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34.過去の露見(Side百合)
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太陽の光で目が覚めて、昨夜のことを思い出して血の気がサーッと引いた。
叫び出しそうになる声を堪えて、隣で眠る亮祐さんを起こさないよう、そっと布団から抜け出す。
そして気分を変えるためにひとりで露天風呂に入ることにした。
朝の露天風呂は、夜とは異なる趣きで緑が爽やかな気持ち良い空間だ。
そんな素晴らしい景色とは裏腹に、私は鼻の下までお湯に浸かり昨夜の自分の醜態に身悶えていた。
(私はなんてことを‥‥!あんなに自分から積極的に亮祐さんを誘うなんて!浴衣まで脱がせちゃったし!)
いっそすべて忘れてしまえていれば、どんなに良かっただろう。
残念ながら記憶をなくすほど酔っぱらっていなかった私はすべてをしっかり覚えているのだ。
(は、恥ずかしい‥‥。ほろ酔いでふわふわ気持ちよくって、なんだか自分が自分じゃない感じだったんだよね‥‥。お酒の力ってこわい‥‥)
なんとか亮祐さんの記憶を抹消できないものだろうかと、あり得ないことを考え出す始末だった。
「おはよう。もしかして昨夜のことを思い出してるの?」
急に背後から声をかけられてビクッとする。
目を覚ました亮祐さんが浴衣姿のまま、ウッドデッキに出てきていた。
「お、おはようございます‥‥」
「昨夜の百合は積極的ですごかったよ。自分からあんなことやそんなことまでしてくれるなんてね」
「‥‥あんなこと?そんなこと?」
「俺の口からは言えないけど心当たりあるでしょ?」
「‥‥」
「さぁ、俺も朝の露天風呂に入らせてもらおうかな。夜とは雰囲気違うしね」
「あ、じゃあ私は出るのでちょっと待ってください!」
「なんで?一緒に入ればいいでしょ」
慌てて出ようとすると、そのまま押し止められた。
亮祐さんは手早く浴衣を脱ぐと私の隣に滑り込む。
私はタオルを手に取って前を隠した。
「なんで隠すの?今更でしょ」
「だって恥ずかしいし」
「昨日はあんなに積極的だったのに?」
「‥‥」
そう言われると何も言えなくなってしまい、羞恥心を刺激されて私は思わず涙目になってしまった。
私の様子を見た亮祐さんは困ったように眉を下げると、後ろから優しく私を抱きしめる。
「ごめん、ごめん。ちょっとからかいすぎたかも。そんな顔しないで」
「‥‥本当に亮祐さんは時々すごくイジワルです」
「百合にだけだよ」
「それは嬉しくないかも」
「ふっ。まぁそういわずにさ。さて、昨日は景色どころじゃなかったから、今朝は一緒に露天風呂からの景観を堪能しよう」
私たちはただ一緒にお湯に浸かりながら、そのあとはゆっくりと贅沢な露天風呂を楽しんだ。
「本当に良い旅館でしたね。お風呂も料理もサービスも最高でした!」
「そうだね。また来たいね」
朝食を食べたあと、旅館をチェックアウトして私たちは車に乗り込んだ。
このあとは近くにある、日本最大級の印象派絵画のコレクション数を誇る美術館に行く予定になっている。
美術にそんなに詳しいわけではないが、美術館という空間が素敵だし、普段得られないインスピレーションを刺激されるようで、美術館巡りが私は好きなのだ。
「亮祐さんは美術館にはよく行くんですか?」
「海外にいる時は結構行ったかな。特にアメリカの有名どころはほとんど行ったと思うな」
「わぁ、羨ましい!」
海外で美術館巡りも素敵だなぁと想像して思わずうっとりしてしまう。
そんな話をしている間にあっという間に美術館に到着した。
緑に囲まれた美術館は、都会にある美術館とはまた違った雰囲気だ。
「自然の中にある美術館って感じで素敵ですね」
「本当だね」
エントランスで入場券を購入し、私たちは中に入る。
そして各々のペースで中を見て回ることにした。
