精霊機伝説

南雲遊火

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激戦の砂漠編

第四十七章 白い夢

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 真っ白の、何もない空間だった。

 ダァトの試練の時とは真逆の──しかし、天も地も無い、明るくて眩しい、何もない場所。

 ルクレツィアの視線の先に、ぼんやりと座り込む背中が見えた。

「こんな所で、何をしている?」
「さぁて……のぉ」

 口調からして、カイではなくモルガだろう。赤い目を細め、ルクレツィアを眩しそうに見上げる。

 ルクレツィアは腰を屈め、モルガの隣に座った。

「のぉ。ルツィ」

 特に、彼に改まった様子はない。
 まるで、世間話でもするかのような砕けた口調で。

「……結婚、するか」
「はぁ?」

 突然の言葉に、思わずルクレツィアは、素っ頓狂な声を上げた。

「なッ……お前は! まったく! 実に・・! 順序が・・・! あべこべ・・・・だ!」

 そもそも、告白されていない! と、顔を真っ赤にしつつ、怒り出したルクレツィアに、モルガは「そうじゃったかのぉ……」と、自分の腕を組んだ。

 まるで、自分の中では、毎日愛の言葉を囁いていた……とでも、言いたげな態度。

「じゃぁ。好きじゃ。ルツィ」
じゃぁ・・・ってなんだ! 『じゃぁ』って!」

 さらに怒りの燃料投下している自覚もなく、怒るルクレツィアを、困ったように笑いながらモルガは抱きしめた。

「本当に、どうしたんだ……お前……」

 元々、愚直なほど素直で正直な性格であることを認識してはいるが、そこを抜きにしても、なんだか妙に、大胆で。

 そもそも、お前は……。

「おい……」

 ぞくり──急に不安がどっと押し寄せ、ルクレツィアは、モルガを見上げる。

「どした?」
「……いや、なんでもない」

 毒気の無いモルガの顔に、どうか、この不安が杞憂であるよう、ルクレツィアは心の中で祈る。

「んー、じゃぁ、ルツィはワシの事、どう思っとるんじゃ?」

 ルクレツィアの心情など、気づいた様子もなく。

「ルツィは、ワシの事が、嫌いなんか?」

 モルガは、まるで怒られた子犬のように、しゅんと肩をおとす。

「……きだ」

 思わず反射的に──けれども、恥ずかしさで声が震え、掠れた。

「好きだ。愛してる」

 ルクレツィアの言葉に、モルガの腕に、力が入る。

「ほんまかッ! やった。両想いじゃ!」

 満面の笑顔のモルガ。しかし。

最期に・・・それが聴けて・・・・・・ワシゃー・・・・満足じゃ・・・・

 まるで、ルクレツィア自分の左腕のように。

 モルガの姿が白い岩の塊となり、砂となって、崩れて、溶けるように消えた。


  ◆◇◆


「AaAaaAaAaAaaAaaAaaAaAaAaAaaAaaaAaAaAaAaAaAaaaaa!」

 悲鳴のごときモルガの声に合わせ、至る場所で大爆発が起こる。

 まだ夜明けまで遠い時刻。
 警戒しようにも暗闇の中、まるで地雷のように地面から突然、岩の杭や棘が飛び出して、ドックがいくつも串刺しになった。

「すご……」

 ステラがあっけにとられ、言葉を失う。
 しかし。

「まだだ!」

 飛んでくる『眼球』をはたき落としながら、ギードが叫んだ。

「目標がでかいかドックだから、今んトコはなんとかなっているが──コイツ、アリアートナディアルの時に比べて命中力がまるでなっちゃない・・・・・・・・・

 さらに言うなら──ギードの読んだ報告書には、ヘルメガータによる、味方への被害・・・・・・は、ゼロ……となっていた。
 しかし。

『眼球』も杭も、アレイオラにはもちろん、アレスフィードやヘパイスト、エラトに向かって、無差別・・・に襲い掛かる。

 火柱の上がるドックの中から、無数のずんぐりとした機影が、炎に照らされ浮かび上がった。

「たぶん、あんときは、ハデスヘルルクレツィアのねーちゃんがおったから」

 この中のメンバーで、唯一直に目撃した、アレスフィードエヘイエーの記憶──もっとも、あの時はアレイオラ側だったが──から、アックスが口を開く。

「部下たち、置いて来て正解だったな……四機だけなら当たったら・・・・・各自自己責任・・・・・・で済むが、奴らが居たら、巻き添え喰って、今頃大惨事だ……」
「諸悪の根源が、本当に何を言うか……」

