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初陣光の大地編
第十五章 モルガナイト
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「興味深い」
ピンセットでつまんだ羽と鱗を、ランタンの光にかざしながら、ソルがつぶやく。
「翼と鱗、双方ともに、限りなく生物由来の有機物。人造のまがい物でもなければ、染色された形跡もない」
……にもかかわらず、こんな見事な色や、大きさを有する生物は、この世界には存在しない。
チェーザレに引っ張られ、ハデスヘルの中で倒れているモルガを発見したのは数時間前の事。
ソルはその際、心臓の床に散らばる羽と鱗を数枚ずつ、サンプルとして回収した。
ソルが乗ってきた簡易ドックの方が、アリアートナディアルと共用で使っていた施設より充実していたため、到着次第、医療系の主要な機能をそちらに移したのだが──医務室送りにしたモルガに対して、ソルは少しも興味を示すことは無く、彼は散らばるこれらの方に、興味を抱いた。
簡易ドック内に用意された整備班の班長のための部屋に一人戻り、解析を試みて、現在に至る。
「持ってきた解析のキットでは、不十分……か」
コレは、単なるソルの趣味であり、VDの整備や設計には、何ら関係はない。
故に、設備の揃った帝都の邸宅に戻るまでは、これ以上はわからない──。
「楽しそうだな」
ノックもなしに扉が開き、チェーザレが入ってくる。
「まぁ、な」
ソルは羽と鱗を大切に小箱に仕舞い、蓋が開かないよう、十字に紐で縛った。
「起きたか?」
「いや。まだ眠ったままだ」
チェーザレは、硬い寝台に座り込む。
「そんなことよりも、だ。ちょっと厄介なことに、なってきたかもしれない」
「……お前のそんな様子、初めて見たな」
ベッドにそのまま突っ伏したチェーザレを、ソルは珍しそうに眼を見開いた。
大胆不敵と傲岸不遜が服を着て歩いているような男が、しおしおにしおれているところなど、付き合いの長いソルであっても、今まで見たことがない。
「……ルクレツィアに、オレの才能を越されたかもしれない」
「はぁ?」
どういうことだよ……小箱を引き出しにつっこむと、こっそり寝酒に持ってきた蒸留酒をカップの底にうっすらとそそぎ、チェーザレに促した。
◆◇◆
「すまない……本当にすまない……」
シャダイ・エル・カイの監視──エロヒムの頼みを受けることになったものの、事が事であり、混乱を呼ぶため、他の者には内密に……という方向の話であった。
当初は別の言い訳を考えてはいたのだが、例によって鋭い兄に感づかれ、「さあ。何があったか吐いてもらおうか」と、あっという間に、締め上げられてしまった。
「兄上にだけは、どうしても、昔から嘘が見抜かれてしまう……」
『致し方ありません……あの状況では……本当に……』
あっさり白状してしまったことを深く謝るルクレツィア。隣でずっと見ていたミカが、気の毒そうに苦笑を浮かべた。
なんというか、あの状況はもう……笑うしかない。
「そんな事より、そちらは……」
『はい。ルツも落ち着きました。今は、ご主人様の元に』
「その……母娘、なのだろう? もう少し一緒に居ても……」
ハデスヘルの精霊ミカと、ヘルメガータの精霊ルツ──二人の関係を聞いてルクレツィアは驚いた。
しかし、蟻地獄の側で泣いていたルツを見つけたルクレツィアは納得。二人はそれほどに、よく似ていた。
……もっとも、モルガはちーっとも、気づいていなかったようではあるが。
『親子であったのは、かつて人間であった何千年も前の事。それに、イシャンバルが滅んでこちら、私たちはずっと一緒でしたから……』
