精霊機伝説

南雲遊火

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歯車狂いの夫婦編

第五十八章 賜死の毒

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「これは陛下。ようこそおいでくださいました」

 メタリアの重臣に連れられ、サフィニアの前に現れた、フェリンランシャオの皇帝。

 出迎え、恭しく跪いたサフィニアに、ユーディンは表情無く口を開いた。

「よく、似合ってるよ。サフィニア」
「え? あ……ありがとう、ございます」

 サフィニアが今、身に纏っているのは、緑の元素騎士の制服ではなく、此処、メタリアの民族衣装。
 しかしながら、ユーディンの言葉──そして言動に、ふと、サフィニアは違和感を覚えた。

 サフィニアを信頼し、裏切ったことなどまったくもって気づいていないのか、供の者は一人もおらず、一人で・・・この場に・・・・現れた・・・、軽率な行動。

 ラング・オブシディアンチェーザレが、この場に居ないから……?

 ──いいえ。だったら、なおさら……サフィニアの声が、振るえて掠れた。

「陛下。供の者は、いかがされましたか?」

 女性恐怖症であるはずのユーディンが、サフィニアの前この場に一人で現れたことの、説明が、つかない。

「うーん、やっぱり、ボク程度・・・・の浅はかな考えじゃ、君を騙そうなんて、夢のまた夢かもしれない」

 サフィニアの表情で察したか、ユーディンは肩をすくめた。

「騙す……?」
「単刀直入に。ラング……いや、サフィニア=ビリジャン。君の裏切りは露見している」

 サフィニアをのぞいた、メタリアの臣下たちが一気にざわめく。
 それに呼応したか、隣接した部屋から、武装したメタリア兵が、なだれ込んできた。

「──その割には、随分と冷静であると、お見受けいたしますわ」

 裏切りを知りながらも、単独でここにやってきた、皇帝。
 サフィニアは、腰の剣に手をかけて、キッと鋭い視線をユーディンに向けた。

「冷静? ボクが? ……ううん。そんなことはないよ」

 対するユーディンも、両手に持つ杖の鞘を、同時に落とすように抜く。

 そして、一気にサフィニアに向かって間合いを詰めたが、サフィニアを守るよう、兵士が間に立ちふさがった。

Per choros炎の精霊よ spirituum flamma我が声に合わせて踊れ!」

 ユーディンの声に応じて、部屋中の明かりの勢いが、急激に強まった。
 その炎は床や壁を焦がすことはなかったが、ユーディンの周囲に勢いを強めたまま集まり、熱気を受けた兵は、思わず後ろに後ずさる。

 驚き、慌てふためく兵に、ユーディンはそのまま次々と斬りかかり、また、炎の塊をぶつけ、サフィニアへの距離を、徐々に詰めてゆく。

「なッ……」

 一体、これは何なのか──理解できないサフィニアは、一瞬呆然と目を見開いていたが、慌てて剣を抜き、ユーディンの重い剣戟を受けた。

「サフィニア……ボクはね。これまでで……そう、母上が死んだとき・・・・・よりも」

 炎の色の瞳が、冷たくサフィニアをめつける。

「今までで一番、怒っている・・・・・んだ」


  ◆◇◆


 ソルの言葉に、ユーディンは目を細めた。

「サフィニアの代わりに、死ぬつもり?」

 身内の助命嘆願の為、臣下が主に毒を求める……つまり賜死ししを求めることは、これまで、長き歴史の中において、よくある事ではある。

「正直ボクとしては、技師としての君の腕の方が、隣国との同盟の証サフィニアより、よほど価値があると思ってるんだけれど……」
「お言葉ですが……オレが技師を志したのは、国の為では決してなく、全ては・・・彼女の為・・・・であります」

 言うねぇ……と、ユーディンは苦笑を浮かべた。
 ここまではっきり断言してしまえば、場合によっては不敬罪にも問えるレベルだ。

弟子モルガや、君を慕う、第五整備班の者たちは?」
「それは……確かに、少し心配・・ではありますが」

 痛いところを突いてくる皇帝に、「でも」と、ソルは首を横に振った。

「オレがいなくとも、彼らはきっと、なるようになる・・・・・・・でしょう」
「……決意、堅いんだね」

 ユーディンが、諦めたように、ため息を吐いた。


  ◆◇◆


 壁や床──そして帷幕や絨毯等の燃えやすい調度品に至るまで無傷なのに、部屋の中の人間の約半分が黒焦げになるまで焼かれ、また、残りのほぼ半分が、ユーディンの剣の錆となった、異様な状況。

「ねえ。サフィニア。ボクに、精霊の加護が無いことは、知っているでしょう?」

 ギラギラと輝く、炎色の瞳。
 ジリッとユーディンが近づくたびに、サフィニアやメタリアの重臣たちが後ずさる。

「精霊が加護を与えないのは、嫌う相手の他に、『恐れ敬う』相手なんだって」

 ユーディンの突然の言葉に、「一体、何の話だ」とサフィニアは怪訝な表情を浮かべる。

「モルガが地の神シャダイ・エル・カイの器となったように、ボクは、破壊神・・・の、『器』なんだって」

 実際のところ、ダァトは「極めて近いが、条件が合わず、破壊神の器にはなれない」と言っていた。

 しかし、あの場には誰もおらず、これは、チェーザレですら、知らない話。

 ユーディンお得意、即興の出鱈目ハッタリではあるが、知らない者にとって、効果は絶大だった。

 怖れ慄き、悲鳴をあげるメタリアの重臣たちを、ユーディンは足元から一気に焼く。

 一人残されたサフィニアはというと、一気に戦意を喪失したのか、震えながら、その場にぺったりと座り込んだ。

「でも、君は殺さない。いや、正確には、殺せない・・・・。裏切者には死を……ってところだけど、君の代わりに死んだ・・・人間がいるから」
「え……」

 サフィニアが、蒼白の顔をあげた。

「だって、あの人は……あの方・・・は……」

 フェリンランシャオにとって、必要な人間・・・・・であるはず……。

わたくしが裏切っても、あの方にはそれを上回る需要必要とされる場所が、あるではないですか!」

 ただ、離縁して……私を忘れれば、良いだけの話で……。
 だからこそ、あの方ソルに危険は無いと、判断した・・・・のに………。

「毒を欲したから、此処に来る前に与えた。今頃、ドックの部屋で、死んでるんじゃない?」

 まるで──既に興味を失ったように、淡々としたユーディンの言葉を最後まで聞くことなく、サフィニアは駆け出し、部屋を出ていく。

 行く先は、もちろん──。

(……やり過ぎだ。大馬鹿者)

 ユーディンの頭の中に、修羅もう一人のユーディンの声が響く。

 改めて、自分がしでかした部屋の惨状を見回して、ユーディンは困ったように小さく息を吐き、そして、肩をすくめた。

「君にだけは、言われたくないなぁ」
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