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君の全部
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しおりを挟む「え、顔の区別ついたってこと?」
柚乃の言葉に、右手とともに引っ込めた邪な気持ちが完全に吹き飛ぶ。少し興奮して距離を詰めると、柚乃が首を横に振って、ふふっと笑った。
「ううん、そうじゃないの。でも蒼生くんのことはちゃんとわかった」
「……え?」
「わたしね、ずっと、蒼生くんを見分けるには、ブレスレットが必要不可欠だと思ってた。だけどそうじゃなくて、これはお守りみたいなものだったって気付いたの」
「お守り?」
「そう。99%の確証を100%の自信に変えるためのお守り。あったら心の拠り所になるけど、本当はなくても大丈夫なの」
柚乃が笑って、おれの左手首をブレスレットの上から指でなぞる。くすぐったくて手を退けようとすると、彼女がまたおれの左手をぎゅっと握りしめてきた。
「みんな同じにしか見えないと思ってたし、蒼生くんも大勢の中に混じればぼんやりしてよくわかんなくなっちゃうんだけど……。それでもやっぱりよく探せば、教室の中で蒼生くんだけが目立つの。髪型とか踏み潰した上履きの踵を確認しなくても、友達と話してるときのちょっとした仕草とか、纏う空気で、ちゃんと蒼生くんを認識できた。あとね、こうしてくっついたら、もっとよくわかる」
そんなことを言ったかと思うと、柚乃が少しの躊躇いもなく、正面からおれに抱きついてくる。
「え、ちょ、なに?」
「近くで触れたら、感覚やにおいで蒼生くんだってすぐにわかるよ」
「に、におい!?」
「うん、蒼生くん、いつも甘くていいにおいがする」
おれの背中に両腕を回した柚乃がそう言って、左胸のあたりに頭を擦り寄せてくるから、死ぬほど動揺して心臓が口から出そうになった。
「蒼生くん香水付けてるの?」
「付けてないよ。服から匂うんだったら、おれの母親が海外製の柔軟剤好んで使ってるからかも。洗うと香水みたいなにおいになるとかって」
「そうなんだ。わたし、このにおい好き」
「そう、ですか……」
母親が使っている柔軟剤の匂いなんて気にしたこともなかったけど、柚乃に好きって言ってもらえるなら、それを好んで使ってくれている母親に膝をついて感謝すべきかもしれない。
昨日の放課後から、びっくりするくらいの距離で近付いて来てくれる柚乃にドキドキしながら、右手でそっと彼女の髪に触れる。
背を丸めて顔を寄せると、彼女の髪からふわっとフローラルな優しい香りが漂ってきて、胸の奥がきゅっとした。
「においって言うならさ、柚乃さんだって、いつもいい匂いしますよ?」
シャンプーの香りに混じった、甘くて優しい、思わず抱きしめたくなる香り。するり、と手のひらで柚乃の艶やかな髪を撫でたら、彼女が顔をあげた。
「何言ってるの。蒼生くんのほうがいい匂いだよ」
柚乃がそう言って、おれの背中に回した両腕に力を入れる。
大きな瞳で下からじっと見上げられて、おれの理性がちょっとというか、かなり、揺れそうだった。
「いいんだけど……。こんなふうに抱きつくときは、相手がほんとうにおれかどうか、マジでしっかり見定めてからにしてね。心配だから」
深呼吸みたいな重たいため息を吐くと、柚乃が無邪気にくすくす笑う。
あーあ。人の気も知らないで。
ちょっとだけ力を入れて柚乃の肩を抱き寄せると、彼女がおれの腕のなかで安心したように小さく収まった。
「そういえば、蒼生くんと初めてちゃんと話したのって、放課後の美術室だったね」
「ああ、人物画の課題に付き合ったときな。あのとき柚乃が描いたおれの顔、びっくりするくらい別人だったよな」
「わかんないけど……、そうだったのかな」
思い出して、ふっと笑うと、柚乃もおれの腕の中で肩を揺らす。
「昨日、陽菜に、『顔もわからないの蒼生くんのどこが好きなの』って訊かれてね、わたし、ちょっとだけドキッとしたんだ。これまで人の顔なんてわからなくてあたりまえだったんだけど、蒼生くんと付き合い始めてからのわたしは、蒼生くんの顔がちゃんとわかるようになりたいって思う気持ちが芽生えてて。蒼生くんがどんな顔して笑うのか、どんな顔して怒るのか、どんな顔して泣くのか知りたくて。それがわからない自分が悲しくて、もどかしかった」