大丈夫、です。と、ミカは優しく、ルクレツィアの頭を撫でながらほほ笑んだ。
「お前は……いや、お前たちは、人間だったのか?」
『はい。まぁ、いろいろとありまして……。今度、お時間があるときに、ゆっくりお話しいたしましょう』
ミカが言ったその時。
医務室の方向から、悲鳴が聞こえた。
◆◇◆
「あぁぁあああああぁぁああぁあぁああああ!」
『主様ッ!』
ルクレツィアとミカが医務室に駆けこむと、寝台の上で上半身を起こし、頭を抱えて叫ぶモルガと、彼に縋りつくルツの姿があった。
「どうした!」
ルクレツィアがモルガに駆け寄る。
「しっかりしろ! モルガッ!」
『シャダイ・エル・カイの記憶が混ざり、混乱されています! ルツ! 貴女もしっかりなさい!』
ルツが、ミカの服にしがみつき、再びわんわんと泣き出した。
ルクレツィアは、直感を信じ、室内にいる衛生兵や怪我人に、室内からの退避を促す。
衛生兵たちは渋ったが、「元素騎士としての命令!」と、結局全員、無理矢理室内から追い出した。
兄には喋ってしまったが、状況は、なるべく伏せるに越したことは無い。
頭が、声が……と、モルガがごろごろと寝台の上を転がる。
涙がこぼれる見開かれた瞳の色が、赤から紫、そして赤にと、落ち着く間もなく変わってゆく。
長いままの髪の毛が、徐々に根元から、白銀色に染まっていった。
(マズイ……)
再び、シャダイ・エル・カイが、表に出てしまう……。
モルガをつかもうと、ルクレツィア左手を伸ばした。しかし。
「ッ!」
まるで、石が砕け、崩れて砂になるように。
モルガに触れたルクレツィアの左手の中指と薬指が、サラサラと崩れて無くなった。
ルクレツィアに、不思議と痛みはない。けれど、それを見て動揺したのは、モルガの方だった。
モルガが絶叫し、着ていた病衣がはじけ飛んだ。
背中から、大きな三対六枚の翼が広がり、末梢から徐々に、金の鱗が浮かんでゆく。
ルクレツィアは迷うことなく、左手でモルガのまだら状態の髪をひと房掴み、そして力いっぱい引っ張った。
「私の声を聴けッ! モルガナイトッ!」
パァンッ……と、髪を掴んだルクレツィアの左手が──肘から下が、砕けて崩れる。
赤い目を見開いて、モルガが固まった。
「私は大丈夫! 大丈夫だ! だから……」
ルクレツィアは、つとめてやさしく、それでいて力強く、モルガに囁く。
「頼む、少し、冷静になってくれ……」
はらはらと、白銀色の羽が舞う。
彼の目からも、大量の涙がこぼれる。
それでも。
「ワシの、せいじゃ……」
「違う」
鱗は剥がれ、髪の色も、目の色も、深い茶色に赤い色。
ルクレツィアは、右手で彼を抱き寄せ、そして、泣きじゃくる彼の背中を撫で、子どもをあやすように、ポン、ポンと、ゆっくりと叩く。
「ワシの、せいで……たくさん、人が死んでしもうた……」
「戦争だから、仕方ない」
ポン、ポン ポン、ポン
「ワシが、もっと上手く、精霊機に乗れとったら……」
「ぺーぺーの初心者に、そんな事されてみろ。長年乗ってる、我ら騎士の立つ瀬がないわ」
ポン、ポン ポン、ポン
「ルツィの、腕も……」
「……それは今後、たっぷり責任取ってもらうから、大丈夫だ」
「……」
もう、言いたいことは無いか? ルクレツィアの言葉に、モルガは首を、小さく横に振った。
「なんだ?」
「……ありがと、の」
本当に、ありがとう。と、モルガは言った。
「ワシを、呼んでくれて」
◆◇◆
『私のせい』と、ミカは言った。
けれど、あの時、モルガをハデスに乗せる選択をしたのは、紛れもなく自分だ。
いや、違う。
そもそもあの時、大通りで、自分が声をかけなければ。
彼は間違いなく、別の道を、歩んでいたのだ。
