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トラファルガー噴火編
第一章 トラファルガー山
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人っ子一人いない無人の大通りに、モルガはひとり、茫然と立ち尽くした。
帝都のメインストリートであるはずのその通りは、つい先程まで人で溢れ、ごった返していたのだが……突然、大音量で何か鳴り響いたかと思ったら、あっという間に、人々はどこかへ消えてしまった。
「な……なんじゃ一体……」
VD──ヴァイオレント・ドールの技師を目指し、帝都に住む姉の元へ、辺境の町マルーンから、はるばる上京してきたのだが……。
「何をしている! この大馬鹿者!」
突然、襟首をつかまれ、モルガは大通りから、細い路地に引きずり倒された。
何事かと視線をあげると、十七歳のモルガを引っ張り込んだその力強さからは、まったくもって想像できないほど小柄な少女が、怒りの表情でモルガを見下ろしている。
「何じゃぁ……」
「貴様、死にたいならもっと別の方法を選べ! 迷惑だ!」
はぁ……? 何が何だか解らず、困惑するモルガに、今度は少女が怪訝そうな顔を浮かべた。
と、同時、響き渡る轟音と爆音、地響きに、モルガはびくりと目を見開く。
自分が今まで立っていた大通りを、『巨大な影』が疾走してゆく。
煉瓦造りの頑丈な建物は衝撃にびくりともしないが、建物と建物の隙間──路地に突風が吹き抜け、二人は飛ばされかけた。
「ひゃー! エラトにタレイアにカリオペイア! 歴戦の名機を、着いた途端にさっそく拝めるとは! ワシゃー、ついとるのぉ!」
「……田舎者の『おのぼりさん』か」
モルガの独特の訛りに少女が小さく舌打ちしたが、当のモルガは気が付かない。
テンションがあがり、大通りの方にフラフラと戻ろうとするモルガを、少女は再び、がっちりと襟首をつかんだ。
「だから、大通りは危険だと言っている!」
とっととシェルターに避難しろ! ズルズルとモルガを引きずりながら、どこかへ向かおうとする少女に、これ以上首が絞まらないよう、襟首と首に隙間を作りながらモルガは問いかけた。
「んじゃ? わりゃー……」
「まったく……私にも出撃命令が出ているのだぞ……」
モルガの様子など気にせず、「こんなことをしている場合ではない」とでも言いたげな少女を、モルガはまじまじと観察する。
そして、あることに気が付いた。
この国──フェリンランシャオ帝国は、別名「炎の帝国」と呼ばれている。
元々古来からその国に住まう民のほとんどは、赤い瞳と、赤い髪を持つ人種。
モルガの瞳は赤いが、髪は茶色の強いくせ毛。コレは、モルガの故郷マルーンが、かつてあった隣国トレドットとの国境沿いに位置していた町であり……先祖の中に、かつてトレドットの民がいて、混血であることを意味している。
少女──緩やかにウェーブを描き、毛先がくるくると巻いている長い髪と、気の強そうなその凛とした瞳の色は、黒。
それが、意味すること。
「おまえさん、トレドットの……?」
「……そうだ」
短く、少女が肯定した。
黒。それは、トレドットの中でも、皇族の血を引く人間の中に、「まれ」に生まれる──高貴とされる『皇族色』。
「トレドットの『最後の皇帝』、レイヴン=オブシディアンが孫。ルクレツィア=オブシディアンだ」
「こりゃー、失礼した」
引きずられながらも、慌てて、モルガは襟を正した。
「ワシゃー、モルガナイト=ヘリオドールじゃ」
「ヘリオ……ドール……?」
大通りから随分と距離をとり、直接暴風を浴びる事はなくなった故か、少女──ルクレツィアは、歩みを止めた。
「もしかして、コレか」
上着の中のホルスターから、短銃を取り出す。
黒い小型の銃で、シンプルだが、小さな装飾が施されている。
「おお! こりゃ、兄貴の!」
モルガの故郷マルーン周辺は、古くから鉱山が多く、産出される鉱物を加工する技師や細工師が多く住んでいた。
そんな中でもモルガの家は、代々、銃を作っている技師の家系である。父は去年他界したが、後を継いだモルガの兄スフェーンは、若いながらも腕が良いと評判であった。
