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1.龍神の花嫁
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それから月日が経ち、六つになった頃。葵は神社の庭の中をひとりで散歩することを許された。
ひとりで散歩に出た葵が池へと向かうと、太鼓橋の袂で、白銀の髪の着流しの男が、初めて会ったときと同じようにしゃがんで鯉に餌をやっていた。
少し離れたところから葵がじっと見ていると、男が袖に手を入れて、掴んだものを差し出してきた。
「あなたもやりますか?」
軽く横に流した前髪の向こうから、澄んだ青の瞳が葵をやさしく見つめる。
咄嗟に、ゆるりと頭を左右に振ると、男が「そうですか」と、掴んでいたものを池に投げた。
池の鯉たちが投げられた餌に一斉に群がるのを、葵がやはり少し不気味に思いながら見ていると、
「今日はおひとりですか?」
男が訊ねてきた。
龍神様の花嫁として美雲神社にやって来てから、葵はキヨとマキノ以外の人間と話したことがない。
「……む、六つになったので」
よく知らない男と話すのに緊張して、言葉が少しつっかえた。
「なるほど、もう六つになられましたか」
ゆるりと口角をあげた男が、なぜか感慨深げに頷く。
葵が不思議そうに瞬きすると、男が一度腰を上げて、葵の前で膝をついた。
「ご挨拶が遅れましたね。私の名前は御蔭です。もう随分と長い間、この美雲神社で池の管理をしております。あなたは?」
同じ目線の高さで初めて御蔭に見つめられたとき、幼い葵の胸は戸惑いに揺れた。
左目を白布で覆っていても、御蔭は子どもの葵にもわかるほど顔立ちが整っていた。葵がじっと見ていると、御蔭が、「ああ……」とつぶやいて左目の眼帯に触れた。
「これが気になりますか?」
葵がこくりと頷くと、御蔭がわずかに眉を下げる。
「片方の目が悪いので、はずすことができないのです」
御蔭の言葉に頷きながら、葵は少し勿体無いなと思った。見えている部分だけでも充分に美しい御蔭の素顔は、もっと美しいだろうから。
「わたしの名は葵といいます。この神社で祀られているひとつ目の龍神様の花嫁です」
「葵ですか。良い名ですね」
少し緊張の解けた葵が名乗ると、御蔭がふっと笑う。その笑みは美しく、不思議な妖艶さがあって。幼い葵の胸を、また戸惑いに揺らすのだった。
初めて御蔭と言葉を交わした夜、葵はキヨとマキノに彼のことを話した。
だが、世話係のふたりはとぼけた顔で、「そのような人、この神社の敷地内にいらっしゃいましたでしょうか」と言う。
次に御蔭に会ったとき、葵がそのことを話すと、
「そうでしょうね。私は、ここの人には見えていないようですから」
御蔭は少し淋しそうな顔でそう言った。
「もしかして、その目がほかと違うせい?」
白布で覆った左目を気にする葵に、御蔭は肯定も否定もしなかった。
その頃の葵は、世の中では、少し人と違う容姿しているだけで、冷たくあたられたり、見えないもののように扱われることがあるのことを知っていた。
御空色の瞳で生まれ、龍神の花嫁として美雲神社に閉じ込められた自分や母がそうだ。冷たくあしらわれて、虐げられている側。
そして御蔭は、きっと自分と同じ側の人間。葵は、御蔭のことをそういうふうに理解したのだった。
ひとりで散歩に出た葵が池へと向かうと、太鼓橋の袂で、白銀の髪の着流しの男が、初めて会ったときと同じようにしゃがんで鯉に餌をやっていた。
少し離れたところから葵がじっと見ていると、男が袖に手を入れて、掴んだものを差し出してきた。
「あなたもやりますか?」
軽く横に流した前髪の向こうから、澄んだ青の瞳が葵をやさしく見つめる。
咄嗟に、ゆるりと頭を左右に振ると、男が「そうですか」と、掴んでいたものを池に投げた。
池の鯉たちが投げられた餌に一斉に群がるのを、葵がやはり少し不気味に思いながら見ていると、
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男が訊ねてきた。
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よく知らない男と話すのに緊張して、言葉が少しつっかえた。
「なるほど、もう六つになられましたか」
ゆるりと口角をあげた男が、なぜか感慨深げに頷く。
葵が不思議そうに瞬きすると、男が一度腰を上げて、葵の前で膝をついた。
「ご挨拶が遅れましたね。私の名前は御蔭です。もう随分と長い間、この美雲神社で池の管理をしております。あなたは?」
同じ目線の高さで初めて御蔭に見つめられたとき、幼い葵の胸は戸惑いに揺れた。
左目を白布で覆っていても、御蔭は子どもの葵にもわかるほど顔立ちが整っていた。葵がじっと見ていると、御蔭が、「ああ……」とつぶやいて左目の眼帯に触れた。
「これが気になりますか?」
葵がこくりと頷くと、御蔭がわずかに眉を下げる。
「片方の目が悪いので、はずすことができないのです」
御蔭の言葉に頷きながら、葵は少し勿体無いなと思った。見えている部分だけでも充分に美しい御蔭の素顔は、もっと美しいだろうから。
「わたしの名は葵といいます。この神社で祀られているひとつ目の龍神様の花嫁です」
「葵ですか。良い名ですね」
少し緊張の解けた葵が名乗ると、御蔭がふっと笑う。その笑みは美しく、不思議な妖艶さがあって。幼い葵の胸を、また戸惑いに揺らすのだった。
初めて御蔭と言葉を交わした夜、葵はキヨとマキノに彼のことを話した。
だが、世話係のふたりはとぼけた顔で、「そのような人、この神社の敷地内にいらっしゃいましたでしょうか」と言う。
次に御蔭に会ったとき、葵がそのことを話すと、
「そうでしょうね。私は、ここの人には見えていないようですから」
御蔭は少し淋しそうな顔でそう言った。
「もしかして、その目がほかと違うせい?」
白布で覆った左目を気にする葵に、御蔭は肯定も否定もしなかった。
その頃の葵は、世の中では、少し人と違う容姿しているだけで、冷たくあたられたり、見えないもののように扱われることがあるのことを知っていた。
御空色の瞳で生まれ、龍神の花嫁として美雲神社に閉じ込められた自分や母がそうだ。冷たくあしらわれて、虐げられている側。
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