電書魔術プロジェクト タブレットマギウス ~ジュラン閣下のやんごとなき道楽~

南雲遊火

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終章 ~ジュラン閣下のやんごとなき道楽~

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 そういえば……と、ライヨウはを思い出し、蘭花に口を開いた。
マー、オレが此処に来た理由なんだけど……」
 ほんの少し、かしこまったライヨウは、言いにくそうに続ける。
「その、MANAについて教えて欲しいというか、あわよくば、ちょこっとだけ、ちょうだいというか……」
「ん? お前のAIが、しっかり記録しとるだろう?」
 は? 蘭花の軽い返答に、ライヨウの目が点になった。
「その怪我の原因……覚えてないのか……」
「脳の負傷ということを考慮したとしても、コイツの頭じゃ、ある意味仕方がない」
 ジュッドと修司のこそこそと、かつ、辛辣なる暴言に、ライヨウがキッ! と睨みつける。
「ツキコ!」
「はーい! 戦闘データおよび、MANAの測定記録は、ばーっちり! マスター・ジュランに転送済です!」
 ぶいっ! と、ゴキゲンなAIは、マスターに対し、ピースサインで答えた。
「……」
 調子に乗り過ぎたか、無言でジト目のライヨウに、ふぇッ……と、ツキコは言葉を詰まらせる。
「そ……そもそも、マスター・ライヨウが命じたセキュリティ突破の件なんですけど、パスワード、全然合ってなかったじゃないですか!」
「へ? マジで?」
 今度はライヨウが、虚を突かれた顔をした。
 以前……まだ、あちら側の世界を知らなかった頃……ライヨウとジュランがファ商会のセキュリティを突破しようとした際、使われていたパスワード「AZUSA1955」。
 意味としては、梓砂と二人の息子と引き離された1955年……我が母ながら、実に恨みの籠ったパスワードを設定していたものだと、記憶していた。
 変えるとしても、精々、自分の名前蘭花を加えて混ぜるくらいだと、予測していたのだが……。
「フンッ……何年も何十年も、過去の暗ぁーい出来事を、引きずっていられるかいッ!」
 蘭花は実に「ドヤぁ」と言いたげな表情で、一枚のカードを息子に見せた。
「え……江藤、蘭花……?」
 蘭花の顔写真の入った、運転免許証。しかし、その名前は、龍ではなく、江藤。
「……偽造?」
「バカを言えッ! 本物だ本物!」
 母の杖を、四度目にしてようやく、白羽取りの要領でライヨウは受け止めた。
 九十にまだ届いていないとはいえ、何処にそんな力があるのか……ギリギリと母と力比べをしていると、背後から新たな……ライヨウにとって、懐かしい声がした。
「……正式に、籍を、入れてもらったんですよ」
「と……とーちゃん?」
 はい。と、人の好さそうな老紳士……そういう言葉がピッタリな、こ洒落た格好の車椅子の老人が、若い女性に付き添われて室内に入ってくる。
 よくよくライヨウが見てみれば、車椅子の老人と、蘭花のシワの刻まれた左手の薬指には、艶のある銀の細い揃いの指輪が、光に反射し輝いていた。
「人の恋路を邪魔する虫が、全員黄泉国ヨモツクニくだるまで、ざっと五十年ほど、かかりましたけど、ネ」
 茶目っ気たっぷりに微笑みながら、物騒なセリフを吐く父……梓砂アズサに、息子は思わず苦笑する。
 年相応と言われればそうなのだが、『異能の一族五指の龍』出身の母とは違って普通の人間である父は、百歳近い年齢でもあることから、ずいぶんと体力が衰え、弱っているようではある。
 しかし、それを差し引いても、顔色はすこぶる良く、表情も明るい。
「……いくつになっても、お熱いことで」
 本人たちは、しあわせ、なんだろうなーと、ぼんやりとライヨウは思った。
「おう、熱いぞ。なにせこれから、十回目の結婚記念日のデート、だからな」
 邪魔するんじゃないぞ。とばかりに、シッシッと手を振る母に、「ごゆっくり」と、複雑な心境でライヨウはひらひらと手を振る。
 今まで、両親が揃って、二人で笑っているところなど、想像したことがなかった。否、考えたことすらなかった。
 1955年、母と、当時はまだ母の腹にいた妹と引き離され、父と弟と一緒に大陸から日本へ帰ってきた。
 しかし、『異能の一族五指の龍』の力に怯えた者たちに、父とも引き離され、ライヨウは弟とともに、監視されながら成長した。
 自分がこの世界から消えてから、二十七年の歳月は、予想の斜め上の結果をもたらしていて……。
「ジュランの野郎も、驚くだろうな……」
 ぽつり……と、呟いたライヨウの声が聞こえたのか、あぁ、そうだ。と、蘭花はニヤリと笑った。
「たぶん、ジュランは……」



