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美人とぶどう酒
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ベルギオンは石で出来た風呂から上がり、体を拭く。
汗も疲れも綺麗に流れ去っており、気分もかなり楽になった。
布袋に予備の服代わりになる装備が何着かあったので、それに着替える。
残念ながら、布袋にある装備はそれと唯のナイフが一本あるだけだ。
後は回復アイテムが少しと、筋力を一時的にドーピング出来る薬が残り一回分。
準備を整えて湯浴み小屋から出る。絹の手ぬぐいは濡れているため、肩に下げておく。
ベルギオンはそのまま行きそうになるが、札に付いて言われていた事を思い出し裏返した。
「よし」
そして気分良く歩き始める。
足取りは少し軽くなっていた。汗を流した爽快さが、そのまま不安も押し流したかのようだ。
空は青と紅が混じりあい、夕方から夜へと変化を始めている。
途中で見かけた村人たちは村長から話を聞いたのか、気安く声をかけてくれたので手を上げて挨拶を返した。
そういえば、と布袋から回復アイテムであるポーションの入った瓶を取り出す。
薄っすらと青く透き通った液体は、紅い陽の光に当てられて目を奪われるような美しさを醸し出していた。
「効くのかね。これ」
揺らしてみると、とぷとぷと液体の揺れる音がする。
余り手元に無いとは言え、コレが使い物になるかどうかはかなり重要だ。
この世界に売っていればいいのだが。と考えるが、金が無い事を同時に思い出し、ベルギオンは渋い顔になる。
ゲームの世界のようにNPCが販売しているわけはないだろうし、
もしあるなら必需品として高く取引されているかもしれない。
「試してみるか。ちょっとだけ」
その場でやろうとしたが、余りにも特異な状況に見えることに気付き、森の近くまで歩いていく。
そしてようやくナイフを取り出し、右手の人差し指の上で軽く引いた。
「痛っ」
少し深く切ってしまったのか、血が溢れてきて鋭く痛む。
その人差し指に、蓋を開けたポーションをゆっくりと垂らしていく。
数滴ほどが傷口に落ちると少しずつだが血が止まり、痛みが和らぎ始めた。
量を少し追加すると、傷口がみるみる塞がっていく。
「使えるな。一度に使えば多少切られても直せそうだ」
ポーションの瓶一つでベルギオンのHPを1割ほど回復できた筈だ。
手元にあるのは5本。実際体をどの程度直せるのかは分わらないが、
単純計算で半分のHPを回復できるのだ。切られても腕の一本は生えてくるかもしれない。
(何だよ腕一本って)
その考えに至ったベルギオンは自分の思考に笑いをこぼす。
まだまだゲームとしての思考が強いのだろう。
実際に切られれば笑えないだろうが。
ベルギオンはポーションを割れないように布で包んで布袋に入れる。
今最も頼れる物の一つだろう。大切にしなければ。
そう考えながらベルギオンは二人の姉妹のいる家へと向かった。
扉をノックすると入っていいよ、というキリアの返事が来たので扉を開く。
テーブルを囲んだ椅子にキリアが座っており、ラグルの姿は無かった。
「ノックはしなくていい。自分の家だと思って使っていいよ」
「分かった、とはいえ客だ。そこまで厚かましくするつもりは無い」
ありがたい言葉だったが、ベルギオンはその言葉をそのまま受け取るほど図太くは無かった。
「固いわね。なら好きにしなさい」
「ラグルは? あーっと、キリアさん?」
どう呼んだものか悩み、無難だと思われるさん付けをしてキリアを呼ぶと、キリアに睨まれる。
「やめてよ、さんとか。鳥肌立ったじゃない。こっちは呼び捨てにしてるしキリアでいいよ。ラグルはもう寝てる。
気を張って何時も通りにしてたみたいだけど、疲れていたんでしょうね。横になったら直ぐ寝たわ」
「そうか。まだ子供だし怖かっただろうしな」
「割と器量はいいし大人びてると思うけど、子供扱い?」
「? 子供だろ?」
「あの子あと二年もすれば嫁に行く年頃なんだけど」
「えらく若い頃に……、こっちの居た処が遅いだけか」
確か日本も昔は男は16までに元服して、近い歳の嫁をとっていた。
