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激戦の砂漠編
第四十六章 土は土に 灰は灰に 塵は塵に
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暗闇の中、やや遠目に、チラチラと明かりが見える。
規模からして、小規模から中規模の簡易ドックが三艦。その中に、それぞれヴァイオレント・ドールが十機から十五機搭載されている──といったところだろうか。
味方の識別信号は出ておらず、友軍とも該当しない。
しかし。
ギードとしては、とりあえず相手が『味方』でなければ、それでいい。
暗闇に溶けるように飛ぶ、漆黒のVD。操者の好む戦術に合わせ、近接戦闘用にカスタマイズされたその機体が、脇から抱えあげるようにヘルメガータをぶら下げ、浮いていた。
ギードは、アリアートナディアルの戦いには謹慎中で出撃しておらず、あの時の戦闘を、直に目撃しているわけではなかった。
しかし、戦闘記録を閲覧し、現在のヘルメガータの特性を、ある程度予測はしている。
モルガが壊した簡易ドックのエンジンの損傷は、技師たちが徹夜で直して、日の出の頃には動くようになるだろう。
故に。それまでに。
「人の事を『ド三流』とか、でかい口叩いてくれたんだ」
なぁ……。赤い目を細め、ギードは呟いた。
そして、抱えていたヘルメガータを、赤い砂に草の生えた大地が混ざり始めた地面に、躊躇い無く落とす。
「しっかりオレに見せてくれよ。お前の、精霊機の扱い方ってヤツを……な」
◆◇◆
すぐに、一面は火の海になった。
地面から突如生えた、巨大な無数の岩の杭に貫かれたドック。
運よく爆発と延焼を免れ、艦から飛び出したVDも、次々と『眼球』の餌食となり、暗闇に赤い光線が輝く。
ギードの予感は、的中していた。
そう、現在のヘルメガータの特性。それは、無差別大量殺戮兵器。
「なんだよお前、識別信号の意味も解ってないのかよ!」
自身のエラトに近づく『眼球』を、楽しそうに笑いながら、ギードは打ち落とした。
「Soli ei soli……」
回線を開いたギードは、聴こえてきた音声に眉を顰める。
今回の戦場は電子戦用機の補助が無いため、通信の質が悪いのは元々承知の上だが、かすれてか細い、小さな声が、聴こえてきた。
「cinis ut cinis…… pulvis et pulvis……」
「あぁ? なんだって?」
「葬送の文言だ」
突然、別方向から通信が開かれ、現れた顔を見て、ギードは素っ頓狂な声をあげた。
「うわぁお……」
お早い到着で……。回線の向こうの皇帝は、眉間に深くシワを刻み、こめかみに青筋をひくつかせている。
炎の色の瞳が、怒りの色を宿し、ギードを睨みつけた。
背後を振り返ると、遠目に、白い精霊機と、赤い精霊機……。
「解るのですか?」
「ああ。Soli ei soli,cinis ut cinis,pulvis et pulvis……といったところか」
ステラの言葉に、もちろん……と、ユーディンが得意げに笑った。
完璧……ユーディンの背後で、アックスがヒュウッ──と、口笛を吹く。
「と、いうことだ。四等騎士・ザイン。何か申し開きをすることはあるか?」
「いやぁ。そりゃ、朝の哨戒任務ん時に、それっぽい艦影見かけて、黙ってたことは謝りますけどぉ……」
ポリポリとバツが悪そうに頬をかきながら……しかし、ギードの目は笑っておらず。
「そこ言うと、オレだって訊きたいことあるんですぜ。例えば、なんで陛下とガキが、精霊機に自然に一緒に乗ってるのか……とか」
「やっぱり此奴ッ!」
殺すッ!