実はモルガもつい最近まで、その兄や、修理士をしている姉にこき使わ……げふん、彼らの元で、コツコツ地道に修行しており、「銃の技師ではなく、VD技師になりたい」と、夢を語り続けてやっと、説得に成功。
冒頭、はるばる、帝都へやってきたわけなのだが。
「貴様、マルーン出身か……」
渋い顔のルクレツィアに、モルガは訝しむ。
ルクレツィアは彼に、言うべきか伏せるべきか……悩んでいるように見えた。
が、意を決し、ルクレツィアはモルガをジッと見つめ、言葉を選びながら、口を開いた。
「今回の出撃……あのヴァイオレント・ドールは、全て、マルーンに向かっている」
「は?」
なんでじゃ……予想外の言葉にモルガは言葉を失う。
「……マルーン近郊のトラファルガー山が、昨日噴火したと、連絡があった」
「んじゃと!」
詳しく、状況を教えてくれ……思わず、モルガはルクレツィアの肩を、強く掴んだ。
◆◇◆
「で、リイヤ・オブシディアン。遅刻した上にその部外者は、一体誰なのだね?」
白い服を身に纏い、ルクレツィアと同じ、クセの強い長い黒髪に、きつい黒の瞳の男が、無理やりルクレツィアについてきたモルガを睨みつける。
年齢は、二十歳くらい……だろうか。
「リイヤ?」
ルクレツィアは諦めたような表情で、モルガに対しては小声で短く、男に対しては簡潔に、的確に答えた。
「リイヤは私の階級名だ。……ラング・オブシディアン。彼は、ヘリオドール家の……マルーン出身の技師です」
オブシディアン……やはり、ルクレツィアの身内なのだろう。トレドットの皇族色を持つ男は、実に面白そうに、その黒い目を細めた。
「ほう、それは丁度良かった。ルクレツィア。部下に置いてきぼりにされた上に、君は致命的な方向音痴……どうしようかと思案していたが……彼に道案内してもらうといい」
男の口から放たれる嫌味の三段重ねに、思わずルクレツィアは顔をしかめ、モルガは目を丸くした。
故郷の惨事にモルガの夢云々どころの話ではなく、今すぐ帰りたい……とは、モルガも思っていたが……。
「しかし、どうやって……」
ルクレツィアは眉間にしわを寄せる。
帝都からマルーンまでの距離は遠く、モルガが使ってきた陸路では四~五日はかかってしまう。
先ほど、大通りを疾走していったVD──ヴァイオレント・ドールを使うなら、一日程度で着くとは思うが……。
「VDは、一人乗りじゃ……」
モルガの言葉に、男はうなずいた。口元にうっすら、笑みが浮かんでいる。
ヴァイオレント・ドール──通称VD。
『神の使徒』と称され、各国の「象徴」である『精霊機』。それを模し、作られた『人造の使徒』。
太古から、この世界の人間には、それぞれ「精霊の加護」がある。
精霊は大まかに七種……火(炎)、水(氷)、風(大気)、地(土)、緑(木)、光(雷)、闇(影)にそれぞれ分けられ、「例外」がいくつかあるものの、基本的には一人の人間は、どれか一つの精霊の加護を受けていた。
古来から、精霊機もVDも、その機体には、精霊が宿るという。いわば、操者を守護する、精霊の、かりそめの肉体……。
故に、操者が受ける加護の属性──相性が合わなければ、操縦することができないのだ。
「ワシゃー地属性じゃが……あんたは……?」
「私は、闇だ」
地と闇。同属性ならワンチャンスあったかもしれないが、この時点で、既に属性が喧嘩することが目に見えている。
とはいえ、モルガはただの技師であり、騎士でない者が、VDの操縦など、できるわけがない。
男は意地悪そうに、口を開いた。
「事は一刻を争うし、敵国の侵入はいつ起こるかわからない。もちろん急いでもらうよ。リイヤ・オブシディアン」
「しかし……」
どうやって……? 再び、ルクレツィアは男に問う。
「もちろん、君のハデスヘルでだ」
「はぁ?」
出てきた機体の名前に、モルガはド肝を抜かれた。
ハデスヘル。
かつてトレドットの「象徴」であり、かの国を守護していた、『闇』の精霊機。
「彼女が……え……元素騎士……?」
驚き絶句するモルガを無視し、男はさらにモルガとルクレツィアを仰天させる言葉を発した。
「精霊機の心臓に乗せることはできないけど、「手に持って連れて行く」事はできるよね」
にっこりとほほ笑む悪魔……まさしくそんな感じの男に、あんぐりとルクレツィアは口を開く。
