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榊 柚乃・2
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しおりを挟む明るい茶色の髪、シャツの袖を捲った手首に付けた青のブレスレット、踵の潰れた上履き。ペタペタと床を鳴らしながら遠ざかっていく蒼生くんの背中を見つめていたら、すぐそばで陽菜が盛大にため息を吐いた。
「あーあ。幸せそーな顔しちゃって」
「べ、別に……。普通の顔だよ」
からかいとも嫌味とも取れそうな陽菜のボヤキに、反射的に顔が熱くなった。
たしかに、陽菜がそばにいるにも関わらず、去っていく蒼生くんの後ろ姿をじっと見つめすぎた。だって、後ろ姿や歩き方はもちろん、蒼生くんが上履きで床を踏み鳴らす音ですら好きなんだから仕方ない。
恥ずかしさを誤魔化すように、蒼生くんが置いていったいちごミルクのパックから乱暴にストローを引っ張ると、顔中に陽菜の視線を感じる。
「なに?」
「別にー。そんなに名残惜しそうに時瀬くんの後ろ姿を見つめるなら、わたしのことなんて気にせずにサッカー観に行けばよかったじゃんって思って」
別に、と前置きしながらも、思ったことをしっかりと伝えてくる陽菜の声は、少し不貞腐れている。
「陽菜が行かないなら行かないよ」
「どうして? 時瀬くん、柚乃に断られてちょっと残念そうにしてたよ」
「そうなんだ……」
わたしが見に行くって言えば、蒼生くんは喜んでくれたのかな。でも、な……。
「どうしたの?」
考えごとをしながら、いちごミルクのパックに刺したストローの先を指で摘んでいると、陽菜が横から顔を覗き込んできた。
「別に……」
「別に、って顔じゃないじゃん」
陽菜に指摘されて、ストローの先を摘む指先に力が入る。
「ごめん。さっき蒼生くんに誘われたとき、陽菜のことを断る口実にした」
「どういう意味?」
「蒼生くんに誘われたのはすごく嬉しかったし、行きたいなってちょっと思ったんだよ? でも、サッカーって何人か以上で集まってやるスポーツでしょ」
「正規の試合なら、1チーム11人とかでやるね」
「それに、広範囲で走り回るよね。そうなったら、目印があってもサッカーしてる男の子たちのなかから蒼生くんのことを見分けられないかもしれない」
「自信がないから、見たくても見に行けないんだ?」
「……」
ストローの先を、指で押し潰したり離したりしていると、陽菜がふっと息を吐いた。
「そんなこと言ってて、柚乃はこれからも時瀬くんと付き合っていけるの?」
「それは……、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なの? 顔もよくわかってない相手と付き合ってて、柚乃は不安じゃないの?」
「それはあんまり気にならないかな。だって、わたし、陽菜の顔だってよくわかってないもん」
わたしの反論に、陽菜がぐっと一瞬言葉を詰まらせる。身じろいだ陽菜の耳元で、金色の星のピアスがキラッと光った。
陽菜の耳にピアスホールが開いたのは、中学の卒業式のあとだった。
春休みにうちに遊びに来た陽菜の耳には、透明のファーストピアスが嵌められていて。ピアッサーで開けたときにバチンッてすごい音がしたという話を聞かされて、耳たぶがそわそわした。
「開けた穴が安定してきたら、もっと可愛いやつに変えるんだ。柚乃も一緒に選んで」
陽菜に頼まれて、わたしもピアス選びに付き合った。そこで陽菜が買ったのが、今も彼女の耳で揺れている小さな金色の星のモチーフがついたピアス。
アクセサリーショップで、お互いに一番可愛いと思うやつをひとつずつ選ぼうと陽菜に言われて、わたしが選んだものだ。耳たぶに触れる部分は小さな三日月のような形になっていて、そこから金色の小さな星がぶら下がっている。
いっせいのーでで店内でお互いが見つけたベストワンを見せ合ったとき、陽菜はわたしが選んだものとは全然タイプの違うデザインのピアスを手に載せていた。
わたしが陽菜をイメージして選んだピアスは思いっきり可愛い系だったのに対して、陽菜自身が選んだピアスはフープ状のシンプルで大人っぽいデザインのもの。
「ごめん、陽菜の好みと違ったね」
笑って元の場所に戻しに行こうとしたら、陽菜はわたしの手から金色の星のピアスをとった。
「そんなことない。柚乃が選んだ、これにする」
きっぱりとした声でそう言った陽菜は、そのとき、わたしが選んだ星のピアスだけを購入して、自分が選んだシンプルなほうは買わなかった。
中学時代のわたしは、陽菜のことをポニーテールに派手なシュシュを付けた髪型で見分けていたのだけど。高校生になった陽菜は、わたしが選んだ金色の星のピアスを毎日付けるようになった。
今では、耳元で揺れる小さな金色の星が、わたしが陽菜を間違えないための目印だ。
変わらない目印をいつも付けてくれていることはありがたいけど、せっかくピアスホールを開けたのに、一年以上も同じピアスを付けっぱなしで陽菜は飽きないのだろうか。
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