電書魔術プロジェクト タブレットマギウス ~ジュラン閣下のやんごとなき道楽~

南雲遊火

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第7話 ~めぐり合わせ~

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「痛ッてぇぇぇぇッ!」
 意識が戻った途端、ライヨウは叫んだ。
 微睡み蕩けた思考が一気に冴えわたるが、同時に全身の痛覚がこれ以上もないほど刺激され、ライヨウは寝台の上でもんどりうつ。
「痛い痛い痛いッ! 頭! 腕! 胸! 腹! 体中痛い死ぬッ!」
「それだけ痛がってりゃ、死にはせんよ」
 フーッと、煙管から吸った煙を、老婆はライヨウに向かって吐き出した。隣でジュッドが苦笑を浮かべているが、とりあえず、火傷をした時のように、吹きかけた息が、ヒリヒリと肌を刺激して痛い。
「……で、何か言うことは?」
「……」
 老婆の言葉に、ライヨウは口をつぐむ。
 そもそもライヨウがファ商会との接触を拒んだ理由は、彼女にある。自分はとっくの昔に死んだはずの人間であり、彼女との接触は、余計な混乱をおこすだけだと思っていた。
 それなのに、なんと……否、何を、彼女に言えばいいのか……。
「まずは、「ただいま」くらい言わんかバカ息子」
 ゴツンッと金属製の煙管の直撃を喰らい、ライヨウは頭を抱え込んだ。
「ちょ……マー! そりゃねーんじゃないの?」
 香港の豪商『ファ商会』。戦後の混乱期に香港に渡り、身一つで商売を始め、経済界をのし上がった女会長ロン 蘭花ランファ
 紛れもなく、ライヨウとジュランの、血縁上の母親である。
 ライヨウに「かーちゃん」と呼ばれ、老婆……蘭花は、フフンと機嫌良く笑った。
 とある事情で、ライヨウたちが五歳の頃に引き離され、お互い母子おやこでいられた時間は短く、ライヨウが成長してからも「他人」として、数えるほどしか会えず……。
 なんとか母子おやことして会える機会が廻ってきた矢先、香港へ向かった飛行機が落ち、ライヨウとジュランは『世界』を越えた……。
「……マー、ちょっと聞きたい」
 死んだはずの息子が目の前に現れたにも関わらず、さほど驚いた様子もない母に、ため息を吐きながら、ライヨウが蘭花に問う。
 蘭花は目を細め、「どうぞ」と息子にこたえた。
?」
「ふむ、さすがは探偵殿。といったところだな」
 微笑む蘭花とは対照的に、「どういうことだ?」と、ジュッドが顔をしかめる。
「要するに、「未来のオレら」が、「過去のマーたち」に接触してるんだよ。ったく、下手すると「向こう」より「バケモノ」の扱いが酷い世界なのに、薫の奴の理解力や手際や準備が、やたらと良いと思ったぜ……」
 あぁ、と、思い当たる点があったのか、ジュッドはうなずいた。
「あの時、奴が名乗ってもいないオレの本名を言い当てたのは、そのせいか……」
「残念ながら、その推理だと、及第点はやれないな」
 いつの間にか、部屋の入口に、先ほどの白と黒の男二人、そして、ゴスロリ衣装の薫が立っていた。
「……もしかして、修司シュージとシュワちゃん?」
「獅子丸です!」
 黒服の男が、即座に訂正に入る。大柄な見た目に対し、相当生真面目かつ神経質なようで、先ほど蘭花の電書魔術タブレットマギウスの直撃を受けて破れた服は着替え、汚れ一つない真っ黒のスーツに身を包んでいた。
 獅子丸の隣で、修司と呼ばれた白服の男が、コホンッ! と、咳払いをした。
「薫とお前は、正真正銘初再会だよ。ただし、からだ。お前と別れてから電書魔術タブレットマギウスを調べつつ、同時進行で天国の門Heaven's Gate占師リーダーに連絡入れて、そこから、オレのところに連絡来るまで10分かかってないからな……」
 真夜中にいきなり叩き起こされたこちらの身にもなってみろ……と、修司はため息を吐く。修司に頭を小突かれた薫は、悪戯がバレた子どものように、チラリと舌をだした。
電書魔術タブレットマギウスについては、少し調べるとすぐにわかりましたし、ファ商会はウチとの親交ももちろんありますが、そもそも天国の門Heaven's Gateのパトロンの一つでしたから、一番連絡がつきやすかったと言いますか、実はそのままアポイントメントを……ジュテドニアスさんの事も、大姐大ダァーヂィエダァーから教えてもらいました」
 もっとも、こんな大騒ぎになるとは思いませんでしたが。と、薫は苦笑を浮かべた。
「確かにお前は、過去……オレたちから見てだが、過去に天国の門Heaven's Gateのメンバー数名や、大姐大ダァーヂィエダァーに接触してる。けど、『下手に歴史を変えたくない』と、会うたびにお前は言っていたからな。今回の事も、深く詳細はきいてない。全部こちら側で動いた結果であり、招かれざる客の襲撃も、お前の暴走も、すべて偶然の産物だ」
 だから、気に病むことはない。修司の言葉にライヨウは「修司……」と、小さく呟く。
「……なんだ?」
「お前、老けたな」
「……」
 修司は無言でライヨウの頭に拳をおとし、再びライヨウが頭を抱え込んだ。
「この二人はの、同い年の幼なじみでな。天国の門Heaven's Gateでも、いわゆる「ライバル」だったらしい」
 コソコソと、楽しそうに蘭花がジュッドに耳打ちをする。
「このッ! 怪我人に対し、もうちょっと手加減しろやサディスティック悪魔ッ!」
「お前こそ、暴走したときにまっ先にオレを狙いやがって厄病死神!」
 仲が良いのか悪いのか……ギリギリと取っ組み合う二人をよそに、蘭花がチョイチョイと、ジュッドのコートを引っ張った。
「バカ息子も随分と元気になったようだし、ちょいと、二人だけで話をしようか。アタシに「訊きたいこと」が、アンタもあるだろう?」
 煙管を杖に持ち替えた蘭花に、こくり……と、ジュッドはうなずいた。



