幸薄令嬢リースベットは絶賛困惑中 〜拗らせ公爵の滾る愛は分かりにくい〜

美並ナナ

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21. 悩める男

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「シャロック公爵閣下、先日の王宮舞踏会では驚かされましたぞ。ご結婚されたとはついぞ気づきませんでした」

「奥方は非常にお美しい方ですね。百合の花のように控えめで楚々とした雰囲気に見惚れてしまいましたよ。今度はぜひ直接ご挨拶させて頂きたい」

「当家が主催する夜会に奥様をお誘いしてもよろしいですか?」

「閣下が実に羨ましい。私もああいう奥ゆかしい美女を閨で鳴かせてみたいものです。ははは」


 王宮舞踏会から数日。

 宰相補佐官として政務を行うアイゼルは、王宮で誰かと顔を合わす度にこのような声を掛けられ、人知れず苛立ちを募らせていた。

 式も挙げずに結婚した上に、自ら積極的に結婚した事実を周囲に話していたわけでもないため、アイゼルが既婚者になった事実に驚く者が多いだろうことは想定の範囲内だ。

 リースベットの美しさに度肝を抜かれるのも理解できる。

 真実リースベットは美しいし、さらにこれまでは姉の影に隠れて存在を知られていなかったのだから驚きもするだろう。

 この周囲の反応も想定内だ。

 だが、たとえ予想していたとしても、感情を波立たせるものがあるとは、優秀な頭脳を持つアイゼルを持ってしても知らなかった。

 ――バンッ!

 会議を終えて自身の執務室へ戻ってきたアイゼルは、苛立った様子で荒々しく扉を開ける。

 そして内に秘めた激情を吐き出すように、大きなため息をついた。

 続いて、運良くこの場にいた、この不快な感情を吐露する相手を見つけて口を開く。

「ルイズ、ちょうど良かった」

「……僕は今、自分の不運を呪いたい気分だよ」

 例の違法薬物の件を探らせていた諜報員からの報告で、王都だけでなく公爵領にも及んでいる可能性を知ったアイゼルの指示で公爵領へ赴き、兄に代わって領地を調査して戻ってきたばかりのルイズである。

 執務室に入って来た兄の顔を見て早々、ここへ来たことを後悔し始めていた。

 明らかに機嫌が悪い。

 その上、自分に向けられた兄のこの目。

 これはここ数ヶ月、何度も経験した、兄が心の内を吐き出したい時のものだ。

 ……早めに報告した方がいいかなと思って王宮まで来たけど、やめておけば良かった。報告書だけ上げて、あとは家での報告にすべきだったなぁ。

 とはいえ、後悔してももう遅い。

 賢明なルイズは速やかに観念して、苦笑いを浮かべながらアイゼルに話の先を促した。

「実はこの数日、苛立ってしょうがない」

「そうなんだ。それで兄上は何にそんなに苛立ってるわけ?」

「決まってるだろ? あの王宮舞踏会以来、男どもがむやみやたらにリースベットに関心を示すからだ!」

「あの日僕はその場にいなかったけど、友人から聞いたよ。二人とも注目を集めてたらしいね?」

「それはまぁ想定内だった。それにリースベットの美しさに見惚れるのも分かる。だが……直接挨拶したいだの、夜会に誘いたいだの、リースベットと親しくなりたい下心が見え見えだ。極め付けには、勝手に人の妻を抱く妄想までする奴がいるんだぞ? 信じられるか!?」