アレスフィードの剣を抜き、ユーディンが振りかぶった。
しかし。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
機械音のような、甲高いモルガの悲鳴が響き、一同、耳を塞いだ。
バチバチとギードのエラトの関節から火花が散り、ぐらりと傾いで、空中でバランスを崩す。
「兄ちゃん!」
ユーディンがうなずくと、アックスがヘルメガータの心臓の座標をアレスフィードに固定した。
モルガは心臓の中央に座り込み、ぶるぶると震えていた。
瞳は赤いままだが、髪の毛が胸のあたりまで伸び、皮膚に黒い鱗が浮かぶ。
「アックス。モルガは任せたから、アレスの操縦権限をこっちに寄越せ!」
「了解! エノク! 陛下のサポートをせいッ!」
はいはい! と、ユーディンと同じ髪と瞳の色をした少年が、ユーディンにも見えるように現れ、ぴょんぴょんと心臓を飛び跳ねた。
「ったぁ……」
耐えきれず墜落したギードは、腰をぶつけてよろめきながら立ち上がる。
しかし、直感的に何か違和感を感じ、全天モニターを見回す。
そして。
「ほう……」
感心したようなギードの声に、ステラが今度は眉を顰めた。
そういえば、先ほどまで、ぶんぶんと飛び回っていたヘルメガータの『眼球』の姿が、影も形もない。
電子戦用機のように、高性能ではないが……前置きしながらステラはヘパイストの索敵範囲を広げ、「げッ」と、声をあげた。
「うっそぉ……」
「虎の尾を踏んだか……」
さすがのユーディンも視認し、やや、表情を硬くする。
目の前に広がる、無数のドックの灯と、ヘルメガータの『眼球』が放つ、赤い光線。
ヘルメガータが、ゆっくりと前進を開始した。
「おい、兄ちゃん……」
「まぁ、後ろには動けぬ我が本隊……退くわけにはいかぬよな……」
慌てるアックスに、つとめて冷静な声で、ユーディンが代わりに答えた。
「数はおおよそドック二百。VD数少なくとも二千! なんでまたよりによって唐突に、こんな大部隊に直撃するんですか!」
「メタリアに攻め込んだ勢いで、そのまま我が国に奇襲をかけるつもりで編成され、移動中の部隊……と、いったところだろう」
「なんかもう、日頃の運かのぉ……」
やけっぱちなステラに、冷静にユーディンが口を開き、ボソっとアックスが諦めたような返事を返した。
ステラにギロリと、アックスが睨まれたことはさておき。
「四等騎士・ザイン。とりあえず、貴公の処刑は後回しだ。我らが生きて帰った上に、それなりに役に立てば、多少は減刑してやらぬこともない!」
「責任取りなさいよ! このくそバカ四等騎士・ザイン!」
「へいへい! わかりましたよガキンチョども!」
ダメージチェックを終えたギードは、エラトの態勢を立て直して立ち上がる。
モルガの『声』で、一瞬おかしくなった機体のバランサーだが、この程度なら、なんとかいけるだろう。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
再度、モルガが叫んだ。
服が背中からはちきれて、三対六枚の漆黒の皮膜の翼が、大きく広がる。
下半身は大蛇のように、大きく長く伸びて、とぐろを巻いた。
「シャダイ・エル・カイの反転は、治ったのではなかったのか?」
「そのはずなんじゃが……いや……」
アックスが、ぎゅっと、拳を握った。
信じられない。信じたくない。
けれど。目の前にいるのは。
この、赤い瞳の、化物は。
「これは、シャダイ・エル・カイじゃない。兄ちゃんじゃ」
規模からして、小規模から中規模の簡易ドックが三艦。その中に、それぞれヴァイオレント・ドールが十機から十五機搭載されている──といったところだろうか。
味方の識別信号は出ておらず、友軍とも該当しない。
しかし。
ギードとしては、とりあえず相手が『味方』でなければ、それでいい。
暗闇に溶けるように飛ぶ、漆黒のVD。操者の好む戦術に合わせ、近接戦闘用にカスタマイズされたその機体が、脇から抱えあげるようにヘルメガータをぶら下げ、浮いていた。
ギードは、アリアートナディアルの戦いには謹慎中で出撃しておらず、あの時の戦闘を、直に目撃しているわけではなかった。
しかし、戦闘記録を閲覧し、現在のヘルメガータの特性を、ある程度予測はしている。
モルガが壊した簡易ドックのエンジンの損傷は、技師たちが徹夜で直して、日の出の頃には動くようになるだろう。
故に。それまでに。
「人の事を『ド三流』とか、でかい口叩いてくれたんだ」
なぁ……。赤い目を細め、ギードは呟いた。
そして、抱えていたヘルメガータを、赤い砂に草の生えた大地が混ざり始めた地面に、躊躇い無く落とす。
「しっかりオレに見せてくれよ。お前の、精霊機の扱い方ってヤツを……な」
◆◇◆
すぐに、一面は火の海になった。
地面から突如生えた、巨大な無数の岩の杭に貫かれたドック。
運よく爆発と延焼を免れ、艦から飛び出したVDも、次々と『眼球』の餌食となり、暗闇に赤い光線が輝く。
ギードの予感は、的中していた。
そう、現在のヘルメガータの特性。それは、無差別大量殺戮兵器。
「なんだよお前、識別信号の意味も解ってないのかよ!」
自身のエラトに近づく『眼球』を、楽しそうに笑いながら、ギードは打ち落とした。
「Soli ei soli……」
回線を開いたギードは、聴こえてきた音声に眉を顰める。
今回の戦場は電子戦用機の補助が無いため、通信の質が悪いのは元々承知の上だが、かすれてか細い、小さな声が、聴こえてきた。
「cinis ut cinis…… pulvis et pulvis……」
「あぁ? なんだって?」
「葬送の文言だ」
突然、別方向から通信が開かれ、現れた顔を見て、ギードは素っ頓狂な声をあげた。
「うわぁお……」
お早い到着で……。回線の向こうの皇帝は、眉間に深くシワを刻み、こめかみに青筋をひくつかせている。
炎の色の瞳が、怒りの色を宿し、ギードを睨みつけた。
背後を振り返ると、遠目に、白い精霊機と、赤い精霊機……。
「解るのですか?」
「ああ。Soli ei soli,cinis ut cinis,pulvis et pulvis……といったところか」
ステラの言葉に、もちろん……と、ユーディンが得意げに笑った。
完璧……ユーディンの背後で、アックスがヒュウッ──と、口笛を吹く。
「と、いうことだ。四等騎士・ザイン。何か申し開きをすることはあるか?」
「いやぁ。そりゃ、朝の哨戒任務ん時に、それっぽい艦影見かけて、黙ってたことは謝りますけどぉ……」
ポリポリとバツが悪そうに頬をかきながら……しかし、ギードの目は笑っておらず。
「そこ言うと、オレだって訊きたいことあるんですぜ。例えば、なんで陛下とガキが、精霊機に自然に一緒に乗ってるのか……とか」
「やっぱり此奴ッ!」
殺すッ!
