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トラファルガー噴火編
第三章 火山の麓の町で
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「ひ……ひどい目におうた……」
「それは、こちらのセリフだ……」
戦闘で命綱を切ってしまったため、モルガはそのまま、ハデスヘルの心臓に乗ることになった。
が、例によって、合わない『加護』の影響で、乗り心地は最悪。
──もっとも、途中で起動不全を起こさなかっただけ、マシなのかもしれないが。
そんなこんなで、二人してよれよれになりつつ、なんとか丸一日かけて、マルーンへ到着。
心臓から降りたモルガが、跪いたハデスヘルを見上げると、例の女性──仮名:「ハデスさん」が見下ろし、モルガに向かって手を振っていた。
モルガが手を振り返すと、ルクレツィアが相変わらず、不気味なモノを見るようにジト目で見つめた。
「にわかに、信じがたい話だな……」
「と、ゆーてものぉ」
ルクレツィアに、「ハデスさん」の姿は見えないらしい。
「ものすごく献身的に、あんたに接しとったのにのぉ」
不憫な彼女……と続けそうなモルガに、慌ててルクレツィアが叫ぶ。
「み……見えないものは、仕方ないだろう!」
そうこうしているうちに、マルーンの入り口に到着した。
◆◇◆
広大な砂漠の中、ポツンとそびえる大きな一枚岩の上、さらに蟻の巣のように地下に掘り進めた天然の要塞である帝都とは違い、マルーンは、帝都南部の山岳地帯にある、人口三千人ほどの、小さな鉱夫と職人たちの都市だ。
いや、『都市』というよりは、規模で言うなら『町』と言った方がしっくりくるかもしれない。
今回噴火したトラファルガー山は、大規模な鉱床を持つ鉱山でもあり、本来ならば、マルーンの人々に恩恵を与えていた。
「うわー……こりゃ、酷いのぉ」
一面灰まみれ──空気も悪く、モルガは袖で口と鼻を押さえながら進む。
「あ、モルガ兄ちゃん!」
見知った顏が、モルガに駆け寄ってきた。
「おう! アックス! 無事なよーじゃのぉ」
モルガは七人兄弟の、ちょうど真ん中である。
兄が一人、姉が二人、弟が二人、妹が一人……。
アックスは上の弟──モルガのすぐ下だ。年齢も十六歳で、一つしか違わない。
顔も体格もよく似ており、双子と間違われることもある。
「それがのぉ……」
表情を曇らせるアックスに、モルガは眉をひそめる。
「スフェーン兄ちゃんが、怪我しちゃって……」
「んじゃと!」
あと……と、続けかけたアックスの言葉を最後まで聞かず、モルガは慌てて、自宅の方へ駆け出した。
ルクレツィアとアックスは、呆然としながら、騒々しいモルガを見送る。
「その……すまない」
申し訳なさそうに……しかしながら力強く、ルクレツィアはアックスの肩を掴みながら、口を開いた。
「支援のため、帝都から騎士たちがやってきたはずだが……案内してもらえないだろうか?」
自分が方向音痴であることは、さすがに言えなかった。
◆◇◆
「ちぃと、早ぉないかのぉ。でかい啖呵きった割にゃぁ、帰ってくるんが」
……心配して損した。
自分に向けられる、スフェーンの冷たく厳しい視線に、モルガは先ほどまでの自分を、馬鹿らしく思う。
「怪我をしたゆぅて聞いとったのに、元気じゃのぉ。兄貴」
「なぁに、ちぃと、地震で倒れた機材に挟まれて、骨が折れただけじゃ」
ガチガチに固定された足は痛々しかったが、兄はすこぶる元気そうだった。
むしろ、動けないうっぷんを、どこかで発散したくてうずうずしている……そんな感じだ。
「もー! そんな事しとる場合じゃないじゃろ!」
モルガのすぐ上の姉、カイヤが、バチバチと火花を散らす長男と次男の間に割って入った。
モルガの母親は、末の妹サフィリンを産んですぐに亡くなった。一番上の姉のモリオンは、五年前から帝都に出稼ぎに出ているので、ニ十歳ながら、カイヤがこの家の母親代わりだ。
