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三章 僕は彼女に知らせたい

65 魔法で花を咲かせよう

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 四月から、僕は情報工学科へ、篠崎あいらは数学科へ進む。しかし、堀口宗太は単位が足りず、進級できなかった。
 
「なんて返事したらいいかな?」

 あいらが、すがるような目を僕に向ける。

「返事する必要ないだろ?」

「で、でも……ハル君もがっかりしているよね。宗太君のためにわざわざ、自分のノートをスキャンしてあげたんだから」

 宗太から留年したと聞かされ、僕は確かにショックを受けた。が、それはあいらが想像するような優しさからではない。

「うちの大学、一割が留年するから、珍しくないだろ?」

 ヤツはわざわざあいらにLINEで知らせてきた。僕は知っていたが、彼女には不要な情報だから、黙っていた。
 あいらの優しさに漬け込んで同情を買おうという、ヤツの作戦なのか?

「それより、変態プレイの続きしよう」

 再び僕は彼女を床に押し倒すが「ダメだって! 本当にやめて!」と僕の胸を叩き出した。
 さっきの形ばかりの抵抗とは違う。これは本気で嫌がってるパターンだ。
 僕が離れると、彼女は立ち上がり「さすがに今はしたくないよ」と、出ていった。

 あいら、なぜいくんだ? 僕とするより宗太にLINEを送る方が大切なのか? ヤツが初めての男だからか?
 いや、彼女が他の男と何をしようがどうでもいい。遠い未来、捨てるんだから……そのころ、あいらはおばさんだ。何もできない美人でもない中年おばさんなんて、誰も相手にしない。たとえ堀口宗太でも。


 輝く芝生のスロープを桜並木が囲んでいる。風が吹くたびに花びらがチラチラ風にのって踊る。
 桜並木の下を、カップル、老人、様々な属性のグループが歩いている。レジャーシートを敷いてお弁当を食べる親子もいる。子供達はダンボールをソリがわりにして滑っている。
 工業大学のキャンパスが、花見会場に一変した。

 大学の桜並木はよく知られた花見スポットで、桜シーズンにはキャンパスが一般公開される。大学なので宴会はできないが、普段見かけない人たちがあちこち歩いている。

 僕は桜のアーチを抜け、大学本館前の広場にたどり着いた。横長の大きな立て看板に「BMIフェア」と書かれている。
 広場には、いくつもの企業ブースが設置されている。有名なゲームメーカーも出展している。
 広場の中央で、よく知る人たちが集まり輪になって打合せをしている。葛城奈保子先生が学生たちと助教に囲まれていた。

「おっ、三好君、来たねえ。君はお客さんの整理、頼むよ。はい」

 お馴染みの魔法使いの衣装を渡された。

 前期試験が終わり、両親にあいらとの付き合いが発覚したころ、先生から今回のイベントについて教えてもらった。
 桜の季節に、BMIに関係した企業が出展するフェアが、大学で開かれる。葛城研ではゲームメーカーとタイアップして、子供向けイベントを行う。
 面白そうなイベントだ。僕は進んで手伝うことにした。


「魔法で花を咲かせる体験、やってみませんか! あ、こっちだよ。一番後ろに並んでね。はい、この整理券もってあそこの受付の人に渡してね」

 見習い魔法使いの僕は、花見に訪れた家族連れに声をかけた。
 魔法というワードに惹かれるものがあるのか、次第に人が増えてきた。
 お昼を過ぎて落ち着いたころ、先輩たちに「三好、お前も魔法使いやったら?」と勧められる。

「いいんですか? 四人一組のゲームだから、あと三人、声かけてきます」

 と、桜並木に足を向けたときだった。
 マスコミ業界風の男女に囲まれた長髪を束ねたあごひげ男と目が合った。

「四条さん!? えええ! こんなとこ来ちゃっていーんですか?」

 テレビのコメンテーター四条リューは、葛城先生の元夫だ。僕は二人の修羅場に居合わせたことがある。

「はは、ひどいなあ、三好君。これでも私は先生に呼ばれたんだよ」

 この人とは二回しか会ってないのに、名前を覚えてくれていた。

「先生が? 四条さん、何やったんですか?」

「ますますひどいぞ。あ、先生。ご無沙汰です」

 四条リューの視線をたどり、振り返る。

「四条社長、忙しいのにすいませんねえ。うちの研究ブース、見てってくださいよ」

 葛城奈保子先生は、研究室のスタッフジャンパーを着て、笑っていた。

 葛城先生が四条リューを笑顔で迎えた理由がわからないまま、僕は、四条と彼のスタッフらしい若い男女と組み、研究室のイベントを体験することになった。
 広場には、小さな丸テーブルが一つ置かれ、四つの椅子が囲んでいる。
 研究室の学生の案内で、僕らは座った。
 テーブルには、ヘッドセットつきのゴーグルが四つ置かれている。