以前聞いた話では体が出来始めた頃に早く結婚する事で、家を継ぐ子供を儲けさせる為だったという。
この村では医者も村人だろうし、子供も出来にくいから尚更早く結婚する事が大事なのだろう。
「とはいえ、俺には子供にしか映らんな。顔立ちは整っていると思うが」
「ふぅん、まああの子の事はいいわ。ちょっと話をしましょう。他所からの冒険者なんて中々来ないのよ」
そう言ってキリアは炊事場においてあった、膝位の高さがある樽を此方に転がしてくる。
ついでに杯を二つテーブルに置いた。
「冒険者なんだし飲めるでしょう? 付き合ってよ」
「茶が出ると思っていたが。こんな時間からか?」
「もう夜よ。大してする事も無いし何時もはもう私も寝ちゃうわ」
そう言いながらキリアは樽を開ける。
アルコールの匂いと共に、仄かな甘い匂いが漂う。
色は紫色。ぶどう酒だった。
キリアは杯を直接樽に入れ、ぶどう酒を注ぐ。
「飲むのはいいが、ぶどう酒は余り飲んだ事はなくてな。酔うようなら小屋のほうへ行く」
「潰れたら毛布くらいは掛けておいて上げる」
「そういう話じゃない。女性の居る家で眠るのはどうかという話だ」
「はいはい。妹の恩人がそんな野蛮な人間じゃないって信じてるから大丈夫」
やや茶化すようなキリアの言い方に、これは言っても無駄だとベルギオンは早々に判断した。
元よりどこであっても何時であっても口で男は女に勝てないのだ。
ベルギオンは自分の前に置かれた杯を掴み、ぐっと傾けてぶどう酒を呷った。
日本に居た頃飲んだ物より雑味があるが、アルコールも強くなくやや酸味はあるがすっきりと飲める。
「美味いな。自作か?」
「ラグルがね。近くにぶどうの木があるから毎年実をつけたらそれを使って作ってる」
そう言ってキリアも一息でぶどう酒を飲み干した。
ん、おいし。と言いながら二杯目をついで口を付ける。
どうやら付き合うしか無さそうだ。ベルギオンは軽いため息を吐き、ぶどう酒を掬う。
アルコールも強くないし、この体も酒には強い様子だ。
酔っ払う事は無いだろう。
「まずは、さっきも言ったけどあの子を助けてくれてありがとう。
貴方がいなければ死んでいたと思うとぞっとする」
「ああ。その礼は十分受けている」
「死んでたら絶対ゴブリンの巣穴に突っ込んでたよ」
「それだけ大事って事だろう」
「そうね。うん。で、貴方の事なんだけど。育った所ってどんな所だった?」
「……、ここよりはずっと平和で、退屈な所さ」
「退屈、ね。そこが嫌で飛び出して冒険者になったの?」
その問いに答える言葉をベルギオンは持っていなかった。
何を言おうともこの世界の常識とかけ離れた物になってしまうだろう。
そう判断し、キャラクターとしてのベルギオンの記憶を思い出す。
その記憶とベルギオンの感情を混ぜて話し始める。
「そう、……だな。退屈だったんだ。あそこは。だから、色々な場所を見てみたいと思った」
「思ったよりロマンがあるんだ。それで?」
まだ確信はしていないが、やはり[ディエス]とこの世界は違う。
国の名前や、モンスター等もなんとかぼかしながら話していく。
合間合間にキリアが質問してきたので、出来るだけ矛盾しないように普段は余り使わない頭を回転させた。
基本的な知識が抜けているので、どこにでも居そうなモンスターの話に限ったが。
子供のグリズリーの群れと戦った事、獅子に追いかけられ命からがら逃げ切った事(獅子はBOSSだ。そして実際には死んでデスペナルティを受けていた)
鉱山で珍しい石を探した事などだ。
キリアはぶどう酒を飲みながらそれを興味深そうに聞いている。
女性の前で話をする事は決して悪い気分はしない。
ベルギオンは酒の助けもあり、乗り切る事が出来た。
「面白い話だった。私と同じくらいなのに中々いい装備してたから、どう生きてきたのか興味があってね」
「装備は拾い物みたいなものだ。……流石に飲みすぎたな。これで失礼する」
気付けばかなりの量を飲んでいる。
酔いこそ回ってないが、体の体温が上がっている自覚があった。
「分かった、私も寝る。そうだ、明日ちょっと手伝ってよ。折角の男手だし」
「世話になるし引き受けよう。――じゃあな」
