今日も、由井くんに憑けられています…!

碧月あめり

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8.約束してくれますか。

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「つ、次行こう……」

「え、もう?」

 由井くんからパッと顔をそらすと、人混みにまぎれる。


「待って、衣奈ちゃん」

 わたしが人混みの中を進んでいくと、由井くんの声が追いかけてくる。


「どうしたの? 急に」

「どうもしないよ。ほかにも見るところいっぱいあるでしょう」

「そうだけど……。せっかく来たんだから、もうちょっとゆっくり見ようよ~」

 由井くんがちょっと不満そうに訴えてくる。そんな彼の顔を、わたしはあえて見ないようにした。

 自分から誘ったくせに、これがデートだって構えちゃうとなんだか妙に恥ずかしい。

 今日ここへ来たのは、ずっと元気がない由井くんの気分転換のため。ただそれだけで、ふたりでここへ来たことに深い意味なんてないんだ。

 わたしは由井くんをちょっと意識してしまったことを悟られないように、うつむき気味に歩いた。

 小さめの水槽がいくつも並んでいる廊下を抜けていくと、その先にクラゲの展示コーナーがあった。

 クラゲのコーナーは、それまでの展示室よりも照明がさらに暗く設定してあって周囲や足元が見えにくい。

 水槽には色の変わるライトが備え付けられているみたいで、黄色、緑、青、紫、ピンクとゆっくりと移り変わっていくライトの光で半透明のクラゲの見え方も変化する。それが神秘的で、とても綺麗だ。


「うわー、すごい」 

 スマホと取り出して幻想的なクラゲの写真を撮るわたしのそばで、由井くんは水槽に張り付いてクラゲを見るのに夢中になっている。

 スマホを持っていない由井くんは、どの展示コーナーでも水槽の生き物たちを目を輝かせながら見ていて。頑張って綺麗なクラゲの写真を撮ろうとしてたわたしも、手に持っていたスマホをカバンの中にしまった。

 綺麗な写真を撮るのもいいけど、幻想的な光景を網膜と脳にしっかりと直接焼き付けておくのもいいのかもしれない。

 水族館の奥へと進んで行くうちに、少しずつ由井くんの笑顔が増えていて。子どもみたいに目をキラキラさせている由井くんの横顔を盗み見ながら、ここへ来てよかったと思った。

「クラゲって、刺されると痛い海の危険な生き物って印象だったけど……。実はこんなに綺麗だったんだね」

 由井くんの隣でライトに照らされながら上へ下へと揺らめくクラゲたちを見ていると、彼がわたしを振り向いて、ふっと笑った。

 クラゲみたいな、半透明の由井くんの笑顔が、青から紫色に変わるライトに照らされる。

 その笑顔がとても綺麗で。だけど、水槽の水の中に溶けて消えていってしまいそうで。

 ふいに、喉にぎゅっとなにかがつっかえたような気持ちになる。


「由井くん……」

 反射的に伸ばした手が、彼の手の指先をすり抜ける。

 由井くんに触れられないことなんてわかっているはずなのに。由井くんをすり抜けてしまった自分の手が、指先から冷えていくような気がした。

 わたし、どうしたんだろう……。

 今日は由井くんに元気になってほしくてここに来たのに。水槽を見つめて楽しそうにしている由井くんを見れて嬉しいのに。

 彼が一瞬消えそうに見えたことが、わたしを急に不安にさせた。
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