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2.離縁の雨
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マキノが葵を連れ帰ると、シノが着替えを用意して待っていた。
「この着物にお着替えください」
シノが差し出してきたのは、前に章太郎から贈られてきた蝶や洋花のあしらわれた御空色の着物だった。
離縁の雨がやんで迎えに行くときに着てほしいと言われた派手な振袖だ。
「なぜ、これに?」
怪訝な顔をする葵から濡れた着物を剥ぎ取ると、マキノとシノが御空色の着物を羽織らせる。
「章太郎様がお待ちですから」
シノは微笑んで言うと、素早く葵を着付けてしまう。
「葵様はここでお待ちくださいね」
葵の着物を着替えさせると、マキノとシノが部屋を出ていく。それとほとんど入れ違いに入ってきたのは、軍服姿の竜堂 章太郎だった。
「思ったとおり、よく似合うな。俺の側妻に迎え入れるのに申し分ない」
御空色の着物に身を包んだ葵を見た章太郎が、顎を指先で撫でながらニヤリとする。
章太郎は顔立ちの端正なほうだ。けれど、品定めるようにじっと見てくる章太郎の目が、葵にはひどく気持ちが悪かった。
顔をしかめて後ずさる葵だったが、章太郎のほうは少しの遠慮もなくずかずかと部屋の奥へと踏み込んでくる。そうして、葵の手を乱暴に掴んだ。
「来い。今すぐここを出るぞ」
「出るとは、どういうことですか」
「おまえを妻にするために迎えに来たんだ。急げ。外に迎えを待たせている」
「そんな勝手な……わたしはまだここを出ることはできません」
強い力で腕を引かれて、葵は畳の上で足を踏ん張る。
「何故だ」
葵が抵抗すると思わなかったのか、章太郎が不機嫌そうに振り向いた。
「何故って……龍神様の降らした離縁の雨が、まだやんでいないからです」
葵が眉間を寄せつつ章太郎の手を振り払おうとすると、彼がふっと鼻先で笑った。
「はっ……そんなもの待っていられるか。おまえはもう、俺に嫁ぐことが決まっているんだ。姿も形もない龍神などどうでもいいだろう」
「でも、しきたりでは……」
「おまえは、一つ目の龍神の存在や古いしきたりを心から信じているのか」
「……」
章太郎に訊ねられ、葵は言葉に詰まってうつむいた。
葵は龍神の存在も古いしきたりも信じていない。けれど、しきたりにこだわって章太郎に抵抗するのは、御蔭のいる美雲神社を離れたくないからだ。
けれど、御蔭は太鼓橋の上で話している途中にどこかに姿を消してしまった。
「おまえだって、わかっているんだろう。龍神の花嫁など、古いしきたりに倣った形式上のものだと。おまえの冷めた目を見れば、龍神を敬う気持ちのないことなどすぐわかる。そして俺は、おまえのその目が気に入って、側妻にすると決めたんだ」
葵の腕を引っ張って引き寄せると、章太郎が葵の顎に指をかけて上を向かせる。
「どうせおまえは、若く美しいうちしか価値がない。次の花嫁候補が生まれるまで、せいぜい俺を楽しませくれるといい」
ニヤリと笑いながら顔を近付けてくる章太郎の言葉に、葵は吐き気するほど不快になった。
「……離してくださいっ!」
堪えきれずに葵が章太郎の頬を叩くと、軽く後ろによろけた彼が怒りに顔を歪めた。
「いきなり、何をする? 家に連れて行くまではせめて大事にしてやろうかと思ったが……言うことを聞かないなら痛い目に合わすぞ」
低い声で唸ると、章太郎が葵の肩をつかんで押し倒す。
「いいか、葵。おまえは今から俺の妻だ」
上からのしかかってきた章太郎が、ねっとりとした声で葵の耳元に囁く。その気持ち悪さに葵が眉をひそめた、その瞬間。