 アイゼルは不快げに顔を歪め、吐き捨てるように不満を捲し立てた。

 思い出すだけでもイライラしてくる。

 そもそも本音を言えば、リースベットを他の男の目になど触れさせたくもなかった。

 あの王宮舞踏会の日、着飾ったリースベットは思わず言葉を失うくらいの美しさで、アイゼルはこのままどこかに閉じ込めてしまいたい衝動に必死に耐えていた。

 なんとか理性を働かせ、舞踏会に出席したわけだが、男たちがリースベットを無遠慮に眺め回すたびに何度連れて帰りたいと思ったことか。

 ああいう場だからリースベットが他の男と笑顔で歓談するのは仕方がない。

 だが、リースベットの瞳に他の男が映るのが嫌でたまらなかった。

 ……父の友人にまで牽制するような態度を取ってしまったしな。

 興味深そうな目をリースベットに向けるバックレー公爵を見て、思わず会話に割り入ってしまったのだ。

 リースベットも楽しそうに微笑んでいたから、つい我慢できなくなってしまった。

 ……他の男がリースベットに関心を向けるのも、リースベットが他の男と楽しそうにするのも面白くない。

 一体、自分はいつからこれほど心が狭くなってしまったのだろうか。

 兎にも角にも、あの日以来、苛立ちは募る一方なのだ。

「……ああ~なるほど。兄上、それは独占欲だね」

「独占欲?」

「相手を独り占めしたいっていう気持ちのことだよ。誰にも奪われたくないって思ってるから、他の男がリースベットに関心を寄せるのも、近づこうとするのも、妄想するのも、苛立つんだよ」

「……なるほど」

「それに兄上は嫉妬深いからね。男に限らずリースベットが他の人と仲良くするのも面白くないんでしょ? この前も母上とばかり過ごして自分に目を向けてくれないって嫉妬してたくらいだし」

