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10.祝いの盃
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しおりを挟む蓮華の口添えもあり、澄は美雲神社にとどまることになった。
今回の一件で、御蔭は美雲神社の神主にまでも制裁を与えた。そんななか澄が許されたのが意外だったが、決め手は澄が亀の大群に襲われた葵を助けたことにあるらしい。
あのときの亀たちは、白雪が焚いた香によって幻覚反応を起こしていた。白雪の狙いは、葵を舟から落とすこと。まだ池の環境に慣れていない葵の身体を、池の底に沈めて泡に溶かして消してしまうつもりだった。
澄の役目は、そんな葵から龍の鱗を奪って逃げること。
白雪から作戦を聞いていた澄は、初めから葵のことを助けるためにこっそりと舟についていった。
白雪に逆らえず御守りは奪ったが、葵を傷付けることには従えなかった。
のちに蓮華から澄の話を聞いて、葵は少しほっとした。
澄はあのとき、ちゃんと純粋な気持ちで葵を助けてくれたのだ。そのことを感謝しているのだが、澄のほうは葵に対して気まずい思いが消えないようだ。
池の邸宅ですれ違っても、あからさまに目をそらされて萎縮されてしまう。
それなのにどういう経緯で澄が葵の着付けを手伝うことになったのかはわからないが、きっと落ち着かない気持ちでそわそわしていることだろう。
「澄、ここをしっかり抑えていて」
「はい……」
厳しい声で橘に指示された澄が、葵の着物の合わせに触れた。
葵が何気なく視線を向けると、前に立った澄がビクッと震えて着物を離す。
「あ、ちょっと澄! しっかり抑えておいてと言ったでしょう!」
「す、すみません。橘さん」
橘に怒られて、澄がピシッと身体をまっすぐにして固まった。
「あらあら、橘。そんなに大声を出さなくても」
離れて見ていた蓮華が、ふらっと泳ぐように近づいてきて葵の着物の合わせを直す。
「はい、澄。今度こそしっかり抑えておいて」
蓮華がにこっと笑いかけると、澄がプルプルと首を左右に振った。
「い、いえ。あとは蓮華様が……やはり、もとはよそ者の私には葵様の婚礼衣装の着付けのお手伝いなどできません。それに、橘さんにも嫌われていますし……」
ボソボソとつぶやく澄が、自信なさげに小さな泡を吐く。背中を丸めて落ち込む澄を、葵は少しかわいそうに思った。
「澄、私はそんなこと――」
「そうですね。大嫌いですよ。あなたのような子は」
気にしていないと励まそうとした葵の背中の後ろで、橘がはっきりと澄を否定する。
「橘……」
「橘さん……」
呆れ顔の蓮華と澄への影響を心配してしまう葵。そんなふたりの声が重なる。
案の定、橘から口撃を受けた澄は、目を潤ませてしょんぼりとしていた。
白雪が橘になりすますことを考えたのも納得するほど、彼女は澄に対して容赦ない。
どんな慰めの言葉をかけようかと葵が思案していると、背後で橘がため息を吐いた。それから少し遅れて、葵の後ろからポコポコと小さな泡が流れてくる。
「澄。私は、助けてほしいくせになにも訴えてこないあなたのような子は大嫌いです」
怒った声で話す橘の言葉を、葵は意外に思った。
「あなたが嫌々白雪様に従っていたことなんて、初めからわかっているんですよ。それなのにあなたはいつもビクビクしてばかりでなにも言わないのですから、こちらも手の施しようがないでしょう。私は蓮華様の臣下ですもの」
葵の後ろで、ポコポコと小さな泡が弾ける音がする。それを聞きながら、葵は本物の橘になりすましの橘と同じところなどひとつもないのだと気付いた。
「あなたが求めれば、私はいつでも手を差し伸べるつもりでしたよ。あなたがどう思われているかは知りませんが、私も非情な鯉ではありません。ほら、澄。早く蓮華様と代わって差し上げて」
橘の言葉は厳しいが、意地悪には聞こえない。それは澄にも伝わったのだろう。
「……はい」
いそいそと近付いてきた澄が、葵の合わせを抑える役目を橘と交代する。
それを見て、蓮華がふふっと着物の袖を手にあてて笑った。
美雲神社の池の鯉たちは、御蔭と同じであたたかくてやさしい。蓮華も、橘も。それから澄も……
白無垢へと着替えながら、葵はこれからもっと彼女たちのことを知れたらと思った。
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