離縁の雨が降りやめば

碧月あめり

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7.月夜の波紋

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 現世は今は月の出る夜。水面に近付くにつれ、時の流れも現世に近付いていくようだ。

 いよいよ橙の月の光が降り注ぐ池の水面が迫ってくる。月の光は水面の揺れに合わせて微妙に色を変えて煌めいて見える。それが、幻想的で美しい。

 差してくる月の光に葵がおもむろに手を伸ばした、そのとき。

 突然、ぐらりと舟が大きく揺れた。

 驚いた葵の喉が、ひゅっと鳴る。平衡を失った葵は、舟底に尻餅をついた。

 舟はまだグラグラと左右に揺れていて、手が届くの思った水面が徐々に遠ざかっている。

 なぜか強い力で池の底と引き戻されているのだ。

 舟の揺れはだんだんと激しくなり、葵は震えながら舟の縁にしがみつく。

(いったい、どうなっているの……?)

 おそるおそる舟の縁から下を覗く。その瞬間、ぎょっとして鳥肌がたった。

 舟の周りに、真っ黒な無数の大きな石がびっしりとこびりついていたのだ。よく見ると、それらは亀の甲羅だ。

 亀の大群が葵の舟の周りを囲み、下へと引き摺ろうとしているのだ。

「だめよ。やめて!」

 葵が必死に叫んだが、亀たちには言葉が通じない。

 前回ひとりで池の邸宅に行き来したときはこんなことは起こらなかったのに。何故なのか。

 恐怖と不安で、胸が激しく動悸し、身体が震える。

 舟の揺れはさらに激しくなり、どれだけ必死に縁に捕まっていても振り落とされそうだ。

「お願い……! やめて!」

 次の瞬間、舟の揺れがひときわ大きくなる。

「助けて……!」

 喉の奥から振り絞った声が掠れる。

 葵の恐怖の悲鳴とともに、舟が転覆した。

 途端に、着物の袖がまとわりついて葵の身体が重くなり、水中で自由に動けなくなる。

 舟の上ではうまくできていた呼吸も苦しくなって、鼻や口からゴボゴボと水が入ってきた。

 なにかに着物のあちこちを突かれ、おそらく亀たちだろうが、それを確かめる余裕はない。


 下へ、下へと引っ張られて、身体が沈む。

 水面の月の光はもう遠く、手を伸ばそうにも届かない。

(苦しい……御蔭……助けて……)

 このまま、もう会えなくなってしまうのではないか……

 絶望感に襲われた葵の脳裏に、ほんの一瞬、御蔭の微笑む顔が浮かぶ。

 肺を圧迫する苦しさに意識が途絶えそうになったとき、葵の視界の端でなにかがものすごい勢いで上昇してきた。それが、沈んでいく葵の手をつかまえて上へと引っ張っていく。

 遠ざかった月の光のあたる水面が、再び、視界のぼやける葵の目に迫る。

 ざばっと耳元で水面が弾ける音がして、葵の胸に一気に空気が流れ込んでくる。

 ゲホゲホと咳き込むと、誰かが葵の背をやさしく撫でてくれた。

「大丈夫ですか、葵様」

 聞こえてきたのは、か細い少女のような声。

 呼吸が落ち着いて見ると、助けてくれたのは澄だった。
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