幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

文字の大きさ
4 / 39

03. 予期せぬ結婚の申込

しおりを挟む
 それから三ヶ月後。

 予定通り、異母姉であるアメリアはフェレロ侯爵家へと嫁いで行った。

 教会で催された挙式は、侯爵家が全面的に費用を出してくれたとあって非常に豪華なものであった。

 アメリアに首ったけのドミニクは「美しい花嫁を着飾らせたい!」と張り切り、ドレスやアクセサリー、ティアラにも贅の限りを尽くしたらしい。

 これにはアメリアも大喜びで、夫や列席者に満面の笑みを振り撒き、その美貌に皆が感嘆のため息を吐いたそうだ。

 なお、『らしい』、『そうだ』と伝聞系の語りなのは、リースベットがその挙式に参列していないからである。

 せっかくの晴れがましい日にリースベットの顔など見たくないと義母とアメリアが主張したため、屋敷でいつも通りの日常を過ごしていた。

 リースベットがその話を知ったのは、帰って来た父や義母が、いかに素晴らしい挙式だったかを誇らしげに使用人たちへ語って聞かせていた時だった。

 ……お父様やお義母様は上機嫌ね。しばらくは屋敷の雰囲気も穏やかになりそうだわ。

 そんな感想を抱き、ほっと胸をなで下ろす。

 リースベットにとっては、異母姉の挙式の詳細よりも、両親の機嫌の方がよほど重要だ。

 なにしろ自身の生活に直結するのだから。

 そしてその見通しはピタリとあたった。

 翌日からの屋敷は、義母が声を荒げることもなく、使用人に理不尽に当たることもなく、これまでになく平和であった。


 しかし、そんなささやかな平和は残念ながら長くは続かなかった。

 数日後に予想外の出来事が起こったからだ。

 そう、あの書状――シャロック公爵家からの結婚の申込だ。



「お前も心当たりはないのだな?」

「は、はい……」

 突然興奮状態で押しかけてきた父を前に、リースベットは書状を握りしめたまま、困惑した顔で小さく頷く。

 心当たりなど、あろうはずがない。

 夜会でアメリアがシャロック公爵にアプローチをしている際に見かけた程度だ。

 言葉を交わしていたのはアメリアだけで、自分は傍で静かに控えていただけ。

 その時も、チラリと視線を向けられたことはあるが、眉をしかめてすぐ逸らされた。

 地味な自分は見苦しかったのだろうとリースベットは感じていた。

「ふむ。ならば、公爵閣下はお前とアメリアを間違えていらっしゃるのかもしれないな。いや、そうに違いない。」

「………」

「よもやあのシャロック公爵家からアメリアに結婚打診が来るとは。フェレロ侯爵家との婚姻は早まったかもしれんな」

「………」

「ああ、非常に惜しい。惜しすぎる。アメリアの婚姻前であれば是が非でもお受けするのだが。侯爵家とは比べものにならん結納金も期待できただろうに」

 父はリースベットの存在など忘れたかのように独りごちる。

 リースベットもここで不用意に言葉を発すると父の不興を買うことを理解していたため、口を閉ざしてじっとしていた。

 やがてなにかしらの結論を導き出したのか、父は一つ頷くと、リースベットの手から書状を荒々しく奪い取った。


「本日昼過ぎにこの件で公爵閣下が屋敷に来訪される。書状にはお前にも挨拶したいとあるが、お前は不要だ。アメリアと間違っておられるのだから、閣下のお目汚しになる」

「……はい」

「いつも通り、ここで静かにしていろ。決して閣下の前に姿を現すなよ。分かったな?」

 強めの口調でそう言い残すと、踵を返し、父はさっさと立ち去って行った。

 こんな小汚い小屋には長居したくないと言わんばかりの速足だった。

 まるで嵐のような出来事に、リースベットはしばしの間、我を忘れてポカンとしてしまった。


 ……な、なんだったのかしら……?


 父が去ってしばらくの後、ハッとしたリースベットは作業途中だった裁縫を再開し出す。

 リネンのほつれを補修しているところだったのだ。

 ただ、手を動かしながらも、やはりどうしても先程の事が気に掛かる。

 ついつい物思いに耽ってしまい、その度に手が止まってしまう。


 ……あのシャロック公爵家が、お姉様と私を間違えて書状を送ってくるなんてこと、ありえるかしら……?

 あの書状は正式なものであった。

 しかも結婚の申込という、家の今後を左右しかねない、極めて重要な内容だ。

 そんな大事な書状で公爵家当主がミスを犯すとは思えない。


 ……でも、そういうこともあるかもしれないわ。やっぱりお父様のおっしゃる通りなのかもしれないわよね……?


 リースベットがこうして頭を悩ませている理由は、結婚打診を受けた人物が自分だからである。

 だからこそ確信が持てない。

 これが自分でなければ、自信を持って「公爵家が間違うはずがない」と断定するのに。

 
 ……仮にあの書状が間違っていなかったとして、なぜ公爵様からの結婚打診が私に……?
 

