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第5話~サーフィス視点&サジ視点~
しおりを挟む「ねえ、サーフィス!!この宝石私に似合う?」
「ああ、似合うよ」
「ホント~~?嬉しい!!サーフィス大好き!!」
アイリスはそう言うと無邪気な顔でサーフィスの胸の中に飛び込んできた。
サーフィスは自分の胸の中に飛び込んできたアイリスの頭を撫でながら、内心ため息をつきそうになる。
ここは城の中にあるサーフィスの部屋の中だ。
一際広く作られた部屋の中には、今やアイリスの私物がそこかしこに置かれている。
オリビエが居なくなってから数週間。
父親である国王にオリビエとの婚約を破棄したことを報告したサーフィスは、正式にアイリスを新たな婚約者として城に招くことにした。
アイリスとは辺境の地であるとある田舎町に視察に赴いた時に知り合った。
その時のサーフィスはアイリスがとても新鮮に見えた。
女のくせに本ばかりを読み真面目だけが取り柄のオリビエと違い、明るく無邪気なアイリスとは話すたびにサーフィスは心を奪われていった。
だからオリビエとの婚約を破棄して、アイリスと婚約することにした。
ーーだが。
「……ところで勉強は進んでいるのか?」
巨大なソファの上に二人で座りながら、サーフィスはアイリスに問いかけた。
アイリスはサーフィスがそう問いかけた瞬間、あからさまに嫌そうな顔をした。
「……まだ、勉強し始めてから少ししか経ってないもの、そんなこと聞かれても答えられないよ」
オリビエとそう年齢も変わらないはずのその顔はまるで幼い子供が拗ねるようにそう呟いた。
「……そうか」
「ねえ、アイリス毎日頑張ってるよ?みんな優しく教えてくれるから勉強はとっても楽しいわ」
「なら……よかったよ」
アイリスの教育を任せたものからの報告では、『とてもすぐに覚えられるような様子ではない。仮に進みがよかったとしても、一年は教育に時間がかかる』『少し行動や言葉遣いを注意しただけで、もう辞めると騒いで宥めるのが大変だった』とのことだった。
ーーオリビエは半年もかからずに一通りの教養は身につけられたというのに。
「あーあ、アイリス早くサーフィスと結婚したいな…」
脳裏に見慣れていたオリビエの顔が浮かんだ時だった。
甘ったるい声でアイリスがそう呟くのが聞こえる。
「王太子の妃としてのマナーと教養が身に付けば、すぐにでも結婚できるさ」
「ねえ、それってあとどれくらいで終わるの?1か月?それともやっぱり2か月くらいはかかっちゃうのかな~」
「……」
今のままではもちろんそんなに短期間で終わるはずがない。
終わらなければ国王はアイリスを自分の息子の妃とは認めないだろう。
ーー大丈夫だ。きっと毎日勉強を受ければアイリスだってそれなりに見られるようにはなるだろう。
なんだってあのオリビエだってできたことなのだから、自分が心から愛したアイリスができないことなどない。
じっくり教えていけばいいのだ。
サーフィスは心の隅にもたげ始めた不安をかき消すように、アイリスの頭を撫でた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「サジ隊長~~~」
遠くの方から自分を呼ぶ声がして、サジは振り向いた。
そこにいたのは最近自分の部隊に入ったばかりの新人兵士だ。
自分より頭二つ分くらいは小さな身体が、重い鎧をつけたままこちらに向かって走ってくる。その顔はまだあどけなさを残していた。
「どうしたんだ?」
「隊長あてに手紙が届いてますよ」
「……俺あてに?いったい誰からだ」
「それが、差出人の欄は空白で何も書かれていないんですよ」
目の前まで来た新人兵士はサジに一通の手紙を差し出した。
ーーいったい誰からだ?
そんな疑問を抱きながらサジは手紙を受け取った。
それは何の変哲のない白い小さな封筒だった。
差出人の欄を見ると確かに何も書かれていない。
「もしかして……恋文ですかね?」
「馬鹿、そんなわけあるか」
「そうですか?サジ隊長結構街の女の子から人気っすからね~~」
「……お前は入隊そうそう除隊されたいのか?」
「すんません、軽口叩きすぎました」
「分かったならいい。ほら、持ち場に戻れ」
しっしっと手のひらで払うようにすると、新人兵士は「へいへい」と言いながらもと来た方向へと帰っていった。
その後ろ姿が見えなくなってから、サジはもう一度手紙に視線をやる。
「ああ、この字は……」
宛名に書かれた自分の名前の字を見た瞬間、サジは差出人が誰なのかを理解した。
夜。
サジは城の中に宛がわれた自分の部屋の中にいた。
そこは他の貴族や令嬢が暮らす部屋に比べればとても小さな部屋に違いなかったが、兵士が個室を宛がわれるということは滅多にない。
普通は他の兵士と同じ部屋で寝泊まりをすることとなる。サジも例にもれず兵士になりたての頃は他の兵士たちと一緒の部屋で過ごしていた。
その頃幼くてできることの少なかったサジはベッドで眠ることが許されずに、いつも冷たい床の下で寝かされていた。
そこから功績を徐々にあげ、少しずつ自分の地位を上げた。
そして今は小さいながら個室を宛がわれ、毎日ベッドで眠ることができるようになった。
ーー全部、アイツのおかげだ。
サジは机の前に座り、自分宛てに書かれた手紙を開いていた。
短く近況が書かれたその手紙は、幼い頃から見慣れた字が並んでいた。
『サジへ
元気にしていますか。私は何とか生きています。城を出て旅をするのは初めてですが、サーフィス様から愛されなくなってもそれなりに生きていけるものだと実感しています。運よく仕事を紹介してくれる人に出会えたので、何とか頑張ろうと思います。婚約破棄を告げられた時はこの先のことを考え自棄になり、貴方にも心配かけましたね。あの時、優しい言葉をかけてくれたこと忘れません。またいつか会うことがあれば、また昔のようにたくさん話がしたいです。それではまた。ーーーオリビエより』
「やっぱりお前だよな……」
手紙を最後まで読み終えると手紙を机の引き出しの中に入れた。
そして物思いにふけるように暗くなった窓の外を見る。
暗い闇の中に大きな月がぽっかりと浮かび上がっていた。
「……ったく。無理せず俺を頼ればいいのに」
独り言のように呟いた言葉に返事をするものはいない。
幼い頃はこんな月夜の晩は内緒で部屋を抜け出して、よくオリビエと夜の城を探検した。
二人だけの時間はいつもあっという間に過ぎていき、誰かに見つかるかもしれないという緊張感も忘れて二人はいつも一緒だった。
サジが辛い下級兵士時代を耐えられたのも、オリビエとの逢瀬が楽しかったからだ。
オリビエはサジに読み書きや本で得た知識を教えてくれた。
ーーだが、年齢を重ねるうちに、自然と互いに距離を取るようになった。
どれだけあがいたとしても、オリビエは王太子の婚約者。
平民上がりの兵士が親密な関係を持つことは許されない。
そう自分に言い聞かせてきた。
「オリビエ、お前は俺のことどう思っていた?……俺はお前のことが……」
そこまで呟いて、サジは言葉を切る。
こちらを頼らずに出て行ってしまったことが何よりの答えなのだ。
丸い月を眺めながら、それでもサジはオリビエの顔を思い出さずにはいられなかった。
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