……だから。
きっとこれは、ルクレツィアの、罪なのだろう。
ピンセットでつまんだ羽と鱗を、ランタンの光にかざしながら、ソルがつぶやく。
「翼と鱗、双方ともに、限りなく生物由来の有機物。人造のまがい物でもなければ、染色された形跡もない」
……にもかかわらず、こんな見事な色や、大きさを有する生物は、この世界には存在しない。
チェーザレに引っ張られ、ハデスヘルの中で倒れているモルガを発見したのは数時間前の事。
ソルはその際、心臓の床に散らばる羽と鱗を数枚ずつ、サンプルとして回収した。
ソルが乗ってきた簡易ドックの方が、アリアートナディアルと共用で使っていた施設より充実していたため、到着次第、医療系の主要な機能をそちらに移したのだが──医務室送りにしたモルガに対して、ソルは少しも興味を示すことは無く、彼は散らばるこれらの方に、興味を抱いた。
簡易ドック内に用意された整備班の班長のための部屋に一人戻り、解析を試みて、現在に至る。
「持ってきた解析のキットでは、不十分……か」
コレは、単なるソルの趣味であり、VDの整備や設計には、何ら関係はない。
故に、設備の揃った帝都の邸宅に戻るまでは、これ以上はわからない──。
「楽しそうだな」
ノックもなしに扉が開き、チェーザレが入ってくる。
「まぁ、な」
ソルは羽と鱗を大切に小箱に仕舞い、蓋が開かないよう、十字に紐で縛った。
「起きたか?」
「いや。まだ眠ったままだ」
チェーザレは、硬い寝台に座り込む。
「そんなことよりも、だ。ちょっと厄介なことに、なってきたかもしれない」
「……お前のそんな様子、初めて見たな」
ベッドにそのまま突っ伏したチェーザレを、ソルは珍しそうに眼を見開いた。
大胆不敵と傲岸不遜が服を着て歩いているような男が、しおしおにしおれているところなど、付き合いの長いソルであっても、今まで見たことがない。
「……ルクレツィアに、オレの才能を越されたかもしれない」
「はぁ?」
どういうことだよ……小箱を引き出しにつっこむと、こっそり寝酒に持ってきた蒸留酒をカップの底にうっすらとそそぎ、チェーザレに促した。
◆◇◆
「すまない……本当にすまない……」
シャダイ・エル・カイの監視──エロヒムの頼みを受けることになったものの、事が事であり、混乱を呼ぶため、他の者には内密に……という方向の話であった。
当初は別の言い訳を考えてはいたのだが、例によって鋭い兄に感づかれ、「さあ。何があったか吐いてもらおうか」と、あっという間に、締め上げられてしまった。
「兄上にだけは、どうしても、昔から嘘が見抜かれてしまう……」
『致し方ありません……あの状況では……本当に……』
あっさり白状してしまったことを深く謝るルクレツィア。隣でずっと見ていたミカが、気の毒そうに苦笑を浮かべた。
なんというか、あの状況はもう……笑うしかない。
「そんな事より、そちらは……」
『はい。ルツも落ち着きました。今は、ご主人様の元に』
「その……母娘、なのだろう? もう少し一緒に居ても……」
ハデスヘルの精霊ミカと、ヘルメガータの精霊ルツ──二人の関係を聞いてルクレツィアは驚いた。
しかし、蟻地獄の側で泣いていたルツを見つけたルクレツィアは納得。二人はそれほどに、よく似ていた。
……もっとも、モルガはちーっとも、気づいていなかったようではあるが。
『親子であったのは、かつて人間であった何千年も前の事。それに、イシャンバルが滅んでこちら、私たちはずっと一緒でしたから……』
大丈夫、です。と、ミカは優しく、ルクレツィアの頭を撫でながらほほ笑んだ。
「お前は……いや、お前たちは、人間だったのか?」
