異世界転移。ジェネラルの男と竜人の娘~戦いの果て~

HATI

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雷狼君臨

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 狼の咆哮が洞窟に響いた。
 その咆哮は聞く者の心を打ち砕く。
 ベルギオン達は思わずその轟音に衝撃を受ける。

「煩い」

 しかし、それを掻き消すようにキリアは右足で地面を踏み抜いた。
 地面が抉れ、ほんの僅かだが洞窟が震動する。
 その轟く音は放心しかけていた他の人間を正気に戻す。
 不退転を決めたベルギオンさえ危うく飲まれそうになっていた。
 すぐ武器を構えると、狼はキリアだけを見ている。

(俺らは怖くない、か)

 キリアがハルバードを地面に引きずりながら前に出ると、狼もまたキリアへと駆けた。
 距離が近づくと狼が大きく口を開け、その牙をキリアに突きたてようとする。
 が、キリアは重心を右に傾けてその攻撃をするりと抜けた。
 そのままキリアはハルバードを構えようとするが、狼は即座にキリアへと振り向く。
 キリアはハルバードを振るのを諦め、横腹を殴りつける。

「――っぜぁ!」
「Gaa!?」

 筋肉を叩く音が響き、狼の巨体が飛ぶ。
 しかしダメージは無いのか、爪で勢いを殺して難なく着地した。
 そしてキリアへと唸り声を上げる。

「GuRuu……」

 ベルギオンは加勢しようとするも、お互いが見合っていて咄嗟に割り込めない。

「――後ろから何か聞こえてきます!」

 目の前の戦いに気をとられているとラグルが叫ぶ。
 今まで通ってきた道から唸り声が聞こえてきた。
 横穴からウルフ達が出てきたようだ。
 道が奥までウルフで埋まっていく。
 この数が広間に出てこられれば、囲まれてそのまま食い殺されるだろう。

「あれだけ間引いても、まだこれだけ居たか……」

 ベルギオンは苦々しく思う。
 すると、ハンス達が反転しウルフ達に向かい合う。

「こっちは俺らで引き受ける」
「足止めにしかならなさそうだけど、ね」

 ハンスとレティアがそう言って武器を構える。
 敵はウルフだけではなくサー・ウルフも増えてきている。
 目前の巨大な狼と戦うよりはマシだろうが、この数を二人で抑えるのも危険だ。

「――頼む」

 そう言っている間にも、巨大な狼とキリアの戦いは続いている。
 狼は牙だけではなく、長く尖った爪を腕毎振り回してキリアを追い立てていた。
 キリアは上手く敵の攻撃を避けて、一撃当てては離脱を繰り返す。

(模擬戦をしていたときより、動きがずっと良いな)

 その戦いは目まぐるしい速さで展開され、ベルギオンの目では追いつくのがやっとだ。
 キリアが上手く立ち回れているのは、持ち前の敏捷さに加え相対的な大きさの差だろう。
 しかし、だからこそ体格差は歴然であり、牙や爪の一撃を食らえば終わりだ。

「ラグル。何とか矛先は逸らす。隙があれば撃てるだけ撃て」
「やってみます」

 それを聞くとベルギオンは大きく息を吸い、叫ぶ。

「キリア、下がれ!」

 キリアは此方に振り向かず、一瞬の睨み合いが生まれた瞬間下がる。
 大きく離れた所を見計らい、ベルギオンは火をつけた松明を狼の口元へ向かい投げ捨てる。
 狼はそれを見ると、口を大きく開き火ごと松明を噛み砕く。
 そしてそれを地面へと吐き出した。

「火を恐れないか……図太い狼だな。キリア、どうだ」
「凄い威圧感。ピリピリしてずっと鳥肌。常に命がけって感じ。
 それに見た目以上に素早くてハルバードを振る隙が無いわね」
「合間でラグルに援護してもらうように言ったが、俺も前に出ないと何れ押し切られる」
「どの攻撃でも一撃貰ったら終わりだと思う。私はまだ辛うじて怪我で済むと思うけど、ベルギオンだと」

 ――触れた場所が消し飛ぶ。
 そうなる事を想像するのはとても簡単だ。
 余りにも膂力の差が激しすぎる。

(ゲームで言えばレベルが足りてないってところだな。問題は敵を倒しても上がるレベルは無いってことか)

 ゲームでは安全な所なら15分あればHPは全快していた。
 しかし、今はかすり傷でも治るのに一日を要する。
 ……どうしようもない現実なのだ。ここは。

 ゾクゾクとベルギオンの背筋を通り抜けるのは、恐怖だけではない。
 未知に対する期待と、死を前にした奇妙な愉悦がない交ぜになったものだ。

 此処に来る前、日本に居たときは決して荒波を立てないように生きてきた。
 だけども自分には、普通に生きるのは難しい人間だという事も分かっていた。
 どうしようもない人間なのだ。
 こういう時に逃げることを考えず、むしろ愉しくなってしまうほどに。

 もはや狼からの威圧は緩まっていた。恐怖が麻痺し始めている。
 きっとアドレナリンが全開に違いない。
 ベルギオンは残った松明を地面に置くと、バスターソードを握り締める。
 受けるのはダメ。確実に力で押し飛ばされる。
 上手く受け流しても今の技量では体勢が崩れる。
 ひたすら避けて少しでも隙を作る事に専念しなければならない。

「行くぞ……!」

 キリアと二人で狼に向かい走る。

「AaOo――――!!」

 狼は向かい来る二人に遠吠えを飛ばし、その巨体を走らせる。

(これは怖いな!)

