離縁の雨が降りやめば

碧月あめり

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2.離縁の雨

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 しとしとと降り続く十日目の雨。雲に覆われた鈍色の空は、まだしばらく晴れそうもない。

 縁側から外に出た葵は、誰にも見つからないように庭の池へと向かった。

 十日降り続いた雨のせいで、庭の地面はかなりぬかみ、足場が悪くなっている。道には大きな水溜りができ、雨によって溢れた水が、細い川のようになって道の脇を流れていく。

 晴れていれば五分も絶たずと辿り着くことができる池への道のりも、雨のおかげで困難だった。

 着物の裾を濡らしながら、葵がようやく池のそばに辿り着くと、太鼓橋の真ん中で御蔭が傘も持たずに天を見上げていた。

 雨に打たれることなど気に留めず、どこか虚ろな目で鈍色の空を見つめる御蔭。濡れて顔に張り付いた彼の白銀の髪は、陽の光もないのにまばゆく輝いて見える。御蔭の横顔は、見惚れてしまうほどに美しかった。

 葵が立ち止まって息を止めていると、一匹の鯉が池の中でパシャリと跳ねる。その音に振り向いた御蔭が、太鼓橋の袂にたたずむ葵に気が付いた。

「こんな雨の中、どうしたのですか?」

 御蔭が、いつもと変わらぬ様子で葵に話しかけてくる。

 雨ですっかり濡れ鼠だというのに、まるでなにも気にしていない御蔭に、葵は速足で近付いた。

「それはこっちの台詞よ。御蔭こそ、雨の中、何をしているの。外に出られないあいだもあなたのことがずっと気になっていたのよ。こんなに濡れて……風邪をひくわ」

 傘を差す葵を、御蔭が右目を細めてやさしく見下ろしてきた。

 鈍色の空の下、御蔭の澄んだ青の瞳が、そこだけ唯一の晴れ間のようにも見える。それをじっと見つめる葵に、御蔭がふっと笑いかけてきた。

「私は大丈夫ですよ。この長雨なので、池の鯉たちが心配で……」

 御蔭がそう言って、池のほうに視線を動かす。

 御蔭の言うように、十日続く雨で池の水は嵩を増し、今にも溢れ出しそうなところをぎりぎりで堪えていた。

 この池の中で、鯉たちはどうしているのだろう。先ほど一匹跳ねるのを見たが、ほかの鯉たちは水底で静かに身を潜めているのだろうか。

 葵の案じていたとおり、御蔭が気にしていたのは池の鯉のことだった。

 十六歳の誕生日から降り続く豪雨に不安を覚えながら、葵が気にかけていたのは御蔭のことばかりだったというのに。彼は、離縁の雨がやまない十日間、ただの一度でも葵のことを想ってくれただろうか。

「それにしてもやみませんねえ、雨」

 池の水面を心配そうに見つめながら、御蔭がつぶやく。

 左目を覆う白布も、着流しもずぶ濡れにして、白銀の髪の毛の先から水を滴らせながら、それでも御蔭が気にするのは池のこと。

 胸の奥がざわつくのを感じて、葵は傘の柄をぐっと握りしめた。
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