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第二章
マリア
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女神の祝福は、レオーネに突然降ってきた産物であった。
なんの前触れもなく、予知夢もなしに。
気まぐれに与えられたその特権は、レオーネの人生を大いに狂わせた。
翌年、原因不明の呪いによって、女王たる母が倒れた。
教会の力を持ってしても呪いは解けず、原因はレオーネにあるのではないか、という根も葉もない噂が立った。
根拠のない噂であったが、未知とは恐怖を呼ぶものだ。
歴代、女神の祝福を賜ったのは聖女のみであり、唯一教会管轄外の力であるレオーネを、教会は恐れた。
一時は封印されるか、というところまで話が進んだもの、それが代理女王たるルージュの逆鱗に触れた。
ルージュはレオーネを守るため、必死に彼女を王宮の奥底に押し込めた。
姉の気苦労を知っているため、レオーネが文句を言うことはなかった。
しかしほとぼりは冷めることなく、泣く泣くルージュは、レオーネを他国に逃すことにした。
過保護なルージュが、他国への留学を許したのはそれが理由だ。
そんな最愛の妹に、ルージュは守護の魔法をかけている。
女神に祈りを捧げ、愛し子を守ってくれるよう、女神像に願った。
レオーネを逃したことで、ルージュ自身も教会から疎まれているものの、現女王であるルージュを無碍にはできないらしい。
毎日教会に通うルージュを、教会は仕方なく通していた。
その日も、執務の合間を縫って女神像に祈っていた。
祈り続けるルージュの耳に、甲高い悲鳴のような声が聞こえる。
弾かれたように顔を上げれば、妹との繋がりが解かれたことに気づいた。
ルージュに動揺が走る。
ただでさえ、現在は魔物の対処に追われ、主戦力であるヴィジーを呼び戻しているというのに。
「女王様。どうかなされましたか」
ルージュのただならぬ様子に、シスターが訝しげに声をかける。
答える余裕もないまま、ルージュは頭の回転を早めた。
国の主人はルージュだ。
ルージュが死ねば、今度はレオーネが表に立つ。
無闇に死ぬわけにはいかない。
色々なことを踏まえれば、ルージュがその場に駆けつけるのは相応しくない選択肢だ。
だが、愛する妹の危機を感じている以上、普段聡明な彼女の頭は鈍ってしまった。
「今日はこれで失礼する」
「え? 女王様?」
戸惑うシスターを置いて、ルージュは教会から飛び出した。
愛馬の待つ馬小屋へと走り、素早く準備を整える。
「わたくしのレオーネ……一体どうして、姉様の言うことを聞いておかないの」
ルージュは、レオーネの気配が教会管轄の山にあることに気づいていた。
守護の魔法とはそういうものだ。
破られた時、対象者がどこにいるのかはっきりわかる。
神獣が住まうとされるその山。
神の愛し子であるレオーネの守りが、どうして破られたのか。
「女神よ……どうか我が妹を守りたまえ」
馬に跨り、ルージュは一気に駆け出した。
◆ ◆ ◆
「ん……」
微かに唸り声を上げ、レオーネが目覚める。
何が起こったのだろう。
気がつけば、意識を失っていた。
痛む頭を押さえながら、レオーネは周囲を見回した。
「……リオンさん? 精霊様?」
二人の姿が、見当たらない。
どうやら逸れてしまったようだ。
気絶する前の記憶がないので、レオーネには判断つかない。
ひとまず、進まなければ。
レオーネは立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
先程とは違って、森がざわめいている気がする。
「ウー……ウー……」
低い声が聞こえて、思わず勢いよく振り返る。
何もいない。
背筋が凍るような思いであった。
「……誰か、いるの?」
草むらに向けて、尋ねてみる。
何が悪手かは、もはやわからなかった。
目を細めてじっと見つめていると、何かが草むらから出てきた。
「うさぎ……」
真白な毛皮をした、うさぎがそこにいた。
思わず拍子抜けすると同時に、違和感に襲われる。
こんな森の中に、白いうさぎなどいるものか。
赤い瞳が、こちらを見つめている。
「ウー……」
うさぎらしからぬ低い声で、それが鳴く。
気味の悪い生き物である。
レオーネはそれから目を離さないように、ゆっくりと後ずさった。
「ーーあっ」
足を、踏み外す。
呆気なく崖下へと放り出され、レオーネの体が宙に舞った。
あまりに突然のことだったので、呆然としたまま浮遊感に包まれた。
「ウウ!」
うさぎが遠くで鳴き声を上げる。
レオーネの体は崖下に叩きつけられるかと思いきや、そのまま運良く湖に落下する。
「っ、は……」
溺れぬよう慌てて顔を出し、湖から上がった。
息を整えつつ、なんとなしに湖を覗き込む。
ーーそこには、見慣れぬ格好をした自分が写っていた。
「え、」
湖にそれが反射したのは一瞬で、またすぐ掻き消える。
