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5章 洗礼
61話 嫌な予感
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琳太郎と出会った頃は冬が終わりかけた春先であったが、秋が終わりその冬がまた巡り来ようとしている季節になった。暖かく大きな羽毛布団に包まれる晴柊は、体に重たいものがのしかかる感覚に目を覚ました。
「ワン!」
目を開けると、そこには布団カバーの色とまるで一緒の白い大きな毛玉が見える。ぶんぶんと尻尾を振って晴柊とその横で眠る琳太郎の上を行き来している。琳太郎も眉間に皺を寄せながら目を覚ましていた。最近は寒くなったので、琳太郎の寝起きはより一層悪い。
「おはよう、琳太郎。シルバも。」
晴柊が起き上がりシルバと呼ばれた真っ白い犬を撫でた。琳太郎は晴柊の腰元に腕を回し二度寝しようとしている。不眠症だった頃が最早懐かしいなと思った。
あの後、すぐに琳太郎が晴柊の元へ一匹の子犬を連れてきた。真っ白い毛でぬいぐるみの様なその子犬は、グレートピレニーズと呼ばれる大型犬のオスで、晴柊は「シルバ」と名付けたのだった。まだシルバが家に来てから1か月と経っていないが、大型犬の成長スピードは凄まじく、既に小型犬くらいにまで成長している。しかし、実際には1年もしないうちに今の体重の4,5倍重くなるらしい。
「失礼します。…2人ともおはようございます。起こしてしまったようですみません。シルバ、おいで。」
寝室に遊馬が入ってきた。どうやらシルバが勝手に入ってきてしまったみたいだった。遊馬は眠そうにしている琳太郎に謝りシルバを抱いて出ていった。晴柊はまだ眠そうにする琳太郎を見て、頭を撫でる。
「まだ寝る?」
「……いや、起きる……もう少し…。」
琳太郎が晴柊に甘える。布団から出ると改めて少し寒さを感じる。時が進むのを体感した晴柊は、ここ数か月が怒涛だったことを思い出す。勿論良いことばかりじゃなかった。けれど、今はここにいたいと思っている。そして、琳太郎の傍にも。これが正解だったのかはわからない。けれど、よく見ていた祖母との思い出の夢は中々見なくなっていた。きっとそれは、晴柊の心が安定しているからなのだろう。今度、祖母の墓参りにも行きたいな、と晴柊は思いながら大都会を見下ろす様な窓の外をベッドの上から眺めていた。気付けば外壁改修も終わっている様だった。
暫くして2人そろってリビングへと顔を出した。琳太郎は既に身支度を済ませ、すぐに仕事に向かってしまった。最近はゆっくり一緒に朝食を取ることもできないでいた。聞いた話によると、敵対組織の動向に陰りが見えているらしい。琳太郎も相当警戒しているようで、最近は忙しなく働いている。晴柊もウィリアムとは会えず、しばらくこの部屋から出ていない生活をしていた。
それに対しては不満はない。今はシルバもいるし、琳太郎も良く合間を縫って会いに来てくれている。しかし、晴柊は心配だった。抗争だとか、そういうのはよくわからないが、琳太郎の仕事は危険を伴うものであろう。何かあったら…と晴柊は気が滅入りそうだった。シルバに餌をやりながらため息をついた晴柊に、遊馬が話しかける。
「心配か?組長のこと。」
「うん。…琳太郎、俺にはあまり仕事の話はしないから。」
「大丈夫。組長のことも、晴柊のことも、俺たちが守るから。」
シルバもね、と遊馬は美味しそうにドックフードを食べるシルバを見ながら答えてくれた。ありがとう、と晴柊は笑って見せる。晴柊は掃除をするようになっても、料理をするようになっても、やはり自分は琳太郎に何もしてあげられていないのではないのか、と、忙しそうに仕事をする琳太郎を見る度思う。しかし、自分にできることというのはせいぜいそれくらいなのである。せめて、一緒にいるときは安らいでくれてるといいな、と晴柊は思った。
一方、琳太郎は敵対組織・鶴ケ崎組の動向に目を光らせていた。鶴ケ崎組とは約15年前の抗争を期に実質冷戦状態が続き、どちらかが一度でも引き金を引けば抗争が再び始まること間違いなしというような状況であった。常に鶴ケ崎組の動きを監視してはいるが、相も変わらずタチの悪い違法薬物を取引して商売しているらしい。そしてそれがどうも最近、明楼会のシマで売買しているという話が上がってきている。もちろん、そうとなれば見過ごすことができないのだが、相手も中々尻尾を出さず手こずっているのだった。
「やはり、今回の件も若狭景光(わかさかげみつ)が裏で手を引いている様です。今、そっちの方を天童と榊に探ってもらっています。ほかの人間にもあらゆる売人、情報屋を当たってもらっていますが…これといって大きな手掛かりはありません。」
「どんなに微力な情報でもいい。何かわかったらすぐに知らせろ。」
琳太郎は事務所で日下部と話していた。どうも嫌な予感が琳太郎に付き纏っていた。
――若狭景光。
4年前、本家出身でもない地下格闘出身のゴロツキであったにも関わらず、22歳という若さで鶴ケ崎組の若頭に就任した男である。どうも頭がキレるようで、その仕事っぷりは琳太郎の耳にも度々入ってきていた。そして、その悪逆非道な性格も。この世界に入る以上、琳太郎も世間からみれば悪逆非道なのではあるが、若狭の場合はそれとは違う。地下格闘出身ということが関係しているのかどうも血の気が多いらしく使えない部下は即処刑、性欲処理に相手させた風俗嬢の態度が気に食わず手をかけたという噂もある。どこまでが真実かはわからない。しかし、要注意人物であることには変わりがなかった。
そんな狂った危険人物が鶴ケ崎組の若頭の座に付いているのも、全てはそれら素行の悪さを上回る彼の手腕が買われているからである。鶴ケ崎組が独自の海外のルートを使い悪質な薬物を輸入しばらまき始めたのも若狭が発端だと言われている。どうやらその商売で大分荒稼ぎしているらしい。一度、彼が若頭になりたての頃明楼会が管轄しているクラブに「挨拶」しに来たことがあった。挨拶と言えば聞こえはいいが所謂敵情視察、宣戦布告の様なものである。あの男の目は、確かに道徳心の欠片も無さそうな、恐怖で人を支配するタイプのそれであったことを琳太郎はよく覚えている。
タバコに火をつけ、深く息を吸う。向こうが何を企んでいるのか、まるで見当がつかない。しかし、大なり小なり明楼会を脅かす存在には違いなかった。
琳太郎と出会った頃は冬が終わりかけた春先であったが、秋が終わりその冬がまた巡り来ようとしている季節になった。暖かく大きな羽毛布団に包まれる晴柊は、体に重たいものがのしかかる感覚に目を覚ました。
「ワン!」
目を開けると、そこには布団カバーの色とまるで一緒の白い大きな毛玉が見える。ぶんぶんと尻尾を振って晴柊とその横で眠る琳太郎の上を行き来している。琳太郎も眉間に皺を寄せながら目を覚ましていた。最近は寒くなったので、琳太郎の寝起きはより一層悪い。
「おはよう、琳太郎。シルバも。」
晴柊が起き上がりシルバと呼ばれた真っ白い犬を撫でた。琳太郎は晴柊の腰元に腕を回し二度寝しようとしている。不眠症だった頃が最早懐かしいなと思った。
あの後、すぐに琳太郎が晴柊の元へ一匹の子犬を連れてきた。真っ白い毛でぬいぐるみの様なその子犬は、グレートピレニーズと呼ばれる大型犬のオスで、晴柊は「シルバ」と名付けたのだった。まだシルバが家に来てから1か月と経っていないが、大型犬の成長スピードは凄まじく、既に小型犬くらいにまで成長している。しかし、実際には1年もしないうちに今の体重の4,5倍重くなるらしい。
「失礼します。…2人ともおはようございます。起こしてしまったようですみません。シルバ、おいで。」
寝室に遊馬が入ってきた。どうやらシルバが勝手に入ってきてしまったみたいだった。遊馬は眠そうにしている琳太郎に謝りシルバを抱いて出ていった。晴柊はまだ眠そうにする琳太郎を見て、頭を撫でる。
「まだ寝る?」
「……いや、起きる……もう少し…。」
琳太郎が晴柊に甘える。布団から出ると改めて少し寒さを感じる。時が進むのを体感した晴柊は、ここ数か月が怒涛だったことを思い出す。勿論良いことばかりじゃなかった。けれど、今はここにいたいと思っている。そして、琳太郎の傍にも。これが正解だったのかはわからない。けれど、よく見ていた祖母との思い出の夢は中々見なくなっていた。きっとそれは、晴柊の心が安定しているからなのだろう。今度、祖母の墓参りにも行きたいな、と晴柊は思いながら大都会を見下ろす様な窓の外をベッドの上から眺めていた。気付けば外壁改修も終わっている様だった。