『はい。まぁ、いろいろとありまして……。今度、お時間があるときに、ゆっくりお話しいたしましょう』
ミカが言ったその時。
医務室の方向から、悲鳴が聞こえた。
◆◇◆
「あぁぁあああああぁぁああぁあぁああああ!」
『主様ッ!』
ルクレツィアとミカが医務室に駆けこむと、寝台の上で上半身を起こし、頭を抱えて叫ぶモルガと、彼に縋りつくルツの姿があった。
「どうした!」
ルクレツィアがモルガに駆け寄る。
「しっかりしろ! モルガッ!」
『シャダイ・エル・カイの記憶が混ざり、混乱されています! ルツ! 貴女もしっかりなさい!』
ルツが、ミカの服にしがみつき、再びわんわんと泣き出した。
ルクレツィアは、直感を信じ、室内にいる衛生兵や怪我人に、室内からの退避を促す。
衛生兵たちは渋ったが、「元素騎士としての命令!」と、結局全員、無理矢理室内から追い出した。
兄には喋ってしまったが、状況は、なるべく伏せるに越したことは無い。
頭が、声が……と、モルガがごろごろと寝台の上を転がる。
涙がこぼれる見開かれた瞳の色が、赤から紫、そして赤にと、落ち着く間もなく変わってゆく。
長いままの髪の毛が、徐々に根元から、白銀色に染まっていった。
(マズイ……)
再び、シャダイ・エル・カイが、表に出てしまう……。
モルガをつかもうと、ルクレツィア左手を伸ばした。しかし。
「ッ!」
まるで、石が砕け、崩れて砂になるように。
モルガに触れたルクレツィアの左手の中指と薬指が、サラサラと崩れて無くなった。
ルクレツィアに、不思議と痛みはない。けれど、それを見て動揺したのは、モルガの方だった。
モルガが絶叫し、着ていた病衣がはじけ飛んだ。
背中から、大きな三対六枚の翼が広がり、末梢から徐々に、金の鱗が浮かんでゆく。
ルクレツィアは迷うことなく、左手でモルガのまだら状態の髪をひと房掴み、そして力いっぱい引っ張った。
「私の声を聴けッ! モルガナイトッ!」
パァンッ……と、髪を掴んだルクレツィアの左手が──肘から下が、砕けて崩れる。
赤い目を見開いて、モルガが固まった。
「私は大丈夫! 大丈夫だ! だから……」
ルクレツィアは、つとめてやさしく、それでいて力強く、モルガに囁く。
「頼む、少し、冷静になってくれ……」
はらはらと、白銀色の羽が舞う。
彼の目からも、大量の涙がこぼれる。
それでも。
「ワシの、せいじゃ……」
「違う」
鱗は剥がれ、髪の色も、目の色も、深い茶色に赤い色。
ルクレツィアは、右手で彼を抱き寄せ、そして、泣きじゃくる彼の背中を撫で、子どもをあやすように、ポン、ポンと、ゆっくりと叩く。
「ワシの、せいで……たくさん、人が死んでしもうた……」
「戦争だから、仕方ない」
ポン、ポン ポン、ポン
「ワシが、もっと上手く、精霊機に乗れとったら……」
「ぺーぺーの初心者に、そんな事されてみろ。長年乗ってる、我ら騎士の立つ瀬がないわ」
ポン、ポン ポン、ポン
「ルツィの、腕も……」
「……それは今後、たっぷり責任取ってもらうから、大丈夫だ」
「……」
もう、言いたいことは無いか? ルクレツィアの言葉に、モルガは首を、小さく横に振った。
「なんだ?」
「……ありがと、の」
本当に、ありがとう。と、モルガは言った。
「ワシを、呼んでくれて」
◆◇◆
『私のせい』と、ミカは言った。
けれど、あの時、モルガをハデスに乗せる選択をしたのは、紛れもなく自分だ。
いや、違う。
そもそもあの時、大通りで、自分が声をかけなければ。
彼は間違いなく、別の道を、歩んでいたのだ。
……だから。
きっとこれは、ルクレツィアの、罪なのだろう。
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