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二章 僕は彼女を離さない
28 女子枠
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あいらと過ごしている時に訪れる者。その人物は、マンションのオートロックを解除してやってくる。
マンションの住民である葛城先生だと思ったが、そうではなかった。
そもそもあの先生は、不意打ちに僕の部屋を訪ねる人ではない。いかにもおばちゃんらしいギラギラのTシャツを着たり、魔法使いのコスプレをさせたりするが、その辺はちゃんとしている人だろう。
初めから僕は、もっと有力な来訪者の候補に気がついていた。が、その可能性を認めたくなくて、マンションの管理者や先生に確認したのだ。できれば彼女らであってほしかった。
「マサハル~、うちの大学、女子増やすんだって」
「え? は?」
僕はいつものように、堀口宗太と学食で昼休みを過ごしていた。マンションの来訪者にどう対処したらいいのか頭がぐるぐるしていたので、彼の話をちゃんと聞いていなかった。
「ニュースサイトでも盛り上がってるじゃん。ほら」
宗太が見せたスマホのニュースは、女子が少ないこの工業大学の入試に、女子だけの推薦枠を設けるというものだった。
「ああ、学内ポータルから通知が来たな」
このところ僕は自分のことでいっぱいで、新しい受験制度に関心はなかった。まあ、女子が増えるのは悪いことではない。
「ソータは、女の子がいっぱい増えれば嬉しいよな?」
彼は新しい彼女を掴まえようと、アウトドアサークルで頑張っているようだ。
「はぁ? 全然嬉しかねーよ」
予想と違う反応だ。
「女がいなかったら、外にいけばいーだけじゃん」
なるほど宗太らしい。彼はよく合コンに参加している。学内の女子には興味がないようだ。
「女子ってだけで入学できるの、ずるくねー?」
「そんなことないだろ? 推薦試験をやるんだから」
「だってよー、今まで一般試験でギリギリ受かった男が、推薦女子のせいで落ちるってことじゃん。共通テストで勝ってた男が落ちて、下の女が受かるってきたねーよ」
こいつは、人のノートやレポートに頼りまくり、女子とよく揉める。どうしようもない男だが、こんな差別発言をしたことはない。
「推薦が汚い? それは大学が決めたシステムじゃないか! ああ、僕は推薦でお前は一般だ! じゃあ、お前が上で僕が下って言いたいのか!」
「マサハル怒んな! お前がずるいなんて言ってね―じゃん! 情報オリンピック出たお前が推薦パスするのは、すげー納得だって」
「オリンピックには出られなかったんだよ! 出たのは国内の大会だ!」
「どっちもすげーって。甲子園に出たよーなもんだ。一回戦負けだって俺は尊敬するよ」
「そこまでひどくない。準々決勝で負けたぐらいだ」
何を言い訳してるんだ、僕は。
「今やってる推薦はいーんだよ。でもさ、女ってだけで優先されるのは、やりきれねー。どんな努力したって、男は女になれねーじゃん」
「研究で、女子独特の発想とか、男では気付かない点があるかもしれないだろ? それに女子枠は、定員の一割程度じゃないか」
「あー、たかが一割さ。マサハル様みたいな奴には関係ねーよ! でも、俺みてーに浪人でギリギリ受かったヤツは、その一割で人生決まっちまうんだ!!」
宗太は、トレイを持ってさっと立ち上がった。
堀口宗太と気まずいまま別れたが、午後の講義中「ごめんなさい」スタンプのLINEが来て、和解した。自分たちに直接関係ないのに、大学の受験制度が変わったぐらいで争うのは、無駄すぎる。
土曜日。結局僕は、篠崎あいらとマンションで過ごしている。後期試験を乗り切るためには、彼女と過ごす時間を減らした方がいいとわかっているのに。マンションの来訪者の件が解決していないのに。
あいらが試験のお礼と言って、また昼食を用意してくれた。例によって「安いのに、おいしいから」と中華料理だ。今回は、餃子と白菜の炒め物に春雨スープ。
デザートに、買っておいたフルーツタルトを出した。中華のあとなら、杏仁豆腐かゴマ団子の方がいいかもしれない。今度は、そうしようか。いや、毎回手料理を期待するのは、図々しいな。
フルーツタルトを美味しそうに食べるあいら。ふと、宗太と揉めた話を思い出した。
「あいらは女子枠に賛成だろ?」
女子なら仲間が増える方がいいに決まっている。十人に一人しか女子がいない大学では、心細いだろう。
