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眠る地の騎士と風の神の受難編
第三十二章 神の意思
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「暇そうで良いわね。アンタ」
昨晩弟に会えたせいか、機嫌よさげに地下神殿の空中を飛び回るアックスを、ジトッとステラが見上げた。
「別に暇じゃないぞ。差し迫って、やることがないだけじゃ」
それを、世間一般では「暇」と言うのよ……と、ステラが大袈裟にため息を吐く。
「それで、こんな早くから、何か用かのぉ?」
ふわり……と、ステラの目の前に降りてきた。
時間からして、朝の会議が終わった直後──といったところだろうか。
皇帝には気まずくて、あれから会いには行っていない。
アックスの勘が当たったか、やや、ステラは口ごもる。
「後で正式に呼び出しがあると思うけど、アンタの初陣、たぶん決まったから」
「ほうか」
兄とは、正反対……。
喜びも拒絶もしない──全てを受け入れ、そのまま流されているようなアックスの言葉に、ステラは一瞬、虚をつかれた。
「……驚かないのね」
「別に今更、驚きはないのぉ」
……で、どこじゃ?
戦場をきかれていることに、一瞬、ステラは気がつかなかった。
「……メタリア」
ふーん。と、やはり、特に感慨深いとかそんな様子もなく、淡々とした反応に、何故かステラは、イラッと感じた。
「ちょっと!」
長い金髪を、おもいっきり引っ張られ、アックスは「ぎゃッ」と、悲鳴に近い声をあげた。
たくさんある目のいくつかに、じんわりと涙がにじんでいる。
「なんじゃあッ!」
「なんで平気なのよッ!」
はぁ? 意味が解らないと、アックスがステラを睨む。
「………………ゴメン。その……なんかムカついたから」
「なんじゃその理屈は……」
頭を押さえながら、アックスは怒っているような、呆れているような……それでもわずかな、微妙な表情で、背の低いステラを見下ろす。
「……何でもない」
首をぷるぷると振って、ステラは回れ右して、地下神殿を出て行った。
好きなモノ絡みの事象に対しては、表情豊かにくいつく癖に。
至極どうでもいいモノに対しては、まるで無関心。
昔の自分を見ているみたいで、腹が立った。
◆◇◆
「メタリアからの、緊急の援軍要請が入った」
「うむ、そういうわけで、出撃命令を下す」
チェーザレの言葉に、皇帝はうなずいた。
ユーディンは相変わらず修羅のまま。妙に晴れやかな皇帝の表情に、ルクレツィアは、嫌ぁーな予感しかしない。
「今回は、余の初陣である。二十にもなって初陣というのも、少し恥ずかしいものがあるが……まぁ、余は体が弱い故な。許せ」
「どの口が……ゴホン。僭越ですが、陛下。軍の再編と風宮軍の編成、間に合ってませんからね」
くれぐれも無茶しないでください。と、兄が一応、釘を刺す。
「というわけで守護神。ちゃんとお守をしろ。十中八九、途中で無茶し始めるから、その場合は速やかに、絶対に止めろ」
「ウィッス」
小声でボソリとチェーザレが言うと、姿の見えないアックスの声が、やはり小声で返ってきた。
「今回は二手に分かれることなく、一国に集中できる。故に……チェーザレ。貴様はこの国に残れ。あとは余について来……」
「た、大変です!」
急に駆け込んでくる兵に、「何事か!」と、チェーザレが声を上げた。
「も、申し上げます! 地下神殿の繭が……」
「孵ったかッ!」
思わず姿を現したアックスに、兵が「ひぃッ!」と、悲鳴をあげた。
「あ、やべ……」
アックスはもう一度姿を消す。が、時すでに遅し。
「落ち着いてくださいまし」
「今の羽目達磨の事は気にするな。それで、ヘルメガータがどうした」
錯乱した兵を、サフィニアがなだめ、ユーディンはが改めて問いただし、なんとか、兵は声を絞り出した。
「そ、その、繭が腐りました」
◆◇◆
ものすごい異臭に、一同、顔をしかめた。
どろどろとした茶色の液体が、崩れた繭から染み出し、床一面に広がる。
「何者だ!」
ユーディンが袖で鼻を押さえながら、繭の正面に立つ人影に叫ぶ。
頭の上から下まで布に包まれ、男か、女か、若者か、老人か……見た目だけでは、判別できない。
『あれは……』
ミカが顔面蒼白で震える。
(誰だ?)