モルガも思わず、開いた口が、塞がらない。
男の細い目が、楽しそうにジッと二人を見つめた。
「思わず潰しちゃったり、落して後味が悪いことにならないよう、気を付けるんだよ?」
帝都のメインストリートであるはずのその通りは、つい先程まで人で溢れ、ごった返していたのだが……突然、大音量で何か鳴り響いたかと思ったら、あっという間に、人々はどこかへ消えてしまった。
「な……なんじゃ一体……」
VD──ヴァイオレント・ドールの技師を目指し、帝都に住む姉の元へ、辺境の町マルーンから、はるばる上京してきたのだが……。
「何をしている! この大馬鹿者!」
突然、襟首をつかまれ、モルガは大通りから、細い路地に引きずり倒された。
何事かと視線をあげると、十七歳のモルガを引っ張り込んだその力強さからは、まったくもって想像できないほど小柄な少女が、怒りの表情でモルガを見下ろしている。
「何じゃぁ……」
「貴様、死にたいならもっと別の方法を選べ! 迷惑だ!」
はぁ……? 何が何だか解らず、困惑するモルガに、今度は少女が怪訝そうな顔を浮かべた。
と、同時、響き渡る轟音と爆音、地響きに、モルガはびくりと目を見開く。
自分が今まで立っていた大通りを、『巨大な影』が疾走してゆく。
煉瓦造りの頑丈な建物は衝撃にびくりともしないが、建物と建物の隙間──路地に突風が吹き抜け、二人は飛ばされかけた。
「ひゃー! エラトにタレイアにカリオペイア! 歴戦の名機を、着いた途端にさっそく拝めるとは! ワシゃー、ついとるのぉ!」
「……田舎者の『おのぼりさん』か」
モルガの独特の訛りに少女が小さく舌打ちしたが、当のモルガは気が付かない。
テンションがあがり、大通りの方にフラフラと戻ろうとするモルガを、少女は再び、がっちりと襟首をつかんだ。
「だから、大通りは危険だと言っている!」
とっととシェルターに避難しろ! ズルズルとモルガを引きずりながら、どこかへ向かおうとする少女に、これ以上首が絞まらないよう、襟首と首に隙間を作りながらモルガは問いかけた。
「んじゃ? わりゃー……」
「まったく……私にも出撃命令が出ているのだぞ……」
モルガの様子など気にせず、「こんなことをしている場合ではない」とでも言いたげな少女を、モルガはまじまじと観察する。
そして、あることに気が付いた。
この国──フェリンランシャオ帝国は、別名「炎の帝国」と呼ばれている。
元々古来からその国に住まう民のほとんどは、赤い瞳と、赤い髪を持つ人種。
モルガの瞳は赤いが、髪は茶色の強いくせ毛。コレは、モルガの故郷マルーンが、かつてあった隣国トレドットとの国境沿いに位置していた町であり……先祖の中に、かつてトレドットの民がいて、混血であることを意味している。
少女──緩やかにウェーブを描き、毛先がくるくると巻いている長い髪と、気の強そうなその凛とした瞳の色は、黒。
それが、意味すること。
「おまえさん、トレドットの……?」
「……そうだ」
短く、少女が肯定した。
黒。それは、トレドットの中でも、皇族の血を引く人間の中に、「まれ」に生まれる──高貴とされる『皇族色』。
「トレドットの『最後の皇帝』、レイヴン=オブシディアンが孫。ルクレツィア=オブシディアンだ」
「こりゃー、失礼した」
引きずられながらも、慌てて、モルガは襟を正した。
「ワシゃー、モルガナイト=ヘリオドールじゃ」
「ヘリオ……ドール……?」
大通りから随分と距離をとり、直接暴風を浴びる事はなくなった故か、少女──ルクレツィアは、歩みを止めた。
「もしかして、コレか」
上着の中のホルスターから、短銃を取り出す。
黒い小型の銃で、シンプルだが、小さな装飾が施されている。
「おお! こりゃ、兄貴の!」
モルガの故郷マルーン周辺は、古くから鉱山が多く、産出される鉱物を加工する技師や細工師が多く住んでいた。
そんな中でもモルガの家は、代々、銃を作っている技師の家系である。父は去年他界したが、後を継いだモルガの兄スフェーンは、若いながらも腕が良いと評判であった。
実はモルガもつい最近まで、その兄や、修理士をしている姉にこき使わ……げふん、彼らの元で、コツコツ地道に修行しており、「銃の技師ではなく、VD技師になりたい」と、夢を語り続けてやっと、説得に成功。
