精霊機伝説

南雲遊火

文字の大きさ
82 / 110
微睡みの破壊神編

第八十一章 父と息子

しおりを挟む
「此処で待っていろなどと……一体いつまで待たせる気だ……」

 苛立たしさを隠さず、カールはブツブツとぼやく。
 アックスが居なくなり、さほど時間が経ったわけではなかったが、ルクレツィアも状況がよくわからず、モルガに小さく耳打ちした。

「一体、何があったのだ……?」
「あっちに、ちちうえが、いる」

 父? ……ルクレツィアは首をかしげる。

「ジンカイト殿なら、先ほど地下神殿で別れたばかりでは?」
「ん……もるが・・・じゃない。しゃだい・・・・える・・かい・・と、あぃーあつぶす・・・・・・・のほう」

 先ほどから、だんだん、たどたどしくなっているモルガの口調も相まって、ルクレツィアはますますもって、理解できない。

「カイの? まさか……それでは、幾千年も前の、精霊機の制作者ということになるではないか」
「うん」

 ルクレツィアの問いに、こくり。と、モルガはうなずいた。

 そんな時だった。

「あ。だぁと・・・

 モルガが急に、空中に向かって手を伸ばしたかと思うと、不意に大きな黒い塊が、ルクレツィアの目の前に降ってきた。

 思わずルクレツィアは後ずさり、何が起こったかわからないカールは、驚きのあまり、情けない声をあげる。

「痛たたたた……これッ! アィーアツブス! 急に服を引っ張るでない!」

 ダァトが、自身の黒いローブを踏まないよう、器用にのそのそと起き上がる。
 しかし、腰をしこたまぶつけたらしく、腰を九十度近く屈め、痛かったのか、左手で一生懸命押さえていた。

「ダァト殿! どうしてここに?」
「あぁ、あの時の娘か。どうしたもこうしたも……」

 ダァトの顔は、相変わらずフードの奥で見えないが、慌てたような口調で、ユーディンの部屋の方を指さした。

風の邪神バチカルと創造主が、暴れておる」


  ◆◇◆


 白いモヤに包まれた、真っ白な視界。

 どれくらい歩いたかわからないが、光の神エロハは、ようやく、其れ・・を、見つけた。

「……」

 なんと、声をかけたらいいか、わからない。

 今にも消えそうな、かすかで、脆弱な魂は、泣き叫ぶ気力すら、既に持ち合わせていない。

 エロハはそっと、その魂を手に取る。

 人間の魂を、直接触れたのは初めてだったが、それは、消えそうな同胞エロヒム・ツァバオトを、助けたあの時を思い出した。

 しかし、その魂は、より儚く、繊細で、今にもグズグズに崩れてしまいそうな状態であった。

「君は、誰?」

 目に見えて、答えられるような状態ではなかった。
 けれど、ほんの少しだけ、その魂が、熱を持ったような気がした。

「……そう、君は、生きたい・・・・んだね」

 人間に対して良い感情を抱いていないエロヒム・ツァバオトは、たぶん、あまり良い顔はしないだろう。

 けれど、自分エロハには、目の前で朽ち果てかけているその魂を、見捨てることができなかった。

「安心して。君を、助けてあげる」

 だから……。

「生きよう。一緒に・・・……」


  ◆◇◆


 ユーディンの私室の扉は、開け放たれたままになっていた。
 入口から覗いてみる限り、特に、変わった様子はない。

 が。

「な……なんだこれは……」

 一歩足を踏み入れた途端、ルクレツィアに襲い掛かる、妙な感覚。

「うッ……」
「アルファージア公!」

 ルクレツィアと同じように室内に入ったカールだったが、彼はその瞬間、バッタリと倒れて、意識を失った。

「だから言ったであろう……常人・・には無理だと……」

 呆れたようなため息交じりのダァトと、なんだか妙に機嫌のよさそうなモルガが、ぬっと中に入ってくる。
 私は既に、その常人・・にカウントされていないのか──と、ルクレツィアが苦笑いを浮かべたことはさておき。

