70 / 74
10.祝いの盃
4
しおりを挟む***
「御蔭、ついたわよ」
池の邸宅につくと、葵は御蔭の肩を揺すり起こした。
「ああ、すみません。眠ってしまいましたか。きっと退屈させてしまいましたね」
「それは大丈夫なのだけど……」
疲れている御蔭のことが気がかりだ。
「何を考えていましたか? それとも具合でも悪いですか?」
身体を起こした御蔭が、葵の頬に手をあてて、じっと目を覗き込んでくる。
探るようなまなざしに、葵の胸がドクンと跳ねる。
「だ、大丈夫よ。御蔭があんまり気持ちよさそうに眠っているから、わたしもぼんやりしてしまっていただけ」
何事にも無頓着な顔をして、御蔭は意外と人の――というより、葵の感情の機微に聡い。
「それならいいですが……」
そう言いながら、御蔭はまだじっと葵の顔を見つめている。頬が内側からじわじわと熱くなるのを感じる。きっとその熱は、葵の頬に触れる御蔭の手にも伝わっているだろう。
「そ、そろそろ行ったほうがいいんじゃない? 蓮華さんたちが待ってるわ」
「そうですね」
葵が御蔭の手を引き剥がすと、御蔭がゆっくりと立ち上がって舟を降りる。そのあとを御蔭に手を引かれながら降りたとき、紅白の鯉がふたりのところに速度を上げて泳いできた。
「おかえりなさいませ、兄様、葵様。祝言の準備はもうとっくに整っていますよ。葵様、早く着物を着替えましょう。兄様も、お急ぎください。鯉たちはみんな待ちくたびれていますよ」
水中を上に回転するように泳いで緋色の着物の少女に変化した蓮華が、葵の手をとって引っ張る。
今日の蓮華は、ずいぶんと浮かれているようだ。
御蔭とろくに話せないままに、邸宅の奥へとぐいぐい引っ張られていく。
以前はたくさんの着物が置かれていた和室は、今日は祝言用の白無垢と宴のための御空色の打掛だけが衣桁にかけてある。
そこには本物の橘と、それから澄が待っていた。
「それでは葵様、本日は私たちが着付けのお手伝いをさせていただきますね」
橘が目尻をさげて会釈する。
「ありがとう、橘さん。よろしくお願いします」
「それでは失礼いたします」
お礼を言うと、橘が帯を解くために葵の背中に回る。
本物の橘は、白雪が成りすましていた橘とは似ても似つかない人だった。もちろん、顔や姿は成りすましとそっくりなのだが、本物の橘は表情がとてもやさしい。
一重の目元はやわらかく、葵に向けられるまなざしにも善意しか感じない。
そんな本物の橘は、白雪が池の邸宅に侵入中、香の力の幻覚で周囲からは亀の姿に見えるようにされていたらしい。
何度か邸宅に亀の侵入があったのは、亀ではなく本物の橘で。どれほど訴えても、香の作用で池の鯉たちに言葉が通じず、気の毒な扱いを受けたようだ。
「澄、そこの帯紐を取ってちょうだい」
着付けの途中、橘が澄に声をかける。
本物の橘は、葵にも周囲にも思いやりがありやさしいのだが、澄に対する言葉掛けだけが少しきつい。
そこだけが、なりすましの橘と同じだ。けれど本物の橘は、白雪の手がかかった澄のことがどうしても信用しきれていなかったようだ。
そんな澄が美雲神社に正式に仕えることを橘はどう考えているのだろう。
おずおずと帯紐を手渡す澄に視線を向けて、橘が「ありがとう」とそっけなく答える。
10
あなたにおすすめの小説
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる