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覚醒アィーアツブス編
第八十三章 邪神の加護
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「えっと、まず、創造主は、風の邪神の胸に、ぶっすりと陛下の剣を刺した。と」
ユーディンの私室の、ふかふかの絨毯の上に、円陣を描くよう、三人は座る。
創造主がユーディンの中に鳴りを顰めたため、あの妙な結界は綺麗に解かれ、通常の空間に戻った部屋には、綺麗さっぱり、血の染みひとつなかった。
なお、意識の無いモリオン、ラキア、カールの三人は、ユーディンの命令で呼ばれた騎士に運ばれ、城内の医務室へと連れていかれている。
アックスの言葉に、ルクレツィアとユーディンは二人並び、うんうんと頷いた。
「で、その剣を、風の術で加速をつけて、ねーちゃんごと地の邪神を刺した。ワシの血を拭わないまま」
「ああ。そんな余裕は、無かったと思う……」
そこなんじゃぁ……と、大袈裟にアックスはため息を吐いた。
力が抜けたように、無数の翼が、しおしおに萎む。
「ルクレツィアのねーちゃんは、二柱の邪神を傷つけた剣で傷を負い、そのまま邪神の血を浴びた……となると、まぁ、どうなるかっつーと、えーっと……」
「勿体ぶらずに、さっさと言わんか」
イライラと青筋をたてる修羅に急かされ、アックスは絞り出すように、口を開いた。
「……ねーちゃんに、精霊の加護が増えます。風と地の、二人分」
「はい?」
思いもしなかった言葉に、思わず、ルクレツィアの目が点になる。
「呪われたと言った方が、伝わりやすくて早いのではないか?」
「差し障りが無いよう、わざわざ言葉選んだのにッ!」
アックスの背後から三人を見下ろしつつ、余計な一言を付け加えるダァトを、アックスはキッと睨んだ。が。
「まぁ、正確に伝えるなら、ダァトの言う通り、そうじゃ。ねーちゃんは、邪神に呪われた。加護といえば聞こえはいいが、実際は、相手の魂を邪神が取り込み、強制的に眷族とする呪いじゃ。ヒトの身でありながら、神を傷つけた罰として」
ワシらの意思とは無関係で、自動的に発動するんで、ワシにもどうすることもできん……と、アックスは両手を上げた。
以前、執務室や、神殿で襲われたモルガの事を、ルクレツィアは思い出す。
白い砂となった暗殺者に、神殿に転がる、大量の石と砂の塊となった人間──。
(あれは、自己防衛機能だったのか)
カイの反応から、ルクレツィアの左腕の時のように、単純にモルガが能力を暴走させたのかと思っていたのだが──。
「しかし……呪とは普通、怪我を負わせた余に降りかかるものではないのか? ……厳密には、余ではないが」
「だって、あの時陛下、創造主に肉体乗っ取られてたじゃないですか。あの場にいた純粋な人間は、ねーちゃん、只一人……」
だから、傷をつけた創造主ではなく、神の血をその身に被った人間に、呪いの矛先が向いてしまった。
「それは、とばっちりと言わないか?」
「言う言わないも、完全に、とばっちりじゃぁ。……呪った当人のワシが言うのも、ナンじゃけど」
ポロリと突然、ルクレツィア目から、涙がこぼれた。
ぎょっとアックスとユーディンが固まる。
泣くつもりなんてなかったルクレツィア当人も、自分で驚き、思わず慌てた。
「そ! その! 今回は本当に事故じゃけぇ、ワシも兄ちゃんも、肉体そのものを奪ったりとか、自由を奪ったりとかしてないし、ねーちゃんをパシらせる気も無いから! そりゃ、何処におるかとか、何やっとるとか、こっちは把握はしやすくなるけど、ねーちゃんは今まで通り、普通に生活して大丈夫だから!」