そして、二十二歳の兄スフェーンが、兄弟たちの昨年亡くなった父親代わりと言える。
カイヤの剣幕に、思わず男二人は黙り込む。しかし、ふと、モルガはよぎった疑問を口にした。
「アウインとサフィリンは?」
騒々しい末の二人の姿が無い。スフェーンとカイヤは、思わず顔を見合わせた。
渋い顔で、スフェーンが重い口を開く。
「サフィリンは、近隣の町の叔母上のところへ預けた。……アウインは」
兄の言葉に、モルガの表情が固まった。
「行方不明だ」
◆◇◆
「すまない! 本当にすまない!」
この通り! と、ルクレツィアは遅刻したことを詫び、頭を下げた。下げられた相手──これまたルクレツィアに負けず劣らず小柄な少女は、ため息と同時に「大丈夫」と、ルクレツィアをなだめにかかる。
大きな瞳のくりくりとした愛らしい少女。しかし、その瞳は、この国の皇族に連なる、皇族色の瞳……。
ステラ=プラーナ。炎の元素騎士。
「んもう、大丈夫よ! あ……だいじょ……ぶ、じゃないか」
ため息と一緒に、乾いた笑い声が少女の口から洩れた。その様子に、ルクレツィアは目が点になる。
「実はさ、ギードのヤツが、やってくれちゃったのよ……」
「ギード殿が?」
ステラと同時に帝都を出発、マルーンに派遣された、ギード=ザイン。
ルクレツィアとほぼ同じ時期に、戦死した先代に代わり、選ばれた地の元素騎士。
「……何があったか、きいておいた方がいいかしら?」
「あんまり大声で言いたくないんだけど……ちょっとね……」
ひそひそ……と、ステラがルクレツィアに耳打ちする。可憐な少女たちの内緒話、大変、絵になる構図ではあるのだが……。
「……はぁ?」
素っ頓狂なルクレツィアの声に、苦笑いするしかないステラであった。
◆◇◆
「ふざけとるんか! たいがいにせぃよ!」
モルガは、灰の積もった山道を駆け登った。
子どもの頃から遊び、慣れた道だが、少し滑り、走り辛くはある。
火山が爆発したその日、アウインは近い年頃の子どもたちと、大人たちから禁じられていた廃坑付近で遊んでいたらしい。と、坑道で遊ぶことを躊躇い、一人帰ったおかげで難を逃れた子どもの証言があったとのこと。
その証言を裏付けるかのように、噴火の影響で廃坑へ続く道が崩れており、その日以降、アウインを含めた五人の子どもたちの姿が、町から消えた。
VDを駆る騎士たちが、崩れた建物の撤去や、下敷きになった者たちの救出作業、隣町までの住民の避難に加え、五人の子どもたちの捜索もしてくれているようではあるのだが──頼みの『地の元素騎士』様は、任務前に泥酔した挙句、酒瓶に躓き、昏倒しているとのこと。
ふと、モルガは歩みを止めた。
目の前に、小さな少女の姿がある。
年の頃は、アウインと同じか、それより幼い……十にも満たないと思われる。
赤い髪に瞳。しかし、この町では見たことがない娘。
「誰……じゃ?」
少女が手招きをする。思わず固まるモルガに、少女は、口を開いた。
『アウインは、無事』
少女の言葉に、目を見開いて、モルガは喜ぶ。
「ほんまか! えかった!」
『こっち。ついて来て』
モルガがついてくることを確認しながら、少女が一歩、歩き出す。
しかし、その方向は……。
「そっちは、廃坑じゃぁない……」
『……』
無言の少女の視線に、モルガは思わず口ごもった。
幼い少女に似合わず、何かしら有無を言わさない──不思議な威圧感を感じる。
「わかった。わかりました! ついていくけぇ……こっちじゃの」
少女は満足そうににっこりと笑うと、再び歩き出した。
そして、たどり着いた先、そこは……。
「これ……は……」
モルガは、思わず固まった。
跪くように鎮座する、深い茶色の装甲の機体。
先ほど自分たちが乗ってきた、ハデスヘルと同じ『伝説』。
「精霊機……ヘルメガータ……」
突然、ヘルメガータの目が赤く光った。同時に、ぎこちない動きで、モルガに向かって手を差し出す。