「これは、魔法使いの帽子です。それぞれ光・水・空気・土の魔法が込められてます。どの帽子にどの魔法が込められてるかは、僕もわかりません」

 僕はコスプレの帽子を外し、目の前のヘッドセットを被った。脳波を読み取る大切な装置だが、これを魔法使いの帽子とするのは苦しい。
 学生が、僕を服も参加者四人のヘッドセットを装着してスイッチをいれる。
 ゴーグルは透明で、普通に広場の景色が見える。
 が、グラスに小さな茶色い球体が表示された。

「こんにちは! 僕がきれいな花になれるよう、みんなの魔法の力を貸してね!」

 声はイヤホンから聞こえてくる。案内した学生の声ではない。子供風の人工音声だ。

「では、君の名前は何て言うのかな? ふむふむ、ハルくんって言うんだ。よろしく、え? 他の名前がいい? マサハルクン、雅春君ね」

 僕は一言も話していないのに、名前を当てられてしまった。僕の場合は何度も実験に参加しているから、データが残っているのだろう、と思ったら、四条リューのスタッフも「すごいですね! 漢字までわかるなんて」と感心している。

「雅春君は、土の魔法使いになりました。あれ? 光の魔法がよかった? みんなそう思うんだけど、土には、植物が育つために欠かせない、窒素とリン酸とカリウムが含まれているんだよ」

 土の魔法とは地味と思ったが、心を読まれたようだ。魔法というには随分科学的だ。

「じゃあ、自分がどんな魔法使いになりたいか思い浮かべてね。お! 雅春クンは、イケメンだね。四人の魔法使いが集まったよ」

 ゴーグルには僕を含めた四人の魔法使いが現れ、球体を囲んだ。ARのおかげで、大学の広場に立っているように見える。
 年取った水の魔法使いはリュー、長いローブを被った子供は、光の魔法使いメリー。空気の魔法使い瑠璃香は、ヒラヒラのミニスカートを履いた美少女だ。随分難しい漢字だが、ヘッドセットを通して、頭に浮かべた文字を読み取れるようだ。

「じゃあみんな、僕に魔法をかけてね! 種から芽が出るには水と空気と温度が必要なんだ。温度の魔法はないから、光で土を温めてね。好きなポーズをとっていいよ」

 普通に手をかざす魔法使いもいれば、グルグル踊ってるものもいる。僕は、サッカーのキックのポーズを取った。
 茶色い球は地面の下に潜り込む。やがてアスファルトの上にチョコンと小さな双葉が現れた。

「僕が大きくなるには、土から窒素を吸収して葉を作るんだ。土の魔法が必要だよ」

 茎が伸びて小さな葉がポツポツ現れた。

「さあ、僕は大きくなって花を咲かせるために、光からエネルギーをもらって蓄えるんだ。光と水と空気の魔法を僕にかけてね。あ、土の魔法も僕の体を作るために必要だから、がんばってね」

 四人の魔法使いが手を振り回し踊る。目が増えて三つ目になった魔法使いもいれば、頭に角を生やすものもいる。僕は、三本目の腕を頭の上から生やしてみた。イケメン魔法使いがグロテスクなモンスターになってしまった。
 葉が生い茂りいくつもの蕾が膨らむ。踊る魔法使いたちの中心に現れたのは、赤いガーベラだった。

「お疲れ様でした。以上で、『魔法で花を咲かせよう』は終了です」

 最初に説明した学生が、ヘッドセットを回収した。

「四条社長、どうです?」

 葛城先生が、椅子に座る四条に声をかけた。

「脳内イメージの再現性は素晴らしいですね。ただ、商品化するには、ストーリー部分を練らないとね」

「うーん、あたしは育成系のゲーム好きなんだけどな。みんなで力を合わせて花を咲かせるのって、楽しくない?」

 中年男女の話に、さっき説明した研究室の学生が飛び込んできた。

「あー、俺はバトルしたいっす。『ソードアート・オンライン』をリアルにやりたいんす」

 先生は学生に「こらこら」と宥め、四条を向いた。

「ということで、四条社長にお願いなんだ。そういうゲームを実現するスタートアップを立ち上げたいって、うちの学生が言うんだよね。技術的にはまだまだだし、メーカーさんの力を借りなきゃいけない」

 先生が笑った。

「でもさ、この子たちが主体で動けるよう、会社経営の面で助けて欲しいんだ」

 四条リューは立ち上がって、手を伸ばし握手を求める。

「私は学生さんたちが生き生き活躍できる場を作りたい。喜んでサポートしますよ」

 葛城先生は少しためらった後、ゆっくり手を差し出し、握手が成立した。社長と准教授の共同プロジェクトが始まった。
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