私の瞳に映る彼。

美並ナナ

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36.友情(Side百合)

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あの箱根旅行のあとから、私と亮祐さんの関係はギクシャクしている。

亮祐さんの様子がおかしいのだ。

一見いつもと変わらないのだが、どこかよそよそしくて心に距離を感じる。

一緒にいてもすれ違っているような感じがして心が触れ合わない。

肌を重ねていても、それはただの快楽を求め合う作業のようで、以前のような心まで交わり合う満たされたものがない。

その理由は分かっている。

たぶん私が過去のこと、春樹のことを正直に打ち明けたことだろう。

でも分からないのだ。

なにに彼が具体的に引っかかっているのか、何を感じているのか、何を考えているのか。

自分の鈍さに本当に嫌気がさす。

こんな時に察しよく亮祐さんの気持ちが分かればいいのに。

無視されたり態度が悪いわけではなく、至っていつもと一緒のように見えるからこそ、私からどう切り出していいのかも分からずにいた。

そんな時だ、亮祐さんの長期海外出張が決まったのは。

2ヶ月もの間、彼は日本を離れてアメリカに行ってしまうことになった。

「年初からそろそろかなと思ってた海外出張が決まって、2月下旬から2ヶ月見込みでアメリカに行くことになった。しばらく会えなくなるけどごめんね」

「そう、分かった」


他にどんな返事が私にできただろう。

本当はこんなギクシャクした関係のまま行って欲しくない。

2ヶ月も会えないなんて淋しい。

でも仕事だし、前から決まっていたことだし、出張と私たちのことは関係ないし。

頭で理解して、私はただ受け入れることしかできなかったのだ。

そして予定通り、亮祐さんは2月下旬にアメリカへと発って行った。

付き合い出してこんなに長く会えなくなるのは初めてのことだった。

平日はいつも通りだったけど、週末になると亮祐さんの不在を強く感じる。

予定がない限り、週末は一緒に過ごすことが当たり前になっていたから、急にポッカリと心に穴が開いてしまったような気分だった。

私はできるだけ気を紛らわせようと、オンライン英会話に励んだり、響子や由美ちゃんと約束を入れたりしてみた。

その時々は充実していて楽しいのだけど、予定が終わって部屋に一人になると急に淋しさに襲われる。

亮祐さんとは音信不通というわけではなく、もちろん連絡は取り合っている。

時差の関係と、仕事が多忙な様子から電話は控えていて、メッセージだけのやりとりだ。

それもポツリ、ポツリと返事し合う感じだった。

出発前のギクシャクした関係もあり、私は不安に押し潰されそうになる心に必死に抗いながら日々を過ごした。

そんな日々が続いた3月のある日、ランチを一緒に食べていた響子がふと食事の手を止めて私の顔を真剣な眼差しで見つめた。

そして心配そうな声音で口を開く。

「ねぇ、百合。ここ最近なんだかずっと思い詰めたみたいな顔してるけど大丈夫?」

よほどひどい顔をしていたのかもしれない。

心配させたくなくて私は、少し眉を下げながら曖昧に微笑む。

「ありがとう。大丈夫だよ」

「無理しなくていいんだよ。百合はさ、自分のことあんまり話してくれないのは分かってるし、そうやって自分で解決しようってしがちなのも知ってる。でも、たまには人に頼っていいんだよ?私で良ければ話聞くよ?」

その言葉が胸に沁みる。

確かに私はあまり自分のことは話さず抱え込みがちだった。

響子が私を思って言ってくているのが伝わり、心が温かくなる。

「ほら、口に出すだけでもスッキリしたり、思考が整理されたりすることもあるし。もちろん無理にとは言わないけど。頼ってもらえないのもちょっと淋しいんだよ?」

「響子‥‥」

頼られない、甘えられないというのは、相手にとっては淋しいものなのかと感じる。

亮祐さんにももっと甘えて欲しいと言われたことがあったことを思い出した。

「響子、ありがとう。‥‥じゃあもし都合が大丈夫だったら仕事終わりに食事でもしながら聞いてくれる‥‥?」

「!!」

まさか私が聞いて欲しいと言うとは思わなかったのか響子は少し驚き、そして嬉しそうな笑みを浮かべた。

「もちろん!今日の仕事終わりなら予定もないし、さっそく聞く!」

「ランチは時間が限られちゃうから、今日の仕事終わりにゆっくり聞いてね」

こうして仕事終わりの約束をし、少し心が軽くなった私は午後も仕事に精を出した。



そして仕事終わり。

私と響子は周囲の目を気にせずゆっくり話すため、デパ地下でお惣菜や飲み物を買い込み、私のマンションへ向かった。

今日はおうちで女子会をすることになったのだ。

仕事終わりで空腹な私たちはテーブルに並べたデパ地下グルメに手を伸ばす。

「それで、百合はここ最近どうしたの?何に悩んでるの?ほら、響子さんに話してみなさい」

わざと茶化した感じで明るく響子が切り出し、その気遣いに感謝しながら、自分の家だということも相まって私はリラックスして口を開き出した。

「あのね、ちょっと事情があって詳しく相手のことは話せないんだけど‥‥実は私好きな人がいるの。その人とは秋くらいから付き合ってるんだけどね‥‥」

そこから私は、高校時代に当時の彼氏を亡くしたこと、彼氏がその彼にそっくりなこと、最初は面影を重ねてたし混乱してたけど今は彼氏自身が好きなこと、先日高校の同級生に遭遇して彼氏に過去を話したこと、そしてそれ以降彼氏とギクシャクしてしまってることを包み隠さず話した。