 例によって自分の行動を棚上げするギードに、怒りを抑えて震えながらユーディンが睨む。
 ステラも口を尖らせてブーブーと文句をたれた。

「そのせいで、四機・・二千機・・・とか、ワケのわかんない事態になってんですけどぉー!」

 でも……炎を模した大きな剣を構え、ステラはニヤリと笑う。

「こんなに爆発してたら、炎属性へパちゃんの本領発揮って感じ!」

 ぼうッ……と、剣が炎を纏う。
 絶望的な状況であるはずなのに、この場に居る者全員、「負ける」といった気持ちは無い。

「そこの阿呆の言葉を借りることになり実に腹立たしいが、当たったら・・・・・自己責任・・・・だ! ヘルメガータの援護攻撃・・・・は、死ぬ気で避けまくれ! ヘルメガータが討ち洩らしたVDを、各機殲滅せよ!」

 言葉と同時に、アレスフィードが素早く動き、一気にVDを五機、バラバラに切り伏せた。

「モル君がお膳立てしてくれた、最高の舞台ですもの! へパちゃん! テンションアゲていくわよ!」

 ステラの言葉と同時、地上の火力があがり、一面が明るく照らされる。
 
 そして、手に持つ剣も、ヘパイストの何倍もの大きさに伸びた。

 本当に、味方への被害を・・・・・・・気にしなくていい・・・・・・・・っていうのは、精霊機の操者としてありがたい。

「モル君みたいに広範囲・・・ってワケにはいかないけど、全力でいっくよー!」

 ヘパイストの巨大な炎の剣が、地上の炎を割った。同時に、その炎の中から、甲高い産声を上げながら飛び出す、一対の巨大な炎の鳥・・・たち。

「カンショウ! バクヤ! レディッ!」

 ゴーッ! ステラの言葉とともに、二羽の鳥は、VD敵機を呑み込んで戦場を駆け抜けた。


  ◆◇◆


 妙な夢を見たせいか、ルクレツィアは眠れず、ドックの中を目的もなく歩き回った。

 無人の食堂に差し掛かり、水を一杯飲んで、小さくため息を吐く。

 ふと、隣の部屋から、チロチロと小さな明かりが漏れていることに気がつき、ルクレツィアはそちらに向かった。

 ドアに向かって背を向けて、一人の男が、鼻歌交じりに、ゴソゴソと何かをしている。

「何を、している?」
「ほあぁッ!」

 慌てすぎて、椅子から転げ落ちる男。机の上には、数枚の紙──。

「……上手いな」

 描かれているのは、デメテリウス。エラト。そして……。

「これ……」
「……美人でしょ? オレの婚約者なんです」

 顔を真っ赤にして照れながら──しかし、相手が元素騎士ルクレツィア故に、強く出れずに困ったような顔をしながら、男がそそくさと、紙を回収する。

「モリオン殿……」
「アレ? 彼女を知っているのですか?」

 モリオンの名前を出した途端、パァっと男の表情が明るくなった。
 人の好さそうな明るい茶色の目を細め、金色にも見える色素の薄い茶色の癖のある髪が、ひょこひょこと揺れる。

 ルクレツィアの左腕を見て、「あぁ……」と納得したようで、男は頷いた。

「貴公、もしかして……」
「はい。緑宮軍アルヘナ隊の、デカルト=ガレフィスと申します。はじめまして。三等騎士リイヤ・オブシディアン」

 どうぞ、お見知りおきを。と、デカルトはにっこりと笑った。
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