愛はないと言われたので、気にせず自由にさせていただきますわ

くらら

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第11話

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レナードが姿を消してから数分、
オリビエは広場の片隅でぽつんと取り残されたままだった。

すぐに戻ってくるとは聞いていたが、夕暮れ時の街の中は家路を急ぐ人の姿が多く、そんな人々を見ていると僅かに心が急くような気持ちになった。
なんとなしに広場に視線を向けていたオリビエだが、不意に広場の向こう側に人だかりができていることに気がつく。
どうしようかと迷ったオリビエが、好奇心が勝ってしまった。
レナードの行ってしまった方向をちらちら見ながら、人だかりに向かって歩き出す。

ーーいったい何があるのかしら。

故郷の景色と、城しか知らないオリビエにとってそれ以外の景色全てが新鮮で好奇心を刺激した。
人だかりの前まで来たオリビエは、その隙間から何があるのか見ようとする。

人の隙間から見えたものは、一人の男だった。
男はにこにこと愛想のよい笑顔を浮かべながら、シルクハットとか様々なものを取り出している。

コイン、旗、花、最後には可愛らしいウサギがシルクハットの中から出てくる。

ーーこれは本で見たことがあるわ、確か手品とかいうやつね。

あらかじめ細工のしてある道具を使って、何もない空間から物を取り出したり、空を飛んだり、鍵のかかった部屋から抜け出したりする姿を見せて金銭をもらう芸だ。

男は他にも自身の口から剣を取り出したり、何もなかったマントの中から鳩を取り出したりもした。

本で読んだ時は、あらかじめ細工されていると分かっている芸のいったい何が面白いのだろうかと考えたものだが、男の芸はとても完成されていて、見ているうちに気付けは夢中になっていた。


「フン、使い尽くされたネタだな。何の面白みもない」

突然すぐ隣から聞こえた声に、オリビエは視線を隣に向ける。
そこにはオリビエより頭2つ分くらい背の高い男がいた。
燃えるような赤い髪が印象的な男だった。
男の言葉は誰にでもなく呟いた言葉のようだったが、オリビエはすぐ隣に立つ男につい返事をしてしまっていた。

「あら、そうですか?あの方の手品が素晴らしいからこんなにも人が来ているのでは?」

オリビエ自身何故そんな言葉を口にしてしまったのか分からなかった。
物の弾み、いや、純粋に楽しんでいたものを横から水を差されつい言い返したくなったのかもしれない。

オリビエの隣にいた男も独り言に返事がくると思っていなかったようで、一瞬驚いたような顔をしながらオリビエを見る。
翡翠色の男の目の中にオリビエの姿が映りこむ。
その瞳が鋭く光ったかと思うと、男はオリビエを馬鹿にするように嘲笑った。

「これだから庶民は………こんな猿でもできる芸を素晴らしいと賞賛する気がしれんな」

その言葉にオリビエもかちんとくる。 
普段のオリビエなら心の中でまあなんて嫌な人なんでしょうと思うくらいに留められただろう。
だが何故か、その時のオリビエには男の言葉が無性に腹立たしく感じられた。

「まあ、市井の楽しみが分からないなんてよっぽど普段から高尚なものを見ていらっしゃるんでしょうね……わざわざこんなところでまで来て文句を言うくらいなら、ご自身の好きなものだけで見て過ごされたらどうですか?あなたの言葉はこの手品を見ているみんなを侮辱していますよ」


驚くほど多くの言葉がオリビエの口から溢れだしてくる。
全て言い終わると、遅れてオリビエの頭にゆっくりと冷静さが追いかけてくるのが分かった。


ーーさすがに言い過ぎたわ。

全く見ず知らずの男に何をこんなに怒りをぶつけているのだろう。
冷静さに追いたてられて、オリビエはすぐに謝罪しようと男を見た。


けれど、何故か男は笑っていた。



理由が分からずに、男を見たオリビエはその場で固まってしまう。


「………お前は、なかなかはっきり物を言う女だな。この俺にそこまで言うやつは初めてだ」

「………え」

何を言われているのか分からずに間の抜けた声が出てしまう。
けれど男はそんなオリビエの戸惑いなど気にもしないように歩み寄ってきたかと思うと、オリビエの顎に指を触れそのままくいっと持ち上げる。

「お前、名前は?」

「………私の、名前?」

何故そんなことを聞かれるのだろう?
謝罪しようとしていた口は戸惑いで震える。やめてほしいとさりげなく腰に回されていた手を振り払い男から離れようとするが、男の力は強く離れることができない。

「ふん、所詮お前も女。男には敵わん」

ふと、
その物言いにはデジャブを感じた。

ーーああそうか、この人はサーフィスに似ているのね。

姿かたちは全く違えど、どことなくこちらを見下すような目や言葉は元婚約者であるサーフィスを思い出させた。

サーフィスは言われたことを何でもそつなくこなしてしまうオリビエを普段からあまり快く思っていた。
それは、サーフィスの中に女は男より優れてはならないという気持ちがあったのではないかと今では思う。
そしてオリビエもそのことに気づいていた。気づいてはいたが、それでもいつかサーフィスがそんな自分を認め愛してくれるのではないかと信じていた。

ーーまあ、結局。すべて無駄なことだったけれど。

オリビエは男を見る。
その目は美しい翡翠色をしているのに、その中に籠る感情はこちらを見下すものだった。
オリビエは理解する。
何故こんなにも目の前の男に苛立ちを感じたか、……それはこの男を見ているとどうしてもサーフィスを思い出すからだ。

