狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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10章

166話 生駒くん初めまして

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今日は晴柊にとって楽しみにしていた日であった。それもそのはず、久しぶりに生駒と会う約束をしたのだ。晴柊の妊娠が発覚してからは、シルバの散歩も控えていた晴柊。


事情を知っている生駒だが、あまり詮索は良くないと変に深追いせず、たまに会う散歩当番の側近たちに経過報告を受けるのみだった。


先日、晴柊が遠慮がちに琳太郎にこう尋ねた。


「ねえねえ、そろそろ芽実もシルバの散歩に連れて行っていい?」

「駄目だ。まだ早い。」

「でもさぁ、まだ1回もお外に出てないんだよ?」

「庭で十分だ。その辺の家よりは広いだろ。」


琳太郎の過保護さは予想通り我が子にも降り注ぐ。しかし、琳太郎の言うことも一理ある。明楼会の組長に子供ができた、なんてニュースが漏れれば一目散に危ないのは芽実である。芽実が産まれたことは未だかなりの極秘である。琳太郎曰く、立ち上がれる歳になるまでは公表は控えたいらしい。


晴柊はそうだよなぁ、と琳太郎の言うことを聞く。しかし、もう一つ晴柊の心につっかえが残る。


「生駒君にも、随分会えてないなぁ。でも、仕方ないかぁ……。」


晴柊がボソリと呟いた。資料を見て何か作業をしていた琳太郎の視線が、晴柊に向く。芽実を膝の上に抱きかかえながら、縁側に腰掛けている。その後ろ姿を琳太郎は仕事場から眺めながら、考える。芽実どころか、晴柊の外出も制限してしまっている。今に始まったことではないのだが、産後はストレスがどうとかいう知識も琳太郎にはあった。


琳太郎は紙を机に置き、立ち上がる。晴柊の背後に歩みを進めると、気配に気付いた晴柊が後ろを振り返り見上げるようにして琳太郎を見た。


「どうしたの?」

「ここに呼ぶのなら……まぁ良い。」

「え?」

「アイツに会いたいんだろ。」


琳太郎が妥協案を示す。晴柊はそんな言葉を想像もしていなかったのか、ぽけっとした表情を浮かべている。しかしすぐに合点がいったのか、抑えられない笑みが零れる。


「えっ、いいの!?」

「まぁ、アイツはカタギだがもう色々知ってるしな。」


そういうと、琳太郎は隣に腰掛け休憩とでもいうように足を放り投げた。


「ありがとー!琳太郎!やった、やった、あっくんに会えるぞ、芽実~!!」


晴柊は嬉しそうに芽実の両脇を抱き上げ、お天道様に掲げる。芽実は勿論何が何だかわかっていないが、ママが嬉しそうな顔をしていると、つられてきゃっきゃと笑った。そんな姿が、琳太郎の心を満たしていった。


そんなこんなで、篠ケ谷から突然晴柊のいる屋敷に招待された生駒。一応手土産を持って、晴柊の暮らす明楼会本家へと向かう。


立派な正門の前に到着し、インターホンを押すと、出迎えてくれたのは天童だった。



「おー、来た来た。中で晴柊待ってるぞ。」

「あざーっす。相変わらずデカい家っすね~お邪魔します。」



久々に屋敷を見て、住む世界が改めて違うなと思わされる生駒は、靴を脱ぎ丁寧にそろえると、天童の案内のもと屋敷の中へと踏み込んだ。もっと怖いお兄さんたちが出入りしているのかと思ったが、人は少なくとても静かな屋内。


「あ、そうだ。天童さんこれ、良かったら皆さんで…」

「ん?あぁ、ありがとな。それは直接晴柊に渡してやってくれ。ほら、生駒が来たぞー。」


天童が一際広そうな部屋の襖を開ける。そこには、久方ぶりに会う晴柊の姿があった。


「あっくん!」

「晴柊!久しぶり!」


変わらない。晴柊の向日葵の様な弾ける笑顔に、生駒が釣られて笑みを零した。


ふと、晴柊が布の塊を抱いていることに気が付く。いや、これは布の塊などではない。俺は、この正体を知っているのだ。



生駒はおそるおそる、というように視線をやる。


「も、もしかして……」



「へへ、俺と琳太郎の子♡」



やっぱり!というように、生駒の顔がぱぁっと晴れた。以前から晴柊の様子は心配で、側近たちから話には聞いていた。


この間会った時は晴柊のお腹にいた赤子が、今こうしてここにいることに、生駒は感動を覚えた。


「本当に……元気に産まれてくれて良かったぁ……晴柊も、ほんと……うわぁ……ちっちゃ、手も足も……え、ちっちゃ……」



無事に赤ちゃんが産まれたと事前に聞いてはいたが、会うことができるのはまだまだ先だろうと思っていた。
それがまさか、もう会えてしまうとは。生駒は今日の日取りが決まった時からずっとソワソワしていた気持ちを抱えていた。


いざ対面すると、赤ちゃんをびっくりさせないようにとどうにか気持ちを落ち着かせようとするものの、奇跡の小さな命を目の当たりにし、感情が忙しい。


晴柊は大事な友人に芽実をやっと会わせられたことをこの上なく喜んでいた。
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