精霊機伝説

南雲遊火

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メタリアのおわり編

第六十九章  Nuptialem

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 メタリア皇帝ジェダイ戦死から、ユーディンたち──否、サフィニアが援軍に駆けつけるまでの間、メタリアの宮殿は、言うまでも無く混乱した。

 フェリンランシャオを頼り、援軍が到着するまで耐えようと進言する者、そして、早々に諦め、アレイオラに寝返ることを進言する者に別れるまで、そんなに時間はかからず──。 

 サフィニアが到着したときには、宮殿内はほぼアレイオラ軍に制圧されており、アレイオラ側へついた者たちにより、親フェリンランシャオ派の家臣たちは捕らえられ、地下牢へと送られた。
 ──中には、処刑された者もいたという。

 牢から解放された親フェリンランシャオ派の重臣であるその男は、いまだ寝台の上のユーディンに、深々と首を垂れた。
 そして、ユーディンに無礼を詫び、「粛々と滅びを受け入れ、フェリンランシャオに併合されることを望む」と、申し出た。

「先先帝の第一皇女であるサフィニアは生きているし、彼女や、彼女のお腹の子を、ボクが後ろ盾となって、皇帝にすることもできるけれど……」

 ユーディンの申し出を、男は首を横に振って断る。

「あなた様の後ろ盾を持ったとしても、この国は、再度アレイオラに攻め込まれた際、単独で耐えうる力が既に無い。それに、皇太后様と皇后様、ビクス皇女、姫様方が、敵国へ連れて往かれた現状、そしてあの方々を即位させる事を口実に、アレイオラが我が国の所有権を主張し、乗っ取る可能性も否定できない」

 ──ならば。

「それよりも前に、我らが意思・・にて、貴方様を主とし、誠心誠意お仕えする。それが、生き残った我らの総意です。そして、なにより……」

 男は、ため息とともに、言葉を吐いた。

「サフィニア皇女は、フェリンランシャオに嫁いだ身の上で、フェリンランシャオ皇帝陛下に対して「謀反」という、大罪を犯された。それに対して、地震の際、陛下の臣が、アレイオラとの戦闘より優先して、我らがメタリアの民を助けてくださったと聞きました」

 ──大罪人と、慈悲深き皇帝陛下──。

は一体、どちらを、「主」と認めるでしょう?」


  ◆◇◆


 困った……と、人払いをし、一人になったユーディンは、小さくため息を吐いた。

(いや、ホントに有能だよ……彼……)

 デカルト=ガレフィス。
 二人の熱い様子を見るまでユーディンは気がつかなかったが、母上モリオンの婚約者。

「君たちは表向きは『反乱軍』として、メタリア国内を逃げ回る。だが、実際は遊撃隊・・・として、この国の情報を探り、できる事なら、アレイオラ軍の戦力を削って欲しい」

 確かにそう指示を与えたが、デカルトは彼なりに解釈を加え、ユーディンの指示通りの事をこなしながら、混乱する人心を、真心・・という武器で味方につけた。 

 ちくり──と、先ほど同様、何故かユーディンの胸が痛む。
 この感情の名が『嫉妬』だと、純粋な彼は、まだ知らない。

(さて、どうしよう……)

 実のところ、サフィニアの処遇については、ユーディン自身、さほど気にしていなかった。
 現在、彼女はメタリア城の尖塔の上、貴人用の牢へ閉じこめられている。

 死者もかなり出ているし、彼女のしでかしたことを考えれば、「無条件で何も無し」というわけには、もちろんいかないだろう。
 彼女に対して、いずれ処断を下す。

 ──が。

(問題は、ソルなんだよね……)

 彼女の代わりに罪をかぶり、毒をあおった夫。
 仕えるべき君主より、妻を選んだ男。
 
 アィーアツブスモルガが助けてしまったことで有耶無耶にはなってしまったが──彼の希望をかなえ、毒を与えたことで、彼も有罪・・であると、ユーディンが公言してしまったようなものだった。

 ユーディンが負傷後、一次的に復帰して整備班の指揮をとっていたようではあるが、ユーディンの意識が回復したということで、あのチェーザレとの通信以降、今は誰にも会うことなく、自発的軟禁生活を送っている。

 はぁ……と、ユーディンは頭をかかえた。
 できることなら、ソルだけでも、なんとか助けたい。

 ユーディンが得意な嘘とハッタリでも、さすがに今回は、誤魔化すのは無理だ。
 意識が無い七日の間に、サフィニアの事も、ソルの事も、話が下部兵士にまで広まってしまっている。