さっきまで思い出話に笑っていた柚乃が、急に改まった声で話し出したから、ドキッとする。
「泣くのはあんまり見られたくないけど……」
場の空気を濁すように冗談混じりにそう言うと、柚乃が静かにふっと笑った。
「でもね、わたしが蒼生くんのことを好きになった理由は、初めから見た目じゃないから」
おれの胸に額を押し付けた柚乃の声が、響いて振動する。
「蒼生くんがほんとうはどんな顔してるのか、どんなふうに笑うのか、わかればすごく嬉しいけど……。でも、わからなくても、わたしは蒼生くんのことが大好きだよ。蒼生くんだから好き。優しい、蒼生くんの丸ごと全部。うまく、言えないけど――」
柚乃の言葉がおれの中で響いて、身体中を揺さぶって。心の深い奥のほうから、言葉にできない熱い感情が一気に溢れ出してくる。
目の前の細くて頼りない存在が愛おしすぎて、おれは柚乃の身体を力の加減もできずに抱きしめた。
母親譲りの地毛の明るい茶髪とか、人に睨んでると誤解されがちな目力強めのつり目とか。悪目立ちばかりして誤解ばかりされる自分の容姿に、ずっとうんざりしてた。
外見で悪いことしそうだっていつも他人に決めつけられて、自分がそれ以外の基準で判断されることはないんだと思ってた。
だから、おれの丸ごと全部が好きなんて言われたら、嬉しくて胸が潰れそうだ。
「やばい。それ、泣きそう」
「どうして?」
不思議そうに訊ねてくる柚乃に、また、身体の奥から想いが込み上げてくる。
「柚乃がいてくれて、すげー嬉しいから」
「うん、わたしも蒼生くんがいてくれてすごく嬉しい」
ひしゃげて掠れたおれの声に、柚乃の声が優しく重なる。
このままどこにも行かせたくなくて……。抱え込むみたいに抱きしめると、柚乃の乾いた頬がおれの頬に触れて少し濡れた。
触れ合う頬も、抱きしめた身体も泣けるほどに温かくて。好きだと思った。ものすごく。
きっとこの先も、君の温かさに触れる度におれは何度も同じことを思うんだ。
どうしようもなく、君のことが好きだ、って。
fin.
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他の方もおっしゃっていますが、一気読み間違いなしです!
誤解されやすいけど優しい心の持ち主の蒼生くん。めっちゃ好きになりました。
そして、柚乃ちゃんの過去の話はとても切なくなりました。
ふたりにはこれからも困難なことが待っているかもしれないけれど、きっと乗り越えてずっと思い合えるんだろうなぁという安心感があります。
優しい気持ちになれるお話です。
すずさん、読んでくださりありがとうございます!!
蒼生くん、好きになっていただけて嬉しい…!
柚乃の過去にも共感していただきありがとうございます。
ふたりはこれからも思い合っていくと思います…♡
まさに、最後は優しい気持ちになっていただけたらいいなあと思いながらかいたので、そう言っていただけて嬉しいです!
素敵な感想ありがとうございます!!
蒼生くんと柚乃ちゃんの感情があふれるほどに伝わって来て、最後まで一気に読みました!
途中途中で胸がギュッとなってしまうくらいに切なかったり、思い合っている二人の姿が微笑ましかったり。柚乃ちゃんがとても可愛いと思いました♡
本当に素敵な作品でした。
読ませていただいてありがとうございます!
りろさん、ほんとに一気読みしてくださったんですね…!ありがとうございます…!!
ふたりの気持ちがそれぞれ伝わるように、前後半で視点を分けて書いてみたので、感情がたくさん伝わっていたら嬉しいです!
柚乃も可愛く思っていただけてよかった…。蒼生柚乃、私の中でも気に入ってるふたりです。
素敵な感想ありがとうございます!
最後は一気読みでした。
止めておいたのは、あの失くし物の場面で。
そこからの展開は何度読んでも泣いちゃうんだよな、と思いながら、やっぱり泣いちゃった。
時瀬くんの人に誤解されやすくぶっきらぼうだけど優しいところとか、柚乃ちゃんの臆病な理由とかキャラだちもすごくいいし、切なさも溢れる物語。
ステキでした!!
リコさん、こちらでも読んでくださりありがとうございます…!!
失くし物からの展開、私も見直してるときにいつもちょっと泣きます…笑
時瀬と柚乃のキャラも褒めていただけて嬉しい!!最近書いた話の中でも思い入れのふたりなので、ステキな感いただいて飛び上がってます!