65 / 80
8.約束してくれますか。
3
しおりを挟む「つ、次行こう……」
「え、もう?」
由井くんからパッと顔をそらすと、人混みにまぎれる。
「待って、衣奈ちゃん」
わたしが人混みの中を進んでいくと、由井くんの声が追いかけてくる。
「どうしたの? 急に」
「どうもしないよ。ほかにも見るところいっぱいあるでしょう」
「そうだけど……。せっかく来たんだから、もうちょっとゆっくり見ようよ~」
由井くんがちょっと不満そうに訴えてくる。そんな彼の顔を、わたしはあえて見ないようにした。
自分から誘ったくせに、これがデートだって構えちゃうとなんだか妙に恥ずかしい。
今日ここへ来たのは、ずっと元気がない由井くんの気分転換のため。ただそれだけで、ふたりでここへ来たことに深い意味なんてないんだ。
わたしは由井くんをちょっと意識してしまったことを悟られないように、うつむき気味に歩いた。
小さめの水槽がいくつも並んでいる廊下を抜けていくと、その先にクラゲの展示コーナーがあった。
クラゲのコーナーは、それまでの展示室よりも照明がさらに暗く設定してあって周囲や足元が見えにくい。
水槽には色の変わるライトが備え付けられているみたいで、黄色、緑、青、紫、ピンクとゆっくりと移り変わっていくライトの光で半透明のクラゲの見え方も変化する。それが神秘的で、とても綺麗だ。
「うわー、すごい」
スマホと取り出して幻想的なクラゲの写真を撮るわたしのそばで、由井くんは水槽に張り付いてクラゲを見るのに夢中になっている。
スマホを持っていない由井くんは、どの展示コーナーでも水槽の生き物たちを目を輝かせながら見ていて。頑張って綺麗なクラゲの写真を撮ろうとしてたわたしも、手に持っていたスマホをカバンの中にしまった。
綺麗な写真を撮るのもいいけど、幻想的な光景を網膜と脳にしっかりと直接焼き付けておくのもいいのかもしれない。
水族館の奥へと進んで行くうちに、少しずつ由井くんの笑顔が増えていて。子どもみたいに目をキラキラさせている由井くんの横顔を盗み見ながら、ここへ来てよかったと思った。
「クラゲって、刺されると痛い海の危険な生き物って印象だったけど……。実はこんなに綺麗だったんだね」
由井くんの隣でライトに照らされながら上へ下へと揺らめくクラゲたちを見ていると、彼がわたしを振り向いて、ふっと笑った。
クラゲみたいな、半透明の由井くんの笑顔が、青から紫色に変わるライトに照らされる。
その笑顔がとても綺麗で。だけど、水槽の水の中に溶けて消えていってしまいそうで。
ふいに、喉にぎゅっとなにかがつっかえたような気持ちになる。
「由井くん……」
反射的に伸ばした手が、彼の手の指先をすり抜ける。
由井くんに触れられないことなんてわかっているはずなのに。由井くんをすり抜けてしまった自分の手が、指先から冷えていくような気がした。
わたし、どうしたんだろう……。
今日は由井くんに元気になってほしくてここに来たのに。水槽を見つめて楽しそうにしている由井くんを見れて嬉しいのに。
彼が一瞬消えそうに見えたことが、わたしを急に不安にさせた。
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる