狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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6章 こちら側の世界

95話 誕生日プレゼント

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「はぁ?」

「だから、最後に晴柊に会わせてください。」


昼間の喫茶店。一角だけがおかしいほど険悪なムードに包まれていた。琳太郎とその側に立つ日下部、向かいに座る生駒。琳太郎は、生駒にこれ以上晴柊に接触しないことという条件を突きつけていた。


金で黙らせようと思ったが、どうやらこの青年は受け取らないつもりらしい。それどころか、金はいらない、条件も飲む、そのかわり最後に晴柊に会わせろという交渉まで持ちかけてきやがった。


「無理。」

「なんでですか?勿論あなたが付き添ってくれて構いません。最後の挨拶くらいさせてくださいよ。あまりにも身勝手すぎるでしょう。」


この青年はどうやら馬鹿なほど肝が据わっているらしい、と、日下部は踏んだ。明言してなくても、琳太郎達がどんな仕事をしている人間かも薄々気づいているはずだ。それでこの態度、世間知らずなのか、ただのバカなのか…日下部は琳太郎の反応を窺った。


「こっちのメリットがない。」

「俺から晴柊に最後の挨拶すれば、踏ん切りつくんじゃないっすか、晴柊も。こんな無理矢理引き剥がしたところで晴柊も納得できないと思いますけど。」


とことん癪に障る男だと思った。生駒のいうことは確信を付いてくるからである。


「わかった。」

「組長…!」


琳太郎がまさかの承諾をしたことに、傍にいた日下部が思わず口を挟んだ。


「ただし10分だ。俺も付き添うし、変な真似すればただじゃおかない。」


本当にそれでいいのか、と思ったが、琳太郎は腹を括ったようだった。晴柊のため、という言葉に心を揺さぶられたようだった。



晴柊は、琳太郎に誕生日を祝ってもらえたことがとても嬉しかったようで、外に出れない状況が今も続いているのにも関わらず、毎日楽しそうだった。


「心配してたけど、元気そうで良かった。誕生日プレゼントは、何貰うか決めたの?おれもあげたいな。」


ソファでゴロゴロ横になっている晴柊の足元に座っている遊馬は、晴柊の足をマッサージしながら談笑していた。ヤクザがまるで執事のような立ち回りである。


「えぇ~良いよ良いよ。だって、俺お返しとか料理くらいしかできないし…」

「嫌だ、あげたい。お返し、ご飯嬉しいよ。」


遊馬は相変わらず晴柊にデレデレである。ソファの下ではシルバがすやすやと眠っていた。


「そうだなぁ。じゃぁ、琉生くんのオススメの美術本が欲しいな。もう家にあるやつ全部読んじゃったもん。」

「わかった、見繕っとくね。」


晴柊はうん!と嬉しそうに返事をする。琳太郎からの誕生日プレゼント、あれから毎日考えているが思い当たらなかった。いや、1つ思いついているのはあるのだが…


晴柊は、自分のふくらはぎをマッサージしている遊馬の腕をじっと見つめた。遊馬の両腕にはびっしりと入れ墨が入っている。


「タトゥーってさぁ…痛い…?」

「うーん。まぁ、肌ちくちく刺されてる感じ。入れる場所で痛さは違うんだけどね。…こことかは痛いよ。」


遊馬は晴柊の足を持ち上げ、膝裏にキスをする。


「あはは、くすぐったい。」

「あと、こことかね。」


遊馬はそのまま晴柊の内腿に触れる。晴柊は急に恥ずかしくなったのか、顔を赤くし始める。


「ぁ、る、るいくんっ…!」

「おいテメェ、何してやがる。」


遊馬が晴柊にちょっかいを掛け始めたときだった。琳太郎の鉄槌が遊馬の頭に振る。いつも凄いタイミングで登場するのが琳太郎である。遊馬は痛みは感じていないのか、チッ、と舌打ちで悪態までつく始末だった。


「あ、おかえり、琳太郎。」


晴柊だけが暢気だった。しかし琳太郎は最近側近たちの晴柊にたいするスキンシップに少しずつ寛大にはなっていた。というのも、きりがないのである。遊馬に限らず榊も天童も。日下部と篠ケ谷が一歩線引きしているように感じるが、篠ケ谷は篠ケ谷で晴柊に対して拗らせている。何なら一番危うい。


ただ、ベタベタと触るのをみるのはやはりいい気分はしないらしい。琳太郎は晴柊を遊馬から離させると、そのまま拉致するように寝室へと向かって行った。


「今日は早かったなぁ、帰ってくるの。ご飯食べる?」

「いや、いい。仕事でさっき食べてきた。」


まるで新婚の会話である。琳太郎が晴柊をベッドに降ろし、ネクタイを外している。晴柊はそんな琳太郎の背中を見ながら、言おうか言わないか迷っていたことを聞くことにした。


「あのさ、誕生日プレゼントのことなんだけど。」

「ああ、決まったか?」

「うん。刺青、入れたい。」


琳太郎の手が止まる。予想外の晴柊の返答に、琳太郎は顔には出さないものの混乱していた。


「ほら、前チョーカーくれただろ。これ、嬉しかったよ。いつも琳太郎からもらったものを付けてられるのが、すっごく嬉しい。でも、チョーカーは外せるだろ?…刺青みたいに、消えないものが欲しい。俺は琳太郎のものだって印、身体につけたいんだ。」

「…勿体ない。」


琳太郎はくるっと身体を回し、ベッドの端に腰掛ける晴柊の頬に触れる。でも、琳太郎の顔は葛藤しているような顔である。


「でも、入れてしまいたいって顔してる。」


晴柊は悪戯っぽく笑って見せた。琳太郎は晴柊の綺麗な身体に墨が入ることを勿体ないと思うと同時に、入れてしまいたいという矛盾した欲を持ち合わせていた。そして、晴柊は見事にそれを見抜いていた。


「これでその欲を抑えてたのに、お前から言われたら揺らぐ。困らせるな。」


琳太郎は晴柊のチョーカーに触れる。


「琳太郎が嫌がるなら、やめる。」

「お前……いい性格になったな。」

「琳太郎のおかげだな。」


2人はくすくす笑いながら倒れこむようにしてベッドに寝転がった。



あれから数日後。


「なぁ、本当にいいのか?」

「しつこいなぁ。男らしくないぞ、琳太郎。ほら、琳太郎には出来上がったの見せたいから、外で待ってて!」


晴柊は寝台の上でうつ伏せに寝転がっている。琳太郎と晴柊は、ヤクザ御用達のタトゥーショップに赴いていた。傍には篠ケ谷も見守っている。晴柊は完成したタトゥーを見せたいと、琳太郎に退席を促す。琳太郎は何故か彫る本人より決断に迷っているかの様子で外に出て行った。


「じゃぁ施術始めますね。」


デザインも入れる箇所も決まり、いざ、施術が始まる。晴柊の肌にぷつり、ぷつりと針が刺されていく。


「あ、確かに、思ったより痛くないかも。」

「お前、そこでいいのか?入れる場所。」


晴柊は元々痛みに強い方である。篠ケ谷が案外けろっとしている晴柊に声をかける。晴柊は首の後ろ、うなじの当たりに彫ることを決めていた。しかし、うなじだと、晴柊からは確認できない位置である。琳太郎の印が欲しいと言っていたのに、それでいいのかと篠ケ谷は疑問に思ったのだった。


「うん、いいの。俺自身ですら見られない、琳太郎だけが見られるところに入れたいんだ。」

「お前も中々イカれてるよな。執着心っていうか、なんていうか。」

「ふふ。そうかも。」


自分ですら自分のものではない。全て、琳太郎に捧げる。そういう証としてタトゥーを入れたい。



数時間後、晴柊の施術が終わった。琳太郎の背中一面の刺青とは違い、晴柊はワンポイントのタトゥーである。そのため、そこまで時間は掛からなかった。


「終わったー!ありがとうございました!」


晴柊ははしゃいで寝台から降りると、外で待っている琳太郎の元へ行く。琳太郎は早速晴柊の服を引っ張り見ようとしてくる。しかし、晴柊はその腕をがしっと掴んだ。


「まだ駄目!安定してサランラップ取れてから!ちゃんと完成したところ見せたいの~!」


晴柊はすごく嬉しそうである。完成したタトゥーを写真で見せてもらい、その良さに機嫌が良いらしい。なおさら琳太郎は見たくなるのだが、晴柊は頑なに見せてくれないので言うことを聞くことにした。


次の日。晴柊のタトゥーから赤みが引き、サランラップが取れたらしく、珍しく晴柊からベッドにお誘いがあった。本人も早くお披露目したいらしく、仕事中に篠ケ谷の携帯を借りて今日は早く帰ってくるよう連絡してきたくらいだ。


「おい、帰ったぞ。」


琳太郎が寝室に入る。時刻は21時。いつもに比べれば早い方の帰宅時間である。寝室はベッドサイドの電気が付いており、晴柊は読書をしていたようだった。琳太郎が入ってくると、ぱたんと本を閉じると、ぱぁっと笑顔を見せる。


「おかえり!………見たい?」

「見たい。」


琳太郎はジャケットを脱ぎ捨てるとそのままベッドに上がってくる。晴柊は膝立ちになって琳太郎に背を向けた。


「綺麗なデザインにしてもらったんだ。琳太郎の刺青とお揃いの、薊の花だよ。」


晴柊は綺麗に全体を見せるため、やや掛かり気味の自分の髪の毛をどかすように手で髪を抑える。晴柊の艶やかな項に咲く一凛の薊の花。決して主張しすぎない繊細な線の入れ方だが、晴柊の白い肌に黒色のインクは良く映えていた。琳太郎はじっと食い入るように見つめたあと、そっとそのタトゥーに触れる。


「綺麗だ、晴柊。」

「嬉しい?」

「ああ。嬉しすぎて、怖いな。」


晴柊が、このデザインを選び、このタトゥーを入れたこと。琳太郎は感じたことのない幸せに包まれていた。琳太郎が気に入ってくれて良かったと晴柊は顔を綻ばせる。


「晴柊。」

「うん?」


琳太郎が晴柊の名前を呼び、晴柊が振り返る。そのまま、琳太郎はそっと晴柊に口づけする。タトゥーに触れていた琳太郎の指が、晴柊の内腿へと伸びていく。ゆっくりと、焦らすように触られる。晴柊の口の中に琳太郎の舌が入り込み、晴柊は舌を巻きとられる。


頭がフワフワしていく。琳太郎は少しずつ晴柊を押し倒す。


「本当は、閉じ込めたい。誰の目にも触れないところに、ずっと。俺だけがお前の世話をして、会話相手で、俺がいないと生きていけないようにしたい。」


琳太郎は、普通の人であれば恐怖を感じるはずのことを本気で言う。


「知ってる。でも、琳太郎は優しいからそんなことできない。そうだろ?」


晴柊はぎゅっと琳太郎を抱きしめた。彼は、自分を愛しているがゆえにそんなことができないのだ、悪逆非道、冷徹な男が、恋人のためにこんなに脆くなってしまうのである。


「俺は、琳太郎から離れない。ずっと傍にいる。」


琳太郎はその晴柊の言葉を聞き、もう一度キスをした。お互いの舌を絡みあう音だけが響く。口を離したとき、お互いを銀色の糸が繋ぐ。今日は優しく、甘く、静かな夜だった。
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