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つかの間の平穏編
第十六章 帰還
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「気分は、どうだい?」
帝都に戻ったルクレツィアは、元素騎士の執務室ではなく、オブシディアンの邸宅で静養していた。
「大丈夫。私は元気です。父上」
左腕の肘から下を失ったルクレツィアを見た瞬間、父はその場で卒倒した。
以降、事あるごとに、ちょくちょく様子を見に来るので、ルクレツィアはありがたく思いながらも、そろそろちょっと、うっとおしくも思っている。
約五十年前に滅んだ帝国、トレドット。
かの国の最後の皇帝レイヴンは、ルクレツィアの祖父にあたる。
ルクレツィアの父、ムニン=オブシディアンは、レイヴン帝の、末の皇子だった。
父は、まだ乳飲み子だった頃に、ハデスヘルとヘルメガータ──二体の精霊機と、皇家の分家を含む数十名の家臣とその親族、そしてその家令や使用人たちとともに、フェリンランシャオに亡命してきた……と、ルクレツィアはきいている。
ムニンは騎士ではない。
滅んだ祖国の復国を強く望み、トレドットの『強き象徴』として武功を立てることを強く望む家臣もいなくは無かったのだが、そんな事よりもまず先に、皇帝の遺児として彼に期待されたのは、『正統なるトレドット皇家の血統を、次世代に継ぐこと』だった。
故に、彼は文官になった。もっとも、古くからのフェリンランシャオ貴族を重んじるベルゲル=プラーナに睨まれ、今は宮殿の書庫の管理人を任されている身ではあるが。
元々穏やかな性格の父だ。本人も、「向いてないし、似合わない」と、笑いながら冗談めかしていた。
「父上。面白い『物語』の本は、ありませんか?」
「おや。珍しい。ルクレツィアが戦術書ではなく、物語とは……」
ルクレツィアは苦笑を浮かべた。本当は、『物語』はミカが読みたいと言っているのだが、やはり、父にはミカの姿が見えないようである。
と、何やら廊下が騒がしいことに、ルクレツィアとムニンは気がついた。
「父上、ちょっと様子を見てきます!」
「あ、ちょっと……おとなしくしていないと……」
廊下に飛び出したルクレツィアを、ムニンが慌てて追いかける。
玄関に行くと、大きな鞄を持った、二人の女性が立っていた。使用人と、何やら押し問答しているようで、大きな声が部屋まで聞こえてきたようだった。
女性の一人に、ルクレツィアは見覚えがあった。
後ろで一つにまとめた赤い髪に、茶色の瞳。確か、マルーンで……。
「貴女は……たしか、モルガの姉上……」
「あ、あの時の騎士様!」
ひらひらと、ルクレツィアに向かって手を振る。押しとどめていた使用人に、「だから言ったでしょ!」と、口をとがらせていた。
「あの時は、ありがとうございました! んで、ウチの愚弟が、ほんっと、お世話になったよーで……すんません、ありがとうございます!」
カイヤナイト=ヘリオドールと名乗った気の強そうな女性は、背負った鞄を地面に置いて、ニッコリと笑う。
ふと、カイヤの隣のもう一人の女性に視線を移し、ルクレツィアは仰天した。
思わず、後ろについてきている父を見るが、やはり、父もやはり思うところは一緒のようで。
父は、目を見開き、硬直していた。
「あの……私が、どうしましたか?」
思わずおろおろと、女性が慌てる。
カイヤとは対照的に、とても、おっとりとした性格のようだ。
長く、柔らかい毛質の茶色の髪を、ルクレツィアと同じよう、ゆるく二つに束ねて背中に垂らしている。
瞳の色も、赤に近いが、どちらかというと、茶色寄り。
「えっと……その、貴女は?」
「はい。私も、モルガの姉です。モリオン=ヘリオドールと申します。小さな工房ではありますが、義肢装具士をしております。……その、昨日、弟から手紙が届きまして……」
えっと、……どこにやったかしら? と、モリオンがゆっくり鞄の中身を探し始め、カイヤが「あーもう、お姉ちゃんってばッ!」と、一緒に探し始めた。
二人の様子を眺めながら、こっそり、ルクレツィアは父に囁いた。
「驚き……ましたね」
モルガとモリオンは、まったく似ていない。
しかしながら、モリオンの顔は、この場に居ない──居るはずのない、『とある人物』に、そっくりなのだ。
「私は、肖像画でしかお会いしたことがありませんが……」
