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5.墨色の鯉
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「葵様、そちらは?」
「これは、母から引き継いだ大切な御守りです」
葵が目を細めて右手に視線を向けると、
「龍の鱗が入った特別なものよ」
そばで着付けを見ていた蓮華が話に入ってきた。
「龍の鱗?」
「そうよ。もとは私が葵様のお母様に渡しだものなのだけど、大事にとっておいて引き継いでくださったんですって。素敵なご縁があるものでしょう」
「そうでしたか」
嬉しそうに顔を綻ばせる蓮華に、橘のほうは淡々と頷く。
「それほど大切なものなら、お着替えの際になくさないようにしなければいけませんね。澄、しばらくおあずかりしてさしあげて」
「はい……!」
橘の指示に、澄が飛び上がりそうな勢いで葵の前に出てきた。
「あの……おあずかりしておいてよいでしょうか」
澄が上目遣いに葵を見ながら、両手で腕を作るようにして差し出してくる。
澄の瞳は着物と同じで烏貝のように真っ黒だ。
一瞬でも母の御守りを手放すことは気が引けたが、つぶらな瞳で懇願するように見つめられるとだんだんと澄のことが不憫に思えてきてしまう。
「それなら、お願いするわ」
葵が澄の手に御守りを預けると、彼女がほっとしたように表情をやわらげた。
「はい。葵様の大切なもの、澄が大事にあずからせていただきます」
出会ってからずっとどこか怯えたように顔を強張らせていた澄の穏やかな表情に、葵の胸がそわっとあたたかく揺れた。
(この子と仲良くなれないかしら……)
澄が見た目的にも葵と近いからだろうか。葵が御蔭以外の他人に対して、そういう気持ちを抱くのは初めてだった。
葵が不思議な感情に揺れる胸に手をあてていると、橘が澄の肩をつかんだ。
「澄、用が済んだのならおさがりなさい。着付けが進まないでしょう」
橘に後ろへと追いやられて、澄の細い身体がふわっと揺れながら離れる。
体勢を整え直した澄の瞳には、また怯えの色が浮かんでいた。せっかく少し気を許すような表情を浮かべてくれたのに残念だ。
がっかりとして表情を曇らせる葵だったが、橘は葵の微細な心の変化などには気付かずに着物の着付けを進めていく。
軽く試着するだけかと思っていたが、橘は袂をしっかりと合わせると、帯紐を固めに結んで丁寧に着付けてくれた。
最後に、着物の刺繍に使われているのと同じ琥珀色の帯を締めようというとき。
「澄、澄~! どこにいるの? ちょっと手伝ってほしいことがあるのだけど……」
勢いよく飛び込んできたのは、朱一色の鯉だった。
「どうしたというの。蓮華様の前で騒がしい」
橘が帯を結ぶ手を止めて振り返る。
つられて葵も振り向くと、体と鰭をくねらせて上に頭を向けた鯉が、ちょうど人の姿へと変化するところだった。
「これは、母から引き継いだ大切な御守りです」
葵が目を細めて右手に視線を向けると、
「龍の鱗が入った特別なものよ」
そばで着付けを見ていた蓮華が話に入ってきた。
「龍の鱗?」
「そうよ。もとは私が葵様のお母様に渡しだものなのだけど、大事にとっておいて引き継いでくださったんですって。素敵なご縁があるものでしょう」
「そうでしたか」
嬉しそうに顔を綻ばせる蓮華に、橘のほうは淡々と頷く。
「それほど大切なものなら、お着替えの際になくさないようにしなければいけませんね。澄、しばらくおあずかりしてさしあげて」
「はい……!」
橘の指示に、澄が飛び上がりそうな勢いで葵の前に出てきた。
「あの……おあずかりしておいてよいでしょうか」
澄が上目遣いに葵を見ながら、両手で腕を作るようにして差し出してくる。
澄の瞳は着物と同じで烏貝のように真っ黒だ。
一瞬でも母の御守りを手放すことは気が引けたが、つぶらな瞳で懇願するように見つめられるとだんだんと澄のことが不憫に思えてきてしまう。
「それなら、お願いするわ」
葵が澄の手に御守りを預けると、彼女がほっとしたように表情をやわらげた。
「はい。葵様の大切なもの、澄が大事にあずからせていただきます」
出会ってからずっとどこか怯えたように顔を強張らせていた澄の穏やかな表情に、葵の胸がそわっとあたたかく揺れた。
(この子と仲良くなれないかしら……)
澄が見た目的にも葵と近いからだろうか。葵が御蔭以外の他人に対して、そういう気持ちを抱くのは初めてだった。
葵が不思議な感情に揺れる胸に手をあてていると、橘が澄の肩をつかんだ。
「澄、用が済んだのならおさがりなさい。着付けが進まないでしょう」
橘に後ろへと追いやられて、澄の細い身体がふわっと揺れながら離れる。
体勢を整え直した澄の瞳には、また怯えの色が浮かんでいた。せっかく少し気を許すような表情を浮かべてくれたのに残念だ。
がっかりとして表情を曇らせる葵だったが、橘は葵の微細な心の変化などには気付かずに着物の着付けを進めていく。
軽く試着するだけかと思っていたが、橘は袂をしっかりと合わせると、帯紐を固めに結んで丁寧に着付けてくれた。
最後に、着物の刺繍に使われているのと同じ琥珀色の帯を締めようというとき。
「澄、澄~! どこにいるの? ちょっと手伝ってほしいことがあるのだけど……」
勢いよく飛び込んできたのは、朱一色の鯉だった。
「どうしたというの。蓮華様の前で騒がしい」
橘が帯を結ぶ手を止めて振り返る。
つられて葵も振り向くと、体と鰭をくねらせて上に頭を向けた鯉が、ちょうど人の姿へと変化するところだった。
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