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微睡みの破壊神編
第八十章 Violentiam
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(デカルトや、あの方たちが、帰ってきた……)
地下牢から解放されたモリオンは、一目散で、ユーディンの私室へ向かって駆けた。
チェーザレから依頼された皇帝の新しい義足は、実のところ、既に納品済みであり、チェーザレはモリオンから受け取ったその場で──唖然とするモリオンの手を引き、留守の皇帝の私室へずかずか入ると、そのままそれを、私室の机の上に箱ごと置いていた。
そして、その後、意識の戻ったユーディンたちと通信、デカルトとの再会と相成ったのだが──。
(チェーザレ様……)
ぐっと、モリオンは唇を噛んだ。
妹の婚約の準備のため、アウインとともに自分たち兄弟を迎えに来て、そして突然、襲われて──。
人工馬をまっ先に壊されて、馬車の身動きがとれなくなり、自分たちを逃がすために、囮となったチェーザレ。
サフィリンの腕を掴み、モリオンは逃げたのだが、妹は自分の手を振り払い、迷いなくチェーザレの元へ駆けてゆく。
そして、自分はすぐに捕まってしまい、城の地下牢に送られ、彼女を追いかけることができなかった。
スフェーンやカイヤ、そしてアウインとは、混乱の際に離ればなれになってしまい、サフィリン同様、以降三人の安否は判らず。
また、チェーザレや、これから会う予定だったオブシディアン公、そして、シャーマナイト公らが処刑されたことを、モリオンは牢の中で知った。
(なんて私は、不甲斐ないのかしら)
モリオンは、ユーディンの私室の扉を開ける。
途端、襲われる異様な感覚に、思わず体を強張らせた。
「……誰?」
寝台の陰から、ユーディンの声がする。
びりびりと感じるこれが、なんなのか解らないまま、モリオンは意を決し、声をかけ、一歩、部屋へ足を踏み入れた。
「陛下、失礼いたしま──」
空間が、ぐにゃりと歪むような、妙な視界に、思わずモリオンは目をこする。
その先に、寝台に寄り掛かるよう、頭が見えた。
しかし、その、髪の色は、朱より、なお高温の、炎の色。
青が混じるその髪を揺らし、そして、同じ色の瞳を歪め、ユーディンの顔をした其れは、ニヤリと笑った。
彼の近くに、白髪の女性が力なく倒れていたが、女性恐怖症であるはずのユーディンが、気に留めている様子など無い。
「ほう……我の結界に、足を踏み入れることが、できるとは……」
「貴方は、誰、ですか?」
声を絞り出すよう、モリオンは問いかけた。
髪の色は違えども、その肉体がユーディンなのは、たぶんきっと、間違いない。
だが、その中身は、子どもでも、修羅でもない。他の、誰か。
そう。それはまるで、弟と、地の神のようで──。
「おまえも、裁きを与える者だな」
ユーディンの姿をした何かは、ふっと目を細め、緩慢とした動作で、モリオンを手招きした。
すると、モリオンの意思に反し、身体が勝手に、ユーディンの方へ、近づいてゆく。
「なに、を……」
「貴様の意志なぞいらぬ」
とたん、がくりと、力が抜けるよう、モリオンが膝をついた。
「裁きを与える者、精霊に愛されし者……シャファットは、人形で良い」
「……はい」
虚ろな瞳のモリオンが、抑揚の無い声で答える。
「で、人形よ。貴様は此処に、何をしに来た?」
「陛下の、足を……」
足? 破壊神はおもむろに、モリオンの頭を両手で掴んだ。
青の混ざった朱の目を瞑り、そして、小さく何かを呟く。
「あ……いや……ああああああ!!!」
モリオンが、目を見開いて叫んだ。
それはまるで、記憶の引き出しを勝手に開け放たれ、頭の中を、ぐちゃぐちゃにかき回されるような感覚。
「いたい……やめて……いや……いやぁ……」
エフドがその手を離すと、モリオンはうつぶせに倒れた。
びくり、びくりと体が大きく痙攣し、口からは涎と、悲鳴と、嗚咽がこぼれる。
「なるほど。確かに、今の状態は、少々不便だ」
モリオンの記憶を読んだエフドが、目を細める。
「その足を、持ってこい。人形」
モリオンは再度、悲鳴をあげる。意思とは関係なく肉体が動くたびに体が軋み、ひどく頭が痛んだ。
しかし、それでも破壊神の命令通りに、モリオンはボロボロと涙をこぼしながら、机の上に置かれたままの、義足の入った箱を抱え、そして、破壊神の元まで運ぶ。
途中、箱の上に置いてあったらしき一枚の紙が、はらりと舞って床に落ちたが、誰も気にとめる者はいなかった。
◆◇◆
ぞわりと肌が粟立つ感覚に、アックスは歩を止める。
「どうした?」
カールとともに、一番先頭を歩いていたルクレツィアが振り返ると、アックスは顔面蒼白で、今にも倒れそうに柱に寄り掛かっていた。
「アックス……?」
「ねーちゃんたちは、此処で待っとった方が、ええかもしれん」
アックスが顔を伏せ、ぎゅっと拳を握る。
メタリアに居た時から、気にはなってはいたのだ。
しかし、遠回しに何度かユーディン本人に尋ねてみたが、そのたびに、やんわりとはぐらかされてきた。
けれど。
(間違い、無い……これは、我らの、創造主の、気配)
背筋が凍る。
少し気を抜くと、震えが止まらない。
そう、この気配はもう、間違えようがなかった。
アックスは、モルガの手を握ると、ぎゅっと力を込める。
「陛下の様子を、見てくる。……お前が、ねーちゃんたちを、守るんじゃ」
「うん……わかった」
こくりと、彼は素直にうなずいた。
アックスは、わしゃわしゃとモルガの茶色の髪を撫で、そして振り返ることなく、真っ直ぐにユーディンの部屋に向かって、歩き出す。
弟ではなく、兄として。
◆◇◆
扉を開け、部屋の中に入ったと同時、結界を踏む感覚に、アックスは目を瞑る。
「エヘイエー……か」
「この姿では、お初にお目にかかります。我が創造主」
ぶわりと、服を破って、大小さまざまな大きさの、三十六対の黄金の翼が広がった。
やわらかな風を纏った髪は、長く伸びてなびき、翼と同じ色に輝く。
体中の無数の瞳は、この世の全ての人間の持つ色。
しかしその目を、アックスはぎょっと見開いた。
「姉ちゃんッ!」
朱の髪と、面白そうに細める目に、青が混じったユーディン。
先ほど別れた時とは違い、どこからか持ってきたのか、足には義足が装着され、しっかり地に足をつけて、立っている。
が、引きずるように彼が掴んでいたのは、荒い息で、ぐったりと座り込む、姉の腕だった。
「姉……?」
面白そうに──しかし、不愉快そうに、ユーディンの顔をした創造主は笑う。
「我が最高傑作、そして長子のエヘイエーに、姉など、いない」
ぞんざいにつかんだモリオンの腕を、ねじりあげるように掴んだエフドは、モリオンを脇に、無理矢理立たせた。
「しかも、人形が、神の姉だと……? 笑わせる」
エフドがドンッと、モリオンの背を突き飛ばした。
モリオンはそのまま、アックスの足元まで転がり、動かなくなる。
「姉ちゃんッ!」
ざわり……と、アックスの髪が揺れる。
そよ風のように纏わりついていた風の、勢いが強くなる。
アックスがそっと抱き上げると、息はかろうじてあったが、しかし、姉の意識はほぼなく、呼吸もまばらで、それでいて、時々妙な痙攣を起こしている。
モリオンを抱きしめたまま、アックスは小さくエノクを呼んだ。
「姉ちゃんを守れ。それでいて、ダァトを呼べ」
『りょ、了解であります……エヘイエー様……』
黒ずむ手足。
猛禽類のような、鋭くとがり、曲がった爪。
こぼれた涙は真紅の血液となり、色鮮やかな瞳は消失して、白目をむく。
ほう……と、エフドが目を細めた。