酒に因る暖かさと、体に残った少しの疲れが心地よい眠気を誘う。
ベルギオンは家から出て、小屋に入ると敷かれたシーツに身を潜らせてすぐに眠りに付いた。
――――――――――――――――――
鳥達が鳴きながら空を羽ばたいていく音が聞こえる。
ラグルは日が昇り始めて、空の暗さが和らぎ始める頃目を覚ました。
やや肌寒いが、用事を済ませていれば直に昇っていく太陽の光で暖かくなるだろう。
身を起こしたラグルは隣のシーツを見るが、用意した状態のままだった。
姉のキリアはシーツに入りすらしなかったのだろう。
良くある事なのでラグルは気にせず、二組のシーツと毛布を畳んで仕舞う。
部屋へと繋がる扉を開けると、キリアはテーブルに突っ伏して気持ち良さそうに寝ていた。
ぶどう酒の樽は中身が大分減っている。
話をすると言っていたから二人で飲んだのだろうが、姉は一人になった後も飲んでいたのだろう。
手際よくラグルはそれらを片し、水瓶の水を器に移し顔を洗う。
その後ラグルは寝巻きにしていた服を脱ぎ捨てた。
今身に着けているのはショーツだけで、弱い朝の光に照らされた肉体はそれだけで強い輝きを持っている。
気の箪笥から着替えを取り出し、それ等を身に付けていく。
一度胸元を見て、机で押しつぶされ形を変えているキリアの胸元を見る。
何事も無かったように視線を鏡へと向け、身嗜みを整えた。
何時もよりもほんの僅かだけ時間が掛かっている。
「問題は無いですね」
ラグルはそう呟やいて脱ぎ捨てた服を仕舞い、テーブルに突っ伏しているキリアの上半身を引き上げ、横へと倒す。
支えを失ったキリアの体は自然と床へと向かっていき、床へと激突した。
「ぐはっ」
そう呟くものの、未だキリアの意識は覚醒していない。
やや寝息が小さくなったので、少しすればおきてくるだろう。
竜人の濃い血を引くキリアは中々頑丈だ。
起こしていくうちに段々とキリアは慣れ始め、ついにはここまでやっても起きなくなってしまった。
何か行事のあるときは起きるので単に起きるのが面倒なだけだろう。
床に突っ伏したキリアをそのままに、家を出る。
村は森に遮られているので余り風は無いが、澄んだ空気が心地良かった。
隣にある小屋の前に立ち、ラグルは控えめに何度かノックをする。
人の気配はあるのだが、一向に返事は無い。
「失礼します」
そう断って、ラグルは小屋へと入る。
そこにはシーツに包まって寝ていたベルギオンが居た。
寝相などで乱れた様子も無い。
(意外ですね)
昨日話した限りがさつな様子は無かったが、若くても男でしかも荒くれ者の多い冒険者だ。
もっと寝相が悪いものかと思っていた。
難しい顔をする時もあり大分年上に感じていたものだが、眠っている顔は起きている時の少し固い表情も無く、青年らしい健やかな顔だ。
このまま寝かせたいという気持ちもあったが、日の出の内にやることは多い。
ベルギオンが起きた時ラグルもキリアも居なかった、では些か問題がある。
「起きて下さい。朝です」
ラグルはそう判断してベルギオンの体を揺らし、声をかける。
何度か揺するものの、一向に目が覚める様子は無い。
「起きて下さい」
少し強めに揺すると、ベルギオンはシーツを握り締め身を縮めてしまう。
(むっ)
その様子に少しだけラグルは腹が立つ。
仕方なくシーツを剥がそうとすると、握り締めた手は微動だにしない。
挙句後50分、などと寝言を言い始めた。
これは強敵だ。しかしキリアという長きに亘る敵を起こし続けていたラグルに死角は無い。
ラグルは今までキリアを起こしてきた方法を思い出し、適切な技を選ぶ。
シーツから手を離すと、寝ているベルギオンは安心したのか体の力を抜く。
読み通りだった。
ラグルは立ち上がり、右肘を前に突き出し、そのまま軽く飛んで滞空中に体を90度傾ける。
肘はベルギオンの腹へと一直線に落ち、見事にめり込んだ。
「ぐほぉっ!?」
ベルギオンの体は噴出した声と共にくの字に折れ曲がり、そのまま脱力した。
「……やりすぎました」
その後起きたベルギオンは腹の謎の痛みに頭を捻るが、その答えを得る事は無かった。
その際のラグルの顔はとても眩しい笑顔であった。