 映画とは比較にならない迫力。
 そしてそれに向かって走っているという状況。
 薄れつつあった恐怖がぶり返すのを、より速く走ることで紛らわす。
 握り締めたバスターソードを振りかぶり、その勢いを乗せて狼の前右足へ斬りつける。

「おぉっ!」

 狼はそれを足を高く浮かす事で回避し、浮かした足をベルギオンへと勢い良く振り下ろす。
 長く尖った爪と足に叩きつけられそうになる。
 それをベルギオンは剣を切りつけた体勢のまま前に体重を傾け、肩から転がる事で回避する。
 その直ぐ後、ベルギオンの居た位置にずんっ、と重い音が鳴った。
 巨大な石が叩き付けられたような衝撃だ。
 そして出来た隙に、キリアがハルバードを大きく振り回し遠心力を乗せて先端の刃を叩きつける。
 狼はそれを牙で受け止めた。
 鋭い衝突音の後にギギギ、と力による押し合いが始まった。

(いまだ!)

 狼の下に潜ったベルギオンはバスターソードを上に付き立てて膝に力を入れて立ち上がる。

「GaUu!?」

 バスターソードの刃は狼の腹へと突き刺さる。
 ――しかしそれは強靭な筋肉に阻まれ、少し刺さっただけで中へと到達する事は出来なかった。
 そしてキリアとの拮抗は崩れない。

「くそ、なら無理やりにでも押し込めて――っぁ!?」

 ベルギオンは尚力を込めようとするが、一瞬手に鋭い痛みを感じて手を離してしまう。
 そして再び握ろうとするベルギオンの目に、帯電していく狼の毛が見えた。

「まじかよ……、くそ、やばいぞキリア!」

 ゲームの経験から何らかの予兆と判断し、ベルギオンは剣を一旦諦めて横へと飛び出す。
 その直後、狼を中心に電撃が舞った。

「っあああ!?」

 キリアは武器を挟まれたまま引けずその電撃をくらう。
 同時にラグルから撃たれた矢が狼の目を目掛けて飛ぶ。
 狼はそれを見た瞬間放電を止めて、キリアの武器から牙を離してかわす。

「GaAa――――!」

 その後立て続けに撃たれた矢を狼は遠吠えだけで弾いた。

 ベルギオンはその間にキリアの元へ走る。
 キリアは片膝を付いており、ハルバードを支えにしてようやく倒れこむのを防いでいた。
 外傷こそないが、まともに電撃を受けた。ダメージは小さくないだろう。

「大丈夫か!」
「やられた……なんとかって言いたいけど、体が動かない」

 目にもダメージがあるのか、キリアの目は閉じられていた。

「これが火ならマシだったんだけど……」

(電気による筋肉の麻痺か。仕方ない)

「飲んで少し休め」

 ベルギオンは布袋からポーションを取り出すとキリアに飲ませる。

(これで後二つ――、最悪ここで使い切るか)

「ラグルに使ったって言う秘薬か……ごめん。ありがと」

 体が治り始めたキリアはそう言うと、ゆっくりとだがラグルの居る場所まで下がりはじめる。
 狼は巧みに矢をかわし、距離を取りつつも狙いをラグルに変え始めていた。

 ベルギオンは剣を探す。剣は狼の手前に落ちている。移動する途中で抜けたようだ。
 ナイフを持って、そこへ走り始めた。
 狼は近づくベルギオンに気付くと、痛みによる怒りの矛先をベルギオンへと向ける。

「AaOo――――!!」

 腹を刺されたからか、その遠吠えは最初より随分凶暴的だ。

(いいぞ、もっと怒れ)

 怒れば怒るほど恐ろしくなるだろう。だが勘は鈍るはずだ。
 こいつはラグルの攻撃にもすぐに対応して見せていた。
 多分この狼は賢いか戦いなれている。余り長く戦えば知恵を働かせる恐れがある。
 そうでなくともラグルの方、ハンス達の処に行かれると終わりだ。
 そして体力勝負では分が悪い。なるべく早く決着を付けるべき。

「ダメージが通るなら、まだ勝てる相手だ!」

 ベルギオンはそう言うと、ナイフを狼に良く見えるように構え、尚走り続ける。

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