「あの、……どう、お呼びすれば?」
 ジュッドのな言葉に、蘭花はクスリと笑った。
「好きなように」
「では、その……義姉上あねうえ
 何度か会ったことがあるらしいこと。そして、ジュテドニアスという、普段は長くて滅多に他人に名乗らない、自分の本名を知っていることから、きっと、の事を、未来の自分は蘭花に話したことがあるのだろう。
 蘭花はジュッドの表情から、はぁ……と、小さくため息を吐いた。
「本当に、アンタはいつでも真面目だねぇ。もうちょっと、肩の力を抜いても、良いんでないかい?」
「……」
 無言のジュッドに、蘭花はしわくちゃの手を、彼の頬に添える。
「いいかい。梅花メイファの……妹の選んだ「良い男」が、そんなシケたツラするんじゃないよ」
 指で、ジュッドの涙を拭った。
「感謝してるんだよ。アンタには。……誰も知らない、誰もいない世界で、十にも満たない妹を拾ってくれたこと。妹と一緒になってくれたこと。おまけに、妹の死んだ後は、ウチのバカ息子たちの面倒まで見てもらってさ。アタシが恩を感じることはあっても、恨むことはありえない」
「でも……オレは、彼女を、此処に……貴女のもとに……」
 蘭花はそっと、人差し指をジュッドの口に当てる。
「あの子は、。それで、いいじゃないか。アンタが「あちら」で罪人だろうが、バケモノだろうが、アタシにとっちゃ、ただの可愛い弟だよ」



「弟、ねぇ……」
 廊下の曲がり角の影から、こっそりと様子を窺うライヨウと修司。
「本当に面倒だな……ウラシマ効果って……」
 修司のため息に、怪訝そうにライヨウは見上げた。
「なんだよお前。アイツの嫁が、マーの妹だって話、知ってるのか?」
「いや……その……ジュテドニアスは、永都ウチの息子の、孫だと聞いた」
 ブッ……と、ライヨウが思わず吹き出す。
「そーか。……そーだな。言われてみればホントそうだ」
 かつて、ライヨウとジュランが飛行機事故で、たどり着いた異世界。その時代から、遡ること、さらに六十年程昔。
 東の大帝国に、一人の異世界人の少年がたどり着いた。
 彼は斜陽の帝国を背負い、妖魔と戦った悲劇の皇帝と語り継がれているのだが、それはまた、別の物語。
 ……というわけで閑話休題。
「なんだお前。ジュッドのひい爺さんかよ」
「指を指すな指を!」
 修司はそのままライヨウの指を握り、関節とは逆の、あらぬ方向へ曲げた。
「痛ってぇ! 何しやがる!」
「ハイハイ、場外乱闘するんじゃないよ! ……ったく、そこまで元気ならもう大丈夫だね。バカ息子」
 ゴンッ! と、今度は杖の直撃を喰らい、ライヨウはみたび、頭を抱え込んだ。
 蘭花の後ろから、ジュッドがついてくる。すれ違いざま、じっと修司は彼を見上げた。
「……何か?」
 ジュッドの問いに、にっこりと、修司は目を細めて笑う。先ほどの……こちら側の会話はジュッドにはきこえていないようで、内心、胸をなでおろした。
非日常的な世界Heaven's Gate』に身を置いたせいで、いなくなってしまった自分の息子。死んでしまったと思い、嘆いた日々もあった。
 しかし、その息子が生きていて、恋をし、結婚をして、そしてその血を分けた曾孫が、今、自分の目の前に居る。
 さらに、その曾孫はというと、修司じぶんが生まれるよりずっと前に、いなくなった大姐大ダァーヂィエダァーの妹と夫婦となった。
 通常の時間軸では、絶対的に有りえない、運命とも呼び難いめぐり合わせ。
「……なんでも、ありませんよ」
 修司は手を伸ばし、ジュッドの頭を、ポンポンっと撫でた。



「……ところでさ。どうやってあの頭の銃弾、取り出したんだ?」
 部屋に戻る途中、ふと、疑問に思ったことを、ライヨウは口にする。
「あ……」
「いや……」
「そりゃぁ、まぁ……良い子は聞かないほうが、無難かねぇ」
 蘭花は豪快に笑い、修司とジュッドは、思わず口を押えて顔をそむける。
 かつて、天国の門Heaven's Gateのコードネーム、初代『悪魔』を冠した男と、歴戦の戦場を駆け抜けたトルクメキア最強の傭兵が、盛大に視線をそらし、言葉を濁す時点で、ライヨウはちょっとお察しな気はした。
 とりあえず、良い子は絶対に真似してはいけない。
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