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10.祝いの盃
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しおりを挟む和舟に乗って池の邸宅に向かう途中、並んで座った御蔭がふいに葵の肩に頭をもたせかけてきた。
「やはり、人に姿を見せると体力を使ってしまいますね……」
胸の前で羽織りの袖を重ねた御蔭が、おもむろに目を閉じる。さらさらとした白銀の髪が、葵の首筋に触り少しくすぐったい。
めずらしく無防備な御蔭の姿に、葵の心臓がトコトコ鳴る。同時に、それほど気を許してもらえていることが嬉しかった。
「わたしのためにありがとう……」
重なる羽織りの袖にそっと手をのせると、葵の肩で頭の位置をずらした御蔭がうっすらと青の右目を開く。
「礼を言われるようなことは何もありませんよ。すべて私が望んでしていることです」
そう言う御蔭の目は、今にもまどろみそうだ。その表情に、葵の胸がきゅっと甘いせつなさで痺れた。
ゆっくりと瞼をおろしていく御蔭の髪に頬を擦り寄せると、羽織りの腕から彼の手を握る。
反応を返さない御蔭は、どうやら半分眠りに落ちているようだ。
人の姿でマキノの前に出たので、疲れているのだろう。
御蔭の言うには、近頃、少し神力を使い過ぎているらしい。
白雪の一件で、沼に沈められそうになった葵のためにかなりの神力を使った。あのとき龍の鱗を失っていた葵は、本来であれば御蔭の姿が見えていなかったようで。
白雪に制裁を加えたあと、葵が御守りを取りもどすまで、御蔭は葵に自分の姿が見えるように力を使い続けていたようだ。
それでなくても、あれだけ怒り狂って天候を荒らしたのだから、体力を奪われてしまっても仕方がない。
御蔭はしばらく池の邸宅を出ずに養生して、今朝も葵を迎えに来てくれるとは思ってもみなかった。けれど、ほんの数十分、マキノに姿を見せただけで眠ってしまうほどに疲れているのだ。御蔭の力はまだ、完全には回復していないのだろう。
御蔭のそばにいられることを嬉しく思う反面、葵の胸にはどうしても、あるひとつの懸念が過る。
龍の鱗を持っていなければ、姿を見ることができない。そんな葵が、ほんとうに御蔭の花嫁となることが許されるのだろうか。
水面から差し込む太陽の光を受けて、ゆっくりと揺蕩う和舟。そのそばを、一匹の真鯉が黒い尾鰭を振りながら悠然と泳いでいく。
のんびりと時が流れていく池の中で、葵は静かに、重たい空気を吐き出した。
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