ドーン……、と。美雲神社の庭に落雷の音がして、部屋の襖が開いた。
マキノかシノだろうか。
マキノが葵を連れ帰ると、シノが着替えを用意して待っていた。
「この着物にお着替えください」
シノが差し出してきたのは、前に章太郎から贈られてきた蝶や洋花のあしらわれた御空色の着物だった。
離縁の雨がやんで迎えに行くときに着てほしいと言われた派手な振袖だ。
「なぜ、これに?」
怪訝な顔をする葵から濡れた着物を剥ぎ取ると、マキノとシノが御空色の着物を羽織らせる。
「章太郎様がお待ちですから」
シノは微笑んで言うと、素早く葵を着付けてしまう。
「葵様はここでお待ちくださいね」
葵の着物を着替えさせると、マキノとシノが部屋を出ていく。それとほとんど入れ違いに入ってきたのは、軍服姿の竜堂 章太郎だった。
「思ったとおり、よく似合うな。俺の側妻に迎え入れるのに申し分ない」
御空色の着物に身を包んだ葵を見た章太郎が、顎を指先で撫でながらニヤリとする。
章太郎は顔立ちの端正なほうだ。けれど、品定めるようにじっと見てくる章太郎の目が、葵にはひどく気持ちが悪かった。
顔をしかめて後ずさる葵だったが、章太郎のほうは少しの遠慮もなくずかずかと部屋の奥へと踏み込んでくる。そうして、葵の手を乱暴に掴んだ。
「来い。今すぐここを出るぞ」
「出るとは、どういうことですか」
「おまえを妻にするために迎えに来たんだ。急げ。外に迎えを待たせている」
「そんな勝手な……わたしはまだここを出ることはできません」
強い力で腕を引かれて、葵は畳の上で足を踏ん張る。
「何故だ」
葵が抵抗すると思わなかったのか、章太郎が不機嫌そうに振り向いた。
「何故って……龍神様の降らした離縁の雨が、まだやんでいないからです」
葵が眉間を寄せつつ章太郎の手を振り払おうとすると、彼がふっと鼻先で笑った。
「はっ……そんなもの待っていられるか。おまえはもう、俺に嫁ぐことが決まっているんだ。姿も形もない龍神などどうでもいいだろう」
「でも、しきたりでは……」
「おまえは、一つ目の龍神の存在や古いしきたりを心から信じているのか」
「……」
章太郎に訊ねられ、葵は言葉に詰まってうつむいた。
葵は龍神の存在も古いしきたりも信じていない。けれど、しきたりにこだわって章太郎に抵抗するのは、御蔭のいる美雲神社を離れたくないからだ。
けれど、御蔭は太鼓橋の上で話している途中にどこかに姿を消してしまった。
「おまえだって、わかっているんだろう。龍神の花嫁など、古いしきたりに倣った形式上のものだと。おまえの冷めた目を見れば、龍神を敬う気持ちのないことなどすぐわかる。そして俺は、おまえのその目が気に入って、側妻にすると決めたんだ」
葵の腕を引っ張って引き寄せると、章太郎が葵の顎に指をかけて上を向かせる。
「どうせおまえは、若く美しいうちしか価値がない。次の花嫁候補が生まれるまで、せいぜい俺を楽しませくれるといい」
ニヤリと笑いながら顔を近付けてくる章太郎の言葉に、葵は吐き気するほど不快になった。
「……離してくださいっ!」
堪えきれずに葵が章太郎の頬を叩くと、軽く後ろによろけた彼が怒りに顔を歪めた。
「いきなり、何をする? 家に連れて行くまではせめて大事にしてやろうかと思ったが……言うことを聞かないなら痛い目に合わすぞ」
低い声で唸ると、章太郎が葵の肩をつかんで押し倒す。
「いいか、葵。おまえは今から俺の妻だ」
上からのしかかってきた章太郎が、ねっとりとした声で葵の耳元に囁く。その気持ち悪さに葵が眉をひそめた、その瞬間。
ドーン……、と。美雲神社の庭に落雷の音がして、部屋の襖が開いた。
マキノかシノだろうか。
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