亮祐さんは気になるものだけをじっくり見るタイプのようで、早いペースで進んでいたかと思うと時折足止めて作品に見入っている。
私は一つ一つ説明文を読みながらじっくり見るタイプなのでペースが遅い。
それぞれのペースで見ることにして正解だったなと思った。
先に見終わった亮祐さんは、出口のあたりのソファーに座り私を待っていてくれた。
「ごめんなさい、お待たせしました!」
「全然いいよ。このあとはカフェで少し休憩しようか」
「いいですね。私もちょうどひと息したいと思ってました。集中しすぎてちょっと疲れちゃった」
美術館内にあるカフェに移動すると、私はケーキと紅茶を、亮祐さんはコーヒーを注文する。
見て回っている間は別行動をしていた私たちは、カフェで休憩しながらお互いに感想をシェアし合った。
(別々のことをしていても、こうやってあとで共有し合うのって楽しいな。ずっと一緒にいなくても通じ合えてる感じがする)
雰囲気の良いカフェで亮祐さんと共に楽しい時間を過ごせて自然と笑顔が溢れる。
幸せだなと心底実感していると、ふと背後から女性の声がした。
「もしかして並木さん?並木百合さんじゃない?」
名前を呼びかけられて振り返る。
そこには私と同い年くらいの女性がいて、私を驚いたように見つめている。
そして私と一緒にいる亮祐さんに視線を向けると、その目をさらに大きく見開き驚愕の表情を浮かべた。
「‥‥うそ、春樹くん!?」
その女性の口から漏れた言葉は、春樹の名前だった。
「え、うそでしょ!?でも春樹くんのわけないわよね」
女性は信じられないとばかりに、独り言のように呟く。
「あの‥‥?」
私は彼女が誰か分からず、やや困惑ぎみに声を発した。
(彼女は誰だろう。春樹を知ってるってことは高校時代の知り合い?)
「あら、並木さん、私が分からない?そうよね、10年ぶりぐらいだものね。ほら、サッカー部のマネージャーだった田島愛菜よ」
そう言われて思い出した。
よく見れば面影があるし、確かに彼女は田島愛菜だ。
「‥‥田島さん、久しぶり」
「思い出してくれた?まぁ私のことなんて眼中になかったものね。あいかわらず並木さんは綺麗で、いい男と一緒なのね。しかも春樹くんにそっくりな」
皮肉を込めた言い方だった。
サッカー部のマネージャーだった彼女は、春樹のことがずっと好きで、当時から私のことはよく思っていなかった。
高校生の時も当たりが強くて、サッカー部の試合の応援に行った際などに辛辣な言葉を投げかけられた記憶がある。
忘れていた記憶が徐々に蘇ってくる。
それにしても、亮祐さんの前でこれ以上はもうやめてほしい。
「並木さんは高校の同窓会にも全然来ないじゃない?だからいっつも男子たちが騒いでるわよ。もう10年も経つんだから一度くらい顔出せばいいのに、わざとなの?ミステリアスなところがいいって言われてるの知ってて狙ってそうしてるわけ?」
「‥‥いえ、全然そんなことはなくって」
チラッと亮祐さんの様子を伺うと、少し苛立ちを含んだ怪訝そうな顔をして田島さんを見ている。
(亮祐さんが何か言葉を発する前に、この場を切り上げよう)
「‥‥あの、田島さん?私たちは次の予定があってそろそろ出なきゃいけなくて」
「そう。ともかく今日は驚かされたわ。春樹くんかと目を疑ったし。次に会うことがあるかは知らないけど元気でね」
「‥‥田島さんもね」
私は椅子から立ち上がり、視線でこの場を去りたい旨を亮祐さんに伝えながら彼の手を取る。
そして足早にその場を去った。
一刻も早く田島さんの前から消えたかった。
そのまま美術館をあとにし、私たちは車に乗り込んだ。
(ともかく切り抜けられた。亮祐さんに田島さんが直接変なことを言わなくて良かった‥‥)
ここまで来てやっと私はふーっと深く安堵の息を吐く。
そしてこれまで沈黙を守っていた亮祐さんが、ようやく口を開く。
「百合が俺に口を挟んで欲しくなさそうだったから黙ってたけど、それで良かった?」