響子は相槌を打ちながら真剣に私の話に耳を傾けてくれた。

「なるほど。それで彼氏とギクシャクしちゃってて、でもその原因がよく分からなくてどうしていいか悩んでるっことかぁ」

「うん‥‥」

響子は自分の思考を整理するかのように、顎に手を当てながら静かに考え込む。

そしてしばらくしておもむろに口を開き、噛み締めるように言葉を紡ぐ。

「これはあくまで私の考えだけど。もし私がその彼氏さんだったらって想像した時に思ったのがね、百合が亡くなった彼を忘れられずにいて、だからその彼に似た自分と付き合ったのかな?って心配になるかもって思った」

「えっ‥‥?」

「本当に自分のことが好きなのかな?って心配になったり疑う気持ちが出てくるかもなって」

「心配‥‥?疑う‥‥?」

「うん。実際に私も今日百合の過去を初めて聞いて、でもちょっと納得しちゃってさ。あぁだから百合は今まで彼氏と続かなかったし、途切れないくらい来るもの拒まずで去るもの追わずだったのかって。彼のこと忘れられなかったんだなって思ったの。そんな彼と似てるって聞いたなら、自分はその彼と重ねられてるだけなんじゃないかって心配になるのは当然な気がするんだよね」

それは私にとって意外な指摘だった。

私の中ではもうその折り合いはついていて、亮祐さんと春樹を全く重ねていないし、亮祐さん自身が好きだったから、思い至らなかったのだ。

「ちなみに百合は彼氏さんに言葉で伝えた?似てるのは事実だけど重ねてないし、彼氏自身を好きになったって」

そう言われてあの日のことを思い返す。

確かに私の過去を包み隠さずに正直に打ち明けたが、”私の気持ち”は伝えていなかった。

「‥‥言ってないと思う」

「それならそれ彼氏さんはやっぱり心配になっただろうし、百合の気持ちを疑ってしまってるのかもしれないよ」

「でも特に聞かれなかったよ?」

「聞けなかったんだよ、きっと。だってそうかもしれないって思ったら聞くの怖いよ」

亮祐さんも心配になったり、疑ったり、でも聞くのは怖いと思っていたのだろうか。

もしそうなんだとしたら、私のせいだ。

私がちゃんと”私の気持ち”をハッキリと伝えるべきだったのだ。

「どうしよう‥‥私‥‥」

申し訳ない気持ちと後悔の気持ちがグルグルと私の中で渦巻き、やりきれない思いが言葉で漏れた。

「百合、落ち着いて!まだ彼氏さんと別れたわけじゃないんだから、ちゃんと気持ち伝えて誤解を解けばきっと関係は修復できるよ!ね?」

「気持ちをちゃんと伝える‥‥」

「そう!特に百合はさ、もしかして彼氏さんの前でも考えてることとか思ってることとかを自分から言わないんじゃない?」

その通りだった。

亮祐さんにももっと言ってほしいと言われたことがあった。

「うん、そう言われたこともある。あともっと甘えて欲しいっていうのも言われた‥‥」

「もちろん相手に合わせたり、気配りしたりできるのは百合のいいところだよ。でも、もっと自分をさらけ出してもいいんじゃない?受け身じゃなくて自分からぶつかっていくくらいの感じでさ!」

「響子‥‥」

同期として入社して長年の付き合いだ。

本当に響子が私のことを理解してくれていて、いつも見守ってくれていたんだなと実感し、目頭が熱くなった。

「ほら~泣かないの!そんな可愛い顔は彼氏さんにだけ見せなさいっ!」

「ふふっ、そういう響子も涙目だよ?」

「だって百合がこんなふうに話してくれて嬉しかったから」


私たちは涙を浮かべながら微笑み合う。

私はなんとも言えない温かな気持ちに包まれた。

(響子に話を聞いてもらって本当に良かった。私だけじゃきっと気づかなかった。私もっと亮祐さんに自分をさらけ出して、ぶつかって行って、ちゃんと気持ちを伝えたい‥‥!)

気持ちを固めていると、そんな私の様子を見て響子はクスッと笑う。

「事情があって話せないって言ってたけど、言えるようになったら彼氏さんのことも教えてね?」

「うん!話せるようにまずは私ぶつかってくる!」

ちゃんと話をするならやっぱり会って目を見て話したい。

でも亮祐さんが海外から戻ってくるまで待てない。

(よし!こうなったら私がアメリカに行っちゃおう!)

ーーそう決意するのに時間はかからなかった。
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