「どうして賛成だと思うの?」
タルトを噛み締めていた笑顔が、さっと曇った。また僕は、予想を外したようだ。
マンションの住民である葛城先生だと思ったが、そうではなかった。
そもそもあの先生は、不意打ちに僕の部屋を訪ねる人ではない。いかにもおばちゃんらしいギラギラのTシャツを着たり、魔法使いのコスプレをさせたりするが、その辺はちゃんとしている人だろう。
初めから僕は、もっと有力な来訪者の候補に気がついていた。が、その可能性を認めたくなくて、マンションの管理者や先生に確認したのだ。できれば彼女らであってほしかった。
「マサハル~、うちの大学、女子増やすんだって」
「え? は?」
僕はいつものように、堀口宗太と学食で昼休みを過ごしていた。マンションの来訪者にどう対処したらいいのか頭がぐるぐるしていたので、彼の話をちゃんと聞いていなかった。
「ニュースサイトでも盛り上がってるじゃん。ほら」
宗太が見せたスマホのニュースは、女子が少ないこの工業大学の入試に、女子だけの推薦枠を設けるというものだった。
「ああ、学内ポータルから通知が来たな」
このところ僕は自分のことでいっぱいで、新しい受験制度に関心はなかった。まあ、女子が増えるのは悪いことではない。
「ソータは、女の子がいっぱい増えれば嬉しいよな?」
彼は新しい彼女を掴まえようと、アウトドアサークルで頑張っているようだ。
「はぁ? 全然嬉しかねーよ」
予想と違う反応だ。
「女がいなかったら、外にいけばいーだけじゃん」
なるほど宗太らしい。彼はよく合コンに参加している。学内の女子には興味がないようだ。
「女子ってだけで入学できるの、ずるくねー?」
「そんなことないだろ? 推薦試験をやるんだから」
「だってよー、今まで一般試験でギリギリ受かった男が、推薦女子のせいで落ちるってことじゃん。共通テストで勝ってた男が落ちて、下の女が受かるってきたねーよ」
こいつは、人のノートやレポートに頼りまくり、女子とよく揉める。どうしようもない男だが、こんな差別発言をしたことはない。
「推薦が汚い? それは大学が決めたシステムじゃないか! ああ、僕は推薦でお前は一般だ! じゃあ、お前が上で僕が下って言いたいのか!」
「マサハル怒んな! お前がずるいなんて言ってね―じゃん! 情報オリンピック出たお前が推薦パスするのは、すげー納得だって」
「オリンピックには出られなかったんだよ! 出たのは国内の大会だ!」
「どっちもすげーって。甲子園に出たよーなもんだ。一回戦負けだって俺は尊敬するよ」
「そこまでひどくない。準々決勝で負けたぐらいだ」
何を言い訳してるんだ、僕は。
「今やってる推薦はいーんだよ。でもさ、女ってだけで優先されるのは、やりきれねー。どんな努力したって、男は女になれねーじゃん」
「研究で、女子独特の発想とか、男では気付かない点があるかもしれないだろ? それに女子枠は、定員の一割程度じゃないか」
「あー、たかが一割さ。マサハル様みたいな奴には関係ねーよ! でも、俺みてーに浪人でギリギリ受かったヤツは、その一割で人生決まっちまうんだ!!」
宗太は、トレイを持ってさっと立ち上がった。
堀口宗太と気まずいまま別れたが、午後の講義中「ごめんなさい」スタンプのLINEが来て、和解した。自分たちに直接関係ないのに、大学の受験制度が変わったぐらいで争うのは、無駄すぎる。
土曜日。結局僕は、篠崎あいらとマンションで過ごしている。後期試験を乗り切るためには、彼女と過ごす時間を減らした方がいいとわかっているのに。マンションの来訪者の件が解決していないのに。
あいらが試験のお礼と言って、また昼食を用意してくれた。例によって「安いのに、おいしいから」と中華料理だ。今回は、餃子と白菜の炒め物に春雨スープ。
デザートに、買っておいたフルーツタルトを出した。中華のあとなら、杏仁豆腐かゴマ団子の方がいいかもしれない。今度は、そうしようか。いや、毎回手料理を期待するのは、図々しいな。
フルーツタルトを美味しそうに食べるあいら。ふと、宗太と揉めた話を思い出した。
「あいらは女子枠に賛成だろ?」
女子なら仲間が増える方がいいに決まっている。十人に一人しか女子がいない大学では、心細いだろう。
「どうして賛成だと思うの?」
タルトを噛み締めていた笑顔が、さっと曇った。また僕は、予想を外したようだ。
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