「……………」

 やたらと自分の感情を正確に言い当てられて、アイゼルはいつしか押し黙ったていた。

 ……そうか。俺は独占欲が強く、嫉妬深い男なのか。

 心が狭くなったのではなく、リースベットに対してのみ心が狭くなるのだろう。

 自分自身より自分のことをよく分かっているルイズにアイゼルは心の底から感心した。

 ……そういえば、ルイズの助言のおかげでリースベットとの距離も縮まったしな。

 目を合わせられるようになれと言われて実行した結果、リースベットの態度が以前より好意的になり、デートに誘ってもらえたことをアイゼルは思い出した。

「相変わらず、お前の洞察力はすごいな」

「洞察力っていうか、これだけ話を聞いてたら誰でも分かるんじゃない?」

「いや、見抜くだけでなく、助言も的確だった」

「助言? 僕、なんかしたっけ?」

 不思議そうな顔をするルイズに、アイゼルは助言内容とその結果について説明する。

 するとルイズは「ああ、あれか」と記憶が蘇ったらしい。

 あの時ルイズはあまりに残念な兄に仰天し、とっさに思いついたことを口にしただけだったので、自分が何を言ったかよく覚えていなかった。

 というか、リースベットに関する時だけポンコツになる兄の姿をできるだけ記憶から抹消するようにしていた。

 それ以外の時は本当に優秀で尊敬できる兄なのだから。

「へぇ、そんなことがあったんだ。リースベットとの仲が進展して良かったね!」

「ああ、ルイズの助言のおかげだ。で、だな」

「ん? なに?」

「……また助言をくれないか?」

「はい!?」

 見栄も恥もなく、率直に助言を乞う兄にルイズは目を丸くした。

 一方のアイゼルも恥ずべきことと自覚しながらも、どうしても聞かずにはいられなかった。

 ちょうど今、抱えている心配事があったからだ。

 どうやら自分はリースベットに関することとなると冷静になれないらしいと考え、第三者に意見をもらうのが賢明だと判断した次第だった。


「……一応聞くだけ聞くけど、どうしたの?」

「さっきお前が指摘しただろ? 俺は独占欲が強く、嫉妬深いって。だから苛立つんだろうってな」

「うん。それで?」

「……いや、実はすでにやらかしてしまって。苛立ちが募った結果、結構強引にリースベットを抱いてしまったんだ」

「……なるほど?」

「しかも、抱き潰して嫌われないように、これまで毎晩一度だけで耐えてきたのに……その日は我慢できず二度も求めてしまった……」


 アイゼルはあの夜のことを申し訳なく思っていた。

 王宮舞踏会の間中、他の男の目にリースベットが晒されているのが面白くなくて、その感情をひたすら抑えていた反動があれだった。

 一刻も早くリースベットを自分のものにしたくて、性急に迫ってしまった自覚がある。

 ただでさえ疲れているだろうリースベットの体調を慮ることなく、強制的に二度も抱いてしまった。

 ……三ヶ月ぶりでリースベットに飢えていたのもある。それに逃げる素振りを見せられてつい、な。

 アイゼルから距離を取ろうとするリースベットを見て、絶対に逃がさないという気持ちで黒く心は埋め尽くされた。

 繋ぎ止めるための手段として孕ませてやろうとすら思ったくらいだ。

 二度目の後、気絶するように眠りに落ちたリースベットを目にして、ようやくアイゼルは正気を取り戻し、無理をさせてしまったことを悔いたのだ。

「……節操なさすぎてリースベットに嫌われてしまったかもしれない。なにかいい挽回策はないか?」

「事情は理解したよ。う~ん、挽回策ねぇ……」

 話を聞いたルイズはどうしたものか、と頭をひねる。

 別に二度抱くこと自体は悪いことではない。

 強引な行為だって人によっては喜ぶかもしれない。

 嫌われたかもというのも、あくまで兄による見解であり、実際リースベットがどう思っているのかは不明だ。

 ……そもそも挽回する必要がないっていう可能性もあるからなぁ。

 仮にそう言っても、きっと兄は納得しないだろう。

 リースベットに関することは残念になる上に、なぜだかとても慎重で悲観的な傾向だ。

 ……なら、一般的な異性との距離の縮め方を助言とすればいいかな?

「そうだね、とりあえずデートに誘うのはどう?」

「それが挽回策になるのか……?」

「ダブルデートじゃなく、二人きりのデートね。一緒に時間を過ごしたり、会話を深めたりすることは効果的だと思うよ」

「……それだけで、いいのか?」

「あと前にも言ったけど、言葉で愛を伝えるのもね! さっき話に出てこなかったところから察するに、それは実行してないんでしょ?」

「…………試みてはいるが……。リースベットが可愛すぎて、いざ目の前にすると言葉が出てこないからな。だが、挽回のため今度こそ……!」

「「はぁ……」」


 図らずも、二人のため息が重なった。

 一方は、自分の不甲斐なさを嘆くアイゼル。

 そしてもう一方は、兄の拗らせぶりに呆れたルイズのものだった。

 繰り返しとなるが、これでもルイズは兄を尊敬している。

 やや堅物のきらいはあるものの、冷静で落ち着きがあり、そつなくなんでもこなす優秀さ。

 二十四歳という若さながら、公爵家当主も、宰相補佐官もしっかり務めている。

 国や領地の平和を常に考えていて、違法薬物の件もお抱えの諜報員をいち早く放って情報収集をさせていた。

 容姿だって弟の自分から見てもかっこいいと思う。

 今だって悩ましげに眉根を寄せる端正な顔は、まるで国家に迫る重大な事態を前に真剣に思い煩うようだ。
 

 ……いやはや、ここまで兄上を狂わせるとはある意味リースベットってすごいよね。


 それとも人は本気の相手を前にすると、誰しもこのようになってしまうのだろうか。

 女性とは後腐れなく綺麗に遊んでおり、特定の相手にのめり込んだ経験のないルイズには理解しがたかった。

 同時に兄のポンコツ具合を見ていると、本気の相手を作るのがやや怖くなってくる。
 
 ……僕は当分結婚はいいかな。女性とは今のまま気楽に遊んでいたいかも。


 ちなみにアイゼルの話し相手を愚直に務めたがゆえに、ルイズの結婚は一般的な貴族男性に比べて非常に遅いものとなるのだが、今の二人はそのことを知る由もなかった――。
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