狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

文字の大きさ
168 / 173
10章

167話 修学旅行

しおりを挟む
「芽実。芽が実ってかいて、めぐみ。ほら、めぐ~あっくんだよ~。」

「あ、ぅっ、あぶっ。」


芽実は生駒をジーッと見つめた後、きゃっきゃと笑いながら手足をじたばたさせた。


「最近は寝返りも打てるようになってさ。それがまた可愛いんだ。」


晴柊の幸せそうな顔を見て、生駒はつられて笑顔になった。好きな人が幸せそうにしているのを見て、嬉しくない人はいないだろう。生駒は未だ晴柊に恋心を抱いている。いや、それはもう親愛に近いものなのだろうか。琳太郎から奪いたいなどと下世話な愛情ではない。晴柊の幸せを一番に願う、普通の「恋」を一歩超えたものであった。晴柊に恋をしているというよりは、晴柊を超える人物が現れていないだけという表現が正しいのかもしれない。


「色々大変だったろ。元気そうで良かったよ。」

「うん、あっくんも。またこうしてお話できて嬉しい。」

「きゃっきゃ!」


笑い合う2人に挟まれるようにして、つられるように楽し気な芽実。生駒に芽実を抱いてもらったり、これまでの積もり積もったお互いの話をしたり、晴柊は久々に外の世界に行けたような気がしていた。


この屋敷が窮屈な訳ではない。けれど、外の空気が息抜きになるのも事実。琳太郎もそれは理解しているからこそ、今日生駒と会うことを許してくれたのだろう。


「せっかく来てくれたんだ、今日はゆっくりしていって!」


晴柊はここでの初めての来客に浮足立っている様子だった。



「は?なんでまだいんだよ。」

「うわっ、お久しぶりっす!琳太郎さん!」


時刻は22時。外は勿論真っ暗である。仕事を終え帰宅した琳太郎が手を洗おうと脱衣所へと向かうと、そこには明らかに風呂上がりの様子で髪の毛を拭いている生駒がいた。


確かに今日コイツが来るのは知っていたが、こんな時間に、しかも風呂?と琳太郎が訝し気にその青年を見やったとき。パタパタと両腕に布団を抱えた晴柊が廊下を通った。


「あれ、琳太郎、もう帰ってたのか!」


いつもより早い帰宅に、晴柊は少し驚いた様子を見せた後そのまま何もなかったかのように素通りしようとするので、その首根っこを掴む。


「おい、どういうことだ。」


聞いていないぞ、と晴柊の歩みを止める。


「せっかくだし、あっくんに泊ってってもらうことにしたんだ。」


晴柊があまりにも嬉しそうに琳太郎を見るので、琳太郎は一瞬絆されそうになったが直ぐに自我を取り戻す。


「聞いてないぞ。」

「言ってないもん。別にいいだろ?事情はもう知れてるんだしさ。ね、今日だけ!」


中々の図太さで琳太郎の意見を跳ねのける晴柊。それを後ろで見ていた生駒は、以前の琳太郎と晴柊の関係のイメージに変化が生じた。琳太郎がリードしているのかとてっきり思っていたが、主導権を握っているのはどうやら晴柊らしい。


「チッ」

バツが悪そうに琳太郎が舌打ちすると、折れた様子で去って行った。


「いいのか?すっげー機嫌悪そうだったけど……。」

「いいのいいの!琳太郎があっくんに嫉妬するのは今に始まったことじゃないからさ~。ほら!それよりあっちの部屋で一緒にゲームしよ!お布団敷くからさ!」


晴柊がきゃっきゃと嬉しそうにはしゃいでいる。友達とお泊りだなんて初めてであった。まるで修学旅行の様なワクワクさがある。芽実も今はぐっすり寝室で眠っているが、きっとまた夜泣きで起きるだろうし、それなら今日はとことん夜更かしだと晴柊は軽い足取りで客間へと急いだ。


客間に2人ぶんの布団を敷く晴柊の手伝いをした生駒は、そのまま立ち上がると「琳太郎さんに挨拶してくる」と律儀に琳太郎を探しに行った。相変わらずちゃんとしている人だなと晴柊は感心しながら、ゲームをセットした。


「すいません琳太郎さん、泊らせてもらっちゃって。」


丁度廊下を歩いていた琳太郎に遭遇し、生駒が声を掛ける。近くで見ると相変わらずガタイの良さとその整った顔の迫力が相まって凄まじいオーラを感じざるを得なくなる。生駒の背筋に糸がピンと張る。


「別に。アイツが喜んでるならそれで良い。……おい、間違っても変な気起こすんじゃねえぞ。指一本でも触れたら……」

「わ、わかってますって!今日だって半分は晴柊の琳太郎さんへの惚気聞いてたんですから!そんな気起きませんよ!」


生駒が凄まじい睨みを利かせて牽制してくる琳太郎を制止し苦笑いした。琳太郎はふんっとした態度でそのまま去ってしまう。嫌われているというよりは、未だ恋敵判定をされている気がすると思う生駒。しかし、これはきっと自分に限ったことではないのだろう。晴柊に関わる人全てそうしてしまいたくなるほど、晴柊が好きで好きで溜まらないのだ。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...