃんのことが見つけられずに店内の同じ場所を何度もうろうろと彷徨った。

 服屋さんの店内で、隣の棚の服を見ているなっちゃんがどこにいるかわからなくなって探し回った。

 二種類の服を試着したなっちゃんに「どっちが似合うかな?」と聞かれたときは、マネキンがコーディネートされているようにしか見えなくて、うまく感想を伝えられなかった。

 わたしがずっとそんな感じだったせいか、なっちゃんは当初の予定よりもだいぶ早くに「そろそろ帰ろっか」と、切り出してきた。


 行きの電車では目的地に着くまでずっとおしゃべりしていたなっちゃんが、帰りの電車ではほとんどわたしに話しかけてきてくれなかった。

 地元の駅の改札を出ても黙っているなっちゃんに「じゃあ、ね」と遠慮がちに声をかけたら、なっちゃんがわたしのほうを見た。丸いふたつの目が、出口のない暗い空洞みたいに思えてドキッとする。


「柚乃ちゃん、今日、わたしと遊ぶの、あんまり乗り気じゃなかった?」

「そんなことないよ……!」

「でも、楽しくなかったんだよね?」

「そんなことないよ……」

「ほんとうに?」

 問いかけてくるなっちゃんの声のトーンが、いつもより低い。怒っているのとも、呆れているのとも違う。とても悲しそうな声だった。

 なっちゃんに問い詰められる度、わたしの胸は不穏にざわめいて、少しずつ鼓動が速くなっていく。


「ごめん、わたし……」

 具体的に何をどう謝ればいいのかわからなかったけど、それでも自分の態度がなっちゃんを嫌な気分にさせたんだということはわかった。何か言わなければと言葉を探していると、なっちゃんの眉尻がキュッと下がる。

「わたしは今日柚乃ちゃんと遊ぶのすごく楽しみにしてたんだけど……。無理に付き合わせてたなら、ごめん」

 なっちゃんの少し掠れた声が耳に届く。その声がひどく切なく悲しそうだと思ってハッとした。

 自分が、網膜が捉えたハの字に下がった眉と掠れた声のトーンだけでなっちゃんの気持ちを推し測ろうとしているという事実に、ふと気が付いたのだ。

 わたしは目の前にいるなっちゃんのことを「なっちゃん」として認識しているつもりなのに、よく見ようとすればするほど、彼女の顔の全体像がうまく捉えられない。

 あれ? なっちゃんて、どんな顔してるんだったっけ――?

 瞬間、サーッと体から血が引いて、今日一日で自分が犯した失敗のワケに思い当たった。


 マックで席取りをしてくれているなっちゃんのことを探し回ったときも、アパレルショップでなっちゃんのことを見失ったときも、試着したなっちゃんに似合うかどうか感想を求められたときも……。わたしは、学校で会うときとは髪型も服装も違うなっちゃんの顔がよくわからなかったのだ。

「なっちゃん、わたし……」

「バイバイ、柚乃ちゃん」

 首を傾げたなっちゃんが、顔の横で小さく手を振る。なっちゃんの顔には空洞みたいな暗い目がふたつあるだけで。その表情は、はっきりと読み取れなかった。

 それ以来、なっちゃんは教室でわたしに話しかけてこなくなった。

 嫌な思いをさせたことをちゃんと謝りたかったけれど、わたしは教室の中にいる女の子たちの中から、なっちゃんをうまく特定することができなかった。

 ストレートの黒髪をおろしていて、手足が細い、なっちゃんと似たような背格好の女の子はクラスに何人かいる。これまでわたしがなっちゃんのことを認識できていたのは、いつも彼女のほうから話しかけてくれていたからだ。

 その事実に気付いて驚愕した。

 わたしは今まで友達の……、なっちゃんの何を知っていたんだろう。


 それと同時に、わたしは自分がなっちゃん以外の人の顔もきちんと認識できていないことに気が付いてしまった。

 学校の先生や友達だけじゃない。両親や妹の顔も生まれたときから知っていてわかっているはずなのに、家の外で家族の顔を頭に思い浮かべようとしても、その顔をうまく思い描けない。

 楕円の輪郭の中に目と鼻と口が付いていることや、それぞれのパーツの動きは意識すれば読み取れる。でも全体を捉えようとすると、誰の顔も全部みんなぼんやりとする。先生も友達も家族も、みんな同じに見えるのだ。

 いつからそうだったのだろう。どうして今まで気付かなかったんだろう。

 考えてみれば、わたしが小さな頃から個人を識別するときに無意識に見ていたポイントは、髪型や服装や背格好で、顔ではなかった。

 自分の見え方が人と違うかもしれない……。不安になって調べたら、程度の差は様々だが、世の中には人の顔がなかなか覚えられなかったり、うまく識別できない人がある一定数いることがわかった。

 事故で顔が認識できなくなる人もいるし、わたしみたいに先天的に認識できない人もいる。

 なっちゃんとの待ち合わせでの失敗と交友関係の破綻は、そのことを知る大きなキッカケになった。そしてわたしの胸に、一生忘れられない苦しさと切なさを植え付けた。


 なっちゃんとの一件があってから、わたしは人と話すときに、その人の覚えやすい特徴を意識して探すようになった。

 担任の先生や部活の顧問、部活で関わる先輩など。間違えたら失礼にあたる人の特徴は、特に意識して探した。

 話し方、口癖、声の高低、仕草のクセ。相手の髪型や服装が変わっても変わらないところを注意深く見るようになった。

 それでも失敗するときはあったし、上手くいかないときもあったけど……。顔が識別できないことを自覚していなかった頃よりは、人間関係が円滑になった気がした。

 わたしの見え方が他の人と違うことは、学校では公にしていない。

 最近まで、わたしの事情を知っているのは、中三のときに仲良くなって同じ高校に進学した江藤えとう陽菜ひなだけだった。

 だけど今は、時瀬くんもわたしの事情を知っている。

 人の顔を区別できないわたしは、何か目印がなければ時瀬くんを認識することができないのに。彼は、そんなわたしの事情を知ったうえで、わたしのことが好きだと言う。

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