 この点を解き明かそうとすると、ますます謎が深まる。

 嘘偽りなく、本当に、本当に、分からない。

 それゆえにどうしても気になってしまう。


 この日珍しく、「知りたい」という欲求を抑えられなかったリースベットは、人生で初めて父の命令にそむく行動に出た。

 シャロック公爵が訪ねてきた際、小屋から離れて、屋敷にそっと足を踏み入れたのだ。

 さすがに姿を現すことまではしなかった。

 だが、応接間の扉の隙間から、中の様子をこっそり窺い、会話に耳を澄ませた。


「この度は、当家まで御足労いただき御礼申し上げます」

「多忙な身の上のため、急な先触れになり申し訳ない」

「なにをおっしゃいますか! 確かに驚きましたが、公爵閣下の訪れでしたらどんな時でも我がエイムズ伯爵家は歓迎いたします」

「そう言ってもらえるのは助かる」


 屋敷の中で一番お金をかけた調度品が置かれた応接間にいるのは、エイムズ伯爵夫妻とシャロック公爵、そしてその従者一人の合計四人だ。

 伯爵夫妻と公爵は向かい合ってソファーに掛けており、公爵の背後には一人の従者が控えている。

 父と義母は、決してリースベットには向けることのない、上機嫌な笑顔を浮かべていた。

 対してシャロック公爵は、王宮で開催される重大な会議に臨むかのように真剣な面持ちである。

 艶めく紺藍色の髪、ほんのりと色気が潜むミステリアスな灰色グレーの瞳を持つシャロック公爵は、怖いくらいに目鼻立ちが整った涼やかな印象の美形だ。

 凛々しい眉、切れ長の目、スッと伸びた鼻筋、形のよい唇。どのパーツもまるで一級品の彫刻のようだ。

 この端正な顔を前にして、義母は夢見る乙女のようなうっとりとした表情になっている。

「書状で伝えた通り、結婚申込の件について話し合いたいというのが本日の用件だ。……ところで、ご令嬢の姿が見えないようだが?」

 余計な雑談をするつもりがないのか、双方の挨拶が済むとシャロック公爵はさっそく本題を切り出した。

 若くして爵位を継承し、当主として公爵家を切り盛りしているだけあって、その冷静沈着な立ち振る舞いは目を見張るものがある。

 やはり高位貴族は格が違うなと内心感嘆のため息を漏らしながら、伯爵は返答を口にする。

「はい、その件についてですが、実は我が娘のアメリアはつい数日前にフェレロ侯爵家へ嫁いでしまったのです。せっかく閣下から光栄なお申し出を頂きましたのに……大変心苦しく思っております」

「アメリアも公爵様に憧れておりましたのよ。このお話が数ヶ月前であればと遺憾でございますわ」


 伯爵夫妻は、公爵の要望に沿えず申し訳ない気持ちを目一杯表現しつつ言葉を繰り出した。

 公爵家と縁付ける機会を逃すなんて、惜しくてしょうがないという思いでいっぱいだ。

 とはいえ、アメリアがすでに嫁いでしまった以上、もはやどうすることもできないと悔しさを滲ませた。

 しかし、その言葉を受けてシャロック公爵は軽く首を傾げて眉をひそめる。

 そして怪訝そうに伯爵夫妻に尋ねた。


「アメリア? 私が結婚を申し込んでいるのはリースベット嬢だが? 書状でも記していたはずだ」

「ア、アメリアではなくリースベット……?」

「ま、まさか……。おほほほ。公爵閣下はご、ご冗談がお上手ですのね」

 思わぬ言葉に虚を衝かれた伯爵夫妻は激しく動転した。

 目を白黒しながらなんとか言葉を紡ぐが、完全にしどろもどろだ。

 信じたくない、きっと聞き間違いだろうという思いも燻っていた。

 だが、そんな伯爵夫妻に対してシャロック公爵は再びはっきりと告げる。

「このような場で冗談など言わない。もう一度繰り返すが、私が結婚を申し込んだのはリースベット・エイムズ伯爵令嬢だ。それで彼女は今どちらに?」

 スムーズに話が進まないことに不快さを募らせているらしい公爵の声には若干の苛立ちが滲んでいた。

 じとりとした目を向けられ、伯爵夫妻は一気に顔色を悪くする。
 
 こっこり盗み聞きしていたリースベットも思わずビクッと肩を震わせた。


 ……書状は間違いではなかったのね。でもこうなると本当に分からないわ。なぜ公爵様が私を……?

 この点は当然のことながら伯爵夫妻も疑問に思ったらしい。


「あ、あの、恐れながら、なぜリースベットなのでしょう……?」

「残念ながら、あの子は公爵様に見初めていただけるような器量ではございませんわ。結婚などすれば公爵様の品位が落ちてしまいかねないですわ……」

 リースベットに代わって二人がシャロック公爵に問いかける。

 義母の方はこんな時までリースベットを落とす言葉を捩じ込んでおり、ある意味さすがだ。

 本気で理由が分からないという顔をした伯爵夫妻に対して、公爵は当たり前のことを問われるのは心外だとでもいうふうに小さく呆れ混じりのため息を零した。

 そして二人の目をまっすぐ見据えて、一言こう述べた。


「リースベット・エイムズ伯爵令嬢との子が欲しいからだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

敵将を捕虜にしたら夫になって、気づけば家族までできていました

蜂蜜あやね
恋愛
戦場で幾度も刃を交えてきた二人―― “赤い鷲”の女将軍イサナと、 “青狼”と恐れられたザンザの将軍ソウガ。 最後の戦いで、ソウガはイサナの軍に捕らえられる。 死を覚悟したその瞬間―― イサナは思わず、矢面に立っていた。 「その者は殺させない。命は……私が引き受けます」 理由などなかった。 ただ、目の前の男を失いたくなかった。 その報告を受けた皇帝エンジュは、 静かに、しかし飄々とした口調で告げる。 「庇いたいというのなら――夫として下げ渡そう」 「ただし、子を成すこと。それが条件だ」 敵国の将を“夫”として迎えるという前代未聞の処置。 拒否権はない。 こうしてソウガは、捕虜でありながら 《イサナの夫》としてアマツキ邸に下げ渡される。 武でも策でも互角に戦ってきた男が、 今は同じ屋根の下にいる。 捕虜として――そして夫として。 反発から始まった奇妙な同居生活。 だが、戦場では知り得なかった互いの素顔と静かな温度が、 じわじわと二人の距離を変えていく

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

処理中です...