アレスフィードの剣を抜き、ユーディンが振りかぶった。
しかし。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
機械音のような、甲高いモルガの悲鳴が響き、一同、耳を塞いだ。
バチバチとギードのエラトの関節から火花が散り、ぐらりと傾いで、空中でバランスを崩す。
「兄ちゃん!」
ユーディンがうなずくと、アックスがヘルメガータの心臓の座標をアレスフィードに固定した。
モルガは心臓の中央に座り込み、ぶるぶると震えていた。
瞳は赤いままだが、髪の毛が胸のあたりまで伸び、皮膚に黒い鱗が浮かぶ。
「アックス。モルガは任せたから、アレスの操縦権限をこっちに寄越せ!」
「了解! エノク! 陛下のサポートをせいッ!」
はいはい! と、ユーディンと同じ髪と瞳の色をした少年が、ユーディンにも見えるように現れ、ぴょんぴょんと心臓を飛び跳ねた。
「ったぁ……」
耐えきれず墜落したギードは、腰をぶつけてよろめきながら立ち上がる。
しかし、直感的に何か違和感を感じ、全天モニターを見回す。
そして。
「ほう……」
感心したようなギードの声に、ステラが今度は眉を顰めた。
そういえば、先ほどまで、ぶんぶんと飛び回っていたヘルメガータの『眼球』の姿が、影も形もない。
電子戦用機のように、高性能ではないが……前置きしながらステラはヘパイストの索敵範囲を広げ、「げッ」と、声をあげた。
「うっそぉ……」
「虎の尾を踏んだか……」
さすがのユーディンも視認し、やや、表情を硬くする。
目の前に広がる、無数のドックの灯と、ヘルメガータの『眼球』が放つ、赤い光線。
ヘルメガータが、ゆっくりと前進を開始した。
「おい、兄ちゃん……」
「まぁ、後ろには動けぬ我が本隊……退くわけにはいかぬよな……」
慌てるアックスに、つとめて冷静な声で、ユーディンが代わりに答えた。
「数はおおよそドック二百。VD数少なくとも二千! なんでまたよりによって唐突に、こんな大部隊に直撃するんですか!」
「メタリアに攻め込んだ勢いで、そのまま我が国に奇襲をかけるつもりで編成され、移動中の部隊……と、いったところだろう」
「なんかもう、日頃の運かのぉ……」
やけっぱちなステラに、冷静にユーディンが口を開き、ボソっとアックスが諦めたような返事を返した。
ステラにギロリと、アックスが睨まれたことはさておき。
「四等騎士・ザイン。とりあえず、貴公の処刑は後回しだ。我らが生きて帰った上に、それなりに役に立てば、多少は減刑してやらぬこともない!」
「責任取りなさいよ! このくそバカ四等騎士・ザイン!」
「へいへい! わかりましたよガキンチョども!」
ダメージチェックを終えたギードは、エラトの態勢を立て直して立ち上がる。
モルガの『声』で、一瞬おかしくなった機体のバランサーだが、この程度なら、なんとかいけるだろう。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
再度、モルガが叫んだ。
服が背中からはちきれて、三対六枚の漆黒の皮膜の翼が、大きく広がる。
下半身は大蛇のように、大きく長く伸びて、とぐろを巻いた。
「シャダイ・エル・カイの反転は、治ったのではなかったのか?」
「そのはずなんじゃが……いや……」
アックスが、ぎゅっと、拳を握った。
信じられない。信じたくない。
けれど。目の前にいるのは。
この、赤い瞳の、化物は。
「これは、シャダイ・エル・カイじゃない。兄ちゃんじゃ」
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