青春ヒロイズム

碧月あめり

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2.初恋は記憶の底に

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 四月。高校二年生の新学期が始まった初日の教室は、ガヤガヤと騒がしかった。


 元々の顔見知りや友達同士が多いのか、教室には既にいくつかのグループができている。私は教室の中をきょろきょろと見回すと、出席番号順で割り当てられた窓際の席に座った。


 正直なところ、新しい学校にも新しいクラスにもあまり期待はしていなかった。

 それなのに、今の私は少しだけソワソワしている。

 昇降口に張り出されていたクラス発表を確認しているときに、同じクラスの名簿の中に、編入手続きの日に偶然再会した初恋の人の名前を発見してしまったのだ。


 新しい学校生活に期待なんてしないつもりだったのに。まさかの出来事に、ほんの少し胸が踊る。


 自分の席に座ったまま教室中に視線を巡らせたけれど、まだ登校してきていないのか、彼の姿は見当たらなかった。


 机に片肘をついて窓に視線を向けると、そのガラスに自分の姿と教室の風景がぼんやりと映る。


 赤のネクタイに、上下ともに紺一色のブレザー。出かける前に自宅の鏡も見てきたけれど、新しい制服を着た自分の姿に違和感がある。

 中学からずっと女子校だったせいもあるだろうけど、共学の教室の雰囲気にもなんとなく馴染めなかった。まだ新学期が始まったばかりだというのに、窓ガラスに映る自分だけがこの教室で浮いているように思える。


 私はこの学校で、卒業までの二年間を無難にやり過ごせるだろうか。

 初恋の人と同じクラスだとわかって一瞬心が浮ついたものの、これからのことを考えれば、喜んでばかりもいられない。


「ねぇ、深谷みたにともちゃんだよね?」

 窓ガラスの自分を睨んでいると、突然、後ろ席の女子がトントンッと背中を軽く叩いてきた。


 クラス名簿で事前に前後の生徒の名前は確認できただろうけれど、彼女が私の名前を初めから知っているような訊き方をしてきたから驚いた。


 無言で瞬きしていると、色白でくりっとした目が印象的な彼女が、無邪気に微笑みかけてくる。


「私、村田 智香ともか。幼稚園と小学校のときに一緒だったんだけど、覚えてる?」

「村田、さん……?」

 聞いたことのあるような、ないような。そんな名前に首を傾げる。


「何回か同じクラスにもなったことあるんだけど、覚えてないかな? 私、小学生の頃は、よく『トンカ』って呼ばれてたんだけど」

 そう言われて、ようやくピンときた。

「あぁ、トンカちゃん」

 小学生のとき、たしかに、同じ学年にそういうあだ名で呼ばれていた女の子がいた。でも、目の前にいる村田さんと記憶の中の「トンカちゃん」の印象はかなり違う。


「トンカちゃん」はもうちょっと……。

「やっぱり、深谷 友ちゃんだ!」

 村田さんの弾んだ声が、私の思考を遮る。


「クラス名簿で名前を見て、小学校の同級生と同姓同名の子がいるなーって思ってたんだ。やっぱり、本人だったんだね」

 私を見て懐かしそうに微笑む村田さんは、なんだかとても嬉しそうだった。


「トンカちゃん」と同じクラスだったのは、私の記憶では幼稚園のときと小学校の三、四年生のときだ。たまに話すことはあったような気がするけど、普段遊ぶグループは違ったし、そこまで仲が良かった記憶もない。

 それなのに、記憶のなかの「トンカちゃん」とはすっかり変わってしまった村田さんは、まるで古くからの旧友に会えたみたいに私との再会を喜んで、ペラペラと話しかけてきた。


「友ちゃんが同じ高校だったなんて知らなかったよ。中学は地元じゃなかったよね?」

「うん。中学は受験したから」

「そっか。それで、高校受験でここ受けてたの? 友ちゃんが同じ学校にいたなんて、全然知らなかったよ」

「そうじゃなくて、二年からの編入」

「そうだったんだ」

 意識的に素っ気ない態度をとる私に、村田さんはにこにこと無邪気に笑いかけてくる。


 二年からの編入だと言えば、何かワケアリな事情があるのかもと勘繰られて、引かれるだろうと思ったのに、村田さんの表情は変わらない。悪意も偏見もない綺麗な目で、私のことを見てくる。

 そういえば小学生の頃の「トンカちゃん」は、誰に何を言われてもいつもにこにこと笑っている、そういう女の子だった。


「ここの高校、地元から一番近いでしょ? だから、小学校の同級生も何人か来てるんだよ。クラスは違うけど、岸本きしもと 愛莉あいりとか槙野まきの けんとか覚えてる?」

「トンカちゃん」の本名の村田 智香にはあまりピンとこなかったけど、岸本 愛莉や槙野 憲という名前はよく覚えていた。

 岸本 愛莉は同学年の中でも特に可愛いくて、目立つ女子だったし、槙野 憲は学年行事の度に友達と悪ふざけをしては、先生から名指しで怒られているような、やんちゃな男子で、ふたりとも記憶に残りやすいタイプの子だったからだ。

「このクラスだったら、私以外にも石塚いしづか竜馬りょうまと……」

 村田さんが話しているとき、ふたりの男子が並んで教室に入ってきた。そのことに気付いた村田さんが、彼らに向かって親しげに手を振る。


「リョウくん、カナくん。おはよう!」

 村田さんに声をかけられたふたりが、同時にこちらに視線を向けた。その瞬間、私の心臓がドクンと跳ねる。


「リョウくん、カナくん、ちょっと来て来て」

 村田さんが手招きすると、リョウくん、カナくんと呼ばれたふたりが不思議そうに顔を見合わせて、こっちに向かって歩いてきた。彼らが近づいてくるのに合わせて、私の鼓動がドクドクと速くなっていく。


「あのふたりも、小学校のときの同級生だよ。石塚 竜馬と、星野ほしの奏樹かなき

 村田さんが、向かって右側の緩くパーマのかかった茶髪の男子を指さしたあとに、その隣の黒髪の男子を指さす。

 黒髪の男子の名前が星野奏樹だということは、教えてもらわなくても知っていた。まさにその人こそ、編入手続きの日に校庭で出会った、私の初恋相手だったから。

 同じクラスになれただけでも奇跡的だと思っていたのに、転入早々、こんなに間近で彼を見られるなんて……。

 心臓がバクバク鳴って、呼吸困難になりそうだった。


 だけど、村田さんはもちろん、星野くんも石塚くんも、私が息が詰まりそうな程緊張していることに気付いていない。

 というより、石塚くんと星野くんは、村田さんと話していた私のことを気に留めてすらいない。

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