「……ヘリオ……ドール……? ヘリオドール……えっと、どこかで……」
「……父上?」
え? と、ルクレツィアの声に父が顔をあげ、なんでもない。と、首を横に振った。
もっとも、その表情は、「なんでもない」というふうには、とても見えなかったが。
手紙は探しても出てこなかったようで、諦めて二人は立ち上がり、改めてルクレツィアに申し出た。
「えっと、御代はきっちり、弟が払うとのことですので、その、ルクレツィア様……貴女の腕を、是非、作らせていただけませんか? 旦那様、奥様も、どうぞ、よろしくお願いいたします」
頭を下げるモリオンに、一同、目が点になるが、唯一、ルクレツィアは目を見開く。
此処に居るのは、ルクレツィアとムニン。使用人は、男なので除外。
ルクレツィアの母は既に亡くなっているので居ないし、唯一、該当しそうなのが……。
『えっと……もしかして、奥様って……私の事……で、しょうか?』
本人も信じられないような顔をしながら、ミカが自分を指さした。
◆◇◆
「うわー! すごーい! カッコいい!」
ユーディンが、目を輝かせながらヘルメガータを見上げた。
そんな彼の後ろで、ステラ、サフィニア、チェーザレが、ひそひそと声をひそめる。
「……そうかな? 前の方がよくない?」
「えぇっと……そう……ですわね……。でも、趣味は人それぞれですし……」
「奴の美的感覚は陛下と同レベルか……大したことないな」
モルガが目覚めたことで、あれからすぐに蟻地獄も元に戻り、ヘルメガータの繭も割れ、孵化した中から出てきたのが、現在のヘルメガータ。
切り取られた腕は綺麗に修復され、肩の部分が大きく肥大化している。
元の腕から生まれ、飛び回っていた件の眼球はそこに収納されていったことから、今後も武装として使用できる模様。
元々装甲の厚い機体ではあったが、操者の意識を反映してか、より頑丈そうな見た目にバージョンアップしている。
「ところで、モルガは?」
ユーディンの問いに、三人は口ごもった。
ルクレツィア──を締めあげて得た──報告による情報がほとんどではあるのだが、ステラとサフィニアの二人には、アリアートナディアルで何が起こったかを、一応伝えている。
ソルの部屋を訪れ、色気のないカップの底の酒を一口飲んで、ウトウトしていたところ、妙に外が騒がしくなり、医務室に駆けつけたチェーザレが見たのものは。
ハデスヘルの心臓同様、寝台や床──部屋一面に、バラバラと散らばる羽と鱗。
そして、寝台の上で、左ひじから下を失った妹と、彼女に寄り添いながら眠る、モルガの姿だった。
彼の目には、涙の痕が、くっきりと残っていて……。
あの日以降、チェーザレはモルガの姿を見ていない。
彼は人目を避けるよう、簡易ドックの一室を借りて引きこもり、ヘルメガータもドックに載せて、帝都へと帰還した。
今は、執務室に居ると、思われるが……。
「しばらく、会われないほうがいいでしょう」
今は、モルガをそっとしてやりたいと、チェーザレは、心からそう思った。
◆◇◆
「なんで、貴様が此処に居る」
ぽつぽつと、雨が降り始めた。砂漠の真ん中にあるフェリンランシャオに、雨が降るのは極めてまれ。
貴重な恵みの雨の中、ソルの家の前に立っていたのは、なんと、そのモルガだった。
ソルの姿を見つけるなり、モルガはざっと、地に伏せ、頭を下げる。
「何のつもり……」
「お願いじゃ! ワシを、あんたの弟子にしてくれッ!」
頼んます……と、土砂降りの中、雨の音にかき消されないよう、モルガは叫ぶ。
「断ると、前にも言ったはず……」
「死なせとうないんじゃ!」
──モルガの言葉に、ソルは口をつぐんだ。
「VDは、武器であり、防具だって、アンタはゆーた。そのとうりじゃ。ワシが間違っとった。じゃけぇ……」
じゃからこそ、もっと、造りたくなったんじゃ……雨と一緒に、モルガの目から涙が落ちる。
「VD騎士が、大切な人の元に、無事帰って来れる……そーゆー、機体を、もっと……」
「……おまえの言いたいことは、解った」
ソルはモルガを避け、家の中に入ろうとする。
すれ違いざま、ぽつり……と、ソルがつぶやいた。
「最初に言っておくが、オレの個人授業は、厳しいからな」
覚悟しておけ。そういうと、モルガの答えも表情も構うことなく、ソルは重い扉を閉めきった。
家の中で、ニヤリ。と、ソルは笑う。
「心構えは、ようやく、及第点……といったところ……か」
だが、しかし。