暫くして2人そろってリビングへと顔を出した。琳太郎は既に身支度を済ませ、すぐに仕事に向かってしまった。最近はゆっくり一緒に朝食を取ることもできないでいた。聞いた話によると、敵対組織の動向に陰りが見えているらしい。琳太郎も相当警戒しているようで、最近は忙しなく働いている。晴柊もウィリアムとは会えず、しばらくこの部屋から出ていない生活をしていた。
それに対しては不満はない。今はシルバもいるし、琳太郎も良く合間を縫って会いに来てくれている。しかし、晴柊は心配だった。抗争だとか、そういうのはよくわからないが、琳太郎の仕事は危険を伴うものであろう。何かあったら…と晴柊は気が滅入りそうだった。シルバに餌をやりながらため息をついた晴柊に、遊馬が話しかける。
「心配か?組長のこと。」
「うん。…琳太郎、俺にはあまり仕事の話はしないから。」
「大丈夫。組長のことも、晴柊のことも、俺たちが守るから。」
シルバもね、と遊馬は美味しそうにドックフードを食べるシルバを見ながら答えてくれた。ありがとう、と晴柊は笑って見せる。晴柊は掃除をするようになっても、料理をするようになっても、やはり自分は琳太郎に何もしてあげられていないのではないのか、と、忙しそうに仕事をする琳太郎を見る度思う。しかし、自分にできることというのはせいぜいそれくらいなのである。せめて、一緒にいるときは安らいでくれてるといいな、と晴柊は思った。
一方、琳太郎は敵対組織・鶴ケ崎組の動向に目を光らせていた。鶴ケ崎組とは約15年前の抗争を期に実質冷戦状態が続き、どちらかが一度でも引き金を引けば抗争が再び始まること間違いなしというような状況であった。常に鶴ケ崎組の動きを監視してはいるが、相も変わらずタチの悪い違法薬物を取引して商売しているらしい。そしてそれがどうも最近、明楼会のシマで売買しているという話が上がってきている。もちろん、そうとなれば見過ごすことができないのだが、相手も中々尻尾を出さず手こずっているのだった。
「やはり、今回の件も若狭景光(わかさかげみつ)が裏で手を引いている様です。今、そっちの方を天童と榊に探ってもらっています。ほかの人間にもあらゆる売人、情報屋を当たってもらっていますが…これといって大きな手掛かりはありません。」
「どんなに微力な情報でもいい。何かわかったらすぐに知らせろ。」
琳太郎は事務所で日下部と話していた。どうも嫌な予感が琳太郎に付き纏っていた。
――若狭景光。
4年前、本家出身でもない地下格闘出身のゴロツキであったにも関わらず、22歳という若さで鶴ケ崎組の若頭に就任した男である。どうも頭がキレるようで、その仕事っぷりは琳太郎の耳にも度々入ってきていた。そして、その悪逆非道な性格も。この世界に入る以上、琳太郎も世間からみれば悪逆非道なのではあるが、若狭の場合はそれとは違う。地下格闘出身ということが関係しているのかどうも血の気が多いらしく使えない部下は即処刑、性欲処理に相手させた風俗嬢の態度が気に食わず手をかけたという噂もある。どこまでが真実かはわからない。しかし、要注意人物であることには変わりがなかった。
そんな狂った危険人物が鶴ケ崎組の若頭の座に付いているのも、全てはそれら素行の悪さを上回る彼の手腕が買われているからである。鶴ケ崎組が独自の海外のルートを使い悪質な薬物を輸入しばらまき始めたのも若狭が発端だと言われている。どうやらその商売で大分荒稼ぎしているらしい。一度、彼が若頭になりたての頃明楼会が管轄しているクラブに「挨拶」しに来たことがあった。挨拶と言えば聞こえはいいが所謂敵情視察、宣戦布告の様なものである。あの男の目は、確かに道徳心の欠片も無さそうな、恐怖で人を支配するタイプのそれであったことを琳太郎はよく覚えている。
タバコに火をつけ、深く息を吸う。向こうが何を企んでいるのか、まるで見当がつかない。しかし、大なり小なり明楼会を脅かす存在には違いなかった。
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