冒頭、はるばる、帝都へやってきたわけなのだが。
「貴様、マルーン出身か……」
渋い顔のルクレツィアに、モルガは訝しむ。
ルクレツィアは彼に、言うべきか伏せるべきか……悩んでいるように見えた。
が、意を決し、ルクレツィアはモルガをジッと見つめ、言葉を選びながら、口を開いた。
「今回の出撃……あのヴァイオレント・ドールは、全て、マルーンに向かっている」
「は?」
なんでじゃ……予想外の言葉にモルガは言葉を失う。
「……マルーン近郊のトラファルガー山が、昨日噴火したと、連絡があった」
「んじゃと!」
詳しく、状況を教えてくれ……思わず、モルガはルクレツィアの肩を、強く掴んだ。
◆◇◆
「で、リイヤ・オブシディアン。遅刻した上にその部外者は、一体誰なのだね?」
白い服を身に纏い、ルクレツィアと同じ、クセの強い長い黒髪に、きつい黒の瞳の男が、無理やりルクレツィアについてきたモルガを睨みつける。
年齢は、二十歳くらい……だろうか。
「リイヤ?」
ルクレツィアは諦めたような表情で、モルガに対しては小声で短く、男に対しては簡潔に、的確に答えた。
「リイヤは私の階級名だ。……ラング・オブシディアン。彼は、ヘリオドール家の……マルーン出身の技師です」
オブシディアン……やはり、ルクレツィアの身内なのだろう。トレドットの皇族色を持つ男は、実に面白そうに、その黒い目を細めた。
「ほう、それは丁度良かった。ルクレツィア。部下に置いてきぼりにされた上に、君は致命的な方向音痴……どうしようかと思案していたが……彼に道案内してもらうといい」
男の口から放たれる嫌味の三段重ねに、思わずルクレツィアは顔をしかめ、モルガは目を丸くした。
故郷の惨事にモルガの夢云々どころの話ではなく、今すぐ帰りたい……とは、モルガも思っていたが……。
「しかし、どうやって……」
ルクレツィアは眉間にしわを寄せる。
帝都からマルーンまでの距離は遠く、モルガが使ってきた陸路では四~五日はかかってしまう。
先ほど、大通りを疾走していったVD──ヴァイオレント・ドールを使うなら、一日程度で着くとは思うが……。
「VDは、一人乗りじゃ……」
モルガの言葉に、男はうなずいた。口元にうっすら、笑みが浮かんでいる。
ヴァイオレント・ドール──通称VD。
『神の使徒』と称され、各国の「象徴」である『精霊機』。それを模し、作られた『人造の使徒』。
太古から、この世界の人間には、それぞれ「精霊の加護」がある。
精霊は大まかに七種……火(炎)、水(氷)、風(大気)、地(土)、緑(木)、光(雷)、闇(影)にそれぞれ分けられ、「例外」がいくつかあるものの、基本的には一人の人間は、どれか一つの精霊の加護を受けていた。
古来から、精霊機もVDも、その機体には、精霊が宿るという。いわば、操者を守護する、精霊の、かりそめの肉体……。
故に、操者が受ける加護の属性──相性が合わなければ、操縦することができないのだ。
「ワシゃー地属性じゃが……あんたは……?」
「私は、闇だ」
地と闇。同属性ならワンチャンスあったかもしれないが、この時点で、既に属性が喧嘩することが目に見えている。
とはいえ、モルガはただの技師であり、騎士でない者が、VDの操縦など、できるわけがない。
男は意地悪そうに、口を開いた。
「事は一刻を争うし、敵国の侵入はいつ起こるかわからない。もちろん急いでもらうよ。リイヤ・オブシディアン」
「しかし……」
どうやって……? 再び、ルクレツィアは男に問う。
「もちろん、君のハデスヘルでだ」
「はぁ?」
出てきた機体の名前に、モルガはド肝を抜かれた。
ハデスヘル。
かつてトレドットの「象徴」であり、かの国を守護していた、『闇』の精霊機。
「彼女が……え……元素騎士……?」
驚き絶句するモルガを無視し、男はさらにモルガとルクレツィアを仰天させる言葉を発した。
「精霊機の心臓に乗せることはできないけど、「手に持って連れて行く」事はできるよね」
にっこりとほほ笑む悪魔……まさしくそんな感じの男に、あんぐりとルクレツィアは口を開く。
モルガも思わず、開いた口が、塞がらない。
男の細い目が、楽しそうにジッと二人を見つめた。
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