「まぁ、悪くは、ないよ」
帝都に戻ったルクレツィアは、元素騎士の執務室ではなく、オブシディアンの邸宅で静養していた。
「大丈夫。私は元気です。父上」
左腕の肘から下を失ったルクレツィアを見た瞬間、父はその場で卒倒した。
以降、事あるごとに、ちょくちょく様子を見に来るので、ルクレツィアはありがたく思いながらも、そろそろちょっと、うっとおしくも思っている。
約五十年前に滅んだ帝国、トレドット。
かの国の最後の皇帝レイヴンは、ルクレツィアの祖父にあたる。
ルクレツィアの父、ムニン=オブシディアンは、レイヴン帝の、末の皇子だった。
父は、まだ乳飲み子だった頃に、ハデスヘルとヘルメガータ──二体の精霊機と、皇家の分家を含む数十名の家臣とその親族、そしてその家令や使用人たちとともに、フェリンランシャオに亡命してきた……と、ルクレツィアはきいている。
ムニンは騎士ではない。
滅んだ祖国の復国を強く望み、トレドットの『強き象徴』として武功を立てることを強く望む家臣もいなくは無かったのだが、そんな事よりもまず先に、皇帝の遺児として彼に期待されたのは、『正統なるトレドット皇家の血統を、次世代に継ぐこと』だった。
故に、彼は文官になった。もっとも、古くからのフェリンランシャオ貴族を重んじるベルゲル=プラーナに睨まれ、今は宮殿の書庫の管理人を任されている身ではあるが。
元々穏やかな性格の父だ。本人も、「向いてないし、似合わない」と、笑いながら冗談めかしていた。
「父上。面白い『物語』の本は、ありませんか?」
「おや。珍しい。ルクレツィアが戦術書ではなく、物語とは……」
ルクレツィアは苦笑を浮かべた。本当は、『物語』はミカが読みたいと言っているのだが、やはり、父にはミカの姿が見えないようである。
と、何やら廊下が騒がしいことに、ルクレツィアとムニンは気がついた。
「父上、ちょっと様子を見てきます!」
「あ、ちょっと……おとなしくしていないと……」
廊下に飛び出したルクレツィアを、ムニンが慌てて追いかける。
玄関に行くと、大きな鞄を持った、二人の女性が立っていた。使用人と、何やら押し問答しているようで、大きな声が部屋まで聞こえてきたようだった。
女性の一人に、ルクレツィアは見覚えがあった。
後ろで一つにまとめた赤い髪に、茶色の瞳。確か、マルーンで……。
「貴女は……たしか、モルガの姉上……」
「あ、あの時の騎士様!」
ひらひらと、ルクレツィアに向かって手を振る。押しとどめていた使用人に、「だから言ったでしょ!」と、口をとがらせていた。
「あの時は、ありがとうございました! んで、ウチの愚弟が、ほんっと、お世話になったよーで……すんません、ありがとうございます!」
カイヤナイト=ヘリオドールと名乗った気の強そうな女性は、背負った鞄を地面に置いて、ニッコリと笑う。
ふと、カイヤの隣のもう一人の女性に視線を移し、ルクレツィアは仰天した。
思わず、後ろについてきている父を見るが、やはり、父もやはり思うところは一緒のようで。
父は、目を見開き、硬直していた。
「あの……私が、どうしましたか?」
思わずおろおろと、女性が慌てる。
カイヤとは対照的に、とても、おっとりとした性格のようだ。
長く、柔らかい毛質の茶色の髪を、ルクレツィアと同じよう、ゆるく二つに束ねて背中に垂らしている。
瞳の色も、赤に近いが、どちらかというと、茶色寄り。
「えっと……その、貴女は?」
「はい。私も、モルガの姉です。モリオン=ヘリオドールと申します。小さな工房ではありますが、義肢装具士をしております。……その、昨日、弟から手紙が届きまして……」
えっと、……どこにやったかしら? と、モリオンがゆっくり鞄の中身を探し始め、カイヤが「あーもう、お姉ちゃんってばッ!」と、一緒に探し始めた。
二人の様子を眺めながら、こっそり、ルクレツィアは父に囁いた。
「驚き……ましたね」
モルガとモリオンは、まったく似ていない。
しかしながら、モリオンの顔は、この場に居ない──居るはずのない、『とある人物』に、そっくりなのだ。
「私は、肖像画でしかお会いしたことがありませんが……」
「……ヘリオ……ドール……? ヘリオドール……えっと、どこかで……」
「……父上?」
え? と、ルクレツィアの声に父が顔をあげ、なんでもない。と、首を横に振った。
もっとも、その表情は、「なんでもない」というふうには、とても見えなかったが。
