愛はないと言われたので、気にせず自由にさせていただきますわ

くらら

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第4話

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潮騒の匂いが濃く鼻先を漂う。

揺れる船の上で、オリビエは日の光を感じながらぼんやりと外を眺めていた。

無事に船に乗ることができたオリビエは荷物を部屋に置いて、甲板の隅の方で遠くの方まで広がる水平線を眺めていると、ようやく自分があの鳥籠のような城から出られたことを実感する。


『旅行?そんなもの何故お前と行かなくてはならない』

ふと、昔サーフィスから言われた言葉が頭を過る。

いつか二人で旅行に行きたいと、夢物語だと分かっていながら言ってみたことがあった。

想像していた通り、サーフィスから優しい言葉が返ってくることはなかった。

政のあるサーフィスが気軽に旅行に行けるわけがないことは、オリビエ自身理解していた。
それでも、いつかという言葉にサーフィスから優しい言葉が出るのを期待していた。

それが例え嘘でも期待していた。


ーー私が間違っていた。


期待しても現実は変わらない。

変えるのはいつも自分自身だ。



「ねえ、君」

物思いに耽っていたオリビエは、突然かけられた声に驚くようにそちらを向いた。
そこにいたのは金髪の男だった。
男は長身で、遠目でも分かるほどに顔が整っていた。

突然のことに驚いている間に男がこちらに近づいてくる。
そしてオリビエが海を眺めていた船端までやってくると、そこに寄りかかった。


「どうしたの?こんなところに一人でいて」

「…………」

男の瞳は透き通るようなマリンブルー色をしていて、長いまつ毛がその上に影を作っていた。

幼い頃に城で暮らすようになってからサーフィスにふさわしい婚約者になるために、ほとんどの時間を教養や王室でのマナーを学ぶために費やしてきた。
外出もほとんどしたことがなかったオリビエは当然ながら、こんな風に見知らぬ男性から声をかけられたことなど一度もない。

戸惑いと驚きで何と答えるべきかと悩んでいると、それに気がついた男が優しげな笑みを浮かべる。

「ごめん、ごめん。いきなりすぎたよね?僕はレナード。仕事でヘスカトールの町に来ていて、これからまた帰るところなんだ」

「は、はあ………」

「そしたら君が甲板の隅で海の方をじっと見つめてたから、気になってつい声をかけてしまったわけなんだけど…ごめん、迷惑だったかな?」

「そうだったのですね……お気遣いありがとうございます。この通りなんともございません、どうぞお気になさらずに」

オリビエは警戒心からレナードを避けようとした。

けれども何故かレナードはオリビエの前から去ろうとしなかった。

「本当に?………こんなに可愛い子が一人でいるなんて、何かあったようにしか思えないけど」

可愛い。
そんな言葉、もう何年も言われてこなかった。

愛されようとした男から一度も聞けなかった言葉が、こんな全く見ず知らずの男の口から出るなんて皮肉な話である。


「……私は可愛くなんてありませんわ……可愛かったら、きっと婚約破棄されることなんてありませんもの」

自虐気味にオリビエは自分を笑った。

婚約者に捨てられた哀れな女。

きっとこの人も私を笑ってどこかに行くだろう。

けれどレナードはオリビエを笑わなかった。

「それは……辛かったね」

レナードはまるで自分のことのように悲し気な顔をした。

「……慰めなんて必要ないですの。……悲しくはありましたけど、婚約破棄されたおかげてこんな風に外の世界に出てみようと思いましたからね」

オリビエは目の前の広大な海原に目をやった。
どこまでも続く青い海と空は、サーフィスと仮に結婚していたらきっと見ることは叶わなかっただろう。

「……君、名前は?」

オリビエの隣に立っていたレナードは急にそう口にした。

「急になんですの?」

「君と話してたら、もっと君のことが知りたくなった。だから名前を教えてくれないか」

レナードは最初に見せた優しい顔に戻っている。

「オリビエですわ」

「オリビエね……オリビエはこの先行くところはあるの?」

「……特に決めていませんわ」

とにかく城から離れたい。
その一心で始まった旅だった。
行先はもちろん決まっていない。


「なら、うちで働いてみない?」

「……え?」

レナードの提案にオリビエは目を丸くした。

「……それはいったいどういう意味ですの?」

「言葉通りだよ。僕、実は貿易関係の仕事をしていてね。ありがたいことに結構繁盛しているんだ。それで、人手が足りていなくて……ちなみにオリビエは文字の読み書きはできる?」

「それくらいなら簡単ですわ」

オリビエの脳裏に厳しかった教養の授業が頭をよぎる。一度教えられた文字が次の授業の時に覚えられていないと、オリビエを教えた教師は当たり前のように鞭で打ってきた。
そのせいもあってかオリビエは読み書きはもちろんのこと一般教養以上のことを知識として有している。

ーー嫌な思い出。

オリビエの心が重く沈み込みそうになる。けれど、それを防いだのはほかならぬレナードだった。


「素晴らしい。君は見たところ教養のある人に見えてたけど……想像した通りだ!」

よほど嬉しかったのか、レナードはオリビエの手を包み込むように取るとそう笑った。

「……!!」

驚いて反射的に手を離す。
触れ合った部分が火が付いたように熱くなったように感じた。

「ああ、ごめん。つい嬉しくなって……もちろん、君が嫌だったら断ってくれても構わないよ。僕としては君に来てほしいけど」

「………」

オリビエは心を落ち着けるようにレナードを改めて見る。

レナードは王国では見ないような格好をしていた。
動きやすさに特化しているのか、無駄な装飾は一切ない。
だがその無駄な装飾を無くしていることがレナードの美しさを際立てていた。

レナードは城では見ないタイプの人間だった。

城にいた人間は令嬢も貴族もみんな宝石やきらびやかな衣装を身にまとっていた。
そして身に着ける宝石の数や衣装の豪華さを競い合って、毎日のようにいかに自分の家柄が良いかを身に着けるもので争いあっていた。

けれど目の前のレナードからは、そう言ったしがらみを一切感じさせなかった。
レナードの目は澄んでいて、その中には少年のような好奇心と知性を感じさせた。


「……私でいいのですか?」

迷うように、オリビエはそう呟いた。

もう随分と誰かから望まれることも、期待することも諦めていた。

そんなオリビエをレナードは見つめる。


「……ああ、もちろん。君がいい」


レナードは迷うことなくそう言うと、変わらずに優し気な笑顔を向ける。

その言葉に何故かオリビエの鼓動が早くなった。

ーー深い意味はないのよ、オリビエ。勘違いしないこと。

心の中の動揺を悟られない様にオリビエはレナードを見つめ返す。


「……私でよければ、働かせてください」











































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