12 / 74
2.離縁の雨
4
しおりを挟む「このままやまなければいいわ。雨なんて……」
竜堂家が、美雲神社の外の人々が、池の中の鯉が。誰がどう困ろうと、葵には関係のないことだ。
決して清くはない、葵の気持ち。雨音に消されるほど小さくつぶやいたはずが、
「そうですねえ」
なぜか、御蔭は葵の声をしっかりと掬いあげていた。
池の水面を見つめていた御蔭が、おもむろに葵を振り返る。
不意打ちに、どくん、と、胸を鳴らす葵に、御蔭が濡れた前髪の向こうで澄んだ青色の右目を細めてみせた。
「葵の言うように、このまま雨が降り続けるのもいいかもしれません」
「え……?」
すりっと草履を鳴らして半歩近付いてきた御蔭の指が葵の額に触れる。その指先で、乱れた前髪を掻き上げられて、葵の鼓動が速くなる。
「み、かげ……」
葵が戸惑いに瞳を揺らしていると、
「葵様っ……!」
雨音の向こうで誰かが葵を呼んだ。
はっとして振り向けば、険しい顔のマキノが太鼓橋の袂に立っている。
「葵様! こんなところでなにをなさっているのです。早くお戻りください。章太郎様がお見えになっています」
「……章太郎様が?」
(何故……あの方が迎えにくるのは、離縁の雨があがってからのはず……)
「葵様っ……!」
マキノに強い口調で呼ばれて、葵は小さくため息を吐いた。マキノの様子からして、お引き取りいただくわけにはいかないのだろう。
葵は少し迷った後に、傘ごと後ろを振り向いた。
章太郎のことよりも、葵には雨に濡れた御蔭のほうが気がかりなのだ。
それに、さっきの御蔭は、葵になにかを伝えようとしていたような気がする。このまま御蔭を放っていけない。
「ねえ、御蔭もいっしょに……」
葵の家で濡れた身体を拭けばいい。そう言いかけて、葵は息を飲み込んだ。
つい先ほどまでそばにいたはずの御蔭が、姿を消していたのだ。
こんな雨の中、物音ひとつ立てずに消えることがあるだろうか。
「御蔭……?」
呼びかけてみるも返事はない。傘を少し持ち上げて周囲を見回していると、橋を渡ってきたマキノが葵の腕をつかんだ。
「葵様。すぐにお戻りを」
「でも、御蔭が……マキノも見たでしょう。わたしのそばに、銀の髪の着流しの男の人がいたのを……」
葵の言葉に、マキノが濡れて崩れた前髪をかきあげながら顔をしかめる。
「幼い故の戯れかと思っておりましたが……まだそのようなことをおっしゃるのですか、葵様。マキノには、葵様以外にどなたも見えません」
マキノは不機嫌そうに葵の手から傘を取り上げると、それを差して葵の手を引いた。
「さあ、早く戻りますよ。濡れた着物も着替えなくては」
マキノがぶつぶつ小言を言って、葵を民家のほうへと連れ帰る。途中、葵は何度も振り返ったが、御蔭の姿はどこにも見当たらなかった。
10
あなたにおすすめの小説
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる