160 / 173
9章
159話 発芽
しおりを挟む
♦
麻酔のお陰で感覚がだんだんと鈍っていく。九条がテキパキと赤ちゃんを取り出す準備をしていく。腹部の状況はカーテンで仕切られていて何もわからない。
「俺は産科の専門じゃねえからな。多少手際が悪くても許せよ。」
半身麻酔。晴柊の意識は常にあるため、九条が起きている晴柊に釘を刺した。晴柊から彼の手元は見れないし、素人の晴柊には最早手際の悪さなどわからないのだが。
時間間隔さえわからなく、もう産まれるのだろうか、皆外で待機しているのだろうかと、晴柊は動かない体とは別に心をソワソワとさせる。
晴柊はボーっと天井を見つめながら思いを馳せていた。これまでのこと。これからのこと。実はもう名前は決まっている。琳太郎と長い間話し合いをしたのが、それはそれで揉めて大変だった。
「次郎。俺が太郎だから。」
「嘘だろ……本当にこういうセンスねえのな……」
琳太郎は絶妙にダサい名前を付けてくる。そして、彼は古風なのがお好みらしい。晴柊は彼の出す名前を尽く却下する。そして逆に、晴柊が出す名前も却下してくるのだ。お互い、まるでセンスが合わない。
晴柊と琳太郎は数日頭を悩ませる。辞書を引き、漢字を調べ。そして、ようやく、2人納得した名前が思いつく。
「おい、産まれるぞ。」
晴柊の意識がハッと九条の方へと向く。九条がぐっと赤子を晴柊の腹から取り出した。その瞬間、響き渡る愛しい我が子の産声。
「ふぎゃ、……おんぎゃぁ、おんぎゃぁ!」
元気な声だった。九条が、晴柊の顔の傍に、生まれたての子を寄せてくれる。
「おめでとう。元気な男の子。」
「………あ………かわいい……小さい……」
小さな小さな赤ちゃんが、大きな声を上げて泣いていた。さっきまで自分のお腹に入っていた子。何か月も一緒に生活していた子供との、初めての対面。晴柊は自然と涙が溢れた。
「可愛い、可愛い……」
琳太郎と自分の、子供だ。
♦
数時間後。適切な処置を受け、晴柊は病室のベッドに座っていた。眠ろうにも眠れない。そろそろ麻酔が切れてきて痛みが戻るのだろう。そんな晴柊のベッドの横には、保育器に入った生まれたての我が子がいた。検査を受け、異常はなく、至って健康らしい。晴柊は心底ホッとした。
ふと、病室の扉がノックされる。
「晴柊。入ってもいいか?」
「うん。」
琳太郎の声。ゆっくりと扉を開け、入ってきたのは琳太郎だけだった。きっと、皆もいるのだろうが、出産直後の自分の体調を気を遣ってくれているのだろう。
琳太郎はまるでおそるおそる、とでもいうように病室に入っていく。こんな琳太郎を見るのは初めてだった。保育器に入っている自分の子を見たいような、見たくないような。そんな琳太郎の背中を、晴柊が言葉で押した。
「おいで。眠ってるよ。」
晴柊が微笑んで手招きする。琳太郎は晴柊のベッドに歩み寄る。そして、その真横に置かれた保育器を覗き込んだ。小さな赤ちゃんが、すやすやと眠っていた。髪の毛も少なく、手も足も信じられないほど小さい。琳太郎は初めての感情を抱く。心がじんわりと温かくなる。感動と、愛おしさと、希望。
「ありがとう、晴柊。本当に……ありがとう。」
この10か月、晴柊が一番頑張っていた。誰よりも不安だったはず。男の身体で、それでもみるみると大きくなるお腹と我が子。心が追いつけないけれど、追い付かないわけにはいかないという、焦りと葛藤。そんなすべてを労わってくれるような琳太郎の言葉に、晴柊は嬉しそうに頷いた。ああ駄目だ、また泣いてしまいそうだ。
「琳太郎と俺の子だよ。やっぱり世界一可愛いな。どっち似だろう。鼻は琳太郎な気がするけど。」
「どうだろうな。目が開いたら晴柊にそっくりかもしれない。………可愛い。」
愛おしそうに、静かに赤ちゃんを見る琳太郎は、すっかり父親の顔だった。こんなに人は変わるものかと晴柊は琳太郎を見ているとつくづく思う。
晴柊と琳太郎は身を寄せ合いながら、保育器を眺めた。
「芽実(めぐみ)。生まれてきてくれてありがとう。」
男児は、芽(め)が実る(みのる)で、芽実と名付けられた。晴柊と琳太郎の希望という花を芽生え、実らせた子。そして、皆に恵まれ、恵みを与える子になりますように。
柊と薊の花の元に生まれた、一つの小さな芽。この子はどんな花を咲かすだろうか。
