君だけのアオイロ

碧月あめり

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榊 柚乃・2

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「そろそろ、時瀬くんと別れそう?」

 昼休み。わたしのところにやって来た江藤えとう 陽菜ひなが、唐突にそんなことを聞いてきた。

「別れないよ」

 笑って首を横に振ると、陽菜が「なんでー!」と不満そうに唸る。ゆるく握った拳をトンッとわたしの机に落とす陽菜の耳で、金色の星のピアスがキラキラと揺れた。

「一ヶ月も付き合ったんだし、柚乃も時瀬くんも、そろそろお互いに飽きる頃じゃない?」

「そんなふうには思わないけど……」

 飽きるどころか、蒼生くんといる過ごす時間が増える度、彼の好きなところも増えていく。お互いに名前で呼び合うようになってからは、蒼生くんとの距離がさらに近付いた気がする。

 わたしの名前を呼ぶ蒼生くんの声を思い出すだけで、ニヤリと口角が上がってしまう。

「柚乃、なんかニヤけてる……」

 不機嫌そうにキリキリと歯を鳴らす陽菜の耳元で、金色の星のピアスがさっきよりも激しくキラキラ揺れた。


 陽菜は中学時代からのわたしの親友だ。

 同じ高校に進学し、一年のときも二年になってもクラスが別々なのだが、陽菜は休み時間の度にわたしのところに会いに来る。特にこれといった用事があるわけでもないのに、いつも授業が始まるギリギリまでわたしのそばにいるから、陽菜が違うクラスだということをたまに忘れそうになるほどだ。

 中学三年生のときに、わたしは顔の区別ができないことを初めて他人に打ち明けた。その相手が陽菜で。それ以来、陽菜はいつもわたしに引っ付いている。

 陽菜がクラスの違うわたしのところにしょっちゅう来るのは、きっとわたしのことを心配してくれているからだ。

 教室で話しかけてきた先生やクラスメートが誰だかわからないときでも、陽菜がそばにいればさりげなくフォローをしてもらえる。人違いをすることもない。陽菜はわたしにとって、いつも絶対的な味方だった。

 そんな陽菜が、わたしと蒼生くんの付き合いに関してだけは、初めからずっと反対している。

 理由は、蒼生くんが先生や一部の生徒たちからのあまり評判が良くないからだそうだ。


「時瀬くんて目付き悪くてちょっと雰囲気が怖いし、中学のときは不良だったとか、女の子に暴言吐いて泣かせたとか、そういう噂が多々あるんだよ。こないだも、テストのときにカンニングがバレたらしいじゃん」

 蒼生くんと付き合うことになったという報告をしたとき、陽菜はどこ情報かわからない蒼生くんの悪い噂をたくさん口にした。

 どこまでが本当でどこからが誇張された嘘なのかわからないけど、陽菜が教えてくれた悪い噂のほとんどがわたしの知っている蒼生くんのイメージとは一致しなかった。

 カンニングの件だって、蒼生くんは勘違いで濡れ衣を着せられただけだ。

「時瀬くんは、そんなふうに悪い噂をされるような人じゃないよ。わたしの初彼氏なんだから、もっと祝ってくれてもよくない?」

 わたしがわずかに不満を示したら、陽菜は不機嫌そうに腕を組んで「おめでとー」と、全然気持ちのこもっていない祝福の言葉をくれた。

 わたしと陽菜は、これまで意見が合わなくてもお互いを否定することはなかったし、ケンカをすることもなかった。それなのに陽菜は、わたしと蒼生くんが付き合いに関してだけはしつこく食い下がってくる。


「時瀬くんと別れそう?」

 ここ一ヶ月で、陽菜から何度その質問をされたかわからない。それに対するわたしの答えは、聞かれるまでもなく「別れないよ」の一択だから。陽菜が蒼生くんのことを認めてくれるまで、このやりとりには決着がつかないだろう。

「陽菜もさ、いつまでもわたしと蒼生くんのことを気にしてないで自分のことに目を向けたらいいのに。この前も告白されたって言ってたよね。陽菜は、今好きな人いないの?」

 陽菜は中学のときからわたしに引っ付いてばかりいるけど、たぶんモテる。小柄でサイズ感が可愛いし、話し方や仕草だって可愛い。全貌はよくわからないけど、顔だってきっと可愛いんだと思う。

 たまに告白もされてるみたいだけど、そのなかの誰かと付き合っていたことはないし、好きな人がいるという話も聞いたことがない。

 わたしのことを心配してくれるのは嬉しいけど、友人としては、いつもわたしにくっついてばかりでいいのかな、とも思ったりする。

 陽菜の耳で揺らめく星のピアスをじっと見つめていると、彼女がわたしの頬を指で摘んで軽く引っ張ってきた。


「なんか、急に恋愛上級者っぽいこと訊いてくるじゃん。柚乃だって、一ヶ月前は浮いた噂ひとつなかったくせにー」

「ひな、いひゃい……」

「柚乃ー」

 拗ねた声を出す陽菜を笑っていたら、横から名前を呼ばれた。その瞬間、陽菜がわたしの頬をぎゅっとつねって離すから、「い、った……!」と、つい本気の悲鳴が漏れる。

 ヒリヒリする頬を撫でていると、ふっと笑う声が聞こえて、腕に青いコードブレスレットを付けた手がわたしの机に紙パックのいちごミルクを置いた。

「蒼生くん」

 手首の目印を確かめてから顔をあげると、机の横に立った蒼生くんの明るい茶色の髪がふわりと揺れた。笑いかけられているような気配に笑い返すと、机に置かれたいちごミルクのパックの角を指で弾くようにして蒼生くんの手が離れていく。


「それ、食堂のお土産」

「ありがとう。お昼、食堂で食べてたの?」

「あー、うん。武下が今日は弁当ないって言うから」

「そうなんだ」

 蒼生くんとは週二で一緒に下校するし、毎日ラインで話しもするけど、休み時間はお互いに友達と一緒にいることが多いから、たまにこんなふうに話しかけてもらえたときはすごく嬉しい。

 ふわふわした気持ちで机のいちごミルクに手を伸ばすと、廊下のほうから「蒼生ー」と男子の声がした。

 蒼生くんと一緒に声が聞こえてきたほうを向くと、数人の男子が廊下の窓から身を乗り出していた。そのなかのひとりが、片手にサッカーボールを持っている。 


「蒼生、外行かねーの?」

「ああ、行く」

 友達からの呼びかけに蒼生くんが短く答える。その声が、わたしと話すときよりも少しだけ低くなった。

「今日はサッカー?」

「うん、そう」

 蒼生くんは、天気の良い昼休みは友達とよく外でサッカーやバスケをしてるらしい。

「柚乃も、江藤と一緒に見に来る?」

「わたしは行かないよ。行くなら、柚乃ひとりで行きなよ」

 蒼生くんの誘いに少しだけ心が揺れたけど、陽菜が素っ気なく即答で断るから、わたしも首を横に振った。

「せっかく誘ってくれたのにごめん。陽菜が行かないなら、わたしもやめとく」

「そっか。じゃあ、行ってくる。今日、放課後な」

「うん」

 今日は美術部が休みで、蒼生くんと一緒に帰る日なのだ。

 わたしが頷くと、蒼生くんは手を振って教室から出て行った。

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