(話をそらすには……上書き……衝撃的な話題……ナナメ上いって、Y軸Z軸方向に30度ずつ下がる……)

 うーん……と、ユーディンは考え込む。
 ごろりと寝台に横になり、うつらうつらとしながら考えて──。

「!」

 これ以上も無い妙案が思いつき、がばりと起き上がった。


  ◆◇◆


「確かに、「目のやり場に困る」とか、「なんとかしてくれ」と、苦情が入っていたが……」

 いやはや何とも……と、ニヤニヤと口の端をあげて笑う兄に、とほほ……と、ルクレツィアは肩を落とす。

「その背中のひっつきもっつき・・・・・・・・は、一体どういう理由ワケだ。ルクレツィア」
「その、どうも、私といる方が、だとのことで……」

 さすがに、キス・・の話は、内緒にしておこう……と、ルクレツィアは、兄相手にどれだけ誤魔化せるかと、ごくりと唾を呑み込む。

 モルガは、ルクレツィアをぎゅっと抱きしめる形で、彼女の背後に立っていた。
 彼女にぴったりともたれかかり、気持ちよさそうに、うっとりと赤い目を細める。

此処・・は、が強すぎて、だんだん、自分モルガが、わからなくなる・・・・・・・

 以前に比べると、随分と通じる言葉が増えて理解しやすくはなったが、それでも、モルガの言葉は、解釈が難しい。

「声、とは?」
「引きずられるのだと思います。人間の、感情に」

 つい先日までの激戦では、邪神アィーアツブスは周囲に敵意と混乱の気配が近づき、強まるほど、比例するように興奮し、暴れまわった。
 現在は随分と落ち着いてきたが、それでも、最前線であることは変わりなく、相手方の皇太子が死んだとはいえ、まだ安心はできる要素は少ない。

 はぁ──と、チェーザレがため息を吐いた。

「こんな調子では、しばらく結婚式・・・は、無理だな……」
「んなッ!」

 思わずルクレツィアが、仰天の表情で顔をあげた。

「ちょ、待って、兄上! 私たちはまだ、一応、一線・・は、越えてませんので」
「……何を勘違いしている」

 ニヤリ……兄の顔に、思わずしまったと固まるルクレツィア。
 だが、そこにはあえて触れることなく、チェーザレは、ニヤニヤと笑うだけにとどまった。

「カイヤ殿だよ。あと、オマケでスフェーン殿もか。もうすぐ、話がまとまりそうなんだ」
「あ……」

 トラファルガー山の噴火の際、ステラがモルガの家族と交わした約束。
 モルガの二番目の姉カイヤは、確か、帝都での結婚を望んでいた──ような、気がする。

「まさか、兄上がお世話をされていたとは……」

 意外そうな妹の言葉に、今度は兄が、フンッと、兄はそっぽを向いた。

「成り行きだ。まぁ、暇つぶしとしては、悪くはなかったがな。あと……」

 コホンッと、小さく咳ばらいをする。

「オレの前に、お前が先に結婚するのも、何も駄目とは言わない」

 珍しい兄の表情に、思わず、ルクレツィアは二度見をした。
 妹の表情に気付いたか、フンッと、再度そっぽを向いて、一方的に通信を切ってしまう。

 狐につままれたようなルクレツィアの耳元で、モルガが、ほんの少し、笑う気配がした。


  ◆◇◆


「お呼び、ですか? 陛下」

 入り口付近に立つ、小柄な赤い髪の少女。
 くりくりとした、大きな朱の目が印象的だ。

 寝台に座るユーディンが、申し訳なさそうに口を開く。

「ゴメンね。そんなところに立たせちゃって」
「いいえ。それよりも何か……」

 違和感故に、ステラは眉を顰めた。
 今まで、女性恐怖症の陛下に、自分一人が呼ばれたことなど、一度もない。

 そんなステラなど気にもしないで、改まった表情で、ユーディンは口を開いた。

「ボクは、君に断られる・・・・こと前提で、この話をする。君にメリットは全くといっていいほど無いし、むしろデメリットしかないと思っている。君の人生はふいになるし、今後不幸しかないと思ってくれて構わない」

 何の話──そう思ったところで、ステラは我が耳を疑った。

「ステラ=プラーナ。君を、ボクの皇后に迎えたい」
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