手紙は探しても出てこなかったようで、諦めて二人は立ち上がり、改めてルクレツィアに申し出た。
「えっと、御代はきっちり、弟が払うとのことですので、その、ルクレツィア様……貴女の腕を、是非、作らせていただけませんか? 旦那様、奥様も、どうぞ、よろしくお願いいたします」
頭を下げるモリオンに、一同、目が点になるが、唯一、ルクレツィアは目を見開く。
此処に居るのは、ルクレツィアとムニン。使用人は、男なので除外。
ルクレツィアの母は既に亡くなっているので居ないし、唯一、該当しそうなのが……。
『えっと……もしかして、奥様って……私の事……で、しょうか?』
本人も信じられないような顔をしながら、ミカが自分を指さした。
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「うわー! すごーい! カッコいい!」
ユーディンが、目を輝かせながらヘルメガータを見上げた。
そんな彼の後ろで、ステラ、サフィニア、チェーザレが、ひそひそと声をひそめる。
「……そうかな? 前の方がよくない?」
「えぇっと……そう……ですわね……。でも、趣味は人それぞれですし……」
「奴の美的感覚は陛下と同レベルか……大したことないな」
モルガが目覚めたことで、あれからすぐに蟻地獄も元に戻り、ヘルメガータの繭も割れ、孵化した中から出てきたのが、現在のヘルメガータ。
切り取られた腕は綺麗に修復され、肩の部分が大きく肥大化している。
元の腕から生まれ、飛び回っていた件の眼球はそこに収納されていったことから、今後も武装として使用できる模様。
元々装甲の厚い機体ではあったが、操者の意識を反映してか、より頑丈そうな見た目にバージョンアップしている。
「ところで、モルガは?」
ユーディンの問いに、三人は口ごもった。
ルクレツィア──を締めあげて得た──報告による情報がほとんどではあるのだが、ステラとサフィニアの二人には、アリアートナディアルで何が起こったかを、一応伝えている。
ソルの部屋を訪れ、色気のないカップの底の酒を一口飲んで、ウトウトしていたところ、妙に外が騒がしくなり、医務室に駆けつけたチェーザレが見たのものは。
ハデスヘルの心臓同様、寝台や床──部屋一面に、バラバラと散らばる羽と鱗。
そして、寝台の上で、左ひじから下を失った妹と、彼女に寄り添いながら眠る、モルガの姿だった。
彼の目には、涙の痕が、くっきりと残っていて……。
あの日以降、チェーザレはモルガの姿を見ていない。
彼は人目を避けるよう、簡易ドックの一室を借りて引きこもり、ヘルメガータもドックに載せて、帝都へと帰還した。
今は、執務室に居ると、思われるが……。
「しばらく、会われないほうがいいでしょう」
今は、モルガをそっとしてやりたいと、チェーザレは、心からそう思った。
◆◇◆
「なんで、貴様が此処に居る」
ぽつぽつと、雨が降り始めた。砂漠の真ん中にあるフェリンランシャオに、雨が降るのは極めてまれ。
貴重な恵みの雨の中、ソルの家の前に立っていたのは、なんと、そのモルガだった。
ソルの姿を見つけるなり、モルガはざっと、地に伏せ、頭を下げる。
「何のつもり……」
「お願いじゃ! ワシを、あんたの弟子にしてくれッ!」
頼んます……と、土砂降りの中、雨の音にかき消されないよう、モルガは叫ぶ。
「断ると、前にも言ったはず……」
「死なせとうないんじゃ!」
──モルガの言葉に、ソルは口をつぐんだ。
「VDは、武器であり、防具だって、アンタはゆーた。そのとうりじゃ。ワシが間違っとった。じゃけぇ……」
じゃからこそ、もっと、造りたくなったんじゃ……雨と一緒に、モルガの目から涙が落ちる。
「VD騎士が、大切な人の元に、無事帰って来れる……そーゆー、機体を、もっと……」
「……おまえの言いたいことは、解った」
ソルはモルガを避け、家の中に入ろうとする。
すれ違いざま、ぽつり……と、ソルがつぶやいた。
「最初に言っておくが、オレの個人授業は、厳しいからな」
覚悟しておけ。そういうと、モルガの答えも表情も構うことなく、ソルは重い扉を閉めきった。
家の中で、ニヤリ。と、ソルは笑う。
「心構えは、ようやく、及第点……といったところ……か」
だが、しかし。
「まぁ、悪くは、ないよ」
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