「その、全て、もう一人……じゃない、余だ。余が悪かった。申し訳ない……」
「い……いえ……その、大丈夫……です……」
涙を袖で拭い、ルクレツィアは首を横に振る。
「その、念のために、ハデスヘルが動くか、確かめてきます」
珍しく、動揺を隠すことなく、ルクレツィアは部屋を後にした。
本当は、試さなくとも、無理だと、理解しているのだ。
世の中には、ユーディンのように、加護を持たない人間もいれば、一人で二つの精霊の加護を持つ、稀有な人間も存在する。
また、サフィニアのように、加護の違う子を身ごもることで、一時的に複数の加護を受けることになる場合もある。
しかし。
一人の人間が、三重の加護を受けた例など、今まで、聞いたことが無かった。
◆◇◆
暗闇の中、深い意識の底で、モルガは微睡んでいた。
「モルガ!」
名を呼ぶ声に、赤い目をうっすらあけて、首をもたげる。
『……シャダイ・エル・カイ』
モルガはゆっくりと、虹色の鱗が輝く体を起こした。カイと同じ、銀色の長い髪の毛束の先が、水銀のように体を滑り、流れ落ちた。
「モルガ……大丈夫か? その姿、お前……」
『まるで、お互い、昔を見ているよう……だな』
感情の薄い、モルガの無機質な表情と言葉に、カイは顔を歪ませた。
そう。確かに今のモルガは、まるで昔の自分だ。
モルガと融合する前……否、神と呼ばれる存在となった頃よりもっと前の、原始の精霊であった頃のよう……。
『大丈夫。頭はとてもクリアで、はっきりしている。これ以上も無く落ち着いていて、気分もいい』
「ワシの半身と、完全に融合してしもうたか……」
神という存在に近づきすぎて、表層的な感情が消失した彼が笑う事はなかったが、モルガは肯定するように、目を薄く細め、虹色の尾をわずかに揺らした。
そんなモルガに、カイは飛びつくように、強く抱きつく。
『……泣かなくても、いいだろう?』
「泣くわッ! この大馬鹿者! ……これじゃぁ、まるで……」
その言葉の先を、カイは口にすることができなかった。
これじゃぁまるで、シャダイ・エル・カイが、モルガナイト=ヘリオドールの人生を、横取りしてしまったようで……。
「んなこたぁ、望んじゃなかった。ワシはただ、お前という人間に、興味がわいただけじゃ! お前と共有したかっただけで、お前そのものに、なりたかったわけじゃない!」
モルガの記憶も、夢も、全て、シャダイ・エル・カイが持っている。
いつか、モルガ本人に、返せるものだと、思っていた。
『………………』
べそをかく地の神の銀の翼をかきわけ、邪神が無言で、優しく金の鱗の背中を撫でる。
融合した人間の性質が強く影響し、変質しているのか、本来邪神が持ち合わせていた特性である不安定さは、現在ほとんど見られない。
人間に害をなす存在であるはずの半身が、理性的で、優しくて──だから余計、カイは悲しくて──。
『カイ。頼まれてほしいものがある』
「……なんじゃ?」
グスグスと鼻をすすりながら、カイはモルガに抱きつく腕の力を、ぎゅっと強めた。
『一つ、造りたい……いや、必ず造らねばならないモノがある。目が覚めたら、師匠のところへ……』
「造る……?」
何を……と、問いかけるカイの額に、モルガはコツンと、自分の額を合わせて、そして目を瞑る。
「……!」
モルガから膨大な情報を受け取り、なおかつ、その内容に、カイは目を見開いた。
確かに、これは、後々必ず、必要になる。
「……わかった。ただし、師匠には自分で直談判するんじゃ! 現場に付いたら、ワシが必ず、起こしちゃるけぇ!」
『う……む……』
表情に変化はみられないが、カイの背中に回した手を、モルガは少し困ったように止めた。