ルクレツィアが小声でミカに問う。
しかし、代わりにアックスが叫んだ。
「ダァト! なんでお前が此処におる!」
「お前は……エヘイエー……か」
声は老婆のような……高すぎも低すぎもしない、しわがれた──けれども、威厳と威圧のある声。
「我は、シャダイ・エル・カイの要請により参上した」
そう言うと、ダァトの頭上に、丸い球体が現れる。
「モルガッ!」
ルクレツィアが思わず飛び出した。しかし、兄とアックスに腕を掴まれ、不用意に近づくなと、チェーザレに床に押さえつけられた。
液体で満たされた球体の中のモルガは、膝を抱えるような姿勢で、眠ったように動かない。しかし、全身真っ黒に染まったままで、さらにアィーアツブス化が進んでいるのか、下半身は大蛇のように、太い一本の尾となっている。
「シャダイ・エル・カイの、要請……じゃと?」
「いかにも。我は、『初期化』の要請を受け、此処に参じた」
なんじゃとッ! と、アックスが飛び出し、ダァトにつかみかかるように叫んだ。
「そがぁな事したら、モルガの記憶どころか、ヘルメガータの千年以上蓄積された経験も記憶も、全て消えてしまう!」
「故に、その願いは、我が却下した」
ダァトの言葉に、アックスがほっと、胸を撫でおろす。
「しかし、現状、ヘルメガータとシャダイ・エル・カイが、任務続行不可能なレベルで損傷し、これ以上、自力での回復が不可能な状況であることも事実」
まったく……と、呆れた口調でダァトはため息を吐いた。
「何をどうすれば、「自分を殺そうとした自分を殺す」などという、よくわからないバグが、その身に刻み込まれるのだ……」
まるで、己を喰らう蛇ではないか……。
「故に、ヘルメガータとシャダイ・エル・カイは、『創造主の再臨』のその時まで凍結。神の真意たる、我の管理とする」
「それは困るな」
突然、ユーディンがダァトに斬りかかった。
「精霊機だの神だの知ったことではないが、その肉体は余の民のものだッ!」
しかし、ダァトに当たる前に、見えない壁のようなモノに弾かれ、勢いよく吹き飛ばされる。
「ああもう! ホントに、血の気が多い陛下じゃのぉッ!」
地面に叩きつけられる直前、空中で間一髪、アックスが受け止めた。
ユーディンは小さく舌打ちすると、悔しそうに、ギリっと奥歯を噛みしめる。
「アイツは、なんだ」
イライラをアックスにぶつけ、ユーディンは怒鳴った。
「さっき自分で言ってたけど、『神の真意』──簡単に言うなら、『中立』とか『審判長』と、いったところか……」
「審判?」
何の、だ……。忌々しげに問うユーディンに、アックスはどう言っていいものか……一瞬言葉に詰まる。
悩んだ末に、ぽつり、ぽつりと言葉を選びながら、アックスは答えた。
「……精霊機を作った創造主が、再びこの世界に再臨したとき、人類全てを生かすべきか滅すべきか。そういう審判じゃ」
それは、正しくない。と、ダァトが割って入る。
「我はあくまでも中立。公平に行われるべき審判を見定める者。直接選ぶ権限を持つのは、七機の精霊機に宿る神。故に、精霊機とその神は、創造主が再臨される際に、 存在してもらわないと困るのだ」
フッと、崩れかけた繭と、地下神殿を汚す液体……そして、モルガの姿が消えた。
「ヘルメガータと、シャダイ・エル・カイの回収、完了」
「ダァトッ!」
怒りの剣幕で、アックスがダァトに掴みかかった。ユーディンのように壁で阻害されることは無かったが、吹き飛ばされ、ユーディンに激突する。
そのまま勢いで壁に衝突した二人は、揃って目を廻し、その場にバッタリと倒れた。
アレスフィードに回収されたのか、アックスの姿が薄まって消える。
「陛下!」
ユーディンに駆け寄り抱き起すチェーザレの側に、いつの間にかダァトは移動し、「しかし……」と、口を開く。
「正直、ヘルメガータとシャダイ・エル・カイは、想定外の事。……もし、不服あるならば……我の試練を、受けるならば……」
『最果ての岬』の、我の神殿まで、来られたし……。
昨晩弟に会えたせいか、機嫌よさげに地下神殿の空中を飛び回るアックスを、ジトッとステラが見上げた。
「別に暇じゃないぞ。差し迫って、やることがないだけじゃ」
それを、世間一般では「暇」と言うのよ……と、ステラが大袈裟にため息を吐く。
「それで、こんな早くから、何か用かのぉ?」
ふわり……と、ステラの目の前に降りてきた。
時間からして、朝の会議が終わった直後──といったところだろうか。
皇帝には気まずくて、あれから会いには行っていない。
アックスの勘が当たったか、やや、ステラは口ごもる。
「後で正式に呼び出しがあると思うけど、アンタの初陣、たぶん決まったから」
「ほうか」
兄とは、正反対……。
喜びも拒絶もしない──全てを受け入れ、そのまま流されているようなアックスの言葉に、ステラは一瞬、虚をつかれた。
「……驚かないのね」
「別に今更、驚きはないのぉ」
……で、どこじゃ?
