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8.約束してくれますか。
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「クラゲって、刺されると痛い海の危険な生き物って印象だったけど……。実はこんなに綺麗だったんだね」
由井くんの隣でライトに照らされながら上へ下へと揺らめくクラゲたちを見ていると、彼がわたしを振り向いて、ふっと笑った。
クラゲみたいな、半透明の由井くんの笑顔が、青から紫色に変わるライトに照らされる。
その笑顔がとても綺麗で。だけど、水槽の水の中に溶けて消えていってしまいそうで。
ふいに、喉にぎゅっとなにかがつっかえたような気持ちになる。
「由井くん……」
反射的に伸ばした手が、彼の手の指先をすり抜ける。
由井くんに触れられないことなんてわかっているはずなのに。由井くんをすり抜けてしまった自分の手が、指先から冷えていくような気がした。
わたし、どうしたんだろう……。
今日は由井くんに元気になってほしくてここに来たのに。水槽を見つめて楽しそうにしている由井くんを見れて嬉しいのに。
彼が一瞬消えそうに見えたことが、わたしを急に不安にさせた。
由井くんの勧めで水族館のカフェで飲み物を飲んで休憩したあと、深海魚とか川魚のコーナーを回った。
ずっと魚ばっかりだったけど、途中にコツメカワウソがいて。かわいい姿に癒される。
それから、屋外の展示コーナーに進んでアザラシを見た。
「ここって、イルカはいないの?」
水槽の中をクルクル回りながら泳ぐアザラシを見ていると、由井くんが、ふと思い出したように聞いてくる。
「ここはビルの中にある水族館だからね。イルカとかクジラとか大きいのは、敷地の広いところじゃないと見れないんじゃない?」
「そっかあ。イルカのショーとか見たかったな」
「イルカかあ……。じゃあ、今度はもっと事前に調べて、イルカショーのあるところに行こうか」
何気なくそう言うと、由井くんが嬉しそうに顔を綻ばせる。
「え、今度もあるの?」
期待のこもった目で由井くんに見つめられて、あたりまえみたいに「今度」なんて口にしてしまった自分に驚いた。
由井くんに出会ったからずっと、わたしは彼のことを引き離したいと思ったのに。
彼が事故で幽体離脱状態になってるってわかってからは、元の身体に戻れるように試行錯誤しているところなのに……。
由井くんがそばにいること前提で、無意識に次の約束をしようとしていたことに動揺してしまう。
「今度があるかは……、わかんないけど……」
慌ててごまかそうとするわたしを見て、由井くんがにこっと笑う。
「約束だよ」
「だから、わかんないってば……!」
つい大きな声を出すと、周囲にいた人が怪訝な目でわたしを見てくる。
「もう、急にひとりで叫び出した変な人みたいになったじゃん……」
うつむいて顔を隠すと、小声で文句を言いつつアザラシの水槽から離れる。
「待ってよ、衣奈ちゃん」
あとから追いかけてくる、わたしにしか聞こえない由井くんの声は機嫌が良さそうで。なんか、くやしい。
いや、違う。ちょっと恥ずかしいのかも……。
早足で歩いていくと、ペンギンの展示コーナーにたどりつく。
水の中を泳ぐペンギンの姿が、高層ビルの並ぶ空を飛んでいるように見える。そんなペンギンの水槽が、この水族館では特に有名だ。
立ち止まって上を見上げると、追いついてきた由井くんもわたしの横で水槽を見上げる。
由井くんの隣でライトに照らされながら上へ下へと揺らめくクラゲたちを見ていると、彼がわたしを振り向いて、ふっと笑った。
クラゲみたいな、半透明の由井くんの笑顔が、青から紫色に変わるライトに照らされる。
その笑顔がとても綺麗で。だけど、水槽の水の中に溶けて消えていってしまいそうで。
ふいに、喉にぎゅっとなにかがつっかえたような気持ちになる。
「由井くん……」
反射的に伸ばした手が、彼の手の指先をすり抜ける。
由井くんに触れられないことなんてわかっているはずなのに。由井くんをすり抜けてしまった自分の手が、指先から冷えていくような気がした。
わたし、どうしたんだろう……。
今日は由井くんに元気になってほしくてここに来たのに。水槽を見つめて楽しそうにしている由井くんを見れて嬉しいのに。
彼が一瞬消えそうに見えたことが、わたしを急に不安にさせた。
由井くんの勧めで水族館のカフェで飲み物を飲んで休憩したあと、深海魚とか川魚のコーナーを回った。
ずっと魚ばっかりだったけど、途中にコツメカワウソがいて。かわいい姿に癒される。
それから、屋外の展示コーナーに進んでアザラシを見た。
「ここって、イルカはいないの?」
水槽の中をクルクル回りながら泳ぐアザラシを見ていると、由井くんが、ふと思い出したように聞いてくる。
「ここはビルの中にある水族館だからね。イルカとかクジラとか大きいのは、敷地の広いところじゃないと見れないんじゃない?」
「そっかあ。イルカのショーとか見たかったな」
「イルカかあ……。じゃあ、今度はもっと事前に調べて、イルカショーのあるところに行こうか」
何気なくそう言うと、由井くんが嬉しそうに顔を綻ばせる。
「え、今度もあるの?」
期待のこもった目で由井くんに見つめられて、あたりまえみたいに「今度」なんて口にしてしまった自分に驚いた。
由井くんに出会ったからずっと、わたしは彼のことを引き離したいと思ったのに。
彼が事故で幽体離脱状態になってるってわかってからは、元の身体に戻れるように試行錯誤しているところなのに……。
由井くんがそばにいること前提で、無意識に次の約束をしようとしていたことに動揺してしまう。
「今度があるかは……、わかんないけど……」
慌ててごまかそうとするわたしを見て、由井くんがにこっと笑う。
「約束だよ」
「だから、わかんないってば……!」
つい大きな声を出すと、周囲にいた人が怪訝な目でわたしを見てくる。
「もう、急にひとりで叫び出した変な人みたいになったじゃん……」
うつむいて顔を隠すと、小声で文句を言いつつアザラシの水槽から離れる。
「待ってよ、衣奈ちゃん」
あとから追いかけてくる、わたしにしか聞こえない由井くんの声は機嫌が良さそうで。なんか、くやしい。
いや、違う。ちょっと恥ずかしいのかも……。
早足で歩いていくと、ペンギンの展示コーナーにたどりつく。
水の中を泳ぐペンギンの姿が、高層ビルの並ぶ空を飛んでいるように見える。そんなペンギンの水槽が、この水族館では特に有名だ。
立ち止まって上を見上げると、追いついてきた由井くんもわたしの横で水槽を見上げる。
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