「堕ちた、か」
獣のような咆哮をあげると同時、黒き邪神は自らの創造主に向かい、突進していった。
地下牢から解放されたモリオンは、一目散で、ユーディンの私室へ向かって駆けた。
チェーザレから依頼された皇帝の新しい義足は、実のところ、既に納品済みであり、チェーザレはモリオンから受け取ったその場で──唖然とするモリオンの手を引き、留守の皇帝の私室へずかずか入ると、そのままそれを、私室の机の上に箱ごと置いていた。
そして、その後、意識の戻ったユーディンたちと通信、デカルトとの再会と相成ったのだが──。
(チェーザレ様……)
ぐっと、モリオンは唇を噛んだ。
妹の婚約の準備のため、アウインとともに自分たち兄弟を迎えに来て、そして突然、襲われて──。
人工馬をまっ先に壊されて、馬車の身動きがとれなくなり、自分たちを逃がすために、囮となったチェーザレ。
サフィリンの腕を掴み、モリオンは逃げたのだが、妹は自分の手を振り払い、迷いなくチェーザレの元へ駆けてゆく。
そして、自分はすぐに捕まってしまい、城の地下牢に送られ、彼女を追いかけることができなかった。
スフェーンやカイヤ、そしてアウインとは、混乱の際に離ればなれになってしまい、サフィリン同様、以降三人の安否は判らず。
また、チェーザレや、これから会う予定だったオブシディアン公、そして、シャーマナイト公らが処刑されたことを、モリオンは牢の中で知った。
(なんて私は、不甲斐ないのかしら)
モリオンは、ユーディンの私室の扉を開ける。
途端、襲われる異様な感覚に、思わず体を強張らせた。
「……誰?」
寝台の陰から、ユーディンの声がする。
びりびりと感じるこれが、なんなのか解らないまま、モリオンは意を決し、声をかけ、一歩、部屋へ足を踏み入れた。
「陛下、失礼いたしま──」
空間が、ぐにゃりと歪むような、妙な視界に、思わずモリオンは目をこする。
その先に、寝台に寄り掛かるよう、頭が見えた。
しかし、その、髪の色は、朱より、なお高温の、炎の色。
青が混じるその髪を揺らし、そして、同じ色の瞳を歪め、ユーディンの顔をした其れは、ニヤリと笑った。
彼の近くに、白髪の女性が力なく倒れていたが、女性恐怖症であるはずのユーディンが、気に留めている様子など無い。
「ほう……我の結界に、足を踏み入れることが、できるとは……」
「貴方は、誰、ですか?」
声を絞り出すよう、モリオンは問いかけた。
髪の色は違えども、その肉体がユーディンなのは、たぶんきっと、間違いない。
だが、その中身は、子どもでも、修羅でもない。他の、誰か。
そう。それはまるで、弟と、地の神のようで──。
「おまえも、裁きを与える者だな」
ユーディンの姿をした何かは、ふっと目を細め、緩慢とした動作で、モリオンを手招きした。
すると、モリオンの意思に反し、身体が勝手に、ユーディンの方へ、近づいてゆく。
「なに、を……」
「貴様の意志なぞいらぬ」
とたん、がくりと、力が抜けるよう、モリオンが膝をついた。
「裁きを与える者、精霊に愛されし者……シャファットは、人形で良い」
「……はい」
虚ろな瞳のモリオンが、抑揚の無い声で答える。
「で、人形よ。貴様は此処に、何をしに来た?」
「陛下の、足を……」
足? 破壊神はおもむろに、モリオンの頭を両手で掴んだ。
青の混ざった朱の目を瞑り、そして、小さく何かを呟く。
「あ……いや……ああああああ!!!」
モリオンが、目を見開いて叫んだ。
それはまるで、記憶の引き出しを勝手に開け放たれ、頭の中を、ぐちゃぐちゃにかき回されるような感覚。
「いたい……やめて……いや……いやぁ……」
エフドがその手を離すと、モリオンはうつぶせに倒れた。
びくり、びくりと体が大きく痙攣し、口からは涎と、悲鳴と、嗚咽がこぼれる。
「なるほど。確かに、今の状態は、少々不便だ」