邪神になっても、やっぱり師匠が怖いのは、変わらないようで。
思わず吹き出し、ぎゅっと抱きしめたカイは相棒の分も笑った。
ユーディンの私室の、ふかふかの絨毯の上に、円陣を描くよう、三人は座る。
創造主がユーディンの中に鳴りを顰めたため、あの妙な結界は綺麗に解かれ、通常の空間に戻った部屋には、綺麗さっぱり、血の染みひとつなかった。
なお、意識の無いモリオン、ラキア、カールの三人は、ユーディンの命令で呼ばれた騎士に運ばれ、城内の医務室へと連れていかれている。
アックスの言葉に、ルクレツィアとユーディンは二人並び、うんうんと頷いた。
「で、その剣を、風の術で加速をつけて、ねーちゃんごと地の邪神を刺した。ワシの血を拭わないまま」
「ああ。そんな余裕は、無かったと思う……」
そこなんじゃぁ……と、大袈裟にアックスはため息を吐いた。
力が抜けたように、無数の翼が、しおしおに萎む。
「ルクレツィアのねーちゃんは、二柱の邪神を傷つけた剣で傷を負い、そのまま邪神の血を浴びた……となると、まぁ、どうなるかっつーと、えーっと……」
「勿体ぶらずに、さっさと言わんか」
イライラと青筋をたてる修羅に急かされ、アックスは絞り出すように、口を開いた。
「……ねーちゃんに、精霊の加護が増えます。風と地の、二人分」
「はい?」
思いもしなかった言葉に、思わず、ルクレツィアの目が点になる。
「呪われたと言った方が、伝わりやすくて早いのではないか?」
「差し障りが無いよう、わざわざ言葉選んだのにッ!」
アックスの背後から三人を見下ろしつつ、余計な一言を付け加えるダァトを、アックスはキッと睨んだ。が。
「まぁ、正確に伝えるなら、ダァトの言う通り、そうじゃ。ねーちゃんは、邪神に呪われた。加護といえば聞こえはいいが、実際は、相手の魂を邪神が取り込み、強制的に眷族とする呪いじゃ。ヒトの身でありながら、神を傷つけた罰として」
ワシらの意思とは無関係で、自動的に発動するんで、ワシにもどうすることもできん……と、アックスは両手を上げた。
以前、執務室や、神殿で襲われたモルガの事を、ルクレツィアは思い出す。
白い砂となった暗殺者に、神殿に転がる、大量の石と砂の塊となった人間──。
(あれは、自己防衛機能だったのか)
カイの反応から、ルクレツィアの左腕の時のように、単純にモルガが能力を暴走させたのかと思っていたのだが──。
「しかし……呪とは普通、怪我を負わせた余に降りかかるものではないのか? ……厳密には、余ではないが」
「だって、あの時陛下、創造主に肉体乗っ取られてたじゃないですか。あの場にいた純粋な人間は、ねーちゃん、只一人……」
だから、傷をつけた創造主ではなく、神の血をその身に被った人間に、呪いの矛先が向いてしまった。
「それは、とばっちりと言わないか?」
「言う言わないも、完全に、とばっちりじゃぁ。……呪った当人のワシが言うのも、ナンじゃけど」
ポロリと突然、ルクレツィア目から、涙がこぼれた。
ぎょっとアックスとユーディンが固まる。
泣くつもりなんてなかったルクレツィア当人も、自分で驚き、思わず慌てた。
「そ! その! 今回は本当に事故じゃけぇ、ワシも兄ちゃんも、肉体そのものを奪ったりとか、自由を奪ったりとかしてないし、ねーちゃんをパシらせる気も無いから! そりゃ、何処におるかとか、何やっとるとか、こっちは把握はしやすくなるけど、ねーちゃんは今まで通り、普通に生活して大丈夫だから!」
「その、全て、もう一人……じゃない、余だ。余が悪かった。申し訳ない……」
「い……いえ……その、大丈夫……です……」
涙を袖で拭い、ルクレツィアは首を横に振る。
「その、念のために、ハデスヘルが動くか、確かめてきます」