「はい‥‥。気を遣わせてごめんなさい。何も言わないでいてくれてありがとう」
「正直、あの女にイライラして言い負かしてやりたい衝動を抑えるのが大変だったけどね」
「‥‥」
どうやら田島さんの物言いに苛ついていたらしい。
確かに彼女の発言は私への悪意が明確だったし辛辣だった。
「ところで、彼女の言葉に色々気になることもあってさ。百合に聞いてもいい?」
そこで亮祐さんは苛立った雰囲気を切り替えると、真剣な眼差しで私を見据えた。
「‥‥はい」
(田島さんは春樹の名前を告げてたから、春樹のことを聞かれるだろう。もう過去のことだし、亮祐さんに話すつもりはなかったけど‥‥)
春樹に似てるからではなく、亮祐さん自身を好きな今、私にとって春樹は過去だ。
余計な心配や誤解を与えたくなくて、あえて言う必要はないと判断していたが、こうなったら素直に答えるしかないだろう。
「まず、彼女は誰?話の内容からすると同級生かなと思ったけど」
「高校の同級生です」
「同級生だけど仲良くはなさそうだったね。サッカー部のマネージャーだったって言ってたけど、もしかして名前が上がってた春樹くんっていう彼がサッカー部だったとか?」
「そうです」
「春樹くんは百合の当時の彼氏?」
「はい」
「なるほど。察するに彼女はその春樹くんに想いを寄せてたのかな。だから百合に当たりが強いとか?」
「たぶんそうだと思います」
さすが亮祐さんだ。
あれだけの会話で私と田島さんの関係性や春樹の関わり方などを察していたようだ。
「で、俺が一番気になったことだけど、その春樹くんは俺に外見が似てるの?彼女はそっくりって言ってたけど」
「‥‥似てると思います」
「‥‥へぇ、そうなんだ。だから彼女は俺を見てあんなに驚いていたわけか」
「それは‥‥。驚いていたのは、それもあるけど、たぶんそれだけじゃないです」
「‥‥どういうこと?」
似ている人を見かけたからあんなふうに田島さんが驚いていたと思ったのだろうし、それは自然な推測だった。
私が他にも理由があることを述べると、亮祐さんは訳が分からないというように私を見る。
(似ているってことまでを話すだけでも良いかもしれない。でも隠してるわけじゃないし、あとで拗れるより素直に全部話した方がいいよね‥‥)
私は包み隠さずに話すことを選択した。
「‥‥彼、春樹は10年前に亡くなってるんです」
「‥‥!」
亮祐さんは驚いたように息を呑んだーー。
叫び出しそうになる声を堪えて、隣で眠る亮祐さんを起こさないよう、そっと布団から抜け出す。
そして気分を変えるためにひとりで露天風呂に入ることにした。
朝の露天風呂は、夜とは異なる趣きで緑が爽やかな気持ち良い空間だ。
そんな素晴らしい景色とは裏腹に、私は鼻の下までお湯に浸かり昨夜の自分の醜態に身悶えていた。
(私はなんてことを‥‥!あんなに自分から積極的に亮祐さんを誘うなんて!浴衣まで脱がせちゃったし!)
いっそすべて忘れてしまえていれば、どんなに良かっただろう。
残念ながら記憶をなくすほど酔っぱらっていなかった私はすべてをしっかり覚えているのだ。
(は、恥ずかしい‥‥。ほろ酔いでふわふわ気持ちよくって、なんだか自分が自分じゃない感じだったんだよね‥‥。お酒の力ってこわい‥‥)
なんとか亮祐さんの記憶を抹消できないものだろうかと、あり得ないことを考え出す始末だった。
「おはよう。もしかして昨夜のことを思い出してるの?」
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目を覚ました亮祐さんが浴衣姿のまま、ウッドデッキに出てきていた。
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「昨夜の百合は積極的ですごかったよ。自分からあんなことやそんなことまでしてくれるなんてね」
「‥‥あんなこと?そんなこと?」
「俺の口からは言えないけど心当たりあるでしょ?」
「‥‥」