モリオンの記憶を読んだエフドが、目を細める。
「その足を、持ってこい。人形」
モリオンは再度、悲鳴をあげる。意思とは関係なく肉体が動くたびに体が軋み、ひどく頭が痛んだ。
しかし、それでも破壊神の命令通りに、モリオンはボロボロと涙をこぼしながら、机の上に置かれたままの、義足の入った箱を抱え、そして、破壊神の元まで運ぶ。
途中、箱の上に置いてあったらしき一枚の紙が、はらりと舞って床に落ちたが、誰も気にとめる者はいなかった。
◆◇◆
ぞわりと肌が粟立つ感覚に、アックスは歩を止める。
「どうした?」
カールとともに、一番先頭を歩いていたルクレツィアが振り返ると、アックスは顔面蒼白で、今にも倒れそうに柱に寄り掛かっていた。
「アックス……?」
「ねーちゃんたちは、此処で待っとった方が、ええかもしれん」
アックスが顔を伏せ、ぎゅっと拳を握る。
メタリアに居た時から、気にはなってはいたのだ。
しかし、遠回しに何度かユーディン本人に尋ねてみたが、そのたびに、やんわりとはぐらかされてきた。
けれど。
(間違い、無い……これは、我らの、創造主の、気配)
背筋が凍る。
少し気を抜くと、震えが止まらない。
そう、この気配はもう、間違えようがなかった。
アックスは、モルガの手を握ると、ぎゅっと力を込める。
「陛下の様子を、見てくる。……お前が、ねーちゃんたちを、守るんじゃ」
「うん……わかった」
こくりと、彼は素直にうなずいた。
アックスは、わしゃわしゃとモルガの茶色の髪を撫で、そして振り返ることなく、真っ直ぐにユーディンの部屋に向かって、歩き出す。
弟ではなく、兄として。
◆◇◆
扉を開け、部屋の中に入ったと同時、結界を踏む感覚に、アックスは目を瞑る。
「エヘイエー……か」
「この姿では、お初にお目にかかります。我が創造主」
ぶわりと、服を破って、大小さまざまな大きさの、三十六対の黄金の翼が広がった。
やわらかな風を纏った髪は、長く伸びてなびき、翼と同じ色に輝く。
体中の無数の瞳は、この世の全ての人間の持つ色。
しかしその目を、アックスはぎょっと見開いた。
「姉ちゃんッ!」
朱の髪と、面白そうに細める目に、青が混じったユーディン。
先ほど別れた時とは違い、どこからか持ってきたのか、足には義足が装着され、しっかり地に足をつけて、立っている。
が、引きずるように彼が掴んでいたのは、荒い息で、ぐったりと座り込む、姉の腕だった。
「姉……?」
面白そうに──しかし、不愉快そうに、ユーディンの顔をした創造主は笑う。
「我が最高傑作、そして長子のエヘイエーに、姉など、いない」
ぞんざいにつかんだモリオンの腕を、ねじりあげるように掴んだエフドは、モリオンを脇に、無理矢理立たせた。
「しかも、人形が、神の姉だと……? 笑わせる」
エフドがドンッと、モリオンの背を突き飛ばした。
モリオンはそのまま、アックスの足元まで転がり、動かなくなる。
「姉ちゃんッ!」
ざわり……と、アックスの髪が揺れる。
そよ風のように纏わりついていた風の、勢いが強くなる。
アックスがそっと抱き上げると、息はかろうじてあったが、しかし、姉の意識はほぼなく、呼吸もまばらで、それでいて、時々妙な痙攣を起こしている。
モリオンを抱きしめたまま、アックスは小さくエノクを呼んだ。
「姉ちゃんを守れ。それでいて、ダァトを呼べ」
『りょ、了解であります……エヘイエー様……』
黒ずむ手足。
猛禽類のような、鋭くとがり、曲がった爪。
こぼれた涙は真紅の血液となり、色鮮やかな瞳は消失して、白目をむく。
ほう……と、エフドが目を細めた。
「堕ちた、か」
獣のような咆哮をあげると同時、黒き邪神は自らの創造主に向かい、突進していった。
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