そして少女が、恭しく、モルガに跪いて、手を引いた。
『乗って。私の主様』
「それは、こちらのセリフだ……」
戦闘で命綱を切ってしまったため、モルガはそのまま、ハデスヘルの心臓に乗ることになった。
が、例によって、合わない『加護』の影響で、乗り心地は最悪。
──もっとも、途中で起動不全を起こさなかっただけ、マシなのかもしれないが。
そんなこんなで、二人してよれよれになりつつ、なんとか丸一日かけて、マルーンへ到着。
心臓から降りたモルガが、跪いたハデスヘルを見上げると、例の女性──仮名:「ハデスさん」が見下ろし、モルガに向かって手を振っていた。
モルガが手を振り返すと、ルクレツィアが相変わらず、不気味なモノを見るようにジト目で見つめた。
「にわかに、信じがたい話だな……」
「と、ゆーてものぉ」
ルクレツィアに、「ハデスさん」の姿は見えないらしい。
「ものすごく献身的に、あんたに接しとったのにのぉ」
不憫な彼女……と続けそうなモルガに、慌ててルクレツィアが叫ぶ。
「み……見えないものは、仕方ないだろう!」
そうこうしているうちに、マルーンの入り口に到着した。
◆◇◆
広大な砂漠の中、ポツンとそびえる大きな一枚岩の上、さらに蟻の巣のように地下に掘り進めた天然の要塞である帝都とは違い、マルーンは、帝都南部の山岳地帯にある、人口三千人ほどの、小さな鉱夫と職人たちの都市だ。
いや、『都市』というよりは、規模で言うなら『町』と言った方がしっくりくるかもしれない。
今回噴火したトラファルガー山は、大規模な鉱床を持つ鉱山でもあり、本来ならば、マルーンの人々に恩恵を与えていた。
「うわー……こりゃ、酷いのぉ」
一面灰まみれ──空気も悪く、モルガは袖で口と鼻を押さえながら進む。
「あ、モルガ兄ちゃん!」
見知った顏が、モルガに駆け寄ってきた。
「おう! アックス! 無事なよーじゃのぉ」
モルガは七人兄弟の、ちょうど真ん中である。
兄が一人、姉が二人、弟が二人、妹が一人……。
アックスは上の弟──モルガのすぐ下だ。年齢も十六歳で、一つしか違わない。
顔も体格もよく似ており、双子と間違われることもある。
「それがのぉ……」
表情を曇らせるアックスに、モルガは眉をひそめる。
「スフェーン兄ちゃんが、怪我しちゃって……」
「んじゃと!」
あと……と、続けかけたアックスの言葉を最後まで聞かず、モルガは慌てて、自宅の方へ駆け出した。
ルクレツィアとアックスは、呆然としながら、騒々しいモルガを見送る。
「その……すまない」
申し訳なさそうに……しかしながら力強く、ルクレツィアはアックスの肩を掴みながら、口を開いた。
「支援のため、帝都から騎士たちがやってきたはずだが……案内してもらえないだろうか?」
自分が方向音痴であることは、さすがに言えなかった。
◆◇◆
「ちぃと、早ぉないかのぉ。でかい啖呵きった割にゃぁ、帰ってくるんが」
……心配して損した。
自分に向けられる、スフェーンの冷たく厳しい視線に、モルガは先ほどまでの自分を、馬鹿らしく思う。
「怪我をしたゆぅて聞いとったのに、元気じゃのぉ。兄貴」
「なぁに、ちぃと、地震で倒れた機材に挟まれて、骨が折れただけじゃ」
ガチガチに固定された足は痛々しかったが、兄はすこぶる元気そうだった。
むしろ、動けないうっぷんを、どこかで発散したくてうずうずしている……そんな感じだ。
「もー! そんな事しとる場合じゃないじゃろ!」
モルガのすぐ上の姉、カイヤが、バチバチと火花を散らす長男と次男の間に割って入った。
モルガの母親は、末の妹サフィリンを産んですぐに亡くなった。一番上の姉のモリオンは、五年前から帝都に出稼ぎに出ているので、ニ十歳ながら、カイヤがこの家の母親代わりだ。
そして、二十二歳の兄スフェーンが、兄弟たちの昨年亡くなった父親代わりと言える。
カイヤの剣幕に、思わず男二人は黙り込む。しかし、ふと、モルガはよぎった疑問を口にした。