「さぁ、俺も朝の露天風呂に入らせてもらおうかな。夜とは雰囲気違うしね」
「あ、じゃあ私は出るのでちょっと待ってください!」
「なんで?一緒に入ればいいでしょ」
慌てて出ようとすると、そのまま押し止められた。
亮祐さんは手早く浴衣を脱ぐと私の隣に滑り込む。
私はタオルを手に取って前を隠した。
「なんで隠すの?今更でしょ」
「だって恥ずかしいし」
「昨日はあんなに積極的だったのに?」
「‥‥」
そう言われると何も言えなくなってしまい、羞恥心を刺激されて私は思わず涙目になってしまった。
私の様子を見た亮祐さんは困ったように眉を下げると、後ろから優しく私を抱きしめる。
「ごめん、ごめん。ちょっとからかいすぎたかも。そんな顔しないで」
「‥‥本当に亮祐さんは時々すごくイジワルです」
「百合にだけだよ」
「それは嬉しくないかも」
「ふっ。まぁそういわずにさ。さて、昨日は景色どころじゃなかったから、今朝は一緒に露天風呂からの景観を堪能しよう」
私たちはただ一緒にお湯に浸かりながら、そのあとはゆっくりと贅沢な露天風呂を楽しんだ。
「本当に良い旅館でしたね。お風呂も料理もサービスも最高でした!」
「そうだね。また来たいね」
朝食を食べたあと、旅館をチェックアウトして私たちは車に乗り込んだ。
このあとは近くにある、日本最大級の印象派絵画のコレクション数を誇る美術館に行く予定になっている。
美術にそんなに詳しいわけではないが、美術館という空間が素敵だし、普段得られないインスピレーションを刺激されるようで、美術館巡りが私は好きなのだ。
「亮祐さんは美術館にはよく行くんですか?」
「海外にいる時は結構行ったかな。特にアメリカの有名どころはほとんど行ったと思うな」
「わぁ、羨ましい!」
海外で美術館巡りも素敵だなぁと想像して思わずうっとりしてしまう。
そんな話をしている間にあっという間に美術館に到着した。
緑に囲まれた美術館は、都会にある美術館とはまた違った雰囲気だ。
「自然の中にある美術館って感じで素敵ですね」
「本当だね」
エントランスで入場券を購入し、私たちは中に入る。
そして各々のペースで中を見て回ることにした。
亮祐さんは気になるものだけをじっくり見るタイプのようで、早いペースで進んでいたかと思うと時折足止めて作品に見入っている。
私は一つ一つ説明文を読みながらじっくり見るタイプなのでペースが遅い。
それぞれのペースで見ることにして正解だったなと思った。
先に見終わった亮祐さんは、出口のあたりのソファーに座り私を待っていてくれた。
「ごめんなさい、お待たせしました!」
「全然いいよ。このあとはカフェで少し休憩しようか」
「いいですね。私もちょうどひと息したいと思ってました。集中しすぎてちょっと疲れちゃった」
美術館内にあるカフェに移動すると、私はケーキと紅茶を、亮祐さんはコーヒーを注文する。
見て回っている間は別行動をしていた私たちは、カフェで休憩しながらお互いに感想をシェアし合った。
(別々のことをしていても、こうやってあとで共有し合うのって楽しいな。ずっと一緒にいなくても通じ合えてる感じがする)
雰囲気の良いカフェで亮祐さんと共に楽しい時間を過ごせて自然と笑顔が溢れる。
幸せだなと心底実感していると、ふと背後から女性の声がした。
「もしかして並木さん?並木百合さんじゃない?」
名前を呼びかけられて振り返る。
そこには私と同い年くらいの女性がいて、私を驚いたように見つめている。
そして私と一緒にいる亮祐さんに視線を向けると、その目をさらに大きく見開き驚愕の表情を浮かべた。
「‥‥うそ、春樹くん!?」
その女性の口から漏れた言葉は、春樹の名前だった。
「え、うそでしょ!?でも春樹くんのわけないわよね」
女性は信じられないとばかりに、独り言のように呟く。
「あの‥‥?」
私は彼女が誰か分からず、やや困惑ぎみに声を発した。
(彼女は誰だろう。春樹を知ってるってことは高校時代の知り合い?)