戦場をきかれていることに、一瞬、ステラは気がつかなかった。
「……メタリア」
ふーん。と、やはり、特に感慨深いとかそんな様子もなく、淡々とした反応に、何故かステラは、イラッと感じた。
「ちょっと!」
長い金髪を、おもいっきり引っ張られ、アックスは「ぎゃッ」と、悲鳴に近い声をあげた。
たくさんある目のいくつかに、じんわりと涙がにじんでいる。
「なんじゃあッ!」
「なんで平気なのよッ!」
はぁ? 意味が解らないと、アックスがステラを睨む。
「………………ゴメン。その……なんかムカついたから」
「なんじゃその理屈は……」
頭を押さえながら、アックスは怒っているような、呆れているような……それでもわずかな、微妙な表情で、背の低いステラを見下ろす。
「……何でもない」
首をぷるぷると振って、ステラは回れ右して、地下神殿を出て行った。
好きなモノ絡みの事象に対しては、表情豊かにくいつく癖に。
至極どうでもいいモノに対しては、まるで無関心。
昔の自分を見ているみたいで、腹が立った。
◆◇◆
「メタリアからの、緊急の援軍要請が入った」
「うむ、そういうわけで、出撃命令を下す」
チェーザレの言葉に、皇帝はうなずいた。
ユーディンは相変わらず修羅のまま。妙に晴れやかな皇帝の表情に、ルクレツィアは、嫌ぁーな予感しかしない。
「今回は、余の初陣である。二十にもなって初陣というのも、少し恥ずかしいものがあるが……まぁ、余は体が弱い故な。許せ」
「どの口が……ゴホン。僭越ですが、陛下。軍の再編と風宮軍の編成、間に合ってませんからね」
くれぐれも無茶しないでください。と、兄が一応、釘を刺す。
「というわけで守護神。ちゃんとお守をしろ。十中八九、途中で無茶し始めるから、その場合は速やかに、絶対に止めろ」
「ウィッス」
小声でボソリとチェーザレが言うと、姿の見えないアックスの声が、やはり小声で返ってきた。
「今回は二手に分かれることなく、一国に集中できる。故に……チェーザレ。貴様はこの国に残れ。あとは余について来……」
「た、大変です!」
急に駆け込んでくる兵に、「何事か!」と、チェーザレが声を上げた。
「も、申し上げます! 地下神殿の繭が……」
「孵ったかッ!」
思わず姿を現したアックスに、兵が「ひぃッ!」と、悲鳴をあげた。
「あ、やべ……」
アックスはもう一度姿を消す。が、時すでに遅し。
「落ち着いてくださいまし」
「今の羽目達磨の事は気にするな。それで、ヘルメガータがどうした」
錯乱した兵を、サフィニアがなだめ、ユーディンはが改めて問いただし、なんとか、兵は声を絞り出した。
「そ、その、繭が腐りました」
◆◇◆
ものすごい異臭に、一同、顔をしかめた。
どろどろとした茶色の液体が、崩れた繭から染み出し、床一面に広がる。
「何者だ!」
ユーディンが袖で鼻を押さえながら、繭の正面に立つ人影に叫ぶ。
頭の上から下まで布に包まれ、男か、女か、若者か、老人か……見た目だけでは、判別できない。
『あれは……』
ミカが顔面蒼白で震える。
(誰だ?)