「あぁ、お帰りなさい! 成果は上々で……」
 ジュランの言葉が終わる前に、ライヨウはジュランの顔面に、ストレートパンチをお見舞いした。
異能の一族五指の龍』の血で生まれつき頑丈である代わり、双子の弟であるジュランの受けるダメージがそのまま肩代わりする体質……タネを明かせば、それ故に、ジュランは毒も刺客も受け付けないのであるが……ライヨウは、例によって、自分の顔面がものすごく痛かった。
 でも、構うものか。
「……どうしました?」
 態勢を崩して尻餅をついたものの、平然とした顔で自分に問うジュランに心底腹が立ち、二発目を喰らわそうとしたところでジュッドに羽交い絞めにされ、やむなくライヨウは怒鳴った。
「おまえッ! って、どーゆーことだよ!」
「え? ……あぁ……あははは……バレちゃいました?」
 ジュランはポリポリと頬をかきながら、「白状、しましょうか」と、ジュッドの手に持つタブレットを手に取る。
「この中には、アプリケーションと言いますが……そうですね。ファミコンで言うカセットが、いくつも入っています」
 そのうちの一つを、ジュランは起動させた。すると、見覚えのある社章ロゴマークが画面いっぱいに表示される。
「コレ……」
「えぇ、ファ商会の社章ですね」
 淡々と答える弟を、再びライヨウは締め上げた。
「なんで最初からマー絡みの案件だって、言わねーんだよッ!」
「だって最初から言ったら、全力でトンズラするでしょう? 兄さんってば」
 うぐッ……と、ライヨウは詰まる。
 一度会ってみれば、なんとでもなかったが……確かに最初から「母に会いに」は、行けなかった……し、途中で散々駄々をこねた事を思い出す。
「良かったじゃないですか。オレはMANAの情報を手に入れる事ができましたし、兄さんは、幸せな父さんとマーに会えたんですから」
 結果は万々歳です。ニッコリと笑う弟に、ライヨウはもしかして……と、問う。
「……もしかして、お前が、会いたかったんじゃ」
「そんなワケ、ないでしょう?」
 兄さんと違って、そんな感情は自分の中にはありません。と、バッサリと斬り捨てて、ジュランは踵を返して、室内の大型モニターに向く。
 ライヨウはジュランを深追いせずに、背中に向かって声をかけた。
マーからの伝言。何年後でもいいし、心の整理がついたらでいいから、とーちゃんとマーの葬式、それぞれちゃんと、二人で来い……だって」
 オレたちの事故の後、空の棺の前で泣かせた罰なんだと……。ライヨウの言葉に、振り返ることなく、ジュランがハッキリした声で答えた。
「お断りします」
 小さな声で、ブツブツと、「なんでオレが……」と続いたことを、ライヨウは聴き洩らさなかった。内心、ニヤニヤとしていたところで、ジュランは、ライヨウにプリントアウトした紙を、封に入れて渡した。
「それじゃぁ、次はコレ、お願いします」
「は?」
 思わず、ライヨウとジュッドが紙に目をおとす。
「……なんだコレ?」
「うげッ! 宛名、親父じゃねーか」
 ジュッドが悲鳴に近い声をあげた。ジュッドもジュッドでややこしい出生をしており、特に、父親との仲は最悪である。
「この間大破して修理した、コウガ殿への請求書です。こちらとしては別に公にしてもいいんですけど、彼から「非公式」と言われてますので……秘密裏に、届けて来てくださいね?」
「アイツ、また単身で敵対国アリストリアルに殴り込みしやがったな……」 
 はぁぁぁぁ……と、気の重いジュッドのため息が、静かに室内に響いた。



 ジュランが電書魔術タブレットマギウスの解析を終え、この世界で彼の技術を「再現」するのは、まだ、もう少し先の話。
 しかし、かくして、ジュラン閣下のやんごとなき道楽は、今日も続く。
 ……巻き込まれるライヨウとジュッド、二人の悲鳴とため息とともに。

END
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