麻酔のお陰で感覚がだんだんと鈍っていく。九条がテキパキと赤ちゃんを取り出す準備をしていく。腹部の状況はカーテンで仕切られていて何もわからない。
「俺は産科の専門じゃねえからな。多少手際が悪くても許せよ。」
半身麻酔。晴柊の意識は常にあるため、九条が起きている晴柊に釘を刺した。晴柊から彼の手元は見れないし、素人の晴柊には最早手際の悪さなどわからないのだが。
時間間隔さえわからなく、もう産まれるのだろうか、皆外で待機しているのだろうかと、晴柊は動かない体とは別に心をソワソワとさせる。
晴柊はボーっと天井を見つめながら思いを馳せていた。これまでのこと。これからのこと。実はもう名前は決まっている。琳太郎と長い間話し合いをしたのが、それはそれで揉めて大変だった。
「次郎。俺が太郎だから。」
「嘘だろ……本当にこういうセンスねえのな……」
琳太郎は絶妙にダサい名前を付けてくる。そして、彼は古風なのがお好みらしい。晴柊は彼の出す名前を尽く却下する。そして逆に、晴柊が出す名前も却下してくるのだ。お互い、まるでセンスが合わない。
晴柊と琳太郎は数日頭を悩ませる。辞書を引き、漢字を調べ。そして、ようやく、2人納得した名前が思いつく。
「おい、産まれるぞ。」
晴柊の意識がハッと九条の方へと向く。九条がぐっと赤子を晴柊の腹から取り出した。その瞬間、響き渡る愛しい我が子の産声。
「ふぎゃ、……おんぎゃぁ、おんぎゃぁ!」
元気な声だった。九条が、晴柊の顔の傍に、生まれたての子を寄せてくれる。
「おめでとう。元気な男の子。」
「………あ………かわいい……小さい……」
小さな小さな赤ちゃんが、大きな声を上げて泣いていた。さっきまで自分のお腹に入っていた子。何か月も一緒に生活していた子供との、初めての対面。晴柊は自然と涙が溢れた。
「可愛い、可愛い……」
琳太郎と自分の、子供だ。
♦
数時間後。適切な処置を受け、晴柊は病室のベッドに座っていた。眠ろうにも眠れない。そろそろ麻酔が切れてきて痛みが戻るのだろう。そんな晴柊のベッドの横には、保育器に入った生まれたての我が子がいた。検査を受け、異常はなく、至って健康らしい。晴柊は心底ホッとした。
ふと、病室の扉がノックされる。
「晴柊。入ってもいいか?」
「うん。」
琳太郎の声。ゆっくりと扉を開け、入ってきたのは琳太郎だけだった。きっと、皆もいるのだろうが、出産直後の自分の体調を気を遣ってくれているのだろう。
琳太郎はまるでおそるおそる、とでもいうように病室に入っていく。こんな琳太郎を見るのは初めてだった。保育器に入っている自分の子を見たいような、見たくないような。そんな琳太郎の背中を、晴柊が言葉で押した。
「おいで。眠ってるよ。」
晴柊が微笑んで手招きする。琳太郎は晴柊のベッドに歩み寄る。そして、その真横に置かれた保育器を覗き込んだ。小さな赤ちゃんが、すやすやと眠っていた。髪の毛も少なく、手も足も信じられないほど小さい。琳太郎は初めての感情を抱く。心がじんわりと温かくなる。感動と、愛おしさと、希望。
「ありがとう、晴柊。本当に……ありがとう。」
この10か月、晴柊が一番頑張っていた。誰よりも不安だったはず。男の身体で、それでもみるみると大きくなるお腹と我が子。心が追いつけないけれど、追い付かないわけにはいかないという、焦りと葛藤。そんなすべてを労わってくれるような琳太郎の言葉に、晴柊は嬉しそうに頷いた。ああ駄目だ、また泣いてしまいそうだ。
「琳太郎と俺の子だよ。やっぱり世界一可愛いな。どっち似だろう。鼻は琳太郎な気がするけど。」
「どうだろうな。目が開いたら晴柊にそっくりかもしれない。………可愛い。」
愛おしそうに、静かに赤ちゃんを見る琳太郎は、すっかり父親の顔だった。こんなに人は変わるものかと晴柊は琳太郎を見ているとつくづく思う。
晴柊と琳太郎は身を寄せ合いながら、保育器を眺めた。
「芽実(めぐみ)。生まれてきてくれてありがとう。」
男児は、芽(め)が実る(みのる)で、芽実と名付けられた。晴柊と琳太郎の希望という花を芽生え、実らせた子。そして、皆に恵まれ、恵みを与える子になりますように。
柊と薊の花の元に生まれた、一つの小さな芽。この子はどんな花を咲かすだろうか。
62
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる