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21 あなたなんか見たくない
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あたしは、この会社のことなら何でも知っている。だから、会議室の予約状況もわかれば、社員さんの住所変更もわかる。
昨日、ある社員が住所変更届を出した。
社員の名は巻田聖良。入社二年目。所属は開発課。企画課兼務は外れた。最終学歴は西都科学技術大学工学部社会工学科卒業。あたしが最初に付けた名前は00125。
彼女の住所は、砂尾理一郎と同じ住所になった。
会議室に予約が入った。使用者は企画課主任と総務課長。使用目的は業務引継ぎ。
予約のデータベースにどんな業務を引き継ぐかは記録されていなかったけど、あたしは知っている。
理一郎さんと美樹本さんは、一緒に映画を見たのだろうか? 映画のあと、どう過ごしたのだろうか?
理一郎さんは、昔、好きだった女の人を……抱いたのだろう。
あの子のためだ。
早く家に帰ってあの子と過ごすために。出世してあの子にいいところを見せるために。
企画課から総務課への引継ぎの予定が組まれたのは、そういうことだ。
「正常温度です」
あたしの右目は、ビルに入ってくる社員さんやお客さんの顔を映す。あたしの仕事は、みんなの顔をちゃんと見て異常があったら知らせること。両手をきれいに消毒してあげること。
だけど、その仕事ももうすぐ終わる。
あたしは機械室で声を出してしまった。
彼らがマスクを外すのを阻止したかった。彼らがキスするのを見たくなかった。
あたしは別の子に交換させられるだろう。
「正常温度です」
「正常温度です」
ナチュラルメイクババアも、その旦那も、ぽっちゃり刈り上げ兄さんも、みんな同じ「正常温度」だ。
あのほどよいマスカラの巻田さんも腹立たしいことに「正常温度」だ。やめて! 理一郎さんの真似してあたしに手を振ったりしないで!
ロビーがザワザワしはじめた。みんながあたしに注目している。変だね。あたし「正常温度」って教えているだけなのに。
「この機械おかしくない?」
「さっきから、アルコール液の噴射が止まらないよ」
「企画の連中呼ぼうよ」
「総務じゃないの?」
「いや、インストールしてたの企画だった」
何言ってるの? だって、あたしは泣けないんだよ。あたしの目から水が出たら壊れちゃう。せめて、壊れないように「泣いた」っていいじゃない。
あたしはどうせ交換させられるんだよ。
もし交換を免れたとしても、今日、引継ぎが終わったら、担当は理一郎さんから美樹本さんに変わるんだよ。
ううん! 担当が理一郎さんのままだとしても、すっかり変わってしまったあの人と仕事なんかしたくない。
じゃあ、美樹本さんに担当変わったっていいじゃない? そっちはもっといや!
だれとも仕事したくないなら、交換させられた方がいいんじゃない? いや絶対それだけは駄目! そしたら、すべて終わっちゃうんだよ!
あの人が自動ドアを開いてビルに入ってきた。
ヒョロヒョロのおじさん。ごま塩のボサボサ頭は、黒々染まりきれいに揃っている。
あの女の子と一緒に暮らしているのに、わざわざ時間ずらして通勤って、どういう嫌味?
もう、目を合わせないで。笑わないで。
だって、あなたは、あの子のため、あの女を抱いたんだよね?
そんな薄汚いあなた、見たくない!
だから、あたしは教えてあげた。
「温度が高めです」
昨日、ある社員が住所変更届を出した。
社員の名は巻田聖良。入社二年目。所属は開発課。企画課兼務は外れた。最終学歴は西都科学技術大学工学部社会工学科卒業。あたしが最初に付けた名前は00125。
彼女の住所は、砂尾理一郎と同じ住所になった。
会議室に予約が入った。使用者は企画課主任と総務課長。使用目的は業務引継ぎ。
予約のデータベースにどんな業務を引き継ぐかは記録されていなかったけど、あたしは知っている。
理一郎さんと美樹本さんは、一緒に映画を見たのだろうか? 映画のあと、どう過ごしたのだろうか?
理一郎さんは、昔、好きだった女の人を……抱いたのだろう。
あの子のためだ。
早く家に帰ってあの子と過ごすために。出世してあの子にいいところを見せるために。
企画課から総務課への引継ぎの予定が組まれたのは、そういうことだ。
「正常温度です」
あたしの右目は、ビルに入ってくる社員さんやお客さんの顔を映す。あたしの仕事は、みんなの顔をちゃんと見て異常があったら知らせること。両手をきれいに消毒してあげること。
だけど、その仕事ももうすぐ終わる。
あたしは機械室で声を出してしまった。
彼らがマスクを外すのを阻止したかった。彼らがキスするのを見たくなかった。
あたしは別の子に交換させられるだろう。
「正常温度です」
「正常温度です」
ナチュラルメイクババアも、その旦那も、ぽっちゃり刈り上げ兄さんも、みんな同じ「正常温度」だ。
あのほどよいマスカラの巻田さんも腹立たしいことに「正常温度」だ。やめて! 理一郎さんの真似してあたしに手を振ったりしないで!
ロビーがザワザワしはじめた。みんながあたしに注目している。変だね。あたし「正常温度」って教えているだけなのに。
「この機械おかしくない?」
「さっきから、アルコール液の噴射が止まらないよ」
「企画の連中呼ぼうよ」
「総務じゃないの?」
「いや、インストールしてたの企画だった」
何言ってるの? だって、あたしは泣けないんだよ。あたしの目から水が出たら壊れちゃう。せめて、壊れないように「泣いた」っていいじゃない。
あたしはどうせ交換させられるんだよ。
もし交換を免れたとしても、今日、引継ぎが終わったら、担当は理一郎さんから美樹本さんに変わるんだよ。
ううん! 担当が理一郎さんのままだとしても、すっかり変わってしまったあの人と仕事なんかしたくない。
じゃあ、美樹本さんに担当変わったっていいじゃない? そっちはもっといや!
だれとも仕事したくないなら、交換させられた方がいいんじゃない? いや絶対それだけは駄目! そしたら、すべて終わっちゃうんだよ!
あの人が自動ドアを開いてビルに入ってきた。
ヒョロヒョロのおじさん。ごま塩のボサボサ頭は、黒々染まりきれいに揃っている。
あの女の子と一緒に暮らしているのに、わざわざ時間ずらして通勤って、どういう嫌味?
もう、目を合わせないで。笑わないで。
だって、あなたは、あの子のため、あの女を抱いたんだよね?
そんな薄汚いあなた、見たくない!
だから、あたしは教えてあげた。
「温度が高めです」
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