ルクレツィアが小声でミカに問う。
しかし、代わりにアックスが叫んだ。
「ダァト! なんでお前が此処におる!」
「お前は……エヘイエー……か」
声は老婆のような……高すぎも低すぎもしない、しわがれた──けれども、威厳と威圧のある声。
「我は、シャダイ・エル・カイの要請により参上した」
そう言うと、ダァトの頭上に、丸い球体が現れる。
「モルガッ!」
ルクレツィアが思わず飛び出した。しかし、兄とアックスに腕を掴まれ、不用意に近づくなと、チェーザレに床に押さえつけられた。
液体で満たされた球体の中のモルガは、膝を抱えるような姿勢で、眠ったように動かない。しかし、全身真っ黒に染まったままで、さらにアィーアツブス化が進んでいるのか、下半身は大蛇のように、太い一本の尾となっている。
「シャダイ・エル・カイの、要請……じゃと?」
「いかにも。我は、『初期化』の要請を受け、此処に参じた」
なんじゃとッ! と、アックスが飛び出し、ダァトにつかみかかるように叫んだ。
「そがぁな事したら、モルガの記憶どころか、ヘルメガータの千年以上蓄積された経験も記憶も、全て消えてしまう!」
「故に、その願いは、我が却下した」
ダァトの言葉に、アックスがほっと、胸を撫でおろす。
「しかし、現状、ヘルメガータとシャダイ・エル・カイが、任務続行不可能なレベルで損傷し、これ以上、自力での回復が不可能な状況であることも事実」
まったく……と、呆れた口調でダァトはため息を吐いた。
「何をどうすれば、「自分を殺そうとした自分を殺す」などという、よくわからないバグが、その身に刻み込まれるのだ……」
まるで、己を喰らう蛇ではないか……。
「故に、ヘルメガータとシャダイ・エル・カイは、『創造主の再臨』のその時まで凍結。神の真意たる、我の管理とする」
「それは困るな」
突然、ユーディンがダァトに斬りかかった。
「精霊機だの神だの知ったことではないが、その肉体は余の民のものだッ!」
しかし、ダァトに当たる前に、見えない壁のようなモノに弾かれ、勢いよく吹き飛ばされる。
「ああもう! ホントに、血の気が多い陛下じゃのぉッ!」
地面に叩きつけられる直前、空中で間一髪、アックスが受け止めた。
ユーディンは小さく舌打ちすると、悔しそうに、ギリっと奥歯を噛みしめる。
「アイツは、なんだ」
イライラをアックスにぶつけ、ユーディンは怒鳴った。
「さっき自分で言ってたけど、『神の真意』──簡単に言うなら、『中立』とか『審判長』と、いったところか……」
「審判?」
何の、だ……。忌々しげに問うユーディンに、アックスはどう言っていいものか……一瞬言葉に詰まる。
悩んだ末に、ぽつり、ぽつりと言葉を選びながら、アックスは答えた。
「……精霊機を作った創造主が、再びこの世界に再臨したとき、人類全てを生かすべきか滅すべきか。そういう審判じゃ」
それは、正しくない。と、ダァトが割って入る。
「我はあくまでも中立。公平に行われるべき審判を見定める者。直接選ぶ権限を持つのは、七機の精霊機に宿る神。故に、精霊機とその神は、創造主が再臨される際に、 存在してもらわないと困るのだ」
フッと、崩れかけた繭と、地下神殿を汚す液体……そして、モルガの姿が消えた。
「ヘルメガータと、シャダイ・エル・カイの回収、完了」
「ダァトッ!」
怒りの剣幕で、アックスがダァトに掴みかかった。ユーディンのように壁で阻害されることは無かったが、吹き飛ばされ、ユーディンに激突する。
そのまま勢いで壁に衝突した二人は、揃って目を廻し、その場にバッタリと倒れた。
アレスフィードに回収されたのか、アックスの姿が薄まって消える。
「陛下!」
ユーディンに駆け寄り抱き起すチェーザレの側に、いつの間にかダァトは移動し、「しかし……」と、口を開く。
「正直、ヘルメガータとシャダイ・エル・カイは、想定外の事。……もし、不服あるならば……我の試練を、受けるならば……」
『最果ての岬』の、我の神殿まで、来られたし……。
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