 入り口にほど近いところで、モリオンと白髪の女性が倒れており、二人を守るように、エノクが結界を張っていた。
 ルクレツィアの目が合うと、エノクに「早く行ってくれ」と、促される。

 ルクレツィアはそんな彼に、ついでにカールを一緒に任せた後、三人で部屋の奥に進んだ。

 室内は突風が吹き荒れていたが、調度品が吹き飛んだり、物が壊れたりといった様子はない。それは、いつぞやの、地下神殿での戦闘の状況に近い様子であった。
 もっとも、今回は誰も、精霊機には乗っていないが──。

「あぶないッ!」

 不意にルクレツィアの足元から、無数の細い、黒い棘が飛び出す。ダァトが叫び、モルガが間一髪ルクレツィアを抱えて、なんとか無事であったが。

「モルガッ!」

 突起の一部が足に刺さり、モルガが顔を歪ませた。
 同時に、彼の服がはじけ飛び、三対の黒い巨大な被膜の翼が広がり、足は巨大な蛇の尾となる。

「だい……じょぶ……るつぃ……」

 かろうじて、人の言葉が返ってきたが、その顔は苦痛と、怒りで歪んでいた。

 モルガの視線の先を見て、思わず、ルクレツィアは息を飲む。
 全身、黒い翼で覆われた風の邪神バチカルに対峙しているのは──。

「陛下……?」

 仕込杖の剣を抜き、猛スピードで突進するバチカルと対峙するユーディン。
 しかし、その彼の髪の色に、そして、楽しそうに目を歪ませる瞳の色に、ルクレツィアは息を飲んだ。

「ダァト! 陛下は一体、どうされたのだ!」
「……あれが、我らが創造主だ」

 朱の髪に、青の色が混じる。
 まるでそれは、揺らめく高温の、炎の色。

「元来、創造主が復活されるのは、もう数世代少し先のこと。しかし、微睡みの中、よく似た・・・・あの青年にお互い・・・惹かれ、予定外のことではあるが、目覚めてしまわれた……」

 宙に浮いたバチカルの影から、漆黒の棘が生える。
 それは、精神世界において、ルクレツィアを襲ったルツの攻撃に似ていたが、それをユーディンは楽々と切り捨て、突き出した手から、炎の塊をバチカルにぶつけた。

「ウぅ……グゥぅ……」

 創造主風の邪神の戦闘を見て気分が高揚したのか、モルガが喉をうならせた。
 ざわざわと長い髪が揺れ、赤い瞳が爛々と輝く。

「おい! モルガッ! しっかりしろ」 
「ッ! ……グゥ」

 ルクレツィアが、モルガの頬をぺちぺちと叩いた。
 モルガはハッと気がついたようで、言葉を失ったままではあったが、申し訳なさそうに、しゅんと項垂れる。

 そんな時、もう一つの黒い巨体が吹き飛ばされ、床にゴロゴロと転がった。

「この程度か。只の精霊・・・・が、せっかく肉体を得ておいて。なおかつ、反転の能力ちからをも、有しておきながら……」

 修羅ユーディンよりもなお、慈悲の欠片も無い声。
 父と息子・・・・と言いながら、そこには何の情も感じられず。

「期待外れだ。エヘイエー。いや、バチカル」

 ドスッ!

 鈍い音とともに、風の邪神バチカルの胸に深々と刃が突き刺さって、床に縫い付けられた。
 甲高い悲鳴が、バチカルの口から洩れる。

「陛下ッ! おやめくださいッ!」

 ルクレツィアの声に、ユーディンエフドが初めて反応した。
 顔をあげ、そして視線が合うと、露骨に嫌そうな顔を向ける。

「何故、只人が、この空間に入って、平気な顔をしている」

 怪訝そうに、ユーディンエフド風の邪神バチカルを踏みつけ、そして剣を引っこ抜く。

 そして。

「目障りだ」

 それは、一瞬のこと。

 ユーディンエフドがおもむろに何かを呟いたと思った瞬間、風を纏った剣の切っ先が、人間ルクレツィアごと、地の邪神アィーアツブスを貫いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...