狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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9章

159話 発芽

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麻酔のお陰で感覚がだんだんと鈍っていく。九条がテキパキと赤ちゃんを取り出す準備をしていく。腹部の状況はカーテンで仕切られていて何もわからない。


「俺は産科の専門じゃねえからな。多少手際が悪くても許せよ。」


半身麻酔。晴柊の意識は常にあるため、九条が起きている晴柊に釘を刺した。晴柊から彼の手元は見れないし、素人の晴柊には最早手際の悪さなどわからないのだが。


時間間隔さえわからなく、もう産まれるのだろうか、皆外で待機しているのだろうかと、晴柊は動かない体とは別に心をソワソワとさせる。


晴柊はボーっと天井を見つめながら思いを馳せていた。これまでのこと。これからのこと。実はもう名前は決まっている。琳太郎と長い間話し合いをしたのが、それはそれで揉めて大変だった。


「次郎。俺が太郎だから。」

「嘘だろ……本当にこういうセンスねえのな……」


琳太郎は絶妙にダサい名前を付けてくる。そして、彼は古風なのがお好みらしい。晴柊は彼の出す名前を尽く却下する。そして逆に、晴柊が出す名前も却下してくるのだ。お互い、まるでセンスが合わない。


晴柊と琳太郎は数日頭を悩ませる。辞書を引き、漢字を調べ。そして、ようやく、2人納得した名前が思いつく。


「おい、産まれるぞ。」


晴柊の意識がハッと九条の方へと向く。九条がぐっと赤子を晴柊の腹から取り出した。その瞬間、響き渡る愛しい我が子の産声。


「ふぎゃ、……おんぎゃぁ、おんぎゃぁ!」


元気な声だった。九条が、晴柊の顔の傍に、生まれたての子を寄せてくれる。


「おめでとう。元気な男の子。」

「………あ………かわいい……小さい……」


小さな小さな赤ちゃんが、大きな声を上げて泣いていた。さっきまで自分のお腹に入っていた子。何か月も一緒に生活していた子供との、初めての対面。晴柊は自然と涙が溢れた。


「可愛い、可愛い……」


琳太郎と自分の、子供だ。



数時間後。適切な処置を受け、晴柊は病室のベッドに座っていた。眠ろうにも眠れない。そろそろ麻酔が切れてきて痛みが戻るのだろう。そんな晴柊のベッドの横には、保育器に入った生まれたての我が子がいた。検査を受け、異常はなく、至って健康らしい。晴柊は心底ホッとした。


ふと、病室の扉がノックされる。


「晴柊。入ってもいいか?」

「うん。」


琳太郎の声。ゆっくりと扉を開け、入ってきたのは琳太郎だけだった。きっと、皆もいるのだろうが、出産直後の自分の体調を気を遣ってくれているのだろう。


琳太郎はまるでおそるおそる、とでもいうように病室に入っていく。こんな琳太郎を見るのは初めてだった。保育器に入っている自分の子を見たいような、見たくないような。そんな琳太郎の背中を、晴柊が言葉で押した。


「おいで。眠ってるよ。」


晴柊が微笑んで手招きする。琳太郎は晴柊のベッドに歩み寄る。そして、その真横に置かれた保育器を覗き込んだ。小さな赤ちゃんが、すやすやと眠っていた。髪の毛も少なく、手も足も信じられないほど小さい。琳太郎は初めての感情を抱く。心がじんわりと温かくなる。感動と、愛おしさと、希望。


「ありがとう、晴柊。本当に……ありがとう。」


この10か月、晴柊が一番頑張っていた。誰よりも不安だったはず。男の身体で、それでもみるみると大きくなるお腹と我が子。心が追いつけないけれど、追い付かないわけにはいかないという、焦りと葛藤。そんなすべてを労わってくれるような琳太郎の言葉に、晴柊は嬉しそうに頷いた。ああ駄目だ、また泣いてしまいそうだ。


「琳太郎と俺の子だよ。やっぱり世界一可愛いな。どっち似だろう。鼻は琳太郎な気がするけど。」

「どうだろうな。目が開いたら晴柊にそっくりかもしれない。………可愛い。」


愛おしそうに、静かに赤ちゃんを見る琳太郎は、すっかり父親の顔だった。こんなに人は変わるものかと晴柊は琳太郎を見ているとつくづく思う。


晴柊と琳太郎は身を寄せ合いながら、保育器を眺めた。


「芽実(めぐみ)。生まれてきてくれてありがとう。」


男児は、芽(め)が実る(みのる)で、芽実と名付けられた。晴柊と琳太郎の希望という花を芽生え、実らせた子。そして、皆に恵まれ、恵みを与える子になりますように。


柊と薊の花の元に生まれた、一つの小さな芽。この子はどんな花を咲かすだろうか。
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