汗も疲れも綺麗に流れ去っており、気分もかなり楽になった。
布袋に予備の服代わりになる装備が何着かあったので、それに着替える。
残念ながら、布袋にある装備はそれと唯のナイフが一本あるだけだ。
後は回復アイテムが少しと、筋力を一時的にドーピング出来る薬が残り一回分。
準備を整えて湯浴み小屋から出る。絹の手ぬぐいは濡れているため、肩に下げておく。
ベルギオンはそのまま行きそうになるが、札に付いて言われていた事を思い出し裏返した。
「よし」
そして気分良く歩き始める。
足取りは少し軽くなっていた。汗を流した爽快さが、そのまま不安も押し流したかのようだ。
空は青と紅が混じりあい、夕方から夜へと変化を始めている。
途中で見かけた村人たちは村長から話を聞いたのか、気安く声をかけてくれたので手を上げて挨拶を返した。
そういえば、と布袋から回復アイテムであるポーションの入った瓶を取り出す。
薄っすらと青く透き通った液体は、紅い陽の光に当てられて目を奪われるような美しさを醸し出していた。
「効くのかね。これ」
揺らしてみると、とぷとぷと液体の揺れる音がする。
余り手元に無いとは言え、コレが使い物になるかどうかはかなり重要だ。
この世界に売っていればいいのだが。と考えるが、金が無い事を同時に思い出し、ベルギオンは渋い顔になる。
ゲームの世界のようにNPCが販売しているわけはないだろうし、
もしあるなら必需品として高く取引されているかもしれない。
「試してみるか。ちょっとだけ」
その場でやろうとしたが、余りにも特異な状況に見えることに気付き、森の近くまで歩いていく。
そしてようやくナイフを取り出し、右手の人差し指の上で軽く引いた。
「痛っ」
少し深く切ってしまったのか、血が溢れてきて鋭く痛む。
その人差し指に、蓋を開けたポーションをゆっくりと垂らしていく。
数滴ほどが傷口に落ちると少しずつだが血が止まり、痛みが和らぎ始めた。
量を少し追加すると、傷口がみるみる塞がっていく。
「使えるな。一度に使えば多少切られても直せそうだ」
ポーションの瓶一つでベルギオンのHPを1割ほど回復できた筈だ。
手元にあるのは5本。実際体をどの程度直せるのかは分わらないが、
単純計算で半分のHPを回復できるのだ。切られても腕の一本は生えてくるかもしれない。
(何だよ腕一本って)
その考えに至ったベルギオンは自分の思考に笑いをこぼす。
まだまだゲームとしての思考が強いのだろう。
実際に切られれば笑えないだろうが。
ベルギオンはポーションを割れないように布で包んで布袋に入れる。
今最も頼れる物の一つだろう。大切にしなければ。
そう考えながらベルギオンは二人の姉妹のいる家へと向かった。
扉をノックすると入っていいよ、というキリアの返事が来たので扉を開く。
テーブルを囲んだ椅子にキリアが座っており、ラグルの姿は無かった。
「ノックはしなくていい。自分の家だと思って使っていいよ」
「分かった、とはいえ客だ。そこまで厚かましくするつもりは無い」
ありがたい言葉だったが、ベルギオンはその言葉をそのまま受け取るほど図太くは無かった。
「固いわね。なら好きにしなさい」
「ラグルは? あーっと、キリアさん?」
どう呼んだものか悩み、無難だと思われるさん付けをしてキリアを呼ぶと、キリアに睨まれる。
「やめてよ、さんとか。鳥肌立ったじゃない。こっちは呼び捨てにしてるしキリアでいいよ。ラグルはもう寝てる。
気を張って何時も通りにしてたみたいだけど、疲れていたんでしょうね。横になったら直ぐ寝たわ」
「そうか。まだ子供だし怖かっただろうしな」
「割と器量はいいし大人びてると思うけど、子供扱い?」
「? 子供だろ?」
「あの子あと二年もすれば嫁に行く年頃なんだけど」
「えらく若い頃に……、こっちの居た処が遅いだけか」
確か日本も昔は男は16までに元服して、近い歳の嫁をとっていた。
以前聞いた話では体が出来始めた頃に早く結婚する事で、家を継ぐ子供を儲けさせる為だったという。
この村では医者も村人だろうし、子供も出来にくいから尚更早く結婚する事が大事なのだろう。
「とはいえ、俺には子供にしか映らんな。顔立ちは整っていると思うが」
「ふぅん、まああの子の事はいいわ。ちょっと話をしましょう。他所からの冒険者なんて中々来ないのよ」
そう言ってキリアは炊事場においてあった、膝位の高さがある樽を此方に転がしてくる。
ついでに杯を二つテーブルに置いた。
「冒険者なんだし飲めるでしょう? 付き合ってよ」
「茶が出ると思っていたが。こんな時間からか?」
「もう夜よ。大してする事も無いし何時もはもう私も寝ちゃうわ」
そう言いながらキリアは樽を開ける。
アルコールの匂いと共に、仄かな甘い匂いが漂う。
色は紫色。ぶどう酒だった。
キリアは杯を直接樽に入れ、ぶどう酒を注ぐ。
「飲むのはいいが、ぶどう酒は余り飲んだ事はなくてな。酔うようなら小屋のほうへ行く」
「潰れたら毛布くらいは掛けておいて上げる」
「そういう話じゃない。女性の居る家で眠るのはどうかという話だ」
「はいはい。妹の恩人がそんな野蛮な人間じゃないって信じてるから大丈夫」
やや茶化すようなキリアの言い方に、これは言っても無駄だとベルギオンは早々に判断した。
元よりどこであっても何時であっても口で男は女に勝てないのだ。
ベルギオンは自分の前に置かれた杯を掴み、ぐっと傾けてぶどう酒を呷った。
日本に居た頃飲んだ物より雑味があるが、アルコールも強くなくやや酸味はあるがすっきりと飲める。
「美味いな。自作か?」
「ラグルがね。近くにぶどうの木があるから毎年実をつけたらそれを使って作ってる」
そう言ってキリアも一息でぶどう酒を飲み干した。
ん、おいし。と言いながら二杯目をついで口を付ける。
どうやら付き合うしか無さそうだ。ベルギオンは軽いため息を吐き、ぶどう酒を掬う。
アルコールも強くないし、この体も酒には強い様子だ。
酔っ払う事は無いだろう。
「まずは、さっきも言ったけどあの子を助けてくれてありがとう。
貴方がいなければ死んでいたと思うとぞっとする」
「ああ。その礼は十分受けている」
「死んでたら絶対ゴブリンの巣穴に突っ込んでたよ」
「それだけ大事って事だろう」
「そうね。うん。で、貴方の事なんだけど。育った所ってどんな所だった?」
「……、ここよりはずっと平和で、退屈な所さ」
「退屈、ね。そこが嫌で飛び出して冒険者になったの?」
その問いに答える言葉をベルギオンは持っていなかった。
何を言おうともこの世界の常識とかけ離れた物になってしまうだろう。
そう判断し、キャラクターとしてのベルギオンの記憶を思い出す。
その記憶とベルギオンの感情を混ぜて話し始める。
「そう、……だな。退屈だったんだ。あそこは。だから、色々な場所を見てみたいと思った」
「思ったよりロマンがあるんだ。それで?」
まだ確信はしていないが、やはり[ディエス]とこの世界は違う。
国の名前や、モンスター等もなんとかぼかしながら話していく。
合間合間にキリアが質問してきたので、出来るだけ矛盾しないように普段は余り使わない頭を回転させた。
基本的な知識が抜けているので、どこにでも居そうなモンスターの話に限ったが。
子供のグリズリーの群れと戦った事、獅子に追いかけられ命からがら逃げ切った事(獅子はBOSSだ。そして実際には死んでデスペナルティを受けていた)
鉱山で珍しい石を探した事などだ。
キリアはぶどう酒を飲みながらそれを興味深そうに聞いている。
女性の前で話をする事は決して悪い気分はしない。
ベルギオンは酒の助けもあり、乗り切る事が出来た。
「面白い話だった。私と同じくらいなのに中々いい装備してたから、どう生きてきたのか興味があってね」
「装備は拾い物みたいなものだ。……流石に飲みすぎたな。これで失礼する」
気付けばかなりの量を飲んでいる。
酔いこそ回ってないが、体の体温が上がっている自覚があった。
「分かった、私も寝る。そうだ、明日ちょっと手伝ってよ。折角の男手だし」
「世話になるし引き受けよう。――じゃあな」
酒に因る暖かさと、体に残った少しの疲れが心地よい眠気を誘う。
ベルギオンは家から出て、小屋に入ると敷かれたシーツに身を潜らせてすぐに眠りに付いた。
――――――――――――――――――
鳥達が鳴きながら空を羽ばたいていく音が聞こえる。
ラグルは日が昇り始めて、空の暗さが和らぎ始める頃目を覚ました。
やや肌寒いが、用事を済ませていれば直に昇っていく太陽の光で暖かくなるだろう。
身を起こしたラグルは隣のシーツを見るが、用意した状態のままだった。
姉のキリアはシーツに入りすらしなかったのだろう。
良くある事なのでラグルは気にせず、二組のシーツと毛布を畳んで仕舞う。
部屋へと繋がる扉を開けると、キリアはテーブルに突っ伏して気持ち良さそうに寝ていた。
ぶどう酒の樽は中身が大分減っている。
話をすると言っていたから二人で飲んだのだろうが、姉は一人になった後も飲んでいたのだろう。
手際よくラグルはそれらを片し、水瓶の水を器に移し顔を洗う。
その後ラグルは寝巻きにしていた服を脱ぎ捨てた。
今身に着けているのはショーツだけで、弱い朝の光に照らされた肉体はそれだけで強い輝きを持っている。
気の箪笥から着替えを取り出し、それ等を身に付けていく。
一度胸元を見て、机で押しつぶされ形を変えているキリアの胸元を見る。
何事も無かったように視線を鏡へと向け、身嗜みを整えた。
何時もよりもほんの僅かだけ時間が掛かっている。
「問題は無いですね」
ラグルはそう呟やいて脱ぎ捨てた服を仕舞い、テーブルに突っ伏しているキリアの上半身を引き上げ、横へと倒す。
支えを失ったキリアの体は自然と床へと向かっていき、床へと激突した。
「ぐはっ」
そう呟くものの、未だキリアの意識は覚醒していない。
やや寝息が小さくなったので、少しすればおきてくるだろう。
竜人の濃い血を引くキリアは中々頑丈だ。
起こしていくうちに段々とキリアは慣れ始め、ついにはここまでやっても起きなくなってしまった。
何か行事のあるときは起きるので単に起きるのが面倒なだけだろう。
床に突っ伏したキリアをそのままに、家を出る。
村は森に遮られているので余り風は無いが、澄んだ空気が心地良かった。
隣にある小屋の前に立ち、ラグルは控えめに何度かノックをする。
人の気配はあるのだが、一向に返事は無い。
「失礼します」
そう断って、ラグルは小屋へと入る。
そこにはシーツに包まって寝ていたベルギオンが居た。
寝相などで乱れた様子も無い。
(意外ですね)
昨日話した限りがさつな様子は無かったが、若くても男でしかも荒くれ者の多い冒険者だ。
もっと寝相が悪いものかと思っていた。
難しい顔をする時もあり大分年上に感じていたものだが、眠っている顔は起きている時の少し固い表情も無く、青年らしい健やかな顔だ。
このまま寝かせたいという気持ちもあったが、日の出の内にやることは多い。
ベルギオンが起きた時ラグルもキリアも居なかった、では些か問題がある。
「起きて下さい。朝です」
ラグルはそう判断してベルギオンの体を揺らし、声をかける。
何度か揺するものの、一向に目が覚める様子は無い。
「起きて下さい」
少し強めに揺すると、ベルギオンはシーツを握り締め身を縮めてしまう。
(むっ)
その様子に少しだけラグルは腹が立つ。
仕方なくシーツを剥がそうとすると、握り締めた手は微動だにしない。
挙句後50分、などと寝言を言い始めた。
これは強敵だ。しかしキリアという長きに亘る敵を起こし続けていたラグルに死角は無い。
ラグルは今までキリアを起こしてきた方法を思い出し、適切な技を選ぶ。
シーツから手を離すと、寝ているベルギオンは安心したのか体の力を抜く。
読み通りだった。
ラグルは立ち上がり、右肘を前に突き出し、そのまま軽く飛んで滞空中に体を90度傾ける。
肘はベルギオンの腹へと一直線に落ち、見事にめり込んだ。
「ぐほぉっ!?」
ベルギオンの体は噴出した声と共にくの字に折れ曲がり、そのまま脱力した。
「……やりすぎました」
その後起きたベルギオンは腹の謎の痛みに頭を捻るが、その答えを得る事は無かった。
その際のラグルの顔はとても眩しい笑顔であった。
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彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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