そして同時に、現実を見ようとせずサーフィスからの愛が与えられる日を夢見るだけの自分を思い出してしまうからだ。


「ーーあ、あのお客さん、そのお嬢さん嫌がってるみたいだけど」

不意に投げ掛けられた言葉に、オリビエははっとする。
声のした方を見ると手品をしていた男が手を止め困ったような顔をでこちらを見ている。
早く離れなければと身体を動かすも、男の手は相変わらずオリビエに回されたままだ。

「黙れ平民、お前のような者に指図されるいわれはない」

男はそう言うと手品をしていた男に向かって懐から取り出した袋を投げつける。
袋は手品をしていた男の足元に落ちる。その拍子になかから沢山の金貨が飛び出してきた。

「お前が欲しいのはどうせこれだろ?」

周りでこちらの様子を伺っていた人の何人かが「わっ」と声をあげるのが聞こえる。
みんな地面に散らばった金貨に釘付けだ。
男はその様子をせせら笑うと、手品をしていた男に向けて口を開く。

「このはした金を持って消えろ貧乏人!!」

「ひっ」

すごまれて手品をしていた男は情けない声とともに足早に道具を片付け逃げていった。
後には地面に散らばった金貨だけが残される。
きらびやかな金貨が夕日の色に照らされて茜色に輝く。ふと、遠巻きにこちらの様子を伺っていた人々の一人が自分の方まで転がってきた金貨を一枚拾い上げた。
それを見ていた他の人々も吸い寄せられるように地面に散らばったそれを拾い上げる。一枚、二枚と拾い上げていた手がそのうちかき集めるように拾い始め、最後には「俺が先に拾った」「いいや私よ」と言い争う声にまで発展する。
金貨を奪い合う人々に一瞬呆気にとられるオリビエだが、ふと頭上で聞こえた声に我に返る。

「フン…所詮人間なんて金の前にじゃこんなものか」

男の方を見ると、その目はさっきまでの人を見下すものではなくどこか寂しげな色をしているような気がした。けれど次にこちらを見た男の目は元の色に戻っていた。

「さて、邪魔な人間は消えた。お前の名前を教えてもらおうか」

ーーまだその話題が続くのね。

騒ぎに乗じて男の記憶からその話題が消えていることを願っていたオリビエだが、そう簡単に物事は進まないようだった。

「……言いたくありませんわ」

「何故だ?」

「あなたみたいに人を見下して、お金は払えばいいだろって顔している人に名乗る名前はありませんわ」

はっきりと男に対して言い切る。
無礼も承知だが、男はオリビエがはっきりと言えば言うほどに楽しげに口角を上げた。

「本当にお前は面白い……ますますお前のことが知りたくなった」

男がこちらにぐっと顔を寄せてくる。

「い、いい加減にしてください!!」

ほんの物の弾みだった。
男から離れようとぐっと腕を押した瞬間、足がもつれて転びそうになるのをオリビエは感じた。
まずい、と体勢を戻そうと足を地面に戻そうとしたその時だ。
ぐに、と嫌な感触が足先から伝わってくる。

「ーーッ」

その瞬間男の顔が引きつった。
腰に回された腕が離され、オリビエの身体は自由を得る。
何が起きたのかと男を見ると、男は自分の右足の甲を押さえてうずくまっている姿が目に入った。
どうやら離れようと暴れた瞬間、オリビエが履いていた靴のヒール部分が男の右足の甲に命中したらしい。
平均的な体重のオリビエだが、それでも勢いよく突き立てられたヒールは相当痛かったのだろう。

オリビエの心に一瞬罪悪感が芽生えるが、これは絶好のチャンスだ。

脱兎のことごく男から逃げ出すオリビエ。

だが、広場を出てからハッと後ろを振り返る。


ーーどうしましょう、私、レナード様を置いてきてしまいましたわ。

辺りを見回すと、辺りはすっかり暗くなりつつある。
戻るべきだろうが、さっきの男と出くわすこと避けたい。

広場から少し離れた街角でどうしたものかと立ち止まっていると、不意に後ろから聞きなれた声が聞こえた。



「ーーあ、オリビエ!!よかった、探したよ」


後ろを振り返れば暗がりの中に見慣れた金色の髪が目に入る。


「レナード様!!…申し訳ありません……勝手にいなくなってしまって……」


さっきまでのことをどう説明しようか、そもそも説明するべきなのか?

レナードを前に口をパクパクしながらあからさまに慌てるオリビエの姿に、レナードは整った顔で小さく笑った。

「フフ……何か面白いものでもあったのかな?……僕の方こそ待たせてしまってごめんよ」

「い、いえ……どうかお気になされないでください。レナード様の邪魔にならなくてよかったです」

「そんな、邪魔だなんて思っていないよ。ちょっと込み入った話があってね……こうしてちゃんと見つけられてよかったよ」

不意にレナードがオリビエの手を取る。




「一緒に帰ろう」

「……はい」


レナードに手を握られたまま暗くなった街を歩き始める。
レナードの手はやはり男の人ということもあり、すっぽりとオリビエの手を包み込んでくる。
繋がり合った手から伝わるレナードの熱はとても温かくて、いつまでもオリビエの心に残り続けた。

















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