この山に入ってから立て続けに起こる不可解な出来事に戦慄しつつ、レオーネは湖から目を逸らした。
なんの前触れもなく、予知夢もなしに。
気まぐれに与えられたその特権は、レオーネの人生を大いに狂わせた。
翌年、原因不明の呪いによって、女王たる母が倒れた。
教会の力を持ってしても呪いは解けず、原因はレオーネにあるのではないか、という根も葉もない噂が立った。
根拠のない噂であったが、未知とは恐怖を呼ぶものだ。
歴代、女神の祝福を賜ったのは聖女のみであり、唯一教会管轄外の力であるレオーネを、教会は恐れた。
一時は封印されるか、というところまで話が進んだもの、それが代理女王たるルージュの逆鱗に触れた。
ルージュはレオーネを守るため、必死に彼女を王宮の奥底に押し込めた。
姉の気苦労を知っているため、レオーネが文句を言うことはなかった。
しかしほとぼりは冷めることなく、泣く泣くルージュは、レオーネを他国に逃すことにした。
過保護なルージュが、他国への留学を許したのはそれが理由だ。
そんな最愛の妹に、ルージュは守護の魔法をかけている。
女神に祈りを捧げ、愛し子を守ってくれるよう、女神像に願った。
レオーネを逃したことで、ルージュ自身も教会から疎まれているものの、現女王であるルージュを無碍にはできないらしい。
毎日教会に通うルージュを、教会は仕方なく通していた。
その日も、執務の合間を縫って女神像に祈っていた。
祈り続けるルージュの耳に、甲高い悲鳴のような声が聞こえる。
弾かれたように顔を上げれば、妹との繋がりが解かれたことに気づいた。
ルージュに動揺が走る。
ただでさえ、現在は魔物の対処に追われ、主戦力であるヴィジーを呼び戻しているというのに。
「女王様。どうかなされましたか」
ルージュのただならぬ様子に、シスターが訝しげに声をかける。
答える余裕もないまま、ルージュは頭の回転を早めた。
国の主人はルージュだ。
ルージュが死ねば、今度はレオーネが表に立つ。
無闇に死ぬわけにはいかない。
色々なことを踏まえれば、ルージュがその場に駆けつけるのは相応しくない選択肢だ。
だが、愛する妹の危機を感じている以上、普段聡明な彼女の頭は鈍ってしまった。
「今日はこれで失礼する」
「え? 女王様?」
戸惑うシスターを置いて、ルージュは教会から飛び出した。
愛馬の待つ馬小屋へと走り、素早く準備を整える。
「わたくしのレオーネ……一体どうして、姉様の言うことを聞いておかないの」
ルージュは、レオーネの気配が教会管轄の山にあることに気づいていた。
守護の魔法とはそういうものだ。
破られた時、対象者がどこにいるのかはっきりわかる。
神獣が住まうとされるその山。
神の愛し子であるレオーネの守りが、どうして破られたのか。
「女神よ……どうか我が妹を守りたまえ」
馬に跨り、ルージュは一気に駆け出した。
◆ ◆ ◆
「ん……」
微かに唸り声を上げ、レオーネが目覚める。
何が起こったのだろう。
気がつけば、意識を失っていた。
痛む頭を押さえながら、レオーネは周囲を見回した。
「……リオンさん? 精霊様?」
二人の姿が、見当たらない。
どうやら逸れてしまったようだ。
気絶する前の記憶がないので、レオーネには判断つかない。
ひとまず、進まなければ。
レオーネは立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
先程とは違って、森がざわめいている気がする。
「ウー……ウー……」
低い声が聞こえて、思わず勢いよく振り返る。
何もいない。
背筋が凍るような思いであった。
「……誰か、いるの?」
草むらに向けて、尋ねてみる。
何が悪手かは、もはやわからなかった。
目を細めてじっと見つめていると、何かが草むらから出てきた。
「うさぎ……」
真白な毛皮をした、うさぎがそこにいた。
思わず拍子抜けすると同時に、違和感に襲われる。
こんな森の中に、白いうさぎなどいるものか。
赤い瞳が、こちらを見つめている。
「ウー……」
うさぎらしからぬ低い声で、それが鳴く。
気味の悪い生き物である。
レオーネはそれから目を離さないように、ゆっくりと後ずさった。
「ーーあっ」
足を、踏み外す。
呆気なく崖下へと放り出され、レオーネの体が宙に舞った。
あまりに突然のことだったので、呆然としたまま浮遊感に包まれた。
「ウウ!」
うさぎが遠くで鳴き声を上げる。
レオーネの体は崖下に叩きつけられるかと思いきや、そのまま運良く湖に落下する。
「っ、は……」
溺れぬよう慌てて顔を出し、湖から上がった。
息を整えつつ、なんとなしに湖を覗き込む。
ーーそこには、見慣れぬ格好をした自分が写っていた。
「え、」
湖にそれが反射したのは一瞬で、またすぐ掻き消える。
この山に入ってから立て続けに起こる不可解な出来事に戦慄しつつ、レオーネは湖から目を逸らした。
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