「アウインとサフィリンは?」
騒々しい末の二人の姿が無い。スフェーンとカイヤは、思わず顔を見合わせた。
渋い顔で、スフェーンが重い口を開く。
「サフィリンは、近隣の町の叔母上のところへ預けた。……アウインは」
兄の言葉に、モルガの表情が固まった。
「行方不明だ」
◆◇◆
「すまない! 本当にすまない!」
この通り! と、ルクレツィアは遅刻したことを詫び、頭を下げた。下げられた相手──これまたルクレツィアに負けず劣らず小柄な少女は、ため息と同時に「大丈夫」と、ルクレツィアをなだめにかかる。
大きな瞳のくりくりとした愛らしい少女。しかし、その瞳は、この国の皇族に連なる、皇族色の瞳……。
ステラ=プラーナ。炎の元素騎士。
「んもう、大丈夫よ! あ……だいじょ……ぶ、じゃないか」
ため息と一緒に、乾いた笑い声が少女の口から洩れた。その様子に、ルクレツィアは目が点になる。
「実はさ、ギードのヤツが、やってくれちゃったのよ……」
「ギード殿が?」
ステラと同時に帝都を出発、マルーンに派遣された、ギード=ザイン。
ルクレツィアとほぼ同じ時期に、戦死した先代に代わり、選ばれた地の元素騎士。
「……何があったか、きいておいた方がいいかしら?」
「あんまり大声で言いたくないんだけど……ちょっとね……」
ひそひそ……と、ステラがルクレツィアに耳打ちする。可憐な少女たちの内緒話、大変、絵になる構図ではあるのだが……。
「……はぁ?」
素っ頓狂なルクレツィアの声に、苦笑いするしかないステラであった。
◆◇◆
「ふざけとるんか! たいがいにせぃよ!」
モルガは、灰の積もった山道を駆け登った。
子どもの頃から遊び、慣れた道だが、少し滑り、走り辛くはある。
火山が爆発したその日、アウインは近い年頃の子どもたちと、大人たちから禁じられていた廃坑付近で遊んでいたらしい。と、坑道で遊ぶことを躊躇い、一人帰ったおかげで難を逃れた子どもの証言があったとのこと。
その証言を裏付けるかのように、噴火の影響で廃坑へ続く道が崩れており、その日以降、アウインを含めた五人の子どもたちの姿が、町から消えた。
VDを駆る騎士たちが、崩れた建物の撤去や、下敷きになった者たちの救出作業、隣町までの住民の避難に加え、五人の子どもたちの捜索もしてくれているようではあるのだが──頼みの『地の元素騎士』様は、任務前に泥酔した挙句、酒瓶に躓き、昏倒しているとのこと。
ふと、モルガは歩みを止めた。
目の前に、小さな少女の姿がある。
年の頃は、アウインと同じか、それより幼い……十にも満たないと思われる。
赤い髪に瞳。しかし、この町では見たことがない娘。
「誰……じゃ?」
少女が手招きをする。思わず固まるモルガに、少女は、口を開いた。
『アウインは、無事』
少女の言葉に、目を見開いて、モルガは喜ぶ。
「ほんまか! えかった!」
『こっち。ついて来て』
モルガがついてくることを確認しながら、少女が一歩、歩き出す。
しかし、その方向は……。
「そっちは、廃坑じゃぁない……」
『……』
無言の少女の視線に、モルガは思わず口ごもった。
幼い少女に似合わず、何かしら有無を言わさない──不思議な威圧感を感じる。
「わかった。わかりました! ついていくけぇ……こっちじゃの」
少女は満足そうににっこりと笑うと、再び歩き出した。
そして、たどり着いた先、そこは……。
「これ……は……」
モルガは、思わず固まった。
跪くように鎮座する、深い茶色の装甲の機体。
先ほど自分たちが乗ってきた、ハデスヘルと同じ『伝説』。
「精霊機……ヘルメガータ……」
突然、ヘルメガータの目が赤く光った。同時に、ぎこちない動きで、モルガに向かって手を差し出す。
そして少女が、恭しく、モルガに跪いて、手を引いた。
『乗って。私の主様』
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