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一章 僕は彼女を忘れない

6 涙の理由

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 あいらが泣いている!
 僕は勢いよくドアを開け、リビングに入った。
 真っ赤な丸い目が、僕に真っすぐ向けられている。

「どした!」

 とっさに僕は、彼女からタブレットを取り上げた。
 女子向けAVとはいえ、何も知らない彼女にとってはドギツイ内容だったかもしれない。

「うわ!」

 急いで僕はアプリを閉じた。一瞬目に飛び込んだ画面では、男女が一番オーソドックスな形で結合しているところだった。
 オーソドックスな形でも、あいらにとっては刺激が強すぎたのだろう。

「篠崎さん、ショックだった?」

「三好君、私、サイテーだよね!」

 彼女がサイテー?
 その意味を考えつつ腰を下ろし、泣きはらしたあいらを見つめた。

「ごめんなさい。本当は私、三好君としたかっただけなの!」

 彼女の口から真の目的が告げられた。
 それは……意外でも何でもなく、すごく納得できる目的だった。


 宗太に一般論として「女子がエロについて知りたいのはなぜだ?」と問いかけたら、「そいつは、お前とやりたいんだろ?」と返された。
 だから彼女の反応は、予想していた。そんなことだと思っていた。
 しかし、僕はその選択を受け入れるわけにはいかない。
 何とか彼女の気を静めなければ。

「篠崎さん、気持ちは嬉しいよ。でも……」

「わかってる! 私みたいなブスと三好君みたいなイケメンじゃ、全然釣り合わないって。だから三好君のこと忘れようと頑張ったけど、ダメだった」

 項垂れた彼女を見ていると、僕が悪いことをしているみたいだ。

「三好君と付き合うのは無理でも、一度だけしてほしかったの……」

「小説のエッチシーンを書いている、というのは嘘だったのか?」

「それは本当なの!」

 初めてあいらがパッと顔を上げた。涙を湛えた大きな目が輝いていた。


 長い告白タイムだった。僕への気持ちだけではない告白だ。

「私ね、三好君からすればバカだと思うけど、高校までは勉強できる方だったんだ」

 それはわかる。うちの大学はあまり知られていないが、そう簡単に入れる大学ではない。

「でもコッチに来たら、ちょっと受験の数学ができるレベルじゃ全然ダメで……素数大好き人間ばっかりなんだもん」

 いや、理系の全員が素数好きというわけではない。僕は91みたいに、素数に見えて素数ではない数の方が好きだし。

「私、陰キャでしょ? でも勉強だけはできたから、それでイイやって思ってたけど、この大学じゃ、何もできない女子なの」

 同情を買いたいんだろう。が、僕はそういう女にも男にも、一切同情しない。

「イッサもユイも優しいけど、私とは全然意識違うの。本当に科学が好きで極めるんだって感じ」

 イッサとかユイとは、いつも一緒にいる、あいらの友だちだろうか。

「こっちで行き詰まってたからかな? 今まで全然興味なかったのに、小説とか歴史書読みだしたら、そっちの方が面白くなってきたの」

「いいことだよ。面白い世界が広がるのは」

「三好君、優しいね」

 あいらに笑顔が戻ってきた。

「自分でも小説書いてみたくなって、投稿したの。結構、自分ではよくできてるなって」

 小説は嘘じゃないようだ。

「でもね……私の小説、全然、ランキングに載らないし、誰も読んでくれないの」

 また彼女は泣きそうな顔に戻った。

「篠崎さん、つまり小説にエロシーンを入れれば何とかなると思ったんだ」

 図星を刺されたのか、彼女の大きな目が揺れた。


「小説も何とかしたかったけど、三好君にお願いしたら、リアルにエッチのやり方教えてくれるんじゃないかって、バカだよね」

 なるほど、一石二鳥を狙ったわけか。

「二人でエッチなビデオ見れば、そういう雰囲気になるかなって期待したんだけど、さっさと部屋に籠っちゃうんだもん。本当に、三好君って紳士だよね」

 二兎を追う者は一兎をも得ずだ。

「ビデオで可愛い女の子が、王子様みたいな男の子にいっぱい愛されて気持ちよさそうにしているの。なんで私は一人ぼっちでこんなの見てるんだろって……悲しくて」

 さすがに気の毒になってきた。つい無意味な慰めを口にする。

「篠崎さん可愛いから、すぐ彼氏できるって。うちの大学、男だらけだろ?」

 それこそ宗太にでも頼めば、何とかなるんじゃないか?
 え? 宗太とあいらが? ……それは面白くない。

「ふふ、三好君って、本当に王子様だね」

 王子は買いかぶり過ぎだが……子供の頃からよく言われてきた。
 泣いているのか笑っているのかよくわからない彼女に、何とかしてあげたい気に……ならないでもない。
 が、彼女の気持ちに応えるわけにはいかない。

 なぜなら、青山星佳よりイイ女と付き合わない限り、明日は訪れないからだ。
 篠崎あいらと実験パートナー以上の関係に進んだら、僕の明日は遠ざかるばかりだ。
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