珍しく、動揺を隠すことなく、ルクレツィアは部屋を後にした。
本当は、試さなくとも、無理だと、理解しているのだ。
世の中には、ユーディンのように、加護を持たない人間もいれば、一人で二つの精霊の加護を持つ、稀有な人間も存在する。
また、サフィニアのように、加護の違う子を身ごもることで、一時的に複数の加護を受けることになる場合もある。
しかし。
一人の人間が、三重の加護を受けた例など、今まで、聞いたことが無かった。
◆◇◆
暗闇の中、深い意識の底で、モルガは微睡んでいた。
「モルガ!」
名を呼ぶ声に、赤い目をうっすらあけて、首をもたげる。
『……シャダイ・エル・カイ』
モルガはゆっくりと、虹色の鱗が輝く体を起こした。カイと同じ、銀色の長い髪の毛束の先が、水銀のように体を滑り、流れ落ちた。
「モルガ……大丈夫か? その姿、お前……」
『まるで、お互い、昔を見ているよう……だな』
感情の薄い、モルガの無機質な表情と言葉に、カイは顔を歪ませた。
そう。確かに今のモルガは、まるで昔の自分だ。
モルガと融合する前……否、神と呼ばれる存在となった頃よりもっと前の、原始の精霊であった頃のよう……。
『大丈夫。頭はとてもクリアで、はっきりしている。これ以上も無く落ち着いていて、気分もいい』
「ワシの半身と、完全に融合してしもうたか……」
神という存在に近づきすぎて、表層的な感情が消失した彼が笑う事はなかったが、モルガは肯定するように、目を薄く細め、虹色の尾をわずかに揺らした。
そんなモルガに、カイは飛びつくように、強く抱きつく。
『……泣かなくても、いいだろう?』
「泣くわッ! この大馬鹿者! ……これじゃぁ、まるで……」
その言葉の先を、カイは口にすることができなかった。
これじゃぁまるで、シャダイ・エル・カイが、モルガナイト=ヘリオドールの人生を、横取りしてしまったようで……。
「んなこたぁ、望んじゃなかった。ワシはただ、お前という人間に、興味がわいただけじゃ! お前と共有したかっただけで、お前そのものに、なりたかったわけじゃない!」
モルガの記憶も、夢も、全て、シャダイ・エル・カイが持っている。
いつか、モルガ本人に、返せるものだと、思っていた。
『………………』
べそをかく地の神の銀の翼をかきわけ、邪神が無言で、優しく金の鱗の背中を撫でる。
融合した人間の性質が強く影響し、変質しているのか、本来邪神が持ち合わせていた特性である不安定さは、現在ほとんど見られない。
人間に害をなす存在であるはずの半身が、理性的で、優しくて──だから余計、カイは悲しくて──。
『カイ。頼まれてほしいものがある』
「……なんじゃ?」
グスグスと鼻をすすりながら、カイはモルガに抱きつく腕の力を、ぎゅっと強めた。
『一つ、造りたい……いや、必ず造らねばならないモノがある。目が覚めたら、師匠のところへ……』
「造る……?」
何を……と、問いかけるカイの額に、モルガはコツンと、自分の額を合わせて、そして目を瞑る。
「……!」
モルガから膨大な情報を受け取り、なおかつ、その内容に、カイは目を見開いた。
確かに、これは、後々必ず、必要になる。
「……わかった。ただし、師匠には自分で直談判するんじゃ! 現場に付いたら、ワシが必ず、起こしちゃるけぇ!」
『う……む……』
表情に変化はみられないが、カイの背中に回した手を、モルガは少し困ったように止めた。
邪神になっても、やっぱり師匠が怖いのは、変わらないようで。
思わず吹き出し、ぎゅっと抱きしめたカイは相棒の分も笑った。
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