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10.ずっと、そばにいてください。
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しおりを挟む今日の夕飯はなににしようかな。
帰りが遅くなっちゃったし、寒いし。お鍋の材料でも買って帰ろうか……。
何鍋がいいかな……。水炊き? ちゃんこ? 豆乳?
咲奈や拓の顔を思い浮かべながら考えていた、そのとき。
「衣奈ちゃん、やっと会えた!」
ふいに、聞き覚えのある声がした。
ドキッとして顔をあげると、ホームの3両目の乗り場の前に黒髪で目元の涼やかなイケメンが立っていて。
その人がとても親し気に、なれなれしく、そして嬉しそうに、「衣奈ちゃん」とわたしの名前を呼んで大きく手を振ってくる。
黒のブレザーにグレーのズボン。細いゴールドの斜めストライプが入った紺のネクタイ。彼が軽く着崩しているその制服は青南学院のもので。
遠目からでもわかるくらいにキラキラした彼の笑顔を認めたわたしの視界が、涙の膜でぼやけた。
笑いかけてくる彼に手を振り返すことも忘れてたたずんでいると、彼がわたしのほうに向かって駆けてくる。
その途中で、反対方向から歩いてくる人を避けきれずにちょっとぶつかって、彼が「すみません……」と頭を下げる。
そんなあたりまえのことが嬉しくて、ツンと痛くなる鼻をマフラーの上から手で押さえた。
「会えてよかった。衣奈ちゃん、なかなか帰ってこないから、今日はもう会えないかなって思ってた」
わたしの前に立った彼が、今にも溶けてしまうんじゃないかと思うほど嬉しそうに、ふわっと笑う。
その笑顔が透明にぼやけて見えるのは、堪えようとしても溢れてくる涙のせいだ。
「もっと早く衣奈ちゃんに会いに来たかったんだけど……、時間がかかっちゃった。おれの目が覚めたあと、中条の親とか学校の先生とか、謝罪や面会したいって人たちがバタバタ病院に来たみたいで……。兄ちゃんが全部面会謝絶にして、しばらく父さんの知り合いのツテだっていう別の病院に転院させられてたんだ」
そう、だったんだ……。
彼の説明に、なにか言葉を返したいけど、胸がいっぱいで小さく頷くことしかできない。
「目覚めたあとは、別にどこも悪いところもなかったんだけど……。親っていうか、特に兄ちゃんががめちゃくちゃ心配してて……。念のためだって、いろいろ検査受けさせされたり、しばらく安静にしろって自宅療養させられたりで……。やっと一週間前から学校に行かせてもらえるようになったんだ。だけど、当分は、兄ちゃんが車で送り迎えするって聞かなくて……。全然ひとりで出歩けないんだ。放課後も校門前で兄ちゃんに待ち伏せされてるから、今日は昼休みのあとにこっそり早退して、ずっとここで衣奈ちゃんのこと待ってたんだよ」
長かったこの二ヶ月間についての説明をしたあと、彼がにこっと笑いかけてくる。
わたしが無言のまま、また、なんの反応もできずにいると、彼が不安そうに眉尻をさげた。
「ご、めん。いきなり。あれから、ずいぶん日にちが過ぎてるもんね。衣奈ちゃん、もう、おれのこととか覚えてない……?」
彼の瞳が、哀しそうに揺れる。
「……、そ、んなわけないでしょ」
ボソリと低い声でつぶやくと、彼が今度は不安そうに、わたしの顔を上目遣いに覗き込んでくる。
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