「あら、並木さん、私が分からない?そうよね、10年ぶりぐらいだものね。ほら、サッカー部のマネージャーだった田島愛菜よ」
そう言われて思い出した。
よく見れば面影があるし、確かに彼女は田島愛菜だ。
「‥‥田島さん、久しぶり」
「思い出してくれた?まぁ私のことなんて眼中になかったものね。あいかわらず並木さんは綺麗で、いい男と一緒なのね。しかも春樹くんにそっくりな」
皮肉を込めた言い方だった。
サッカー部のマネージャーだった彼女は、春樹のことがずっと好きで、当時から私のことはよく思っていなかった。
高校生の時も当たりが強くて、サッカー部の試合の応援に行った際などに辛辣な言葉を投げかけられた記憶がある。
忘れていた記憶が徐々に蘇ってくる。
それにしても、亮祐さんの前でこれ以上はもうやめてほしい。
「並木さんは高校の同窓会にも全然来ないじゃない?だからいっつも男子たちが騒いでるわよ。もう10年も経つんだから一度くらい顔出せばいいのに、わざとなの?ミステリアスなところがいいって言われてるの知ってて狙ってそうしてるわけ?」
「‥‥いえ、全然そんなことはなくって」
チラッと亮祐さんの様子を伺うと、少し苛立ちを含んだ怪訝そうな顔をして田島さんを見ている。
(亮祐さんが何か言葉を発する前に、この場を切り上げよう)
「‥‥あの、田島さん?私たちは次の予定があってそろそろ出なきゃいけなくて」
「そう。ともかく今日は驚かされたわ。春樹くんかと目を疑ったし。次に会うことがあるかは知らないけど元気でね」
「‥‥田島さんもね」
私は椅子から立ち上がり、視線でこの場を去りたい旨を亮祐さんに伝えながら彼の手を取る。
そして足早にその場を去った。
一刻も早く田島さんの前から消えたかった。
そのまま美術館をあとにし、私たちは車に乗り込んだ。
(ともかく切り抜けられた。亮祐さんに田島さんが直接変なことを言わなくて良かった‥‥)
ここまで来てやっと私はふーっと深く安堵の息を吐く。
そしてこれまで沈黙を守っていた亮祐さんが、ようやく口を開く。
「百合が俺に口を挟んで欲しくなさそうだったから黙ってたけど、それで良かった?」
「はい‥‥。気を遣わせてごめんなさい。何も言わないでいてくれてありがとう」
「正直、あの女にイライラして言い負かしてやりたい衝動を抑えるのが大変だったけどね」
「‥‥」
どうやら田島さんの物言いに苛ついていたらしい。
確かに彼女の発言は私への悪意が明確だったし辛辣だった。
「ところで、彼女の言葉に色々気になることもあってさ。百合に聞いてもいい?」
そこで亮祐さんは苛立った雰囲気を切り替えると、真剣な眼差しで私を見据えた。
「‥‥はい」
(田島さんは春樹の名前を告げてたから、春樹のことを聞かれるだろう。もう過去のことだし、亮祐さんに話すつもりはなかったけど‥‥)
春樹に似てるからではなく、亮祐さん自身を好きな今、私にとって春樹は過去だ。
余計な心配や誤解を与えたくなくて、あえて言う必要はないと判断していたが、こうなったら素直に答えるしかないだろう。
「まず、彼女は誰?話の内容からすると同級生かなと思ったけど」
「高校の同級生です」
「同級生だけど仲良くはなさそうだったね。サッカー部のマネージャーだったって言ってたけど、もしかして名前が上がってた春樹くんっていう彼がサッカー部だったとか?」
「そうです」
「春樹くんは百合の当時の彼氏?」
「はい」
「なるほど。察するに彼女はその春樹くんに想いを寄せてたのかな。だから百合に当たりが強いとか?」
「たぶんそうだと思います」
さすが亮祐さんだ。
あれだけの会話で私と田島さんの関係性や春樹の関わり方などを察していたようだ。
「で、俺が一番気になったことだけど、その春樹くんは俺に外見が似てるの?彼女はそっくりって言ってたけど」
「‥‥似てると思います」
「‥‥へぇ、そうなんだ。だから彼女は俺を見てあんなに驚いていたわけか」
「それは‥‥。驚いていたのは、それもあるけど、たぶんそれだけじゃないです」
「‥‥どういうこと?」
似ている人を見かけたからあんなふうに田島さんが驚いていたと思ったのだろうし、それは自然な推測だった。
私が他にも理由があることを述べると、亮祐さんは訳が分からないというように私を見る。
(似ているってことまでを話すだけでも良いかもしれない。でも隠してるわけじゃないし、あとで拗れるより素直に全部話した方がいいよね‥‥)
私は包み隠さずに話すことを選択した。
「‥‥彼、春樹は10年前に亡くなってるんです」
「‥‥!」
亮祐さんは驚いたように息を呑んだーー。
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